伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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12

 予想通り、松井がイの一番にやってきた。直ぐ後ろには、井本の姿も見えた。
「新しい探査方法を採用しただけだ。効率を三十倍に上げられる方法だが、ミサイルを見つけたくないなら、元の方法に戻すよ」
 憮然とした表情で何か言おうとしていた松井を井本は制した。
「説明をしてからにして」
「簡単に言うと、パッシブ・ソナーで、探査範囲を幅三百メートルに広げたということだ」
「ソナーですって! ソナーは使用禁止って、あれほど言っておいたはずよ」
「アクティブ・ソナーは、禁止なんだろう。隠密行動だから。今度のやり方は、パッシブソナーだ」
「村岡さん。パッシブ・ソナーは、探査には使えないのが常識だよ。おふざけは、止めてもらいたい」
 パッシブソナーは、潜水艦や艦船が発する音、主にスクリュー音を聞き取るソナーだ。音を発しないミサイルを探査はできないことを、松井は言いたいのだ。
「右舷三百メートル先をC1が併走している。ソナーで音を拾っているのは、C1だ。C1の聴音マイクで、『うりゅう』のスクリュー音を拾っているんだよ」
「『うりゅう』のスクリュー音を聞いていても仕方ない。真面目に探査をやってもらおう」
「海自の潜水艦乗りは、スクリュー音で敵味方の識別しかしないから、それ以外の使い道に気付かないのかい? 考えてみなよ。平和目的の『うりゅう』は、騒音を撒き散らしてるんだぞ。C1だけじゃない。他の外装機器も、騒音対策をしていない。スクリューも同じだ。スクリューは、単調な音を出し続けるから、これをソナー音源にすれば、音源と聴音マイクとの間の音の乱れから、何かあることくらい分かるようにできる」
「上手くいくはずが無い」
「上手くいったから、やり方を切り替えたのさ」
 まだ何か言いたそうな松井を抑え、井本は「次からは、相談してから始めてちょうだい」と言うと、踵を返した。
 一人取り残された松井だが、一睨みしてから、井本の後を追った。
 村岡らは、浦橋らに引継ぎを行い、そのまま夕食の準備を始めた。
 夕食は、浦橋と小和田を除いた全員が、食堂に集まった。
 一人一人の顔を見ていくと、焦りと疲労が浮かんでいる。不満を抱え、苛々しているようにも見える。
 チームが崩れかかっている。
 元々の探査方法では、探査が終わるまで年単位の時間が必要だった。そんな実のない探査を強要されて、不満が溜まらないはずがない。
 一方で、松井にも、焦りの色が見える。
 オカで大見得切ってきたのだろう。手ぶらでは帰れまい。ミサイルの破片の一つでも、持ち帰りたいのだろう。
 井本だけが、表情から何も読み取れない。
 彼女の仕事ぶりは、そつがない。今回も、ミサイルが見つかっても見つからなくても、己の評価を上げられるように、周到に考えてきているのだろう。
 夕食が終わると、それぞれに食堂を出て行った。お互いに話し合うことも無く、乗組員がばらばらになってしまった。
 四日前に出た極秘命令から、『うりゅう』の乗組員は振り回され続けている。
 実の無い任務は、否応無しに疲労を蓄積する。何をするのかさえ知らされずにいた三日間。その後の単調で延々と続く捜索。忍耐力を試されているような気がしてくる。
 それだけではない。
 この捜索は、捜索対象範囲だけでも、二ヶ月以上も掛かる。探査方法を見直しても、これだけの日数が必要なのだ。今回は、瓜生島調査をしているように見せかけているので、調査期間最終日には、『うりゅう』を別府湾に戻さなければならない。
 今回の捜索で見つからなければ、次の科学調査でも、今回同様に調査海域を抜け出して、ミサイル捜索に借り出される可能性がある。
 そんなことになれば、学術研究どころではない。
 新たな対策を講じなければならないが、村岡には策がなかった。
 あれやこれやと考えながら、夕食の片づけをした。
 夕食の片づけを終え、村岡が自室に戻るのを待っていたかのように、呼び出しがあった。
「反応は、ソナーか? 磁気か?」
「ソナーです」
 鮎田の声だ。
「停船させろ。直ぐに行く」
 右舷の指揮所では、瓜生が待っていた。指で、ソナーの映像を示した。
「ミサイルの可能性があるな。D1を出す。浦橋さんと江坂君を呼び出してくれ」
 浦橋も江坂も、すぐに来た。それより一歩早く来たのが、井本と松井だった。
