伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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  6

 あれから数時間。
 慌しく時間が過ぎていった。その割に、村岡がやることは何もなかった。彼が搭乗するヘリが降下に入っても、暗闇の中で沈み行くだけで、何もすることはなかった。
 それに比べると、周囲の物々しさは異常で、村岡に目隠しをするほどに過敏でもあった。それほど重大な問題が発生しているのだろうか。単に、途中経路にある物を見せたくないだけなのだろうか。それは分からないが、随分と舐められたものだと、腹立たしかった。
 ヘリが着陸しても、目隠しは外してもらえなかった。
 直ぐ脇に止まった車に乗せられ、数分走った後、ギャングウェイを上らされた。直ぐに船内に入ると、エレベータで一デッキか二デッキくらい下り、しばらく廊下を歩かされたあと、個室に入れられた。
 彼を部屋に押し込むと、背後でドアを閉め、外鍵を掛けていった。拘禁状態になったようだ。
 自分で目隠しを取り、しばらく明るさに慣らした後、ゆっくりと瞼を開いた。
 ビジネスホテルのシングルルームを小さくしたような部屋だが、窓は無く、代わりに立派な事務机が取り付けられえていた。入り口の横にある扉を開くと、お決まりのユニットバスとトイレが付いていた。
 ビジネスホテルと違う点は、白色照明が部屋を白々しく照らしていることか。
 ここが、船の中だと知らなかったら、狭苦しい監禁部屋だと思うところだが、水が貴重な船内で、お湯を溜められるバスが一人部屋に与えられている点、士官級船員用の部屋だろうと推定できる。
 見ると、机の上に食事が用意されていた。
 魚料理だった。本当は、肉料理が好きだし、魚なら刺身や寿司が好みだが、煮魚の料理は、なかなか美味しそうだ。
「腹が減っては戦はできぬ・・・か」
 村岡は、何の躊躇も無く、箸をつけた。
 料理は、見た目以上の美味だった。
 乗組員が交代で作る『うりゅう』の食事は、マンネリだし、見た目も、味も、お粗末なものだった。
「護衛艦じゃなさそうだな」
 ぽつり呟いた。
 ここは、舞鶴港に間違いないはずだ。
 福岡県の築城基地の直ぐ近くで、ボートに乗り移った。ボートに乗ると同時に、目隠しをされた。だが、ほんの数分で上陸したことから考えても、直後にヘリに乗せられたことから考えても、築城基地に上陸したことは間違いない。
 築城基地からヘリに揺られること、約二時間で着陸した。気流が乱れていたから、本来より時間が掛かったと思うが、距離にして四百キロから五百キロだ。今は、大型船の船内に居ることは間違いない。航空自衛隊のヘリから目隠しされた男が降り立っても怪しまれないのは、機密の管理がしやすい自衛隊基地、かつ大型船に乗り移れる場所。つまり、海上自衛隊基地に間違いない。
 この条件に合致するのは、舞鶴しかない。
 ところが、この船の作りは、軍艦ではない。
 内装がきちんと施されている。壁紙が張られているのだ。床もカーペットが敷き詰められている。それに、机が大きすぎる。一般商船としても、似合わない大きさなのだ。ベッドは、二段ベッドの上段だけにしたような感じで、下側には、クローゼットや書棚、収納庫、小型の冷蔵庫もある。
「まさか、『わだつみ』かな」
 クローゼットや収納庫は、長期間に渡って乗り組むことを示唆しているし。大きな机や書棚は、研究員が使うと考えれば、頷ける。思い付く船名は、支援船『わだつみ』だ。
 この船が何であれ、村岡をここに監禁する理由は何か。理由も無く、ここまでの費用をかけるはずがない。監禁するだけなら、築城基地内でやれば良い。舞鶴まで連れて来た以上、村岡に何かをやらせたいのだろう。
 村岡の推定が全て正とするなら、ここが舞鶴港に停泊する『わだつみ』なら、日本海の海底で何かを探させる事しか考えられない。自衛隊が関係しているのだから、軍事的な役割を担わされるということだ。
 日本海の海底を探査するだけなら、『わだつみ』でできる。何かを引き上げるとなると、『うりゅう』が欲しいところだ。逆に、『わだつみ』でできることなら、『わだつみ』スタッフだけで充分だ。使い慣れない船で、村岡ができることは、高が知れているし、何かできると思っている者も居ないだろう。
