伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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 翔貴だったのだ。
「証言しなければならない事があります」
 彼は、傍聴席の間を抜け、前に出ようとした。
「席に座りなさい。従わない場合は、退廷を命ずる事になりますよ」
「私は、被告人の父親です。今回の事件の背景にある小惑星墜落について、どうしても発言しなければならない事があるのです。どうか、私に発言させて下さい」
「被告人。あなたの父に間違いありませんか」
 判事の問いに、「間違いありません」と、しっかりした声で、大地は答えた。
 判事は、その回答に頷き、今度は弁護士に視線を送った。
「今回の事件の背景には、小惑星墜落が色濃く影響しています。彼が、その事について証言したいと言っているので、私としては、聞いてみたいのですが、被告側はどうでしょうか?」
 弁護士は、暫く考えていた。証言を拒否するのかと隼人が考え始めた時、おもむろに、「被告側の証言として、要求したいと思います」と答えた。
「検察側はどうですか」
「問題ありません」
 大地の父は、傍聴席から証言席へと歩を進めた。
 お決まりの人定尋問から始まった。
「梅原翔貴。被告人の父です」
「では」と言って、弁護士は、証言席に近付いた。
「まずは、今回の事件の背景にある小惑星墜落について、証人はどのような事を知っているのですか?」
 傍聴席は、ざわついていた。それも束の間。間も無く、全員の耳が、大地の父の発言に集中する事になった。
「小惑星の墜落には、私が直接関与しました」
 大きなどよめきが、廷内を包んだ。判事でさえ、この予想もしなかった発言に、我を失ったようだ。長い間が開いた後、やおら「静粛に!」と大きな声を張り上げた。
 その言葉で、弁護士は続く質問を思い出した。
「それは、仕事の上での関与ですか?」
「いいえ。私の個人的な関与です。小惑星の軌道を乱したのは、私が軌道計算プログラムに細工をしたためです」
 傍聴席が、再びざわめき始めた。それは、次第に大きなうねりとなって、廷内を飲み込んだ。「静粛に!」と喚く判事を尻目に、傍聴席は私語で盛り上がり、確認と、口論と、怒りとで、満たされていった。
 隼人は、なぜか冷静な目を失わずに済んだ。その目で、大地の顔を見た。大地は、父親を注視していた。その表情には、深刻さは感じられなかったが、強い大地の事だから、総てを心の中に押し込めて耐えているのだろう。
「今回の事件の被害者の一人である征矢野隼人君の御尊父、征矢野勝史氏とは、資源用小惑星を地球を周回する低高度の軌道に投入する事の是非について、私は、何度も衝突しました。詳しくは、私自身の裁判で明らかにしたいと思いますが、この件が切っ掛けになり、私は、低軌道への小惑星の誘導の危険性を、彼に知らしめるために……」
「小惑星を墜落させたのですか!」
 冷静を保っていた弁護士が、急に大声で追求した。しかし、判事は、弁護士に注意を与え、大地の父に続けさせた。
「墜落させたかとの問いですが、結果的には、おっしゃる通りです」
「結果的に?」と、判事は彼に説明を求めた。
「本当の狙いは、危険性を示す事にあり、墜落させる必要は、全くありませんでした」
「そうだ。落とす必要はなかった筈だ!」
 今度は、傍聴席からの怒りに満ちた声だった。これも、判事が制した。
「私の計算では、小惑星が大気圏の最上部を掠めるだけの筈でした。……いいえ、言い訳はしますまい。結果的には、私が軌道計算を誤り、計画より深く大気圏に入りました。そのため、大気の抵抗を受けて速度が鈍り、そのまま地上に落下してしまいました」
 真摯な態度で話し続けた。
「私は、数億の人々を殺しました。小惑星墜落の危険性を唱えていた私が、その軌道計算に細工しようと思った時点で、犯罪でした。しかも、逸脱させる軌道も、危険性を強調しようと、低軌道、それも大気圏を掠めるような危険極まりない軌道を選択した事自体、私自身の軌道計算能力に奢りがあったのは、間違いありません。ほんの僅かな計算間違いも許されない危険な軌道でした。これを、もし、地球引力圏を遠く脱出する軌道を選択していれば、このような最悪の結果を免れる事になったでしょう」
