- 3 -
夕食を済ませ、それぞれの部屋でシャワーを済ませた後、また、隼人の部屋に集まった。大地は、もちろん手ぶらだったが、宙美は、教科書やらノートやらパソコンやら、色々持って来た。
「宿題は、私がやってあげるから、あなたたちは、犯人の捜査をやってて。でも、何か進展があったら、ちゃんと教えてよ」
彼女は、テーブルに持ってきたものを広げ、こつこつと宿題を片付け始めた。
彼女の成績が良いのは、この真面目さなんだろう。隼人は、宿題は滅多にしていかない。宿題をしない割には成績は悪くないが、良いとは到底言えない。それが、ここに来てからは、大地や宙美に影響されて、宿題をしていくようになった。まだ、その成果は出ていないが、せめて、大地や宙美に恥ずかしくない成績にしたいと思っている。
「さてと。スペースプレーンなんだけど、一機は動きを掴めた」
「本当か?」
「……と思うんだ。飛鳥に七月末に飛来し、二日後に地上に戻ってるんだけど、真っ直ぐ管制センターに向かってるんだ。メンテンス期間も考えて、墜落事故まで管制センターにあった事は、間違い無いと思うんだ」
「確実だね。飛鳥の出入りは、それだけだよね。じゃあ、残るは、地上での移動だね。マザーベッドは超大型機だから、入れる空港は限られるから、空港は絞り易いよ。対象は、嘉手納宇宙空港か、長崎空港か、新東京空港か、新千歳空港だ。でも、長崎と新千歳は緊急着陸指定空港で、通常は、ここに降りる事はないし、ちゃんとしたメンテンスもできない筈だ。新東京も定期便は少ないから、余分な機体があったとは思えないし、やっぱり、嘉手納から来たと考えるのが妥当だね」
スペースプレーンは、地球の自転を利用して宇宙に出る方が楽なので、自転の周速度が最大になる赤道に近い所で、切り離される。だから、日本から宇宙に行く場合、大部分が嘉手納宇宙空港からの便となる。新東京もあるにはあるが、運賃が、嘉手納経由の三倍近い。嘉手納から飛鳥までの運賃でも、日本人の平均年収の二割前後と高額なので、新東京からは平均年収の半分以上にもなってしまう。自ずから利用者は、高収入の人物に限られ、当然、便数も少ないのである。
「そうなんだけど、嘉手納は、小惑星の墜落地点に近かったから、地震と津波と衝撃波で、完全にやられてるんだ。どこかに、データがバックアップされていると思うけど、探すだけで大変だし、閲覧できるかどうかも怪しいんだ」
「うだうだ言ってないで、調べてみようよ。やってみない事には、始まらないよ」
二人は、ネットワーク検索ツールを駆使し、条件を組み替えながら、探し回った。
「思ったより、手強いぞ」と大地。
「思った通り、手強いぞ」と隼人。
大地は、隼人の顔をちょっと睨んだ。そして、隼人の頭を手でくしゃくしゃにした後、声を上げて笑った。隼人も吊られて笑い出した。
「うん、もう! 煩くて宿題ができないわ!」
ペンをテーブルに叩き付けて、宙美が二人を睨んだ。
「静かにしないと、あなたたちに見せてあげないから」
隼人と大地は、顔を見合わせ、声を潜めて笑った。
「うん? 大地君、これを見て」
大地は、パソコンの画面を覗き込み、力強く頷いた。
「間違い無さそうだ。残る三機は、ここでメンテナンスを済ませて、管制センターに回航したんだ」
「うん」
嘉手納宇宙空港のバックアップは、意外にも飛鳥にあった。他の情報と同様、飛鳥のガードは厳しくなかった。御陰で、スペースプレーンの動きは、手に取るように分かった。
そこには、メンテナンスを完了した三機のスペースプレーンが、小惑星墜落の一週間前に、マザーベッドに搭載されて飛び立っていた。
「でも、問題は、何も解決しなかったね」
「どうしようか。手詰まりの感じだね」
隼人も、知らず知らずの内に、大地を頼っていた。その大地も、今回はお手上げのようだ。
「誰の指示でスペースプレーンを動かしたか、調べようが無さそうだね」
二人は、溜息を吐いた。
「宙美。ちょっと来てくれ」
宙美は、パソコンを閉じ、二人の脇に立った。
「証拠を掴む事は、僕達ではできそうにないところまで来た。それで、これからどうするか、話し合いたい」
「選択肢は?」
「一つは、これまでの調査結果を警察に伝えて、捜査の参考にしてもらう。二つ目は、仁科のおじさんに直接会って、自首を勧める。三つ目は、実りは少ないけど、このまま調査を続ける。
