伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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  軌道計算の鬼

  - 1 -

 隼人のコンピュータの無断使用に対して、御咎めはなかった。事業団内部の問題であり、使用の事実を知った上で黙認していたので、今更、問題にはし難い事情もあったのだろうが、大地の父が弁明してくれた事が大きかったと、隼人は思っている。
 隼人は、公開審判の翌日から、宙美を伴って登校するようになった。
 通学路は、不穏な空気が流れていたが、隼人が胸を張って歩くと、人々は道を開けた。級友も、気まずそうに挨拶をし、腫れ物にでも触るように、二人を扱った。また、大地の事を話題にする事を避け、それが、何時の間にか、クラスの暗黙の了解となった。
 大地の裁判も、間も無く結審した。
 もちろん、無罪だった。少年審判なので、判決が出る訳ではないが、大地には、いかなる処分も課せられなかった。
 直ちに釈放され、少年鑑別所から出てきた大地は、しかし、表情が暗かった。
 理由は、言わずと知れた父の事である。
 隼人は、大地を元気付けようと、明るく振る舞った。だが、大地は学校にも行こうとしなかった。隼人は、彼が弁護士となるためには勉強が欠かせないと、毎日、ノートやパソコンを彼に見せたが、力の無い笑いを返してくるだけだった。
 隼人は、一生懸命、柄にも無く明るく振る舞い、大地の心を開かせようと頑張った。時には失敗をして見せ、時にはおちょけて見せた。でも、大地の暗い表情は、変わる事はなかった。
 むきになって、馬鹿な事をやって見せようとする隼人に、宙美は「やめなさい。本当に馬鹿になるわよ」と言った。
 大地の父、梅原翔貴は、拘置所に居た。罪状は、殺人。業務上重過失致死ではなかった。検察は、未必の殺意があったと認定したのだ。刑法には、殺人は三年以上、最高で無期又は死刑になると記されている。報道を真に受けるとしたら、自首と反省を考慮したとしても、数億人を死に至らしめた結果を考えると、極刑に値するとの事だ。
 隼人は、優しくしてくれた大地の父がそんな罪を犯したとは、俄かに信じ難かったが、もし事実なら、死刑になるのもやむを得ないと思うのだった。
「隼人君」
 ぼうっと考え事をしていた隼人は、飛び上がるように振り返った。
 宙美だった。
「伯父様が犯人だと思っていないでしょうね」
「あ、いや、そんな事はないよ」
「ウソ! 顔に書いてあるわよ。人間、裏では何をやってるか、分からないって」
 彼女に指摘され、思わず顔に手が行った。
「大地君は、あなたのお父様が送検された時、なんて言ったか覚えてる?」
(確か、あの時、大地君は……)
「そんな筈はないって、大地君は言ったのよ。あの状況で、そう言ったのよ。誰が見たって、お父様は、業務上の最高責任者で、その責任を免れない状況にあったのよ。それでも、大地君は、そんな筈はないって……」
 そうだった。
 誰が見たって、父の責任は明らかだった。なのに、大地は、「そんな筈はない」と言った。もしかしたら……
「大地君は、この事を知ってたんじゃ……」
 そう考えると、大地が必死に庇ってくれた事も、説明が付くような気がした。
 ピシッ!