 『うりゅう』は、今、どこに居るのだろうか。まさか、別府湾で瓜生島調査を続けているはずがないだろう。考えられることは、『わだつみ』と帯同すべく、関門海峡を抜け、日本海を東進することだ。
 『うりゅう』を支援する事にかけては、誰にも負けない自信がある。それは、サブのスキッパーの浅海にも、優秀な副官である浦橋にも。
 あの二人は、『うりゅう』を使いこなすことにかけては、村岡以上だ。だが、『うりゅう』の限界は、村岡が一番知っている。限界が近付いた時、何が必要かも。
 村岡には、自分にやらせようとしている内容が見えてきたように思えた。
「どっちにしても、今は出港しないな」
 台風が近付いてきている。今朝の気象情報が最後の情報だが、今頃は東海地方より東のどこかに上陸している可能性もある。この時期の台風にしては、かなり速度が速い。進路も東に傾いているし、勢力も強くないので、通過後の天候の回復は早いだろう。陸上に比べると海象の回復は遅れるだろうが、日本海西部の状態は、それほど酷くなっていないはずだ。
 明日には、出港だろう。
 さあ、寝よう。
 今は、体力を温存する時だ。役回りが来た時には、馬車馬のように働かされるだろう。
 村岡は、湯船にお湯を溜め、リラックスした後、床に就いた。
「何をさせられることやら」
 照明の効果を高めるために白く塗られた天井を見つめ、そう呟いた。

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  5

 未来都市のようだ。
 昔は、そんな風に例えられたが、彼が受ける印象は、「古き良き時代」である。道路網も、ライフラインも、あの時代の理想形であったかもしれないが、未来への提言となるほどの先進性は見られない。
 あの時代の一般的な交通機関、一般的なエネルギ供給方式、一般的な情報伝達方式をベースに、これらを理想的に運用するための組み立てを行い、都市に組み込んだ。
 この街は、そんな感じである。
 無人の輸送システムは見当たらない。ネットワーク社会に乗り遅れてはいないが、特段の先行してもいなかった。
 時代に先んじるものは、何も無かった。
 決して特別な都市ではないはずだが、やはり特別なのだ。
 少なくとも、浅村にとっては。
 一年半に及ぶ長期出張に出ていた。この出張を前にして車を手放していたので、電車でやってきたのだが、目的地にはバスに乗り継ぐ必要がある。全然、近代的ではない交通機関を乗り継ぎ、ようやく正門に着いた。
「それにしても暑いな」
 空を見上げても、雲が厚く、太陽は出ていない。それにしても、蒸し暑い。接近中の台風からの余波で、南からの湿った空気が入り込み、気温も湿度も、高くなっているようだ。風はない。暑さを助長させているようだ。
 構内は、緑が濃い。木陰を選んで歩きたかったが、真上から照らす太陽は、木陰を木の根元にしか作らない。陽炎が立つアスファルトの上を歩くのだから、汗は止まらない。建物の中に入ると、エアコンが効いていて、一心地をついた。面倒なセキュリティを通り抜け、新木の研究室の前までやってきた。室内から最後のセキュリティゲートを解除してもらい、中に足を踏み入れた。
「よく来たな」
 新木は、握手を求めてきた。
「セキュリティが一段と厳しくなったな。古生物学者が、天体物理学者を訪問する理由を説明するのに、四苦八苦したよ」
 事実とは、少し違っていた。正門では、訪問理由の記入を求められたのだが、適当な理由が思いつかず、まごついたのだ。守衛が「新木先生との関係は?」と聞いてきた際、「友人だ」と答えると、守衛はにっこり笑って、記入欄に「表敬訪問」と書いたのだ。
 表敬訪問が訪問理由になるのかと訝しんだが、通してやると言っている間に、この関所を抜けるべきだと思い、何も言わなかった。
「次からは顔パスになるよう、俺が警備にねじ込んでおくよ」
 格好良い台詞だが、若手研究員の一人でしかない新木の力で、警備が動くとは思えなかった。
 ここに来るのは初めてだ。だが、学部生時代の彼の部屋を訪ねた事があった。その時の印象とここの印象は似ている。