「右舷百二十メートルの位置に、それらしいエコーがあった。これから、D1を出して確認する」
 D1とは、円盤型の二人乗りの小型潜水艇で、潜水円盤とも言う。大人二人が乗ると、ほぼ浮力がゼロになるように設計されている。このため、バラスト関係の補機を必要とせず、小型で機動性に富む潜水艇である。
「浦橋さん、江坂君と二人で、目標物の確認をしてきてくれないか」
「直ぐに出る。充電は?」
「OKです」と、鮎田が答えた。
「浦橋さん、水中電話は禁止ですよ。いいですね」
 松井が釘を刺す。
「わかっている」
 『うりゅう』の騒音レベルを知っていれば、無用な用心だと分かるのだが。
「ミサイルかな」と、松井が言う。
 こんなに簡単に見つかるはずが無い。これも、たぶん違うだろう。
 だが、そんな気持ちは口に出さなかった。
 十分後、江坂は落ち込んだ表情で戻ってきた。
「ただの岩でした。映像を見たいのでしたら、サーバーに転送を掛けておきました」
「見せてください」と井本が言うので、江坂は、端末の一つに映像を呼び出した。
「こんな岩を一つずつ調べてたら、敵わないわ。直ぐに、捜索を再開させなさい!」
 鮎田は、落ち込んだ様子で、『うりゅう』を発進させた。
 鮎田から村岡が引き継いだ午前零時から午前四時は、何事も無く過ぎた。
 引継ぎの午前四時前に、浦橋がやってきた。
「破片さえ、見つかりませんな」
 浦橋は、共感を求める眼差しで村岡を見た。
 元は、海上自衛隊の潜水艦乗りで、本人の弁によれば、海中自衛隊と言うほど、潜水艦一筋だったそうだ。最初から、潜水艦勤務を希望し、入隊から数年で希望が適うと、潜水艦勤務にしがみついてきた。
 その中で、潜水艦同士の知られざる戦いが、本当に戦争抑止力として機能しているのか、疑問に感じるようになったという。日本近海において、他国の潜水艦を発見し、監視し、優位な位置を押さえる事で、核を持たない日本にとって、核を含めた戦争抑止力として、潜水艦が役立っていると、上司から教えられてきた。
 しかし、海中での見えざる戦闘の状況を、どれほど各国の元首が理解しているか、疑問に感じるようになった。
 『うりゅう』の募集に応じたのは、パワーゲームから離れた世界で潜水艦に乗りたかったからだと言う。
「破片で納得してくれればいいのですが」
「そうですな。最終目標は、弾頭でしょう。せめて、エンジンだけでも見つかれば、矛先の収めようもあろうというもの。早く見つけたいですな」
 浦橋が当直に入るのに、他人事のように言った。
 彼は、ミサイル捜索の勝算の低さを認めたくないのかもしれない。
 規定に則って引継ぎを済ませると、村岡は自室に戻った。
 ところが、部屋の扉を開きかけたところで、また呼び出しが掛かった。
 これで三度目だ。
 これからは、部屋に戻るのは止めようかとも思った。
 指揮所に取って返すと、小和田がソナー画面の前で手招きしていた。
「怪しいと思いませんか。このエコー」
 なるほど。細長く伸びたエコーは、ミサイルと見えなくもない。
「右舷、二百四十メートルくらいだな。C1を回すのが早かろう」
 既に、『うりゅう』は停船している。
「少し後退させます。ケーブルが届くかどうか、厳しいところですから」
 浦橋は、『うりゅう』の両舷を、微速後進にセットしていた。
 浦橋の操船は見事で、C1が目的の地点に届くぎりぎりの位置に『うりゅう』を止めた。
 いつの間にか、井本と松井もやってきていた。二人は、小和田の説明を聞いている。その後ろには、他の乗組員も集まっていた。
「C1を早く寄せるんだ」
「やってるよぉ」
 小和田の軽い返事。真面目か、どうか、外からでは分からない男だ。
 小和田が、C1を目標地点に向かわせていたらしく、直ぐに、エコーの正体が見つかった。
「くそ! 誰が石を並べたんだ」
 松井が、雑言を吐き出した。彼の言うとおり、綺麗に数十個の白い物が並んでいた。
「こんな深さで石を綺麗に並べる奴がいたら、会いに行きたいね」
 石の正体に気付いているらしく、小和田は松井を馬鹿にした。
「自然に石が並ぶはずが無いだろう。並べたのは、お前か」
「俺が、あんたの邪魔をしているように言いたいのか? お門違いだよ。俺たちは、あんた以上に、早く見つけたいのさ。あんたらと違って、ミサイルを見つけた後から、おいらの仕事が始まるんだから」
 小和田は、笑みを浮かべながら言った。それが、松井の逆鱗に触れることも知った上で、彼はやるのだ。
 険悪な空気に包まれた。村岡は、浦橋を見たが、苦笑いしている。口を挿む気は無いらしい。