 後悔とそれに続く苦悩が、彼の顔を実年齢よりも多く老けさせていた。
「ちょっと、疑問点があるので、確認させて下さい。あなたは、軌道計算にタッチしていましたね」
 弁護士の顔が、この時、検事の顔になったような気がした。
「いいえ。私は、低軌道への小惑星の導入には、反対の立場を貫いていました。そのため、軌道計算のプロジェクトからは、私の意志で外れました」
「そうなると、軌道計算に不審な点があれば、真っ先にあなたが疑われますね」
 彼は、少し考えてから答えた。否定しようか、肯定しようか、迷っているような様子だった。
「そうなります」
「おかしいですね。あなたが軌道計算に手を入れている事が公になれば、小惑星の軌道逸脱は、単に犯罪となるだけで、警鐘とはならないではありませんか」
 飛び込みの証人に対しても、弁護士は鋭く切り込んだ。
「いいえ、犯罪であっても、地球への墜落の可能性が公になれば良いと考えていました」
「証人。あなたの息子さんは、被告人席に居ますが、恐らく、この法廷内にいる誰よりも正義感の強い大人です。こんな弁護のし甲斐のある被告人は、私の弁護士生活の中で初めてです。私は、この裁判で完全無罪を勝ち取り、彼の経歴に傷を付けないようにしたいと考えています。そして、将来は、私と同じ職業を選択してもらいたいと、真剣に考えています。彼の正義感は、法廷で発揮されるべきだと、私は真剣にそう思っているのです。あなたは、その息子さんに恥ずかしくない証言をして下さい」
 大地の父は、逡巡した。間も無く、意を決した表情で、話し始めた。
「隼人君。君の事を話さなければならないが、それが、君にとっても良い事だと思うので、決断した。しっかり聞いて欲しい」
 彼は、隼人を振り返って、そう言った。そして、判事に向き直り、隼人が驚く内容を話し始めた。
「征矢野さんが決して私を追求しないだろうと、私は確信を持っていました。それは、息子さんの隼人君が、宇宙移民事業団の管制センターのコンピュータを、無断使用している事実を知っていたからです」
 隼人は、蒼ざめた。
 知られていたのだ。
「ここで、お断りしておきますが、不法侵入ではありません。官舎のネットワークを通じて、彼自身に与えられた正規のIDで管制センターのコンピュータに繋いでいたので、不法侵入には当たりません。
 しかし、無断使用である事は確かでした。彼の無断使用に気付いたのは、全くの偶然でした。彼は、自分のパソコンでは処理しきれない大量の情報を、管制センターのコンピュータで処理し、それを再び自分のパソコンに戻す事を繰り返していました。その際の優先度は、最下位に設定してあったので、管制センターに悪影響を及ぼすほどではありませんでしたし、彼は、夜間しか使用していなかったので、無断使用には気付き難い条件が揃っていました。逆に言えば、管制センターの業務に支障が出る可能性はありませんでした」
 隼人は、俯いた。
 完全に、知られていたのだ。
「私は、ある日の夜、終夜処理である種のシミュレーションを試みたのですが、その際に、メモリの使用量が極端に大きい事に気付きました。私のシミュレーションは、彼のメモリの待避時間分だけ、予定より処理が遅れていきました。だから、気付いたのです。興味を惹かれ、詳細に調べていきました。その結果、隼人君が、宇宙大規模構造のシミュレーションを行っている事に気付きました。正直言って、驚きました。とても、中学生のプログラミングだとは思えない、優れたものだったのです」
 誉めてもらっているのだろうか。
 恥ずかしくて、顔が上げられなかった。
「私は、内密に征矢野さんに事の次第を伝え、もうしばらく様子を見るように進言しました。征矢野さんも、頃合いを見計らってきつく叱る事で、納得してくれました。後日、小惑星の軌道逸脱を考えた際に、これを利用しようと考えたのです。小惑星の軌道修正を行う際に、隼人君のプログラムの優先度を最高レベルに上げ、管制センターの機能を一時的に麻痺させようと考えたのです。そして、同時に、軌道修正プログラムに細工し、小惑星の軌道を逸脱させたのです」
「征矢野さんは、管制センターの麻痺が、息子さんの仕業だと考えたと思いますか?」
「思います。征矢野さんへの進言は、お話しした細工への伏線ではなく、あくまでも隼人君の処理の結果を見てみたいと考えたからですし、だからこそ、征矢野さんは隼人君の仕業だと考えるだろうと、確信していました。結果として、小惑星の墜落を防ぐ手立てが遅れる事にもなり、大惨事に繋がりました。
