伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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  - 3 -

 ふと、隼人の目に、係員が真っ直ぐこちらに向かってくる姿が見えた。慌ててパソコンをシャットダウンさせ、素知らぬ振りでトランクの蓋を閉めた。
(パソコンを取り上げられるかもしれない)
 不安が隼人の脳裏を過ぎったが、係員の視線は隼人の頭上を越え、更に後ろへと注がれていた。係員は、隼人の脇を通り過ぎ、後ろで必死に電話を掛けている初老の男性の所へ向かった。しばらくの間、何事かで揉めていたが、係員に付き添われて照会センターへと歩いていった。
 エントランスホールには、数人を残して、避難民の姿は消えた。隼人も、照会センターへと重い歩を進めた。それしか、母とも連絡が取れない今、他に方法はなかった。
 突然、ホール全体に、館内放送のチャイムが響き渡った。
「業務放送。ただ今、第三ポートに、内之浦からの便が到着しました。各担当は、直ちに、受入態勢を整えて下さい」
(内之浦からの便! 宇宙移民事業団の管制センターからだ)
 人々は、色めきたった。
「行ってみよう」
 一人、二人と、人々は重い腰を上げた。隼人も、エレベータに向かった。
 エントランスホールのエレベータ前は、群衆に囲まれていた。
「隼人君も、行ってみるの?」
 エレベータ前の混雑の中で、宙美に声を掛けられた。
「神戸さんも?」
 宙美は、小さく頷いた。
「でも、この人集りだと、しばらくエレベータに乗れそうにないわ。ここで待つしかなさそうね」
 隼人は、肯かなかった。近くに居た係員を捕まえ、質問をぶつけた。
「到着した人は、ここと反対側のエントランスホールに案内されるんですか?」
「そうだよ」
 予想通りの回答だった。
「ありがとうございます」
 隼人は、丁寧に礼を言った後、宙美に手招きして、人気の少なくなったエントランスホールに呼び寄せた。
「エントランスホールは、反対側にもあるんだ。ここに居たら、半分にしか会えないよ」
「どうするの?」
「別のエレベータを使うんだ。ホテルエリアのエレベータなら、早いと思うんだ」
 隼人は、エントランスホールの端に来た。その先には、ホテルエリアへの通路が続いていた。だが、その手前には、係員が居て、受け入れ完了の札のチェックをしていた。
 隼人は、大胆にも係員に近付いていった。
「すみません。さっき、説明は聞いたんですが、母は反対側のエントランスに降りたんで、姉とそこに行きたいんです」
 隼人の姉にされてしまった宙美は、面食らっていた。
 係員は、隼人が持っている二つの荷物を見て、二人分の荷物と勘違いしたらしく、納得したようだ。
「四百メートル近くあるから、ちょっと遠いが、一本道だから迷う事はないよ。ここを真っ直ぐに行きなさい」
 係員は、道を開けた。隼人は、素早く通り抜け、宙美を招き寄せた。
「四百メートルもあるんだって」
「エントランスまで行けばね。でも、僕達は次のホールのエレベータで上に行くから、百メートルくらいしかないよ」
「そうなの?」
 隼人は、ほとんど背丈の変わらない宙美の手を引いた。
「行こう!」
(姉にしたのは、正解だった。妹だと言ったら、疑われていたかも)
 少しほくそ笑みながら、延々と続く坂道のような通路を急ぎ足で歩いた。次のホールに着くと、エレベータに乗ってシャフトに上がった。
 隼人達がシャフトに着いた時には、ちょうど最初のハーフパイプが着いたところだった。ほとんどは不慣れらしく、自転エリアへの移動に手間取っていた。それを、係員が補助していたが、手が不足している感じだった。
 隼人は、先に来ていた高校生か大学生くらいの男を捕まえて聞いてみた。
「どこから来た便ですか?」
「日本からに決まってるだろう」
「だから、日本のどこからですか?」
「うるさいな。日本のどこだろうが、坊やには関係無いだろう」
 その男性は、隼人の手を振り解いた。
 日本のどこから来たのか関係無いとは、無責任な話である。