 いきなり、松井が小和田の肩を突いた。一度よろめいたが、体勢を立て直し小和田はパンチを繰り出した。が、パンチは途中で止まった。後ろに来ていた瓜生が、小和田の腕を掴んでいた。
 小和田がパンチを繰り出そうとした瞬間に、松井は受身と反撃の態勢を整えていた。だから、小和田のパンチが止まっても、松井は反射的に反撃をした。ただ、瓜生が小和田を腕ごと引き戻していたので、松井のパンチも空を切った。
 村岡は、慌てて両者の間に入り、松井の第二段を止めた。
「松井さん。うちの乗組員に暴力を振るっていたら、俺は即座に浮上して、海保に負傷者が出たと打電していたよ」
「ふざけるな! 先に手を出したのは、彼の方だ」
「ふざけてるのは、あなたの方だ。あの石の並びを見て、人間が並べたと思うような弩素人がミサイルを探そうとしている。俺達には、それが信じられない」
「なんだと!」
「松井君。あれは、死んだ鯨の脊椎骨だよ。だから、綺麗に並んでいるんだ。日本海側で大型の鯨の骨が見つかるのは稀だがね」
 松井も、浦橋には一目置いているらしく、浦橋に目を遣った後は、両手の拳を握り締めたまま、何も言わなかった。
「ソナーの性能は高くない。アクティブソナーを使わせてくれるなら、もう少し早くなるかもしれないが」
「また、その話の蒸し返すのね。でも、駄目よ。今のやり方を続けてちょうだい。松井さん、行きましょう」
 綺麗に引き際をまとめ、井本は姿を消した。
 ただ、流石の井本も、切れた。
 それもそのはず。
 浦橋の当直の間に、更に二回も緊急招集があったのだ。結果は、どちらも漁具だった。
 深夜の呼び出しが二度もあったので、睡眠が妨げられたらしく、イライラを募らせていた。
「こんなに頻繁に止まっていたら、先に進めないでしょう。何とかしなさい!」
 捨て台詞を残して、彼女は自室に戻って行った。調査能力を三十倍に引き上げたのだ。緊急招集の頻度も、三十倍になって当然だ。その言葉を、彼女の背中に投げつけたかったが、ぐっと飲み込んだ。
「仕方が無いな。魚塚、何とかするしかない」
「スキッパーも、無茶言いますね。でも、何とかしましょう。協力をお願いしますよ」
「分かってるよ。江坂さん。そっちも、対策が無いか、考えてくれないかな」
「しょうがないな。安眠妨害されっぱなしじゃ、堪らないからな」
「よし。それまでは、今までどおり、頑張ってくれ」
 村岡は、疲れた体を引きずり、自室へと戻った。ベッドに体を投げ出すように、転がり込んだ。
 それも、ほんの一時間ほどで睡眠を打ち切った。
 朝食だった。
 鮎田と瓜生は、江坂と共に当直に就いていた。小和田は、井本の隣で、食べるのももどかしそうに話し掛けている。浦橋と松井も並んで食事をしていた。こちらは、まるでロボットのような正確で無駄の無い動きを繰り返していた。
 当番が用意した物を、自分でテーブルに並べ、急いで食べた。
 朝食の片付けは、浦橋と小和田の担当なのだ。早く食べれば、彼らもさっさと片付け、その分だけ早く寝られる。
 ただ、村岡が食べ終わった時、小和田自身はまだ食べ終わっていなかった。
「小和田君、早く片付けて体を安めな」
 その一言だけ言って、指揮所の様子も見に行った。
 鮎田は、緊張感は緩んでいなかった。瓜生は、相変わらず淡々と作業を行っている。
「江坂さんは?」
「左舷の指揮所に行っています。あっちの方が人が居ないので集中できるようです」
 鮎田は、端末の画面を睨んだまま、そう答えた。
 言外には、サボっているとの疑いが込められている。
「それより、スキッパーは、休んでください。夕べは寝ていないでしょう?」
「俺は、立ったままでも寝れるから心配するな。それに、部屋に戻ると、なぜか呼び出しを食らうんだ」
「そうですか。タイミングが悪いんですね」
「運は、この船に乗るときに使い果たしたからな」
 鮎田の表情が緩んだ。
「しっかり頼むぞ」
 そう言って、指揮所を出た。左舷の指揮所は気になったが、自室に戻った。
 自室の扉を閉める時には、少し緊張した。また、何かで呼び出しが入るのではないかと、冷や冷やものだった。幸い、この時は、何も起こらなかった。
 どうやら、不運の神も、疲れたらしい。
 村岡は、遠くで瓜生の声を聞きながら、ベッドに転がり込んだ。
「えっ!」
 疲れからか、寝惚けていたので気にしていなかったが、この違和感の意味に気付いた。
 瓜生が、ここまで届くほどの大声を上げることは、今まで無かったことだ。何を言っているのか確認しようと、ベッド上で体を起こした直後、弦が張るような音が聞こえた。
 事故だ!