 もし、私の軌道計算に誤りがなく、思い描いた通りに小惑星が地球の大気圏を掠めていた場合、征矢野さんは、隼人君の将来を考え、一言も言えなかったのではないかと思います。それを思うと、心が痛みます」
 弁護士は、自身の質問に予想以上の結果が得られ、満足そうに頷いた。
「私の犯した罪は、断罪されるべき重罪です。私は、実の母を殺し、隼人君の両親を殺し、隼人君や宙美に暴行を振るった少年達の親族を殺し、数億の人々を殺しました。今回の事件の総ては、私個人にあり、隼人君達に暴行を働いた少年も、大地にも、誰にも、罪はないのです。総てを狂わせたのは、私の独り善がりの主張と奢りなのです。私が言いたい事は、これで総てです」
 判事の溜息が聞こえた。
「分かりました。証人は、席に戻って下さい。後で、出頭を求められる事になるでしょう。それまで、その席で待ちなさい。警察には、あなたが自首である事を説明します。
 あなたの裁判でも、今のように正直に答弁するのですよ。残される者が恥ずかしくないよう、今のような答弁をする事を私は進言します」
 法廷は、重く沈んだ空気で満たされていた。肉親や親族を殺された怒りさえ、重い空気の中で沈んでいった。
 法廷の時計は、開廷以後、最も静かな時を刻んでいた。
 宙美が、隼人に何と声を掛けようか迷っているのが、隼人にも分かった。そして、大地が、目で隼人に謝罪しているのが見えた。
(君と、君のお父さんは、独立した人間なんだよ)
 近くに居たなら、そう言ってあげられたのに、大地は、被告人席という遠い所に居た。
 隼人は、もどかしかった。
「神戸さん、攻守が入れ替わったね。これからは、僕が神戸さんや大地君を励ます番だ」
 隼人は、そう言って、宙美の心の乱れを落ち着かせてやろうとした。
「ありがとう、隼人君」
 宙美が、隼人の手を握った。隼人は、その手をしっかりと握り返した。

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  公開審判

  - 1 -

 隼人は、搬送ロボットに乗せられ、救急搬送された。
 病院には、久し振りに来た。
 色々な検査ロボットの間を、搬送ロボットで移動してまわった。散々、検査ロボットに検査された後、搬送ロボットは、隼人を医師の前に連れて来た。
 隼人は、病院に入って初めて、人間の前に来たと思った。
「征矢野隼人君だね」
 医師に声を掛けられ、隼人は、肯いた。隣に居た宙美とその母も、一緒に肯いた。
「検査結果が出たよ。大丈夫。問題はない。胃壁は、少し痛んでいたけど、薬で直ぐに治るよ。但し、今日は、水も食事もなしだ。明日から流動食を摂りながら、様子を見よう。普通の食事を食べられるようになるまで、そうだな、一週間くらい入院しなさい。胃の方は、それくらいだ」
 医師は、端末を叩いて表示を変えた。
「ちょっと殴られたようだね。念のため、脳波と断層撮影もしたけど、こっちは全く心配無い。念には念を入れて、退院の前にも、再検査をする事にしよう。
 今、少し吐き気がある筈だが、それは脳の障害の症状じゃないよ。君は、脳波測定中にも、吐きそうになったよね。その時の脳波が取れたんだ。脳波の乱れはなく、胃からの反射だと突き止める事ができた。だから、何も心配する事は無い。私が保証する」
 医師は、にこやかに話した後、看護婦に何かの指示を出した。一度、病室を出た看護婦は、何かの機械を持って戻ってきた。
「今から、点滴をしますからね」と言うと、隼人の右手を円筒形の機械の中に入れた。
 右手に、ちくりと痛みが走った。点滴の針を入れたらしい。
「でも、良かったわ。宙美は、大地君が守ってくれたから、ちょっと口を切ったくらいで済んだし。大地君は、あちこちに打ち身があったみたいだけど、小さい頃の悪戯小僧だった時を思い出させるくらいで、大丈夫みたい。隼人君が一番心配だったけど、直ぐに直ると聞いて、安心したわ」
 芙美子は、薄っすらと涙を浮かべていた。
 隼人は、病室に搬送され、なんとか自力で病室のベッドに移った。それを見ていた芙美子は、少し安心したらしく、「看護婦さんの言う事を良く聞くのよ」と、母親が小さな子供に言うような事を言った。
