伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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  - 3 -

 隼人は、自室でパソコンに向かった。
 インターネットから、墜落した小惑星の軌道を取り込んだ。それには、予定の軌道と、実際の軌道の両方が入っていた。
「うわぁ、大胆!」
 隼人が一目見て思った感想は、この一言に凝縮されていた。
 小惑星は、軌道ステーション飛鳥のリプレースの材料を得る目的で、地球軌道に投入する計画だった。
 飛鳥は、欧米の軌道ステーションに比べると、手狭で、現行のスペースプレーンの乗客数の二倍の収容力しかなかった。しかも、欧米の軌道ステーションがリプレースされて、機能的にも、容量的にも、刷新されたのと比較すると、老朽化が目立ち、機能的にも見劣りした。
 そこで、小惑星を飛鳥と同じ高度に投入し、内部を刳り貫いて、軌道ステーションの機能と、無重力工場、太陽光発電所、天文台などの多機能を盛り込んだ世界最大の多目的軌道ステーションにする計画が持ち上がった。
 その資源となるべく白羽の矢が当たった小惑星は、火星軌道と木星軌道との間にあった。これを一回目の噴射で軌道を変え、火星の引力を利用して地球軌道に向かわせる。地球に近付いた小惑星は、月の引力を利用して減速し、地球軌道の内側に入る。一年後、再び地球に近付いた小惑星は、一気に地球の周回軌道に向かう。この時、二度目の噴射を行って減速し、目的の軌道に投入する。
 そう、一気に地球周回軌道に、それも低軌道に、投入しようとしていた。一旦、高軌道に投入し、その後で低軌道に移すのではなく、一気に低軌道に持ってくる予定だった。
「これじゃ、失敗すれば、一巻の終わりだ」
 事実、そうなってしまった。大地の父が反対する理由も、良く分かる。軌道修正に失敗した際の事を考慮すると、選択すべきではない事が分かる。
 なぜ、こんな無茶な軌道を利用しようとしたのだろう。
 その理由は、直ぐに分かった。軌道修正時に使う噴射剤の量だ。
 噴射剤には、有用な資源を採取した後の残りを使用していた。これをマスドライバーで加速し、その反動で軌道修正をするのだが、マスドライバーでの加速には、限界がある。だから、大きな推力を得るには、大量の噴射剤が必要になる。だから、使用する噴射剤の量を抑える事は、プロジェクトの正否にも関わってくる重大事だった。
 そういった諸条件をクリアするために考案された今回の軌道は、実に巧妙なものだった。そして、その軌道の発案者が、意外にも梅原翔貴氏、つまり大地の父だった。彼は、自分で発案し、自分で反対していたことになる。でも、その理由も、分からないでもなかった。
 発案されたのは、実に二十二年も前の事だった。隼人も、大地も、宙美も、産まれていなかった。翔貴氏自身、まだ二十代だった。恐らく、この二十年余りの間に、考えが変わったのだろう。
 問題の軌道は、地球と月の引力を利用し、巧妙に減速と軌道修正を行っていた。噴射に必要な資源量は、小惑星の全質量の十五パーセントにも満たなかった。文句無しの省エネルギー軌道変更だった。
 隼人は、この軌道の検証作業に入った。
 まずは、正常な軌道の検証に入った。
 この計算では、太陽、地球、月に加え、木星の引力も計算に入れた。ただ、他の惑星の引力は、影響が少ないので、計算を容易にするために割愛した。
 必要な推力をみる概略の軌道計算だけでも、想像以上に大変だった。それに、宙美の母が貸してくれたパソコンは、軌道計算のツールが全く入っていなかった。宇宙移民事業団の公式サイトから、必要な軌道計算ツールを入手しようとしたが、一連の事件に伴い、閉鎖したままだった。
 大地の前では、大見得を切ったが、正直、自分のパソコンが無い事が、少々荷を重くする事になった。
 しばらく、ネット上をさまよって、他のサイトからいくつかのツールを入手することに成功した。これで、計算ができると思ったが、使い慣れないツールは、コツを飲み込むまで、時間を要した。