 左の頬に、鋭い痛みを感じた。
「隼人君、サイテイ!」
 顔を上げると、顔を真っ赤にした宙美が、涙さえ浮かべて、隼人を睨んでいた。
「そんな人だったとは、私、知らなかった!」
 彼女は、くるっと身を翻すと、居間から走って出ていった。
「勝手にしろ!」
 隼人は、手近にあったクッションを床に叩き付けた。
 ソファにふんぞり返ると、二、三回深呼吸して、気持ちを落ち着かせようと努力した。
 遠くで、扉が、勢い良く閉まる音がした。宙美が、飛び出していったのだろう。
 そんなに怒らなくてもと、隼人は、ヒステリックになっている宙美の顔を思い浮かべた。
「隼人君、宙美は?」
 大地だった。
 隼人は、気まずい心持ちを押さえて振り返った。
「今、出ていったよ」
「一人でか?」
 隼人は、頷くより早く立ち上がった。
「まずい!」
 大地は、隼人の前を、玄関に走った。二人は、靴を爪先で引っかけただけで、家を飛び出し、地下通路に出た。
 途端に、大地に向けて、生卵が飛んできた。一個は、外れて扉に当たって中身が張り付いた。二個目は器用に手でキャッチしたが、三個目が大地の体に当たった。ただ、服でショックを吸収したのか、地面に落ちて割れた。
 隼人は、呆然としていたが、大地は動じない。地下通路の向こうの影から、こちらの様子を見ている連中には目もくれず、宙美の行く先を探した。
「大地君?!」
 宙美の声が、後ろから聞こえた。
 隼人も、大地も、振り返った。彼女は、玄関脇の壁を背にして佇んでいた。
「なぁに? 拍子抜けした顔して」
 二人は、宙美に言われて、お互いの顔を見合わせた。確かに、拍子抜けした顔をしていると、隼人は大地の顔を見て吹き出した。
「なんだよ?」
 大地は、隼人に笑われた事が、ちょっと不満らしい。だが、最近、見せたことがない穏やかな表情を見せていた。この事件で、大地の心が開かれる切っ掛けになればと、隼人は思った。
 ひゅっと風を切る音がして、卵が隼人の側頭部に当たって割れた。隼人は、べっとりと張り付いた黄身を気にせず、宙美に駆け寄った。そして、彼女に覆い被さるようにして、彼女の楯になった。
 振り返ると、大地は、二、三個の卵を手で叩き落とした後、犯人に向かって突進した。犯人は、残った卵を適当に投げて、地下通路の向こうへと逃げ出した。逃げ際に、犯人が盲滅法に投げた卵の一つが、隼人達の方に飛んできた。隼人は、宙美の前に立ったまま、反射的に首を竦めた。
 バシャッ!
 卵が当たった。
 確かに当たった音がした。でも、感触は無かった。
「ありがとう」
 宙美の声には、刺があった。
 恐る恐る顔を上げると、額から黄身を滴らせている宙美が居た。ただでさえ小柄な隼人が首を竦めたものだから、隼人の頭上を通過した生卵は、見事、彼女の額に命中したのだ。こんなところを大地に見られたら、何と言われるか。急いで、彼女を家に入れて、シャワーを浴びさせようと思った。
「逃げられたよ」
 深追いをしなかったらしく、大地は、もう戻ってきた。大地に声を掛けられ、隼人は慌てて振り返った。宙美を後ろに隠そうとしたが、背の高い大地には、呆気なく見付かってしまった。
「あれ、隼人君が楯になってたんじゃなかったのかい? 僕は、そう思ったから、犯人を追っかけたのに」
「ええ、楯になってくれたわ。とっても役に立ったわ」
 彼女は、膨れっ面をしている。本当に怒っているらしい。隼人は、立場が無かった。
「ははは、楯のサイズが合わなかったんだね。兎に角、二人ともシャワーを浴びておいでよ」
 大地は、白い歯を見せて笑った。声を上げて笑った。
(大地君が、笑った?!)
 隼人は、嬉しくなった。宙美も、同じ気持ちらしく、ほっとしたような笑顔を見せていた。

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  - 2 -

 翔貴だったのだ。
「証言しなければならない事があります」
 彼は、傍聴席の間を抜け、前に出ようとした。
「席に座りなさい。従わない場合は、退廷を命ずる事になりますよ」
「私は、被告人の父親です。今回の事件の背景にある小惑星墜落について、どうしても発言しなければならない事があるのです。どうか、私に発言させて下さい」
「被告人。あなたの父に間違いありませんか」
 判事の問いに、「間違いありません」と、しっかりした声で、大地は答えた。
 判事は、その回答に頷き、今度は弁護士に視線を送った。
「今回の事件の背景には、小惑星墜落が色濃く影響しています。彼が、その事について証言したいと言っているので、私としては、聞いてみたいのですが、被告側はどうでしょうか?」
 弁護士は、暫く考えていた。証言を拒否するのかと隼人が考え始めた時、おもむろに、「被告側の証言として、要求したいと思います」と答えた。
「検察側はどうですか」