 点滴で体が少し楽になった。隼人は、眠気を感じ始めていた。気分は悪くなかった。芙美子は、まだ隼人の様子を見ていたが、隼人がうとうとし始めた時、そっと立ち上がった。でも、彼女が病室を出る直前に、入口の所で立ち止まった。
「やあ、隼人君」
 元気の良い声と一緒に、大地が病室に入ってきた。芙美子も、彼を伴って、隼人の横に戻った。
「四、五日、入院する事になったよ」
 大地に恥ずかしい姿は見せられないと、隼人は、目一杯の力を込めて声を出したが、か細く掠れてしまった。
「入院? 大丈夫なのかい?」
 大地は、隼人の顔を覗き込んだ。そして、全身の包帯を確認した。
「うん。食事が普通にできるようになるまでだけだよ。胃を、思い切り蹴られたからね」
「まあ、食事制限だけで直るなら、心配は要らないな。宙美も、思ったほど酷くないみたいだ。精密検査の結果もおばさんと一緒に聞いたけど、全く異常ないって。怪我は、口の中を切っただけだったらしい」
「さっき、僕もおばさんから聞いたよ」
 大地は、微笑んで頷いた。そして、引き締まった表情に変えた。
「僕は、しばらく帰って来ないから、その間は、宙美は君が守るんだ。頼んだよ」
「しばらく帰ってこない?」
 隼人と芙美子は、揃って聞き直した。
「警察に自首する」
 二人は、大地の言っている事を理解できずにいた。
「僕が殴り倒した人の一人が、今、集中治療室で治療中なんだ。脳内に出血があるらしく、安心できない状況らしいんだ」
「えっ! だって、あれは、どう見たって正当防衛じゃないか」
 大地は、首を振った。
「過剰防衛だ。傷害致傷かもしれない。万が一の事があれば、傷害致死だ。僕は、その責任を取らなければならない」
「責任て、奴らが取るべきだろう。大地君じゃないよ」
「それは、判事が判断する事だ。僕は、その場所に立たないといけない」
 大地は、くるっと身を翻すと、病室を出て行った。
「大地君、待って」
 芙美子は、慌てて大地の後を追った。
 隼人は、呆然と見送った。
 大地は、彼の父に心配をかけない事だけが、今できる事だと言っていたのに、こんな事態になってしまった。しかも、その原因を作ったのは、自分であり、父であった。
 彼は、何一つとして、間違った事はしていなかった。
 隼人は、居たたまれなかった。一日でも早く怪我を治し、彼の弁護をしなくてはいけないとも思った。

 四日後、隼人は、予定より三日も早く退院した。隼人は、退院が遅くならないように、生涯で一番の努力を続けた。それに気付かない医師は、「若いと回復も早いな」と笑った。
 宙美はと言うと、一晩だけ検査入院したが、翌日には退院した。ただ、大地の事が気になるらしく、本人は酷く落ち込み、元気無く病院を後にした。
 ある意味、隼人が最も心配していた大地が殴り倒した高校生は、生命の危機を脱して、二日前には一般病棟へ移っていた。もちろん、元気とはいかないが、心配された後遺症も免れそうだった。
 加害者の大地は、事件の翌日には、送検されていた。少年鑑別所に居たが、本人が素直に事情聴取に応じ、早い審判を望んだために、早くも第一回の審判が行われようとしていた。
 十数年前、少年法が改正され、傷害、殺人等の凶悪犯罪で、本人と弁護士が望む場合に限り、審判を公開できるようになった。大地は、弁護士の勧めで、この公開審判を選択した。弁護士は、大地の弁護をする上で、事件の全体像を世間に見せる事が大事だと判断したのだ。大地の正当性を傍聴人にも見てもらい、彼の社会復帰を容易にしようという配慮だった。
 第一回の審判は、三日後と決まっていた。隼人は、これに間に合うように退院したいと頑張ったのである。
 大地に会えるのは、この公開審判までない。
 隼人は、会って大地に謝りたかった。
 今回の事件の総ての責任は、隼人自身にあると思っていた。高校生の標的は、最初から最後まで、隼人だった。大地が怒りを爆発させる原因となった宙美の怪我も、隼人を大地が守ろうとしてくれたためだった。そして、事件自体の発端となったのも、父の業務上重過失致死だった。
 思い起こせば、転校初日に、「宇宙移民事業団の家族は、みんな助かった」と口走ってしまった事も、今回の事件の伏線だった。あの時、大地の表情は険しかった。彼は、あの時点で、事件の発生を危惧していたのではないだろうか。