だけど、それぞれに問題がある。警察の件は、僕達の調査結果は、参考にしてもらえるかもしれないけど、状況証拠しかないから、無視される可能性の方が高い。自首の件も、これほどの大罪だから、簡単に認めるとは思えない。第一、仁科のおじさんが犯人かどうかも分からない。かと言って、これ以上、調査を続けても、成果が出る可能性は低い」
「どれも、一長一短だね」
隼人も、嘆息をついた。
「そうね。宿題を見せてあげられる程の案は無いわね」
宙美の毒舌は、段々厳しくなってきているような気がする。彼女に掛かっては、大地も形無しである。
「みんなの意見を、それぞれ出し合おう。まず、隼人君」
いきなりの先頭バッターだったが、隼人は考えが固まっていた。
「僕は、警察に預けるべきだと思う。僕達が行き詰まったのは、どれも捜査権が無いからだったよね。でも、警察なら、その辺りの捜査ができるから、証拠が出てくると思うんだ。それに、これ以上は、調べても仕方が無いと思うんだ。それと、仁科という人がどんな人かしらないけれど、本当に犯人なら、刺激する事は危険すぎるよ。だから」
大地は、頷いた。視線を隣の宙美に移した。
「次は、宙美だ」
「私は……。もう少し調べてみて、それでも駄目だったら、仁科のおじさんに聞いてみたいの。もし、私達の推理が間違っていれば、その方がいいわけだし……」
彼女は、考えがまとまらないようだった。ただ、三人の捜査線上に浮かび上がってきた仁科については、拘りたいようだった。
「最後は、僕だ。僕は、仁科のおじさんに会って、話をしたい。状況証拠は、ある程度揃っているけど、どうにもしっくり来ないのも確かだからね。もし、本当におじさんが犯人なら、自首を勧めたい。隼人君は、情報を警察に渡したいらしいけど、たぶん、無視されると思うんだ。なぜかというと、状況証拠しかない事もそうだけど、父は自供してるから、裏付け捜査に全力をあげていて、他の犯人を捜査する余裕はない筈さ」
犯人逮捕の後に裏付け捜査があるとは、隼人は考えていなかった。
「意外だと思うかもしれないけど、裏付け捜査は、警察の捜査の半分以上を占めると言われてるんだ。裁判で、公判を維持するためには、隙の無い証拠固めが必要なんだ。犯人を逮捕するのより、逮捕してからの方が大変だと言ってる警察官も居るくらいだ。殺人罪の裁判で提出される証拠資料は、紙にしたら厚さはメートルオーダーになるくらいだ。もちろん、一人の人間の基本的人権を完全に奪うんだから、それくらいはしないとね」
大地は、警察に渡す事には反対のようだ。信頼していない訳ではなさそうだが、仁科という人の事が気になっているのか、今は、自分達だけで解決したいらしい。
「わかったよ。二人が、仁科さんに直接会いたいのなら、僕も従うよ」
「よし! これで決まりだ。残る問題は、二つだ。一つは、仁科のおじさんを、どんな風に聞き出し、どんな風に自首に持ち込むかだ。もう一つは、共犯者だ。おじさんに動機が見付からない今、共犯者がいる可能性が高い。共犯者は、危険な存在だ。僕達が、事件の真相に近付いていると知れば、おじさんや僕達に危害を及ぼそうとするかもしれない。だから、この点は、検討しておく必要がある」
「共犯者が居るとしてもよ、仁科のおじさんが共犯者に従うとしたら、凄い弱みを持っている訳でしょう。それって、動機にもなるんじゃない。動機を調べてみない?」
「それと、共犯が気になるんだ。共犯が居るとして、それは一人とは限らないだろう。その辺りも、ちゃんと調べておくべきだよ」
「でもさ、共犯が居るとして、仁科のおじさんに弱みがあるかな。一般に、脅迫されて共犯関係になる場合、罪の意識が弱いとは言うけど、犯罪の規模が規模だけに、ありきたりの弱みじゃなくて、命より大事と言ってもいいくらいのものだよ。そんな弱みを、おじさんが持っていたとは思えないだ」
「ただね、弱みは、誰も知らない、共犯者と仁科さんだけが知っている事なんだよ。だから、安易に判断しない方がいいんじゃないかな」
「隼人君の言う事も分かる。でも、僕としては、仁科のおじさんにチャンスを与えたいんだ。それに、信じたいんだ。明日一日、考えて、それで行動に移そうと思うんだ」
「それで、いいよ。僕は、もう少し、調べられないか、やってみるよ」
「じゃあ、明日ね。大地君、早まった事はしないでよ」
