伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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  犯人の条件

  - 1 -

 大地は、二週間ぶりに登校し、冷たい視線を浴びながらも、無事に授業を受けた。隼人は、改めて、大地の強い心に感心した。
「隼人君」
 下校途中で、大地が話し掛けてきた。
「今日は、一日、眠そうだったね」
「今日だけじゃないわ」
「え、昨日も、欠伸ばかりしてたのかい?」
「違うわ」
 隼人は、宙美が何を言おうとしているか、見当が付いていた。そして、大地も、分かっているだろうと、思っていた。でも、大地は、「昨日は違ってたの?」と空々しく聞き返した。いつもの大地には戻りきっていないようだ。
「昨日も、一昨日も、その前も、地上に居る時から、ずっと眠そうな顔をしてるのよ」
 隼人は、抗弁するつもりはなかった。
 以前は、宇宙大規模構造をシミュレーションする事に没頭していた。今は、軌道計算に没頭している。いつも、夜更かしである。
「それより、軌道計算の結果を知りたくないかい」
「隼人君の眠そうな顔について、話をしてるのよ。話を逸らすつもり?」
「そうだよ。そのつもりだよ」
 隼人は、軽く言い放った。
「今日だけ特別、話を逸らさせてあげる」
 宙美は、可愛く微笑んだ。
「でも、ここじゃまずいな」
 大地は、相変わらず冷静な風貌を崩さない。だが、悪戯っ子だけが見せる笑い顔になると、脱兎の如く走り出した。隼人は、宙美と顔を見合わせ、大地の後を追った。大地は、スピードを緩めて、二人が追い付くのを待って、三人で走った。
 地下道の横穴から、太陽の光が射し込み、三人の行く末を明るく照らした。
 自宅に戻ると、三人は、そのまま隼人の部屋に入った。
「いいかい」
 隼人は、パソコンで、昨夜、計算した軌道を表示した。
「見ての通り、文字通り、大気圏を掠め飛んで、月の引力を利用して再加速し、高軌道に上がるようになってるんだ。おじさんは、やっぱり、軌道計算の鬼だよ」
「それで、どんな細工したか、分かったのかい?」
「減速のタイミングと方向だよ」
「それだけで、軌道が簡単に変わるなんて、上手く考えてるわ」
 隼人は、軌道修正において、月の引力の影響が無視できない事を説明した。
「これで、一歩、進んだのね。おじさんがやろうとしていた事が可能だったって」
 大地は、沈痛な面持ちで、黙っていた。
「宙美ちゃん、一晩、頑張ってできた事は、それだけなんだ。肝心な事は、何も分からなかっていないんだ。これだけだと、おじさんの無実を晴らす事はできない。それどころか、おじさんの計算間違いを補強しかねないんだ」
 宙美も、大地の様子に気付いたらしい。表情が曇った。
「伯父様の実際の軌道修正方法を、再現できないの?」
「無理だよ。難しすぎる。それに、それを再現できても、分かる事は、今と変わらないよ」
 だんだん、雲行きが怪しくなってきた。
 三人共、言葉が無くなった。
 隼人は、この状況を何とかしたいと、色々と考えた。だけど、捜査を先に進めるアイデアも、冗談さえも、思い浮かばなかった。
「まいったなぁ。みんな、睨めっこが好きだとは、知らなかったよ」
 真剣な顔で言った大地の冗談で、隼人と宙美は、揃って詰まっていたものを吹き出した。 
「あっ、僕の勝ちだ!」
「ずるーい」と宙美が膨れっ面をする。
 三人で、腹を抱えて笑った。この二人の御陰で、どれほど隼人は救われた事だろう。二人とも、辛い現実を引き摺っているのに、隼人の前でそれを見せる事は滅多にない。
 もちろん、それは二人だけに限った事ではない。ほとんどの人が、親族を失う悲劇に見回れている。