 憤慨しながらも、この男からは、今以上の情報は聞き出せまいと、諦めた。事情に詳しい者は居ないかと、周囲を見回した。手隙の係員を探したが、誰も接合部に集まっていて、聞ける雰囲気ではなかった。
 振り返り、宙美の顔を見た。大きな瞳が、潤んでいた。彼女も、父親の安否が気になっているのだ。父親が、ハーフパイプから出てくるのを待っているのだ。その気持ちは、隼人も全く同じだった。
(直接、聞くしかないな)
 隼人は、小さな子供を空中に浮かせたまま、要領よく自転エリアに乗り移る婦人を見付けた。彼女は、ぐるっと一周した所で見事に子供をキャッチし、慣れた足取りでエレベータホールの床に降り立った。
「すみません!」
 隼人は、その婦人を捕まえた。
「どこから来たのですか?」
 その婦人は、子供を抱えたまま隼人の顔を見て、目を剥いた。
「隼人君? 隼人君でしょう」
 やつれた婦人の顔を、まじまじと見詰めた。
「あっ、おばさん!」
 結婚した後も、長い間、父の元で仕事をしていた女性である事を思い出した。家にも、夫婦で何度か来ている。昨年、子供を出産してからは、仕事を辞めて子育てに専念していたが、父はキャリア制度での職場復帰を期待していた。
「やっぱり、隼人君ね。お父様は脱出された?」
 隼人は、首を振った。そして、総てを理解した。
「お父様は、一緒じゃなかったのね。それじゃあ、うちの人も……」
 彼女は、子供をしっかりと胸に抱き、その場で泣き崩れた。二歳にもならない子供は、母親の表情から何かを察知し、健気にも母親を宥めようとしていた。父を亡くした事を理解できないその子を見ていて、隼人も、もらい泣きした。
 彼女が乗っていた便は、隼人達より先に飛び立っていた。ただ、飛鳥との会合のタイミングが合わず、地球を一周余分に飛ぶ事になり、隼人達より後になった。だから、最終便となった隼人の便に夫が乗っていない事を知り、彼女は絶望したのだ。
 隼人達は、地球を最後に脱出した日本人だった。
 十数分で、エレベータホールは空になった。宙美は、まだ、奥に誰か居ないかと、シャフトの向こうを見詰めていた。隼人は、この便が自分達より先に飛び立った便だとは、どうしても宙美に伝えられなかった。
 彼女の背中が、小刻みに震えていた。彼女も、気付いているのだ。ゲートを通過した人の中に、何人かの同級生や、顔見知りの大人が居た。彼女は、それを見て、期待を膨らませると同時に、絶望的である事を認識していたのだ。ただ、どうしても、父親が死んだ事を認めたくなかったのだ。
「神戸さん、行こう」
「隼人君?」
「下に戻ろう。別の軌道ステーションに行ってるかもしれない。でも、その前に、下に戻ろう。お母さんが心配しているよ」
 宙美は、小さく頷いた。
 隼人は、下で管理官についた嘘がばれないように、上ってきたエレベータとは別のエレベータを利用した。そして、出ていったホテルエリア方向とは反対側の通路から、照会センターの設置されているホールへ戻った。
 宙美の母は、直ぐに二人を見付けて駆け寄った。
「シャフトに上がっていたの?」
「隼人君が、連れていってくれたの」
 宙美の母は、頷いた。
 彼女は、総てを見抜いていたようだ。到着した便が、自分達より早くに地球を飛びたっていた事も、隼人の父も、宙美の父も、それに乗っていなかった事も。
「辛いでしょうけど、お父様は、どんなに待っても、ここにはいらっしゃらないわ」
 優しい言葉だった。諭すようにも聞こえた。でも、内容は、二人にとって悪夢そのものだった。
「もし、スペースコロニーに身を寄せるところが無いなら、私達と一緒にいらしたら。私の兄が、L4のスペースコロニーに居ますの。兄の息子は、宙美と同い年だから、隼人君とも上手くいくと思うわ」
 父の死を認める気にはなれなかったが、認めざるを得ないのも事実だった。それに、身を寄せる先が無くて途方に暮れていた隼人にとって、これ以上ない有り難い申し出でもあった。
「岐阜に、母方の伯母が住んでいるので、連絡を取ってみます。岐阜は、内陸なので、津波の被害は無いと思います」
 宙美の母は、首を振った。
「私は、大学で気象学を学んだので、これから先の地上の気象は、大体想像が付きます。地上に戻る事は、死にに行くようなもの。第一、地上に向かう便は、全便、欠航しているのよ」