「分かってるって」
三人は、宙美の宿題を写し合った後、それぞれの部屋で床に就いた。
「宿題は、私がやってあげるから、あなたたちは、犯人の捜査をやってて。でも、何か進展があったら、ちゃんと教えてよ」
彼女は、テーブルに持ってきたものを広げ、こつこつと宿題を片付け始めた。
彼女の成績が良いのは、この真面目さなんだろう。隼人は、宿題は滅多にしていかない。宿題をしない割には成績は悪くないが、良いとは到底言えない。それが、ここに来てからは、大地や宙美に影響されて、宿題をしていくようになった。まだ、その成果は出ていないが、せめて、大地や宙美に恥ずかしくない成績にしたいと思っている。
「さてと。スペースプレーンなんだけど、一機は動きを掴めた」
「本当か?」
「……と思うんだ。飛鳥に七月末に飛来し、二日後に地上に戻ってるんだけど、真っ直ぐ管制センターに向かってるんだ。メンテンス期間も考えて、墜落事故まで管制センターにあった事は、間違い無いと思うんだ」
「確実だね。飛鳥の出入りは、それだけだよね。じゃあ、残るは、地上での移動だね。マザーベッドは超大型機だから、入れる空港は限られるから、空港は絞り易いよ。対象は、嘉手納宇宙空港か、長崎空港か、新東京空港か、新千歳空港だ。でも、長崎と新千歳は緊急着陸指定空港で、通常は、ここに降りる事はないし、ちゃんとしたメンテンスもできない筈だ。新東京も定期便は少ないから、余分な機体があったとは思えないし、やっぱり、嘉手納から来たと考えるのが妥当だね」
スペースプレーンは、地球の自転を利用して宇宙に出る方が楽なので、自転の周速度が最大になる赤道に近い所で、切り離される。だから、日本から宇宙に行く場合、大部分が嘉手納宇宙空港からの便となる。新東京もあるにはあるが、運賃が、嘉手納経由の三倍近い。嘉手納から飛鳥までの運賃でも、日本人の平均年収の二割前後と高額なので、新東京からは平均年収の半分以上にもなってしまう。自ずから利用者は、高収入の人物に限られ、当然、便数も少ないのである。
「そうなんだけど、嘉手納は、小惑星の墜落地点に近かったから、地震と津波と衝撃波で、完全にやられてるんだ。どこかに、データがバックアップされていると思うけど、探すだけで大変だし、閲覧できるかどうかも怪しいんだ」
「うだうだ言ってないで、調べてみようよ。やってみない事には、始まらないよ」
二人は、ネットワーク検索ツールを駆使し、条件を組み替えながら、探し回った。
「思ったより、手強いぞ」と大地。
「思った通り、手強いぞ」と隼人。
大地は、隼人の顔をちょっと睨んだ。そして、隼人の頭を手でくしゃくしゃにした後、声を上げて笑った。隼人も吊られて笑い出した。
「うん、もう! 煩くて宿題ができないわ!」
ペンをテーブルに叩き付けて、宙美が二人を睨んだ。
「静かにしないと、あなたたちに見せてあげないから」
隼人と大地は、顔を見合わせ、声を潜めて笑った。
「うん? 大地君、これを見て」
大地は、パソコンの画面を覗き込み、力強く頷いた。
「間違い無さそうだ。残る三機は、ここでメンテナンスを済ませて、管制センターに回航したんだ」
「うん」
嘉手納宇宙空港のバックアップは、意外にも飛鳥にあった。他の情報と同様、飛鳥のガードは厳しくなかった。御陰で、スペースプレーンの動きは、手に取るように分かった。
そこには、メンテナンスを完了した三機のスペースプレーンが、小惑星墜落の一週間前に、マザーベッドに搭載されて飛び立っていた。
「でも、問題は、何も解決しなかったね」
「どうしようか。手詰まりの感じだね」
隼人も、知らず知らずの内に、大地を頼っていた。その大地も、今回はお手上げのようだ。
「誰の指示でスペースプレーンを動かしたか、調べようが無さそうだね」
二人は、溜息を吐いた。
「宙美。ちょっと来てくれ」
宙美は、パソコンを閉じ、二人の脇に立った。
「証拠を掴む事は、僕達ではできそうにないところまで来た。それで、これからどうするか、話し合いたい」
「選択肢は?」
「一つは、これまでの調査結果を警察に伝えて、捜査の参考にしてもらう。二つ目は、仁科のおじさんに直接会って、自首を勧める。三つ目は、実りは少ないけど、このまま調査を続ける。