「みんな被害者」
 ぼそっと、隼人の口から漏れた。
「そうよ。そうなのよ。これなら、調べられるわ」
「どうしたんだい、急に」
 二人の視線が、宙美に集まった。
「思い付いたのよ。隼人君の一言で」
「えっ、僕、何か言った?」
「うん。みんな被害者って、言ったでしょ。それよ、それなのよ」
 大地が膝を打った。
「あっそうかぁ。これなら、調べられそうだ」
「なんだよ。二人で勝手に納得しちゃって。教えてよ」
「簡単な事だよ。被害者になっていない人を探せばいいんだ。だよね」
 大地は、宙美に同意を求め、宙美も肯いた。
「つまり、小惑星を落とそうと思っていて、家族や親族を地上に残したままで居られる訳がないだろう。だから、犯人は、家族をこっちに呼び寄せてる筈なんだ。最低でも、軌道ステーションには呼び寄せていた筈だ」
「じゃあ、小惑星を落とす直前に、旅行や移住してきた人を調べるんだね。でも、凄い数になるよ」
「絞ればいいわ。だって、小惑星の軌道修正に細工できるんだから、宇宙移民事業団の職員に限定できるわ」
「そうはいかないよ。ハッキングすればいいんだから」
「隼人君は、得意だものね」
「得意じゃないよ!」
 むきになって否定した。
「まあまあ、その話は後にしよう」
「後で、ゆっくり話しましょうね」
「え~」
 大地は仕方ないとしても、宙美にまで子供扱いされるのは癪だったが、二人のペースに合わせた。
「とにかく、先に話を進めようよ。隼人君が言うように、ハッキングはできるけど、お父さんの計画を知り得る人物って条件があるから、やっぱり宇宙移民事業団の職員だけに絞っていいんじゃないかな」
「でしょ~」
 小憎らしい言い方だ。それにも増して、大地の意見で決まったように言う事が、面白くなかった。でも、大地の意見は、いつでも的を射ている。間違った事を言う事は、まずないだろう。今もそうだ。
「ちょっと、待って。調べられるか、やってみるよ」
「問題は、いつ以降に地上を離れた者を対象にするかだ」
 新たな問題が出てきたが、そちらは二人に任せ、隼人は、軌道ステーションの通過を探った。
 入国管理局は、厳しくチェックされているので簡単には見る事ができないが、軌道ステーションは、観光客だけなので、驚くほどオープンなのだ。しかも、軌道ステーションを通らなければ、どこへも行く事ができない。ここさえ押さえれば、総てを押さえているのと同じなのだ。
 軌道ステーション飛鳥のコンピュータと繋がった。どれくらい古いものがあるのかを調べるため、大地を検索した。
 出てきた。
 でも、三年前だった。
「大地君は、四月は、どこの軌道ステーションを経由したんだい?」
 ふいを衝かれて、大地はびっくりした表情で、振り返った。
「隼人君も、僕が来た時期が気になるんだね」
 大地に聞き返された理由が、隼人には、何の事だか分からなかった。
「そうなんだ。お父さんは、僕が地上に居る事に危険を感じたんだろう。進学を理由に、僕をこっちに呼んだんだと思うんだ」
 考えもしなかった。何気ない一言で、大地を傷付けてしまったかもしれない。
「気にしないでいいんだ」
 隼人は、大地に気遣ってもらった事が、本来は逆なので、恥ずかしかった。
「ただ、仮にそうだとしたら、今年の三月か、四月くらいから後を調べればいいという基準になるだろう。かなり絞れるんじゃないかな」
「任せろ!」
 隼人は、結果で大地の心遣いに答えようと、検索ツールを組み合わせて、残る四箇所の軌道ステーションもまとめて、一気に絞り込んでいった。更に、アトランティス政府の公式サイトから、宇宙移民事業団の職員名簿を取り寄せ、パソコンに比較をさせた。
 結果が出るまで、長い時間が掛かった。