 直感して、ベッドから降りようとした時、軋むような音の後、激しい振動と騒音に襲われた。『うりゅう』をつんのめるような衝撃が襲った。
 村岡は、その衝撃で、頭から床に落ちた。

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  11

 潜水艇で行う深海の探査は、通常なら観測窓から行うものだ。『うりゅう』にも、窓はたくさん付いている。観測窓としての機能を考えて設けられた窓は多くないが、各船室には一つずつ窓があり、船外灯が照らす海底を楽しむことができる。これは、船外の状況を確認しやすいという実用性と、長期の探査において、閉鎖空間のストレスを和らげる事も、目的に含まれている。
 だが、今回の探査は、ミサイルなので、磁気探査を行うことにした。だから、磁気反応が出なければ、観測窓を使うことはない。ずっと、観測モニターに映し出される数値を睨んでいるだけの退屈で変化の無い航海が続くのだ。
 浦橋に言わせれば、潜水艦の作戦行動はこんなものだと言う。潜水艦は、ソナーだけを頼りに航海する。それも、パッシブソナーで見えない相手を探すのだ。暗闇の中で物音を立てる獣が居ないか、探し回るようなものだ。相手より大きな物音を立てれば、負けに繋がる。息を潜ませ、耳を欹て、気配を何ヶ月も探し続ける。神経をすり減らす割には変化に乏しい。
 浦橋には、この探査作戦は、慣れ親しんだやり方に似ているのだ。
 村岡にしてみれば、浦橋の経験は、今回ほど頼もしく思えることはないだろう。
 今回の件で、裏取引の嫌疑が掛かる浦橋だが、今は普段通りの任務を淡々とこなしている。最もきつい時間帯の四時から八時の時間帯を担当している。
 その彼が担当する時間帯で、呼び出し音が鳴った。
 ミサイルの可能性がある磁気反応が見つかったのだ。
 自室でベッドに入ったばかりの村岡は、枕元のインターフォンに飛び付いた。
「浦橋さん、ミサイルか?」
「いえ、磁気反応があっただけです。今から、探査コースを外し、問題の場所に直行しまます」
「分かった。直ぐに行く」
 運が良いなと、村岡は思った。
 ミサイル捜索は、昨日の午前に始まったばかりだった。まだ、一日も経っていない。こんなに早く結果が出るとは思ってもいなかった。
 右舷の指揮所に入ると、江坂が待っていた。浦橋は、江坂に目配せした。
「磁気エコーです。見ての通り、期待薄です」と首を竦めた。
 村岡にも、それが分かった。ミサイルにしては、強すぎるのだ。
「やっと見つかったか! 全員に招集を掛けろ!」
 飛び込んでくるなり、松井は頭ごなしに命じた。怪しい物体を見つけたら、村岡と江坂、それに井本と松井に連絡を入れる約束事になっていた。物体がミサイルであることが確認されると、井本と松井の指揮で、引き上げ作業を行うことになっていた。
 少し遅れて、井本も入ってきた。
「村岡さん、全員に招集を掛けましたか? これから、不休で引き揚げ作業に入ります」
「確認が取れたら、招集を掛ける」
「ぬるい。全て事前に準備しておくべきだ。私の方で招集を掛けさせてもらう」
 松井は、制服のインカムの機能を使い、招集を掛けてしまった。
「松井さん。勝手な行動は謹んでください。これは、ミサイルじゃなさそうだ。おそらく沈船。ミサイルにしては、エコーが大きすぎる」
 ほとんど同時に、残る四人も飛び込んできた。
 真っ先に飛び込んできた瓜生は、まず磁気レーダーに飛び付いた。それに一瞥を加えると、無言のまま指揮所を出て行った。
「スキッパー、発見は何分前ですか?」と小和田が問う。
「三分以上前だ」
 小和田は、首を竦めた。
「素人さんのお付き合いは、大変ですね、スキッパー」
 これには、無言で頷くしかなかった。
 ミサイル程度の物体なら、直ぐ近くでないと磁気を検出できない。三分以上も掛けて接近しなければならないほど遠い位置で見つけたのなら、よほど大きな物体だから、ミサイルではない。小和田は、そう推測したのだろう。