だけど、それぞれに問題がある。警察の件は、僕達の調査結果は、参考にしてもらえるかもしれないけど、状況証拠しかないから、無視される可能性の方が高い。自首の件も、これほどの大罪だから、簡単に認めるとは思えない。第一、仁科のおじさんが犯人かどうかも分からない。かと言って、これ以上、調査を続けても、成果が出る可能性は低い」
「どれも、一長一短だね」
隼人も、嘆息をついた。
「そうね。宿題を見せてあげられる程の案は無いわね」
宙美の毒舌は、段々厳しくなってきているような気がする。彼女に掛かっては、大地も形無しである。
「みんなの意見を、それぞれ出し合おう。まず、隼人君」
いきなりの先頭バッターだったが、隼人は考えが固まっていた。
「僕は、警察に預けるべきだと思う。僕達が行き詰まったのは、どれも捜査権が無いからだったよね。でも、警察なら、その辺りの捜査ができるから、証拠が出てくると思うんだ。それに、これ以上は、調べても仕方が無いと思うんだ。それと、仁科という人がどんな人かしらないけれど、本当に犯人なら、刺激する事は危険すぎるよ。だから」
大地は、頷いた。視線を隣の宙美に移した。
「次は、宙美だ」
「私は……。もう少し調べてみて、それでも駄目だったら、仁科のおじさんに聞いてみたいの。もし、私達の推理が間違っていれば、その方がいいわけだし……」
彼女は、考えがまとまらないようだった。ただ、三人の捜査線上に浮かび上がってきた仁科については、拘りたいようだった。
「最後は、僕だ。僕は、仁科のおじさんに会って、話をしたい。状況証拠は、ある程度揃っているけど、どうにもしっくり来ないのも確かだからね。もし、本当におじさんが犯人なら、自首を勧めたい。隼人君は、情報を警察に渡したいらしいけど、たぶん、無視されると思うんだ。なぜかというと、状況証拠しかない事もそうだけど、父は自供してるから、裏付け捜査に全力をあげていて、他の犯人を捜査する余裕はない筈さ」
犯人逮捕の後に裏付け捜査があるとは、隼人は考えていなかった。
「意外だと思うかもしれないけど、裏付け捜査は、警察の捜査の半分以上を占めると言われてるんだ。裁判で、公判を維持するためには、隙の無い証拠固めが必要なんだ。犯人を逮捕するのより、逮捕してからの方が大変だと言ってる警察官も居るくらいだ。殺人罪の裁判で提出される証拠資料は、紙にしたら厚さはメートルオーダーになるくらいだ。もちろん、一人の人間の基本的人権を完全に奪うんだから、それくらいはしないとね」
大地は、警察に渡す事には反対のようだ。信頼していない訳ではなさそうだが、仁科という人の事が気になっているのか、今は、自分達だけで解決したいらしい。
「わかったよ。二人が、仁科さんに直接会いたいのなら、僕も従うよ」
「よし! これで決まりだ。残る問題は、二つだ。一つは、仁科のおじさんを、どんな風に聞き出し、どんな風に自首に持ち込むかだ。もう一つは、共犯者だ。おじさんに動機が見付からない今、共犯者がいる可能性が高い。共犯者は、危険な存在だ。僕達が、事件の真相に近付いていると知れば、おじさんや僕達に危害を及ぼそうとするかもしれない。だから、この点は、検討しておく必要がある」
「共犯者が居るとしてもよ、仁科のおじさんが共犯者に従うとしたら、凄い弱みを持っている訳でしょう。それって、動機にもなるんじゃない。動機を調べてみない?」
「それと、共犯が気になるんだ。共犯が居るとして、それは一人とは限らないだろう。その辺りも、ちゃんと調べておくべきだよ」
「でもさ、共犯が居るとして、仁科のおじさんに弱みがあるかな。一般に、脅迫されて共犯関係になる場合、罪の意識が弱いとは言うけど、犯罪の規模が規模だけに、ありきたりの弱みじゃなくて、命より大事と言ってもいいくらいのものだよ。そんな弱みを、おじさんが持っていたとは思えないだ」
「ただね、弱みは、誰も知らない、共犯者と仁科さんだけが知っている事なんだよ。だから、安易に判断しない方がいいんじゃないかな」
「隼人君の言う事も分かる。でも、僕としては、仁科のおじさんにチャンスを与えたいんだ。それに、信じたいんだ。明日一日、考えて、それで行動に移そうと思うんだ」
「それで、いいよ。僕は、もう少し、調べられないか、やってみるよ」
「じゃあ、明日ね。大地君、早まった事はしないでよ」
「分かってるって」
三人は、宙美の宿題を写し合った後、それぞれの部屋で床に就いた。