 言われなくても、地上がどうなってしまうのか、隼人だって知っていた。ただ、宙美に付いていく理由が欲しかった。それを、宙美の母に言わせたかっただけだ。
「私達は、明日朝の便で、L4に向かいます。今晩一晩考えて、結論はそれからにしても、構わないわよ」
「御厚意、ありがとうございます。少し考えさせて下さい」
 隼人は、宙美と一緒に行きたかった。だから、本音では、結論は出ていた。少しもったいぶりたかった。自分を軽く見せたくなかった。
 ちょうど良いタイミングで、館内放送のチャイムが鳴った。
「ただ今から、夜食を配給します。避難民の皆様は、第二レストランにいらして下さい。お部屋の割り振りも、そこで発表いたします」
 放送は、もう一度、繰り返した。
 レストランは、黒山の人だかりとなっていた。隼人は、トレイに載った食事を受け取り、宙美達の横に戻った。テーブルは、老人や幼児に優先的に与えられ、若い者が先に食事を始めていても、老人や子供連れが現れると、係員の指示で席を譲ったし、指示が無くても譲り合った。
 三人は、他の人々と同じように、直接床に座って、食事を始めた。部屋割りの決まった人達の中には、部屋に戻って食事をしている人も居た。
 飛鳥では日本時間を採用している。今は午前二時前で、食事の時間ではなかったが、四時間近い緊張を強いられた体には、思いの外、有り難いものだった。その証拠に、三人共、直ぐに食べ終わってしまった。
 食事が終わると、何となく気持ちにゆとりが出てきた。その勢いで、宙美の母に申し出た。
「よろしくお願いします。一緒に連れて行って下さい」
 二人のほっとした表情が見えた。
「大丈夫。もう、心配しなくても、いいのよ。直ぐに、手続きをしてきますからね」
 宙美の母は、宙美を残して、移民受け付けに向かった。
「良かったわ」
 この事故が始まって以来、初めての笑顔が、彼女の顔に浮かんだ。
「伯父様は、優しい方だし、従兄弟の大地君も、頼もしい子だから、何も心配いらないわ。直ぐに慣れるわ」
 宙美は、従兄弟の大地を「頼もしい子」と表現した。まだ見た事も無い大地に、隼人は少しばかり、嫉妬を感じた。

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  - 2 -

「ここは、目が回るのぉ」
 重力エリアは自転しているので、敏感な人は目眩を感じる。普通は、子供の方が感じ易いのだが、この老人は年齢に似合わず敏感らしく、自転を目が回ると表現した。ただ、隼人は気にならなかった。
「おじいさん、ここがエントランスホールだよ。反対側にも同じものがあるから、もし、おじいさんの家族が向こう側に行ってしまったのなら、僕が探してきてあげるよ」
 飛鳥は、各部屋がシンメトリックに配置されているので、こことは反対側にもエントランスホールがあり、別のエレベータで降りた人達は、そこに集合している筈だった。
「わしの家族は、息子夫婦と孫が一人なんじゃよ。嫁と孫は、最初の便で出ているから、もう着いとるじゃろう。息子は、最後の便で来ると言っていたから、わしは息子を待ってから二人の所へ行くつもりだ」
 目眩が酷いのか、疲れた声だった。だが、身寄りが居ると聞いて、隼人もほっとした。
 エントランスホールには、折り畳み椅子が並べられていた。地球の重力の八割しかないが、疲れた体には、立ちん坊は辛い。隼人は、老人を空いていた椅子に座らせ、自分も他に空いている椅子を探した。
 意外に空いている椅子は少なかった。
 小さな子供たちは、こっくりこっくりと居眠っている。母親に抱かれて、すやすや眠る赤ちゃんも居る。大人も、ほとんどがぐったりしていて、中には居眠っている人もいた。壁際には、気分が悪くなった人が、ストレッチャーの上に横になり、治療を受けていた。そのほとんどは、老人だったが、一人赤ちゃんが治療を受けていた。傍らで、母親が、悲壮感を帯びた声で、子供の名前を呼び続けている。
 隼人は、胸が締め付けられるような気持ちがした。
「隼人君」
 宙美の声だった。隼人は、宙美の姿を探した。彼女は、最後列で手招きして、隣の空いている椅子を示した。隼人は、宙美の母も一緒だったので、どうしようか迷ったが、彼女の隣に座った。