 コンコン
 部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
 ちょうど、集中力が切れ掛かっていた時だったので、一息いれるには好都合だった。
 入ってきたのは、宙美だった。そして、後ろから、大地も続いた。コーヒーの芳香が、緊張をほぐしていった。
「はい、コーヒーをどうぞ」
 宙美は、一つだけのカップを、机の角に置いた。そして、大地の方に振り返ると、一言言った。
「ほらね。隼人君は、私の声しか聞こえないのよ」
 取りようによっては、意味深長な言葉だった。カップに伸ばし掛けていた手が、思わず止まった。
「おい、隼人君。僕の声が聞こえないのかい?」
「え、どうして?」
 意味が分からず、思わず聞き返した。
「一時間くらい前に、僕もノックしたんだけど、返事が無かったんだ。それで、部屋の外から声を掛けたんだけど、やっぱり返事が無かったんだ」
「うそ」
 ノックにも、大地の声にも、覚えが無かった。
「ほら、私じゃなきゃ駄目なのよ」
 宙美は、追い討ちを掛けた。
 それで、はたと思い当たり、時計を見た。
 部屋に篭って、三時間が過ぎていた。もうすぐ、夕飯の時間だった。
「こんな時間になってたんだ」
 集中すると、こんな事はよくある。一時間くらいのつもりが、二時間、三時間と過ぎていた事は、隼人にとって珍しい事ではない。ただ、学校の勉強で、ここまで集中した事は、今もって一度もなかった。
「呆れた。時間も分からないくらい、必死に計算してたの。それくらい、学校の勉強もすればいいのに」
 宙美は、まるで母親のような口振りだ。
「でも、流石に、天才征矢野勝史の息子だ。呆れるほどの集中力だ。で、どうだい。計算はできたかい?」
 隼人は、俯き加減に首を振った。
「ふう。呆れるほどの凡才ぶりだわ」
 宙美の毒舌は、毒を増したようだ。やっぱり、どこかでちゃんと謝ろう。隼人は、そう思ったが、謝るチャンスは中々見付かりそうになかった。
「それで、やめちゃうの?」
「いや、最後までやるよ」
「そう、その粋よ。凡才は、そうでなくっちゃ」
 励まされてるのか、馬鹿にされているのか、彼女の心は、さっぱり読めない。
「食事の時は、ノックしても、声を掛けても駄目だったら、テーブルまで担いで行ってあげるから、目一杯集中していいよ」
「そうよ。それでも集中してたら、私が代わりに御飯を食べてあげるね」
 彼女の毒舌は、全開ばりばりのようだ。
 二人は、「バイバイ」と言って、仲良く部屋を出ていった。
 部屋には、彼女のいい匂いが残った。隼人の頭の中には、彼女の笑顔が浮かんでは消えた。何とか振り払って集中しようとしたが、頭の片隅にこびり付いて離れなかった。
 隼人は、一気にコーヒーを飲み干した。空き腹には、ちょっと重かったが、嬉しい苦さだった。
 結局、一時間後、大地に肩を叩かれた。
 夕食だった。

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  - 2 -

 隼人がシャワーを浴びて、居間に戻った時、大地は暗い顔に戻っていた。やはり、父親の事が心配なのだろう。責任感の強い彼の事だから、父親の責任まで背負い込もうとしている事は明らかだった。
(おじさんの無実を晴らすしかない)
 そうしたいのだが、どうすればいいのか、隼人にはさっぱりわからなかった。
 無実だとすると、誰かを庇っているとしか考えられない。大地の父が庇う人物。それは、大地しか考えられない。だけど、庇わなければならないような事を、あの大地がするだろうか。
 でも、聞くだけ聞いてみよう。
 隼人は、大地の隣に腰掛けた。
「大地君。おじさん、きっと無実だよ」
 大地は、力の無い笑顔を見せた。こんなところは、流石の大地も、大人ほど平気な顔を演じて見せられないんだと、大地の弱さを垣間見た。
「色々考えたんだけど、もしかしたら、大地君の事を庇ってるんじゃないかと思うんだけど、何か心当たりは無い?」
 大地は、しっかりとした目で、隼人を見返した。
「心当たりはないよ。庇ってるとしたら、隼人君かもしれないよ」