「井本さん。お部屋に戻りましょう。体力は温存するべきです。あの二人は、これから三十分くらいやりあうことになるでしょうから、付き合っていたら体が持ちませんよ」
 小和田は、井本の肩を抱くように、促した。
 小和田が言う二人とは、鮎田と松井のことだろう。
 井本は、毅然とした表情のまま、その場に居た。彼女にしてみれば、磁気エコーの正体を確認するまでは、松井と鮎田がやり合おうと、その場で待つつもりなのだろう。
 瓜生が去った後の磁気レーダーを見ていた魚塚と鮎田だが、顔を上げた時には、怒りが浮かんでいた。
「スキッパー、召集を掛けたのはこいつでしょう」
 鮎田は、松井の鼻先に指先を向けた。
 どう答えようか、考えあぐねている時、『うりゅう』が減速するのを感じた。
「浦橋さん、画像を出せますか?」
「メインスクリーンを見てください」
 浦橋は、船外灯を点け、スクリーンが明るくなった。
 船外灯で照らし出せるのは、精々三十メートルだ。その先は、靄がかかったような闇がある。その中から、ぼんやりと何かが現れた。
 『うりゅう』は、ほとんど船足を止めていたが、手探りで闇を歩く人のように、慣性でゆっくりと進んでいた。
 スクリーンにぼんやりと映っていた物体は、『うりゅう』の左舷下に移動していた。やがて、その物体の輪郭がはっきりしてきた。
 スクリーンに映し出されたのは、朽ち果てた漁船だった。
「さてと、松井さん。乗組員の消耗を考えると、これが繰り返されれば、浮上して乗組員に休息を与える必要が生じます。御承知おきを」
 村岡は、松井に警告を発した。
「それで、我々を脅迫したつもりか」
「どうやら、素人さんのようなので、今後起こり得る事態を説明しておいた方が良いかと思いまして」
 村岡は、鮎田らに向かって「召集解除だ。各自、休息を取りなさい」と言った。
「スキッパー。何で、鮎田を焚き付けないんですか。見ものだったのに」
 小和田は、不遜なことを言った。
「あなたも、休息を取りなさい」
 井本は、小和田をかわして、指揮所を出て行った。
 浦橋は、何事も無かったように、『うりゅう』を元の探査ルートに戻す作業に入っていた。
 ただ、魚塚は指揮所に残っていた。
「スキッパー。探査方法で試してみたいことがあるんですが」
 彼は、有能なエンジニアだ。本来の専門はロック・エンジニアで、岩盤の有効利用を考えるのだが、地質調査の能力と、土木関連機材の操作と保守もこなす。『うりゅう』においては、機関長に相当する職務の責任者で、本体の機関や補機のみならず、付属する調査用機材にも精通している。
「話を聞こう。何だ?」
「C1を使って、音響探査を行おうと思うのです」
「C1で何をするつもりなのかな? それ以前に、音響探査は、あの二人のお気に召さないと思うが」
「あの二人が気にしているのは、アクティブソナーです。僕のは、『うりゅう』の機関騒音を利用したパッシブソナーです」
「つまり、『うりゅう』のスクリュー音や艇体から出る騒音をC1でキャッチし、騒音波形の乱れから、『うりゅう』とC1の間にある物体を見つけようというのだな。でも、解析用のプログラムが必要だろう」
「物体があるかどうかの解析ができるソフトは、夜の内に作りました。単体での動作に問題はありませんが、実際の捜索での試験が必要です」
「どうしたい?」
「先程、発見した沈船を使って、検出できるか、試してみたいと思います」
「つまり、同じ場所を通れというのだな」
「一度で良いので、あの場所を通過してほしいのです」
「あれじゃ駄目だ。対象が大きすぎる。俺たちが探しているミサイルの残骸は、バラバラになっているはずだ。海底の石ころを調べるようなものだ。過去のデータを調べて、海底の岩でミサイルの残骸に見立てられそうなものを探し、それを検出できるかの確認を行った上で、君の意見を採用することにしよう」