「おい、いつになったら、始まるんだ!」
 どこからか、怒声が響いた。
 重力が戻ってきたせいか、思考力も回復し、それが苛立ちを産み始めたのだろう。
「我々が、ここに連れてこられた理由の説明が無いのか?」
「おい、こら! 時間稼ぎをしてるつもりか!」
 男達の言葉が、徐々に荒さを増してきた。初老の一人は、席を立ち上がり、ホールの入り口付近にいる係員の一人に詰め寄った。
「私達をどうするつもり!」
 疲れて眠っている二、三歳くらいの男の子を抱いた母親も、ヒステリー気味だ。
 誰もが苛ついていた。ホール内も、騒然とした雰囲気に包まれ、一触即発の雰囲気だった。とうとう、避難民同士で、口論が始まった。興奮状態の二人は、それぞれに自分の主張を言い張り、すれ違いの口論を続けた。誰かが、二人の間に割って入り、何とか沈静化しようとしたが、役目を果たせずに、口論の続きを眺めているしかなかった。
 その二人が取っ組み合いを始めてしまう寸前に、一人の男性が壇上に現れた。
「お待たせしました。ただ今から、皆様が避難民となった経緯と、これからについて、御説明します」
 男性は、コホンと咳払いすると、再び、マイクに向かった。
「皆様は、地上を襲った小惑星の冬を逃れてきた避難民でございます。資源採取用に地球周回軌道に固定しようとしていた小惑星が、周回軌道を外れ、地上に落下しました。皆様が、地球を離れる数分前です」
 ざわめきが広がった。
「地上は、小惑星が巻き上げた土砂や海水によって、完全に覆われています」
(それじゃ、小惑星の冬になってしまう!)
 隼人は、恐竜を絶滅させた小惑星を思い出していた。
 北半球は、真夏だ。一気に小惑星の冬に陥れば、農作物が壊滅してしまうだろう。農作物の生産量は、北半球が圧倒的に大きい。地上が未曾有の食糧難に陥る事は、想像に難くない。
 それだけではない。
 野生の動植物まで絶滅する恐れがあるし、地球環境自体が元には戻らないかもしれない。
「小惑星が落下した地点は、パラオ諸島付近の北緯七度、東経百三十三度です。落下時の衝撃と津波によって、フィリピン、インドネシアはもちろんの事、日本の海岸地帯も、ほぼ壊滅しました。津波は、沖縄付近では百メートルを越え、東京湾内でも二十メートルもあったそうです。
 大変申し上げにくいのですが、鹿児島の宇宙移民事業団管制センターは、連絡が取れない状況が続いており、海岸線にあった事から、絶望視されています。東京も、港区、千代田区、中央区、江戸川区等の低地帯は壊滅状態で、その前に襲った地震の被害と合わせて、これらの地区での生存は、絶望的かと……」
 男性は、声を詰まらせた。
 鳴咽が、ホールに響いた。
「被害状況を、正確に聞かせてくれ!」
 一人の男が、怒りに満ちた声で要求した。
「そうよ。長野はどうだったの? 祖父が一人暮らしをしてるのよ」
「山間部は、大丈夫なんでしょう? うちは、新潟に妹夫婦が居るの。日本海側はどうなの?」
 みんな、親族や知人の安否が気になっていた。
(お父さん、お母さん、お姉さん。脱出できたよね)
 隼人は、昨日の朝に出掛けていった父の後ろ姿が、瞼に浮かんで仕方なかった。
「皆様のお気持ちは分かりますが、地上との連絡は、ほとんど取れていません。分かった事は、情報センターに集約して提供しますので、そちらを見て頂けますよう、お願いいたします」
「ここで、教えてくれ。地上がどうなっているか。我々は、地上に大勢の親族や知り合いが居るんだ。彼等が、今どんな目にあっているのか、全体的な状況だけでいいので、教えろ!」
 語気が荒くなっていた。
「お気持ちは分かりますが、もっと重要な事があるのです。お願いですから、私の話を聞いて下さい。
 今、飛鳥は、オーバーユースの状態にあります。新しい避難民を、受け入れる事ができないばかりか、このままでは、四十八時間以内に、二酸化炭素中毒の濃度に達してしまいます。皆様が、ここに留まれば、皆様を含めて、全員が極めて危険な状況に陥ってしまいます」
「おい、こら! 体の良い追い出しかよ」