 書類が散乱し、床にも二、三枚落ちている。来客用のソファも、書籍が積みあがり、座れない。書棚だけが、綺麗に分類されている。どうやら、自分で書いた物は、全て頭の中にあり、他人が書いた物は、目次だけが入っているのだろう。
「ここは暑いな」
「そりゃそうだろう。君が行っていた南極とは、気温が違うに決まっているだろう」
 浅村は、南極の白い大地を思い出していた。
「新しい『しらせ』の乗り心地は、どうだった?」
「古い『しらせ』を知らないし、晴海から乗船するわけじゃないからね」
「オーストラリアで乗船するんだっけ?」
 浅村は、頷いた。
「それでも、吠える五十度線を船で越えたんだろう?」
 吠える五十度線。
 それは、思い出したくもない数日だった。
 船は、減揺タンクの効果も空しく、激しくローリングを繰り返した。更に、減揺タンクが利かないピッチングも激しく、三角波や横波をくらえばヨーイングも起こした。彼の胃は、ボディブローでKOされたボクサーのように、ボロボロになった。何度も嘔吐を繰り返し、最後には血が混じるほどだった。
 もう一度、南極に行きたいかと聞かれたら、必ず「Yes」と答えるのだが、あの光景が浮かぶと、「No」に変えたくなる。
 南極は、魅力のある大地だ。何年も前から、観測隊への参加希望を出してきた。
 浅村は、南極観測の越冬隊員として、主に『ドームふじ』で一年を過ごしてきた。夏季隊員としてでも参加したかった南極観測に、越冬隊員として参加できたことは、大きな意義があった。
 ただ、この部屋の状態だと、暑苦しく感じる。
「僕の友人は、どうして冷たくて暗い所が好きなんだろうか。君は、南極の真っ暗な冬を希望して行ってきたし、村岡は、移動式海底基地とやらで、今日から真っ暗で冷たい海の底だ。そして、僕は明日から暗い地の底さ」
 浅村も、自宅を出る前に、新聞の片隅に『うりゅう』の記者会見の概要と、今日から別府湾で調査を行う事が載っているのを見てきた。
「明日から、神岡に行くのか」
「ああ、その準備で大忙しさ」
「悪いな。忙しい時に邪魔をして」
「なに、構わないさ。君と会う時間を午後にしたのは、午前中に準備が終わると思ったからさ。ちょっと予定がずれ込んで、残り十分で終わるという時に、君が来てしまったけどね」
 新木は、リュックサックの中に、ぐちゃぐちゃの書類を目いっぱい押し込み、最後にノートPCを詰め込んだ。
「重い物を上に入れるんだったよな」
 一緒に夏山登山をした時のリュックサックだ。浅村は、南極観測の夢を実現するために、冬山登山を繰り返してきた。浅村とは違い、新木も村岡も、冬山には登らない。初心者クラスの楽で安全な登山だけだ。今、書類を詰め込んだリュックサックは、尾瀬に二泊三日で行ったときの物で、内容量が二十五リットルか三十リットルくらいのものだ。ディパックとは、容量がまるで違う。
 まったくの素人だった新木に、リュックへの物の詰め方から教えたのだが、その時の一説を覚えているらしい。
「間違いないよ」とは言ったものの、書類入れにされているリュックが哀れだった。
「それより、妙なものを見つけたというのは何だ。メールには、それ以上の事が書いてなかったから、さっぱりわからん」
 ここまで来ていながら、改めて新木に聞かれると、浅村は逡巡した。
 まさか、新木に馬鹿にされることはないだろうが、ここまで築いてきた関係がおかしな方向に傾いてしまうかもしれないと思うと、彼が発見した内容をそのまま話すべきか、踏ん切りがつかないのだ。
「おい、どうしたんだよ。随分深刻な雰囲気のメールだったのに、相談相手として、僕では不足かい?」
 新木は、本気で気遣ってくれているようだ。このまま話さないでいても、二人の関係にひびを入れることになるだろう。
 退路も立たれた。
 浅村は、天井を見上げた。
 乱雑な室内にあって、天井だけは綺麗だった。真っ白な表面は、南極の大地を思い出させる。そして、氷床コアの白さも。

 数日前、氷床コアを保存する極地研究所の保冷庫の中、息を白くしながらコア内の花粉を調査していた。
 南極では、息が白くなることはない。呼気の水蒸気が凝縮する際の核になるべき塵が、南極の大気中には浮かんでいないのだ。
 目に見えない塵さえ存在しない南極の清浄な大気の下で採取した、貴重な氷床コアだ。日本の空気で汚染されれば、学術的な価値は失われる。繊細で敏感な資料を扱うために、細心の注意と緊張が、外とは七十度以上もの温度差があるこの場所で要求される。