「問題ありません」
 大地の父は、傍聴席から証言席へと歩を進めた。
 お決まりの人定尋問から始まった。
「梅原翔貴。被告人の父です」
「では」と言って、弁護士は、証言席に近付いた。
「まずは、今回の事件の背景にある小惑星墜落について、証人はどのような事を知っているのですか?」
 傍聴席は、ざわついていた。それも束の間。間も無く、全員の耳が、大地の父の発言に集中する事になった。
「小惑星の墜落には、私が直接関与しました」
 大きなどよめきが、廷内を包んだ。判事でさえ、この予想もしなかった発言に、我を失ったようだ。長い間が開いた後、やおら「静粛に!」と大きな声を張り上げた。
 その言葉で、弁護士は続く質問を思い出した。
「それは、仕事の上での関与ですか?」
「いいえ。私の個人的な関与です。小惑星の軌道を乱したのは、私が軌道計算プログラムに細工をしたためです」
 傍聴席が、再びざわめき始めた。それは、次第に大きなうねりとなって、廷内を飲み込んだ。「静粛に!」と喚く判事を尻目に、傍聴席は私語で盛り上がり、確認と、口論と、怒りとで、満たされていった。
 隼人は、なぜか冷静な目を失わずに済んだ。その目で、大地の顔を見た。大地は、父親を注視していた。その表情には、深刻さは感じられなかったが、強い大地の事だから、総てを心の中に押し込めて耐えているのだろう。
「今回の事件の被害者の一人である征矢野隼人君の御尊父、征矢野勝史氏とは、資源用小惑星を地球を周回する低高度の軌道に投入する事の是非について、私は、何度も衝突しました。詳しくは、私自身の裁判で明らかにしたいと思いますが、この件が切っ掛けになり、私は、低軌道への小惑星の誘導の危険性を、彼に知らしめるために……」
「小惑星を墜落させたのですか!」
 冷静を保っていた弁護士が、急に大声で追求した。しかし、判事は、弁護士に注意を与え、大地の父に続けさせた。
「墜落させたかとの問いですが、結果的には、おっしゃる通りです」
「結果的に?」と、判事は彼に説明を求めた。
「本当の狙いは、危険性を示す事にあり、墜落させる必要は、全くありませんでした」
「そうだ。落とす必要はなかった筈だ!」
 今度は、傍聴席からの怒りに満ちた声だった。これも、判事が制した。
「私の計算では、小惑星が大気圏の最上部を掠めるだけの筈でした。……いいえ、言い訳はしますまい。結果的には、私が軌道計算を誤り、計画より深く大気圏に入りました。そのため、大気の抵抗を受けて速度が鈍り、そのまま地上に落下してしまいました」
 真摯な態度で話し続けた。
「私は、数億の人々を殺しました。小惑星墜落の危険性を唱えていた私が、その軌道計算に細工しようと思った時点で、犯罪でした。しかも、逸脱させる軌道も、危険性を強調しようと、低軌道、それも大気圏を掠めるような危険極まりない軌道を選択した事自体、私自身の軌道計算能力に奢りがあったのは、間違いありません。ほんの僅かな計算間違いも許されない危険な軌道でした。これを、もし、地球引力圏を遠く脱出する軌道を選択していれば、このような最悪の結果を免れる事になったでしょう」
 後悔とそれに続く苦悩が、彼の顔を実年齢よりも多く老けさせていた。
「ちょっと、疑問点があるので、確認させて下さい。あなたは、軌道計算にタッチしていましたね」
 弁護士の顔が、この時、検事の顔になったような気がした。
「いいえ。私は、低軌道への小惑星の導入には、反対の立場を貫いていました。そのため、軌道計算のプロジェクトからは、私の意志で外れました」
「そうなると、軌道計算に不審な点があれば、真っ先にあなたが疑われますね」
 彼は、少し考えてから答えた。否定しようか、肯定しようか、迷っているような様子だった。
「そうなります」
「おかしいですね。あなたが軌道計算に手を入れている事が公になれば、小惑星の軌道逸脱は、単に犯罪となるだけで、警鐘とはならないではありませんか」
 飛び込みの証人に対しても、弁護士は鋭く切り込んだ。
「いいえ、犯罪であっても、地球への墜落の可能性が公になれば良いと考えていました」
「証人。あなたの息子さんは、被告人席に居ますが、恐らく、この法廷内にいる誰よりも正義感の強い大人です。こんな弁護のし甲斐のある被告人は、私の弁護士生活の中で初めてです。私は、この裁判で完全無罪を勝ち取り、彼の経歴に傷を付けないようにしたいと考えています。そして、将来は、私と同じ職業を選択してもらいたいと、真剣に考えています。彼の正義感は、法廷で発揮されるべきだと、私は真剣にそう思っているのです。あなたは、その息子さんに恥ずかしくない証言をして下さい」
 大地の父は、逡巡した。間も無く、意を決した表情で、話し始めた。
「隼人君。君の事を話さなければならないが、それが、君にとっても良い事だと思うので、決断した。しっかり聞いて欲しい」