「どうおっしゃっても構いません。皆様には、L4かL5の国際スペースコロニーに移動して頂きます。飛鳥に、収容力を残して置く事が、非常に大切なのです」
「ふざけるな。わしは、息子の無事が確認できるまで、ここを動く気はないぞ」
「そうよ。そうよ。私だって、主人がここに来るまで、動く気はありませんからね」
 ホール内が、殺気立ち、騒然となった。周辺部では、立ち上がり、壇上に向かおうとする人と警備員とのもみ合いも、始まっていた。
「皆様だけが、被害者ではありません。皆様だけが、被害者だと考えないで頂きたいのです。この世に生き残った総ての人が、被害者なのです。実は、私の家族は、全員、東京に居ました。もちろん、連絡は取れていません」
 どよめきと、恥ずかしさが、避難民の殺気を消した。
「地球は、これから、冬のような状態になる事が予想されます。上手く、難を逃れた人達は、これからも、ここを始めとする五箇所の軌道ステーションに、続々と脱出してくるでしょう。その時に、一人でも多くここに収容し、人命を救いたいのです。その中には、皆様方の親族、知人も、含まれるかもしれません。かく言う私も、家族が脱出してこないかと……」
 男性は、泣き崩れた。
「あなたの家族は、東京のどちらにいらしたのですか?」
 女性の一人が、彼を気遣って聞いた。
「…港区です…」
 力の無い声で、そう言った。
 彼自身が「壊滅」と言った港区に、彼の家族は住んでいた。
「みんな被害者」
 隼人は、そう呟いた。
 地球は、急速に寒冷化し始めている。地上での被災民は、これから増え始めるのだ。その中で、軌道ステーションに逃げてこられる人は、運が良く、金と権力を持ち合わせている人達だ。僅かな人々。いわゆる選民だ。
 隼人達は、その選民の第一号とも言えない事もない。
「国際スペースコロニーに身寄りのある方は、できるだけ早く、名乗り出て下さい。名乗り出て頂いた方から順番に、移住手続きをさせて頂きます。身寄りのない方は、こちらで照会をして、受け入れ準備が整ったところで、移住をして頂く事になりますので、それだけ、ここでの不自由な生活が長くなります。
 それから、飛鳥の収容力は低いので、一時的に、アメリカの軌道ステーション・リンカーンに移動して頂く場合も有り得ます。あちらは、飛鳥の十倍以上の収容力がありますし、現時点では、収容余力も、十分に残っているそうです」
 隼人には、国際スペースコロニーの住人には、心当たりはなかった。
 父は、管制センターに居た。母と姉は、沖縄に居た。父方の祖父は、既に他界している。祖母は地上に居た。父は、一人っ子なので、伯父伯母は居ない。母方の祖父母も、伯父伯母も、地上に住んでいた。身近な親族には、国際スペースコロニーに住んでいる者は居ない。
 もしかすると、母は、嘉手納宇宙空港で働いていたので、姉と共に脱出に成功したかもしれない。母なら、誰か、身を寄せる事ができる人を知っているかもしれない。
(何とか、母と連絡を取りたい) 
 隼人は、母の安否の確認方法を考えた。
「電話は、衛星携帯電話は使用できます。衛星携帯端末も使用可能です。しかし、飛鳥が中継できる回線数は少ないので、繋がり難くなると思います。公衆電話は、電話コーナーにあります。ですが、地上との連絡は、制限されています。連絡は、国際スペースコロニーか、軌道ステーションのみとなります」
(関係無いや。地上に居たなら、助かりっこない)
 隼人は、地上との連絡を諦めていた。
「私共からの連絡とお願いは、以上です。早速ですが、移民先のある方は、エレベータの反対側に設けました移民受け付けに申し出て下さい。また、移民先がない方は、移民受け付けの隣の照会センターで、IDカード等の身分を証明するものをお見せの上、お名前と多少の情報を登録して頂く事になります。これらの手続きが済んだ方から、ホテルへと案内させて頂きます。その際、移住先での当座の資金として、クレジットカードを支給致します。再発行はできませんので、無くさないようにお願いします」
(クレジットカード? 時代物だけど、随分と対応が早いなぁ)
 疑問に感じたが、深く考える余裕は無かった。早くも、人々は立ち上がり、移動を始めていた。
 それを押し止めるように、大きな声が続いた。