 それは、全く考えていなかった。確かに、隼人には負い目があった。管制センターのコンピュータの無断使用が、結果を悪くする方向に働いたのは、事実だった。大地の父が、故意に優先度を上げて管制センターを麻痺させたと言ったのも、隼人の責任を回避するための方便だったのかもしれない。
「でも、隼人君を庇うなら、あの場で暴露しなくてもいい筈だ。証拠を隠滅し、特に、誰も知らなかった君のパソコンの中身を書き換えて、準備を整えてから自首すれば良かったんだしね」
「うん」
 隼人は、頷くしかなかった。
「大地君の思考を追っかけてたら駄目よ」
 何時の間にか、宙美は、二人の前に立っていた。彼女は、隼人の横に座った。湯上がりのいい匂いがした。
「隼人君は、天才なんだから、凡人の大地君の考えてる事を追っかけてたら、才能を腐らせてるようなものよ」
 誉めてもらっているのか、皮肉を言われてるのか、隼人には判断が付かず、中途半端な「うん」を言うのが精一杯だった。
 大地も、宙美も、頭の回転が早い。天才と言うなら、二人の方が相応しい。
(そう。僕は天才どころか、落ちこぼれだ)
 成績も、自慢できるのは数学くらいのものだ。それも、クラスで一番というほどでもない。授業を一緒に受けてるから分かる。大地も、宙美も、凄くできる。たぶん、二人がクラスで一番と二番だろう。二人とも、勉強だけでなく、スポーツもできる。誰もが認める優等生だ。
 隼人は、二人が羨ましかった。
「でも、大地君。さっき、犯人を追っかけてった時、逃げ切られて良かったね」
「え、どうして?」とは、宙美。
「だって、もし、犯人に追いついてやっつけちゃったら、前みたいに上手く弁解できなくなっちゃうだろ」
「そうね。大地君、この前は、鬼みたいになってものね」
 大地君が鬼になるのは、宙美が危機に瀕した時だけさと、隼人は、苦笑いした。
(鬼?! どこかで聞いたようなフレーズ!)
 隼人は、一気に自分の世界に入り込んだ。二人の姿が、二人の会話が、ふうっと遠ざかっていく。
「僕が、本気で追っかけたと思ってたのかい?」
「やっぱり」と宙美。
「当たり前だよ。だって、捕まえちゃったら、どうしたらいいと思う。ぶん殴らなきゃいけない雰囲気になっちゃうだろ。だから、追っ払うだけで良かったんだ」
「だと思ったわ。だって、大地君が本気で追っかけたら、絶対追いついちゃうと思ったもの」
 二人は、隼人を真ん中に挟んで、にこやかに話している。隼人は、二人に挟まれた中で、二人の会話を素通りさせながら、記憶の糸を辿っていた。
 鬼、おに、オニ、ONI。
(鬼の何とか? 何とかの鬼? 何の鬼だったけ)
 隼人は、もどかしく記憶を辿っていた。そして、思い出した。
(そうか。そうだったんだ! でも、誰だ?)
「隼人君? どうかしたの?」
 隼人は、ふっと我に返った。そして、目の前で顔を覗き込む宙美の顔のアップを発見して、仰け反った。
「なに、びっくりしてんの。失礼しちゃうわ」
 また、彼女が膨れっ面をした。
 隼人は、彼女の機嫌を損ねたと、あわてて「ごめんよ」と言った。
「それより、何か思い出したみたいだね」
 大地の鋭さには、毎回、感心する。
 隼人は、肯いた。
「大地君のお父さんは、軌道計算の鬼って呼ばれてたよね。僕、ずっと前に、お父さんがそう言ってたのを思い出したんだ」
「伯父様は、そう呼ばれてたみたいね。私も、聞いた事があるわ」
 隼人は、宙美の顔を見て相槌を打った
「そんなおじさんがさ、軌道計算を間違うと思うかい」
「でも、小惑星は、落っこちたんだよ」
「だから、誰かが、おじさんの計画を知って、それを悪用したんだよ。おじさんの軌道計算は、間違ってなかったんだよ」
 自分でも、こじ付けのように思えた。
「有り得ないよ」
「どうして?」
 自分でも、説得力が無いと思っていたが、否定されると反発したくなる。
「だって、小惑星を落っことす目的というか、動機が無いじゃない。何のために小惑星を落とし、どんな得をする人が居るって言うんだい?」
 隼人は、即答できなかった。
「動機が無い犯罪なんか、考えられないよ。準備が大変な犯罪だから、はっきりした目的がないと説明できないんだ」