 電波でさえ、往復で三秒近くも掛かる距離にある軌道ステーションとリンクしているから、仕方が無い事だが、人類の居住範囲の拡大ぶりには、改めて感心してしまう。同時に、人類の通信手段は、中世以前と同レベルにまで戻りつつあるようにも思えた。
 電気を使った通信ができる前の、馬車や船で郵便を運んでいた時代に、通信の所要時間が戻りつつあるのではないのか。今は、地球の近くだから、中継衛星を経由しても片道三秒以内だが、これが火星、木星、土星と広がっていけば、それだけ時間が掛かるようになる。最遠の海王星なら、片道で六時間近い。さし当たって、最も移住の可能性が高い火星は、最接近時でも四分余り、最遠時なら約二十一分も掛かる。通信で会話を交わす事は、事実上、できなくなるだろう。
 今のところは、秒単位で電波が届く。その証拠に、間も無く結果が表示された。

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  - 5 -

 墜落した軌道は、計算結果が出ていた。実際の軌道との誤差は、ほとんどなかった。
 最後は、大地の父がやろうとした地球を掠める軌道だ。だが、これは、軌道のデータがなかった。当然だ。未遂に終わったのだから。
 隼人は、大地の父が、どんな事をやろうとしたのか、想像力を逞しくした。だが、直ぐに諦めた。そして、考え方を百八十度変えた。
「鬼が考える事は、僕には無理だ」と隼人は考えた。だから、鬼と言われた梅原翔貴氏の計画を考えるより、犯人がそれをどう利用しようとしたかを考える方が、隼人には楽だった。
 単純な話である。
 犯人は、梅原翔貴氏の策略をほんの少しだけ変更して、小惑星を墜落させたのだ。だから、軌道修正のタイミングをずらすとか、マスドライバーの使用時間を伸ばすとか、微調整をしただけだろう。元々、地球の大気圏を掠める軌道なのだから、僅かな変更でも墜落させる事は可能だった筈だ。
 隼人は、墜落した際の軌道と、予定の軌道との差を調べた。違いは、一箇所だけだった。
 小惑星の軌道修正は、火星へ向かう際と、最終の軌道に入る時の二回行われる。墜落は、地球に近付いた時に、軌道修正のための逆噴射をしておらず、逆に地球に向かって加速させていた。
「意外だなぁ。普通なら減速して引力に捕まるようにする筈なんだけどな」
 プロジェクトにおける計画では、地球への接近時に強力に減速し、地球の周回軌道に入れるようになっていた。当然、真犯人は、余計に減速する事で、地球に落下させたのだろうと思っていたが、逆に、加速しているのだ。
 考えられる事は、梅原翔貴氏の策略が、小惑星を加速するようになっていた事だけだ。
「でも、どうして?」
 軌道計算の鬼が考える事だから、深い理由がある筈だが、さっぱり見当が付かなかった。
 この際、細かい事は後回しにして、問題の軌道の割り出しに注力する事にした。例によって、いくつかの軌道修正パターンを試してみる。最後の軌道修正について、軌道修正のタイミングと時間の長さと推力を変化させて試し、結果を絵で表現してみた。
「へぇ、意外に簡単に落ちるものなんだ」
 不謹慎だが、隼人の偽らざる感想だった。
 地球の引力は大きく、ある程度近付けてしまえば、あっさりと墜落してしまうのだ。元々、梅原翔貴氏が危険性を訴えるくらいに地球に近付く軌道だから、早い時点で軌道変更を始めれば、地球に近付ける事は至極簡単で、大気圏に突入させる事は全く難しい事はなかった。
 こんな大胆な軌道だから、地球を掠める軌道修正の幅は、自ずから狭まってくる。
 隼人は、地上百五十キロメートル付近を通過する軌道を割り出した。