「分かりました」
 魚塚は、左舷の指揮所に向かっていった。目視データのチェックは、左舷で行っている。右舷を操船に専念させるためだ。
 朝食後、三時間ほどの仮眠を取った村岡の元に、魚塚が戻ってきた。
 次の担当時間に備え、早昼を食べながら、魚塚の話を聞いた。
「二箇所に、適当な大きさの岩と船具がありました。これで、『うりゅう』に近い位置にある場合と、C1に近い位置にある場合の二種類の試験が行えます」
「分かった。試験方法を明文化しなさい。君のプログラムの内部データを採取しながら、試験をしてみようじゃないか。次の四直で試験を行う。時間が無い。大至急、準備をしてくれ」
 岩の位置を魚塚から確認して、転進の位置とC1の進出位置を検討した。
 ミサイルの捜索パターンは、推定位置を中心に陸上競技場のトラックのような直線と曲線を組み合わせた形を取っている。これを、徐々に外側へと右回りの渦巻状に広げていく。
 魚塚が言う岩の位置は、既に通過している。
 この先で『うりゅう』は、渦巻きを一段外側へと進路を取るが、C1は、『うりゅう』の右舷側へ進出させ、捜索済みの海域をスキャンする。
 この方法でよい結果が得られれば、捜索の経路を右回りから左回りに変えるつもりだ。
 渦巻きの線と線の幅は、僅かに十メートル。早朝の漁船のような巨大なものなら、かなり離れた位置からでも検出できるが、ミサイル部品の中の磁性体や鉄の使用量から考えれば、真上を通過しても検出できるかどうか、怪しいところだ。
 当然、外部のカメラを用いて、目視で監視している。
 そのまま監視するのでは、非常に厳しいので、ライトの角度と陰影から、自動的に物の大きさと凡その形状を検出するソフトを用いている。撮影済みの画像データを処理し、海底から不自然に盛り上がっているものを見つけたら、それが映像上に示される。
 遺物が浅く埋もれている場合、海底に痕跡が残る場合が多い。これを見つけるのが、本来の機能だ。
 カメラのチェックは、非常に疲れる作業だ。これを、不眠不休で行っている。
 勤務は、三交代になっている。これは、二十四時間航行時の勤務形態だ。操船は、村岡、浦橋、鮎田が四時間交代であたる。それぞれ、魚塚、小和田、瓜生が、バックアップする。
 江坂は、客員の扱いなので、この勤務形態から外れ、八時から十七時までの勤務となる。
 カメラをチェックするのは、バックアップの三人だが、昼間の時間帯には、江坂と井本と松井で、録画されている画像を再確認している。
 これらの作業は、非常にきつい。特に、バックアップの三人は、リアルタイムにチェックするので、気の休まる間が無い。
 もう一つの問題は、このペースで調査海域を調査しきれないということだ。
 調査海域は、北西から南東に九十キロ余り、北東から南東に四十五キロ余りだ。調査時の速力は五ノット。時速にすれば、九キロ余りだ。長軸方向に十時間航行し、折り返す。一日で調査できるのは、幅二十メートル分に過ぎない。
 このペースでは、調査海域の捜索に掛かる時間は、六年だ。現実的ではない。
 別府湾での調査に戻るのは、浮上当日となるだろう。
 魚塚のアイデアは、実現の可能性が高く、効率も桁外れに向上する。彼のアイデア通りであれば、三十倍に効率が向上する。それでも、調査に必要な期間は二ヵ月半だが、海自から提供された座標の精度から見て、もっと早く見つけることができるだろう。
 実際の航行パターンは、四十五キロ航行し、右旋回で百八十度の回頭を行う。再び、右旋回で百八十度の回頭を行う。回頭時の半径は、毎回五メートルずつ大きくする。
 『わだつみ』との会合点から四十二キロ北上した地点を基点とし、北西に向けて五時間の捜索を行った。そこで回頭し、今度は南東に向けて五時間。更に、北東方向に五時間の捜索活動を行った。
 沈船が見つかったのは、四レーン目の終わりごろだった。