「動機は、たぶん、おじさんの失脚だよ。おじさんが邪魔だったから、地球を掠める筈の軌道を変えたんだよ」
「それはないよ。警察庁は、隼人君のお父さんを業務上過失致死傷で書類送検していたんだ。お父さんが公開審判で証言するまで、警察庁でさえ真相に気付きもしなかったんだ。僕が公開審判を選択してなかったら、お父さんは発言する場さえなかったんだよ。第一、僕が障害事件の加害者になるなんて、どうして予測できる?」
 隼人は、唸った。
 殺した人間の数が、半端じゃない。しかも、地球からの援助が無くなるので、下手をすると、コロニーに居ても命が危ない。面白半分で犯す犯罪とは違う。準備も、技術も、必要だ。相当に強い動機が無ければ、こんな事をする筈がない。でなければ、狂気を秘めた天才の仕業かだ。
「それに、他にも問題が色々ある。一つ目は、自分の家族や親族を巻き込む危険があった事。二つ目は、父が細工した軌道計算を、更に細工するには、相当な技術を持っていなければならない事。三つ目には、父の計画を詳細に知っていなければならない事。もっと考えれば、他にも問題が一杯出てきそうな気がする。その辺りから考えても、親父の計算間違いが、小惑星墜落の事実を一番上手く説明できるんだ」
 大地の言う事は、一々もっともだった。
「でも、どこか変だと思わないかい」
 隼人は、喉に刺さった魚の小骨のように、すっきりとしなかった。何かを見落としているような、もどかしさを感じていた。それは、宙美も同じらしい。
「そうね。私も、しっくり来ないわ。何か、上手く言えないけど、しっくり来ないのよ」
「幸せだよ」
 大地は、ぽつりと言った。
「隼人君が、この言葉を口にしたのは、転校二日目の小会議室だったね。僕は、今、隼人君がこの言葉を言った気持ちが、凄く良く分かるんだ」
 大地の感謝の気持ちが、隼人にも分かった。
「ありがとう。二人に、希望を貰ったよ。明日から、思い切って登校してみるよ」
 道の一つが、三人の前に開かれた気がした。でも……
「そんなんじゃないんだ。僕は、ほとんど確信してるんだ。おじさんは、無実だ。絶対に黒幕が居る。それを見つけ出さなきゃ、おじさんは冤罪になってしまう」
「いいんだよ。仮に、親父が小惑星墜落に関して無実だとしても、業務妨害の罪は残るよ。それに、真相究明は、警察の仕事だ。僕達が動くと、警察に迷惑を掛ける場合もあるし、第一、危険だ。おまけに、真犯人がいるなら、そいつは数億人を殺した奴だぞ。あと一人や二人を鬼籍に追加するくらい、何とも思わないよ」
 背筋が寒くなった。
 言われてみれば、確かにそうだ。
「大丈夫よ。隼人君は、楯にもならないくらいに的が小さいから、犯人にもどこに居るのか、見えないわ」
 宙美は、しれっとして、そんな事を言った。余程、さっきの卵の件が頭に来てるんだろう。言葉に、刺を感じる。
「じゃあ、こうしよう。僕は、軌道計算をし直してみる。もちろん、僕の実力じゃ、おじさんと同じ事ができないけど、どれくらいの推力を与えたら同じ結果になるか、確かめてみるよ。これなら、危険はないし、ここに居てもできる」
「君のパソコンは、押収されたんじゃなかったっけ」
「大丈夫だよ。軌道計算だけだったら、どのパソコンでも、大して変わらないよ」
 大地は、天を仰いだ。
「しかたがない。パソコンは、僕のを使っていいよ」
「パソコンは、押収された日から、おばさんが貸してくれてるから、全然平気だよ」
「それなら、いいんだ。でも、外に出て捜査しようなんて考えない事。いいね」
「大地君て、まるで隼人君の保護者みたいね」
「友達を心配しちゃ、いけないかい?」
「僕は、気にしてないよ。大地君の言う事は、いつでも正しいもん」
「聞き分けのいい息子ね。じゃあ、お母さんからも言わせてもらおっかな」
 宙美まで、隼人の母親気分だ。
「お外で遊ぶ時は、お父さんか、お母さんに言ってから出掛けるのよ。いいこと」
「はい、おかあさん」
 隼人は、明るく返した。

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