 顕微鏡下で、コア内の花粉を採取する作業は、根気と体力を要する。寒さと流れる時間の中で、コアを汚染しないように、自分に必要な花粉を採取していくのは、技術的にも容易ではない。
 ドームふじでの第三次氷床コア採取で得た試料は、彼が見ている部分が最深部に近い。年代で言えば、八十万年前から八十五万年前と言ったところだ。日本が手に入れた氷床コアでは、最古になる。
 その試料の中で、花粉にしては異様に大きな黒い物体を発見した。
「隕石かな?」と、その時は思った。
 大きさは、一ミリ未満の綺麗な六角形だ。隕石にしては、妙に綺麗な形だ。
 これくらい小さな隕石は、大気中の摩擦で燃え尽きることが多い。その一方で、小さい隕石は、大気との摩擦で直ぐに速度が落ち、ゆっくりと地上に到達する場合もあるので、地上に落ちてこないとも言えない。が、それにしては外観が綺麗すぎる。
 浅村は、その黒い物体を試料から取り上げ、ペレットに移し替えた。
 その翌日から、この物体の正体に近付く度に、浅村の苦悩が深まることになった。

 新木の堅物ぶりを表現しているかのような黒縁の眼鏡と、その奥で一点を見据える瞳を前に、浅村は意を決した。
「実は、マイクロマシンを発見したのだ」
「氷床コアの中で・・・か?」
 新木の視線は、浅村を捕らえたままだ。
「そうだ」
 浅村は、新木が「何をもってマイクロマシンと判断したのか?」と聞いてくるのを待った。
「誰が造ったと思った?」
 予想と違う質問に面食らいながらも、「氷床の中から出てきたから、人類が造ったものじゃないと思う」と答えた。
「宇宙からの飛来物だと思ったのか?」
 狐につままれた気分で、頷いた。
「年代はいつか、同定できたんだろう?」
「ああ、八十一万年前の花粉と同じ深さにあった」
「花粉をC14で年代測定したんだよな」
 C14は、通常の炭素原子の放射性同位体である。半減期は、約十四万年なので、C14が炭素原子の中に占める割合を測定すれば、いつの年代のものか推定できる。
 流石に、花粉のような微量の試料では、その測定は容易ではなく、大掛かりなものとなる。
「一昨日、測定結果が届いたよ」
「話をまとめると、こうだ。八十一万年前にマイクロマシンを製造し、南極にばら撒いたやつがいる」
 浅村は、頷くしかなかった。
「それで、僕に相談することは、これを発表するべきか、時が来るまで伏せておくべきか、話を聞いてほしいと言うことだ」
「何も付け加えることはない。外から傷付けないでできる調査の結果は、これに入れてきた」
 USBメモリを取り出した。
「預かっていいのか?」
「もちろん」
「さっきも言ったが、今は時間を割けない。神岡から戻ってきた時に、こちらから連絡する。それでいいか?」
「いつごろまで、地底生活をするんだい?」
「二週間だ。村岡と同じ頃に、地上に出てくる予定さ。まあ、俺自身が地底に潜るわけじゃないけどね」
 南極観測隊に選ばれるまでの時間は、十年以上だった。それに比べれば、二週間は直ぐだ。
 でも、随分と長い気もした。
「悪いようにはしないつもりだ。僕としては、村岡の鼻を明かしたい気分だ」
 新木が言っている意味がわからない。
 浅村が村岡の鼻を明かすのなら、わからないでもない。だが、新木の言葉は、自らの力でやろうとしているようなニュアンスだ。
「見つけたマイクロマシンは、一つだけかい?」
「一つだけだ」
「他の氷床コアには含まれていないのか?」
「古気象学者が見ていたら、見落とすことはない。でも、今までにマイクロマシンの話は聞いた事がないから、他の試料には無かったんだろうと思う」
「数があれば、それだけ説得力が増えると思っていたけど、そんなに甘くないね。とにかく、今日のところは、これ以上の時間は割けない」
「悪かった。地上に戻ったら、連絡してくれ」
 後ろ髪を引かれる思いだったが、浅村は研究室を後にした。
 セキュリティは、出て行く者には甘い。
 来る時とは比べ物にならない早さで門を出た。何だか、追い出された気分だった。

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