「但し、ここには、ベッド数の三倍近い方が居られるので、御老人、お子様、病気の方、怪我をされている方、こういった方から先にベッドに案内させて頂きます。ベッドの無い方には、毛布を支給しますが、これも不足すると思われます。従いまして、毛布は女性の方に優先させて頂きます。各部屋には、シャワーがございますが、これは止めさせて頂いています。生活水が不足するためです。
 不自由は承知していますが、飛鳥は、これほど多くの人を受け入れるようには設計されていません。これから先も、必要に応じて、本来の旅行客なら当然受けられるサービスを、緊急に停止する場合もあるかもしれませんが、御了承ください」
 彼が、言うべき事を総て言い終わり、壇上から降りるのを待ちかねていたように、人々は一斉に行動を起こした。
 説明の間に運び込まれた荷物が、各自に渡された。隼人は、父の分と偽って持ち込んだ鞄を含め、荷物を二個とも受け取った。
「隼人君は、荷物を二つも持ち込んだの?」
 宙美は、呆れ顔と不満顔の両方を見せた。
「うん。一つは、お父さんの分だよ」
「で、お父さんは、乗れたの?」
 隼人は、首を振った。
 宙美は、しんみりとした声で、「私もよ」と呟いた。くるっと背を向けると、やはり大きな鞄を二つ抱えて、母親の所へ走り去った。
 隼人は、一人になれる所を探し、エントランスホールの隅でパソコンを開いた。音声インターフェイスは、周囲が騒がしいので使えず、キーボードでの入力に切り替えた。そして、内蔵させてある衛星携帯電話でネットワークに繋いだ。
 まず、嘉手納宇宙空港の乗客名簿に接続を試みた。しかし、既に破壊されているのか、接続はできなかった。
 嘉手納宇宙空港は、軌道ステーションとの宇宙路線の他に、国内線、国際線の通常航空路もある。国内線は、新千歳、仙台、羽田、新名古屋、大阪、福岡の六箇所だ。国際線は、ソウル、北京、上海、ウラジオストク、台北、マニラ、シンガポールの七箇所だ。
 定期便が飛んでいる宇宙空港は、世界に六箇所ある。
 日本の嘉手納、インドのマドラス、アメリカのケープカナベラルとヒロ、ブラジルのベレン、ケニアのモンバサである。嘉手納からは、スペースプレーンの機体移送のために、残る五箇所の宇宙空港への不定期航空路も存在する。
 隼人は、これらの総ての乗客名簿をチェックし始めた。
 定期便が飛んでいる空港の内、新千歳と、北京には、接続ができた。宇宙空港では、ケープカナベラルとベレンは、接続できた。しかし、どこも、サーバーからの応答は非常に悪かった。それでも、一分ほどで、乗客名簿の検索は終わった。そして、母と姉の名前が、どこにも無い事も分かった。
 隼人は、諦めきれなかった。
 飛鳥を始め、アメリカの軌道ステーション・リンカーン、EUの軌道ステーション・モンブラン、ロシアの軌道ステーション・ピヨトル、中国の軌道ステーション・重慶とも、接続してみた。そこの旅客リストを検索してみたが、やはり、母と姉の名前は見付からなかった。
 隼人は、基本に立ち返って、母と姉の携帯に電話してみた。しかし、お決まりの「ただ今、電波の届かないところに居られるか、電源が入っていません」の台詞が返ってくるだけだった。
 スペースプレーンの中で見た夢は、母の体から離れた魂が見せたものだったのだろうか。
 隼人は、天を仰いだ。
(神様、両親と姉をお守り下さい)
 神様を信じた事はなかったが、今は願わずにはいられなかった。
 今、地上に居れば、まず助かるまい。核の冬とは異なり、小惑星の冬は、急速に始まる。二次要因である核爆発による火災によって核の冬に陥るのに対し、小惑星の冬は、一次要因である衝突時に巻き上げた塵が原因である点で、冬に至るまでの期間が短い。墜落地点周辺では、既に気温が下がり始めている筈だ。明日には、津波の直撃から逃れた宇宙空港も、凍結や降雪で閉鎖を余儀なくされるだろう。
 隼人の耳には、「やっぱり繋がらない」と言う囁きが、あちこちから届いた。みんな、考える事は同じなのだ。地上に居る筈の親類縁者に電話し、無事を確認しようとしていた。

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