 トータルで三十分近いロスがあったので、今は五レーン目の終盤だった。
 村岡の当直時間帯の早いタイミングで、五レーン目が終わり、六レーンに向けてのターンを行う。この少し前に、C1を切り離したい。三百メートルのケーブル一杯に離し、三百メートルの幅で捜索を行えば、三十倍も早くなる。
 ターン開始前にC1を切り離した。所定の位置まで展開するためには、時間が掛かる。ターン前に切り離しておけば、ターンの直径分だけ、C1の展開距離が短くて済む。
「さあ、始めるぞ。画像データは、俺が見るから、C1の位置とソナーは頼むぞ」
「OKだ。C1も所定の位置だ。問題ない」
 ミサイルの残骸に見立てた岩は、二箇所だ。どちらも、一時間以上も先の位置だ。C1は、掃海が終わっている海域はもちろん、その六倍の幅をサーチしている。
 C1は、最大で千メートルまで、ケーブルを延ばすことができる。しかし、水平には、三百メートルが限界だ。
 C1と『うりゅう』を結ぶアンビリカル・ケーブルは、浮力調整機能が付いている。ケーブル内に、浮力調整用のフレキシブルパイプが、同軸に配されている。ここに入れるエアの圧力で、浮力を調整する。パイプは、往路と復路の二本構成で、途中に、調圧用の小さな弁が仕込まれているので、この弁の開閉で、パイプ内に滞留するエアの圧力を調整する。弁は、膨張率が高いゴムを用いている。この弁の中に通された電熱線で温度を管理し、弁の開閉を行う。
 フレキシブルパイプの内圧を下げると、水圧でパイプ断面が変形し、浮力を失う。逆に、内圧を上げることで、浮力を増すこともできる。
 このフレキシブルパイプは、本来の目的が、余剰浮力が少ないC1への荷重を減らすことにあるので、C1に近い部分から二百メートル分にしか、フレキシブルパイプは配置されていない。弁は、二十メートルに一箇所の割合になっているので、十のセクションで区切られていることになる。残る二百メートルは、ほぼ海水と浮力が一致するように調整されているが、水深や温度で比重が変わるので、必ずしもバランスが取れるとは限らない。
 村岡は、主に画像表示画面を見ながら、航海計器からも目を離さない。予想していたより、ハードな作業だった。
 魚塚は、C1のソナーデータに見入っている。
「スキッパー。上手くいっています。鯨の骨でも検出できそうですし、小さな石ころでも、ちゃんと拾っているようです」
「まだ、結論は早い。例の岩を、大きさまでキチンと検出できてから、この手法の検討をしよう」
 単調な作業が続く。
 本来の調査は、手が抜けない。この探査方法が失敗した場合でも、このレーンの調査は完了させる必要がある。
 二時間余り後、問題の岩に近付いた。
「残り三十メートルだぞ。検出できないか?」
「まだです。この方法だと、C1との間に入らないと駄目なんです」
「残り十メートル」
「検出しました。エコーの大きさと、実際のサイズとの比率を調整をします」
「次の岩までの間に、エコー強度と実際の物体との関係を見極めておけ」
 数分後、二箇所目の岩の上を通過した。
「どうです」
 自信たっぷりに、魚塚が言う。文句なしの成績だ。
「残る問題は、材質を区別できるかだ」
「無理だって、スキッパーも分かっているでしょう。岩とミサイルだと、硬さが近いから、音波の反射率が似てきてしまいます。泥との区別はできても、そんなの意味が無いですよね」
「分かったよ。言うとおりだ。形状を見分ける精度を上げることだ。どの程度、正確に見つけられるかで、あの二人を説得できるかが、決まる。まあ、次を取り舵で旋回するつもりだけど、それに気付いたら、言い訳を考えよう」
 浦橋が担当する五直になっても、魚塚と共に指揮所に残った。そして、六レーン目が終わった時、それまでの面舵とは反対に、取り舵を切らせた。
「何をやってるんですか!」

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