 彼は、隼人を振り返って、そう言った。そして、判事に向き直り、隼人が驚く内容を話し始めた。
「征矢野さんが決して私を追求しないだろうと、私は確信を持っていました。それは、息子さんの隼人君が、宇宙移民事業団の管制センターのコンピュータを、無断使用している事実を知っていたからです」
 隼人は、蒼ざめた。
 知られていたのだ。
「ここで、お断りしておきますが、不法侵入ではありません。官舎のネットワークを通じて、彼自身に与えられた正規のIDで管制センターのコンピュータに繋いでいたので、不法侵入には当たりません。
 しかし、無断使用である事は確かでした。彼の無断使用に気付いたのは、全くの偶然でした。彼は、自分のパソコンでは処理しきれない大量の情報を、管制センターのコンピュータで処理し、それを再び自分のパソコンに戻す事を繰り返していました。その際の優先度は、最下位に設定してあったので、管制センターに悪影響を及ぼすほどではありませんでしたし、彼は、夜間しか使用していなかったので、無断使用には気付き難い条件が揃っていました。逆に言えば、管制センターの業務に支障が出る可能性はありませんでした」
 隼人は、俯いた。
 完全に、知られていたのだ。
「私は、ある日の夜、終夜処理である種のシミュレーションを試みたのですが、その際に、メモリの使用量が極端に大きい事に気付きました。私のシミュレーションは、彼のメモリの待避時間分だけ、予定より処理が遅れていきました。だから、気付いたのです。興味を惹かれ、詳細に調べていきました。その結果、隼人君が、宇宙大規模構造のシミュレーションを行っている事に気付きました。正直言って、驚きました。とても、中学生のプログラミングだとは思えない、優れたものだったのです」
 誉めてもらっているのだろうか。
 恥ずかしくて、顔が上げられなかった。
「私は、内密に征矢野さんに事の次第を伝え、もうしばらく様子を見るように進言しました。征矢野さんも、頃合いを見計らってきつく叱る事で、納得してくれました。後日、小惑星の軌道逸脱を考えた際に、これを利用しようと考えたのです。小惑星の軌道修正を行う際に、隼人君のプログラムの優先度を最高レベルに上げ、管制センターの機能を一時的に麻痺させようと考えたのです。そして、同時に、軌道修正プログラムに細工し、小惑星の軌道を逸脱させたのです」
「征矢野さんは、管制センターの麻痺が、息子さんの仕業だと考えたと思いますか?」
「思います。征矢野さんへの進言は、お話しした細工への伏線ではなく、あくまでも隼人君の処理の結果を見てみたいと考えたからですし、だからこそ、征矢野さんは隼人君の仕業だと考えるだろうと、確信していました。結果として、小惑星の墜落を防ぐ手立てが遅れる事にもなり、大惨事に繋がりました。
 もし、私の軌道計算に誤りがなく、思い描いた通りに小惑星が地球の大気圏を掠めていた場合、征矢野さんは、隼人君の将来を考え、一言も言えなかったのではないかと思います。それを思うと、心が痛みます」
 弁護士は、自身の質問に予想以上の結果が得られ、満足そうに頷いた。
「私の犯した罪は、断罪されるべき重罪です。私は、実の母を殺し、隼人君の両親を殺し、隼人君や宙美に暴行を振るった少年達の親族を殺し、数億の人々を殺しました。今回の事件の総ては、私個人にあり、隼人君達に暴行を働いた少年も、大地にも、誰にも、罪はないのです。総てを狂わせたのは、私の独り善がりの主張と奢りなのです。私が言いたい事は、これで総てです」
 判事の溜息が聞こえた。
「分かりました。証人は、席に戻って下さい。後で、出頭を求められる事になるでしょう。それまで、その席で待ちなさい。警察には、あなたが自首である事を説明します。
 あなたの裁判でも、今のように正直に答弁するのですよ。残される者が恥ずかしくないよう、今のような答弁をする事を私は進言します」
 法廷は、重く沈んだ空気で満たされていた。肉親や親族を殺された怒りさえ、重い空気の中で沈んでいった。
 法廷の時計は、開廷以後、最も静かな時を刻んでいた。
 宙美が、隼人に何と声を掛けようか迷っているのが、隼人にも分かった。そして、大地が、目で隼人に謝罪しているのが見えた。
(君と、君のお父さんは、独立した人間なんだよ)
 近くに居たなら、そう言ってあげられたのに、大地は、被告人席という遠い所に居た。
 隼人は、もどかしかった。
「神戸さん、攻守が入れ替わったね。これからは、僕が神戸さんや大地君を励ます番だ」
 隼人は、そう言って、宙美の心の乱れを落ち着かせてやろうとした。
「ありがとう、隼人君」
 宙美が、隼人の手を握った。隼人は、その手をしっかりと握り返した。

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