 大気圏とは、便宜的に決められているもので、ここまでは大気があり、それ以上は大気が無いと単純に区分できる訳ではない。国際的な基準とNASAの基準は、異なっている点からも、便宜的である事が分かる。国際的には、大気圏は、地上百二十キロメートルまでとしている。これに対し、NASAは、地上六十マイル(約九十六キロメートル)を大気圏としている。ただ、NASAの基準には、若干、政治的な色合いもある。
 ソビエトのガガーリンが、初めての有人宇宙飛行をやり遂げた時、アメリカのロケットの性能は、地球周回軌道に到達できるまで至っていなかった。だが、政治的な対抗上、どうしても同じ年の内に有人宇宙飛行をやり遂げたい。
 そこで、ハードルを低く設定し、大気圏最上層部を弾道飛行するロケットを打ち上げたのである。そのハードルの高さが、六十マイル。ロケットは、このハードルを越える弾道飛行に成功し、打上げ地点から目と鼻の先の大西洋に着水した。これを以ってして、ソビエトと同じ年に有人宇宙飛行を達成したと、アメリカ政府は喧伝したのである。
 さて、地上百五十キロメートルを通過する軌道は、直径が三~五キロメートルもある小惑星が通過するのだから、大気圏すれすれと言ってもいいだろう。
 隼人は、計算した結果から、ほぼ間違い無いと確信した。
「でも、地球を掠めても、その先は、どうなるんだろう。コロニーにぶつかったら、元も子もないしなぁ」
 気になって仕方がない。
 気になる事は、調べるしかない。
 早速、予想した軌道を延長して、その後の小惑星の軌道を計算した。
「これじゃあ、L51のスペースコロニーに近付き過ぎしないか」
 L51は、別名パシフィック。ラグランジュのL5ポイントに浮かぶ最初のスペースコロニーだ。
 ぶつぶつ、独り言を言いながら、画面に表示されている軌道を見詰めた。
 地球最接近後の小惑星は、地球の引力で大きく方向を変え、月の後方六十度付近に向かって上昇して行く。ここには、隼人達が居るスペースコロニーと同様のコロニーが浮かんでいる。
 どうにも、納得がいかなかった。
 大地の父は、地球とのニアミスをさせておいて、その後は、使い捨てのように放置するような、いい加減な人物ではない。
「何か、目的があるんじゃないかな」
 隼人は、更に先の軌道を調べてみた。そこで、気になる点を見付けた。
 月の引力によって、若干だが、加速されているのだ。そのため、軌道は、やや膨らんで、最接近距離も僅かだが遠くなっていた。ただ、この軌道を伸ばしていくと、アメリカの軌道ステーションに近付き過ぎる。衝突の危険もある。
 この軌道を選択した可能性は低いと、隼人は思った。
「もしかすると、もっと地上に接近させていたのかな」
 隼人は、月の裏での軌道修正時間を微調整し、地上百二十キロメートル付近を通るようにしてみた。小惑星の軌道は、予想通り大きく曲がり、少し月に近付いた。今度は、思い切って、地上百キロメートルの軌道を通過するようにしてみた。すると、見事に、月の直ぐ後ろに近付き、スイングバイ方式で十分な加速を得て、ぐっと高い軌道に上がる。公転周期も長くなり、新しい軌道修正も、準備する時間が得られるだろう。
 隼人は、漸く納得できた。
「おじさんは、やっぱり正確に軌道を計算してたんだ!」
 火星軌道の外側から小惑星を持ってきて、省エネ軌道で地球周回軌道に入れる計画を発案し、次にはそれを否定するために、大気圏を掠める危険性を訴え、実際に地球を掠めた上に、どこにも迷惑を掛けずに排除してしまう軌道を算出するなんて、隼人には雲の上の人の事に思えた。
 時計を見ると、午前二時を過ぎたところだった。
 翌日は、学校がある。大地も、久しぶりに登校する大事な日だ。隼人は、興奮した頭脳を宥めるように、床に就いた。

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