 隼人は、大地と宙美を巻き込んでしまった事を、本当にすまなく思っていた。だから、弁護士から、証人を頼まれた際、二つ返事で引き受けた。

 審判の当日、隼人は傍聴席の最前列端に用意された証人用の席に、宙美と並んで座った。そして、直前に打ち合わせた弁護士の指示を、何度も反芻しながら、審判の開始を待った。
 やがて、傍聴席に、一般傍聴人が入廷してきた。その中には、知った顔もいくつかあった。そのほとんどは、中学校の先生か、同級生だった。最後の方に入廷してきた人物を見て、隼人も、宙美も、「あっ」と声を出した。
 大地の父、翔貴だった。
 来る事は、予想できないものではなかったが、朝食を一緒に摂った際も、傍聴する事は、おくびにも出さなかったので、不意を衝かれたようなものだった。
 息子、大地の審判が気になるらしく、彼は、ほとんど食事には手を付けなかった。芙美子が、彼のやつれようの酷さを心配して声を掛けたが、妹の言葉にも生返事を返すだけで、直ぐに席を立ってしまった。
 以前、大地が、「父の心労を増やさないように」と言っていた事を思い出し、隼人が原因でこのようになった事を、心の中で何度も詫びた。そして、この審判が良い結果に繋がる事を願った。
「大地君」
 隣で、宙美が小さく呟いた。
 入廷してきた大地が、被告席に座らされるところだった。
 彼は、堂々とした態度で現れたが、刑務官の指示には素直に従っていた。いつもと変わらない中学生離れした落ち着きのある彼の態度は、隼人達を安心させた。
 間も無く、判事が入廷し、公開審判が始まった。
 最初に、大地が発言席に立たされ、人定尋問と罪状、罰状の読み上げが行われた。罪状認否では、しっかりした声で、それを認めた。
「被告人は、何か言う事がありますか?」
 判事は、大地に語り掛けた。
「ありません」
 明快な回答だった。
 判事は、頷くと、大地を被告人席に戻した。
 公開であろうと、なかろうと、審判は、淡々と進んでいく。特に、少年審判は、結審までの期間に制約が設けられているので、進捗は驚くほど早い。
 検察側の罪状、罰状に対する弁護側の反論が始まった。
 大地の弁護士は、隼人が背後から襲われた事から始まった事を説明した。そして、大地は、隼人と宙美を守りつつ、ただひたすら耐え続けた事を、悲劇のように語った。
「このような状況の中、被告人は、二人の友人の危機を回避できなくなるまで、必死に耐え続けたのです。事実、彼の体には無数の傷が残っていました。彼が、もし、反撃に転じなければ、二人の友人の生命は、極めて危険な状況に陥っていたでしょう。彼には、反撃以外に手段が残されていなかったのです。
 もし、彼の反撃に罰を与えるのなら、私達は、彼に対して、同じ状況において、法に照らして正しい対処方法と、それが可能である事を示してあげなくてはなりません。しかし、それができる方は、この法廷内に居られるでしょうか。この冷静にじっくりと考えられる環境下にあってさえ、これが非常に難しい問題である事は、傍聴人の方々も感じられていると思います。
 今回の事件は、被告人が緊急避難として行った行為であり、被害者に怪我を負わせた事を真摯に反省して自首しています。この事実から、彼は十分に反省しており、同種の状況を他者が引き起こさない限り、再発の可能性は全く無いと断言できます。
 従いまして、私は無罪を主張します」
 傍聴席の人々が、大地に同情している事を、隼人は肌で感じ取れた。同時に、隼人は、事件の発端が自分と自分の父にある事を、判事や傍聴人に説明したかった。
 続いて、証人喚問が始まった。
 最初の証人は、隼人達を診察した医師で、三人共、怪我を負わされていた事、内、二人は入院が必要であった事が、明らかにされた。負傷箇所を図で示し、いかに残虐な攻撃を受けていたかを示した。特に、隼人の拳には怪我が認められず、最後まで反撃をしていなった事を証言した。
「被告人は、空手の経験があり、彼の師範の話では、相当な腕前であったと言います。その被告人が、これほど怪我をした理由は、ただ一つ。被告人が、反撃をせずに、体のあちこちが傷付くまで、耐えていた事を示しています」
 弁護士は、続けた。
「被告人は、二人の友人を守りつつ耐えていたが、躱すだけでは友人を守り切れなくなり、やむを得ず、排除する強硬手段を選択せざるを得なかった事は、明らかです。更に、被告人とその友人に怪我を与えた者にとっても、被告人が強硬手段を選択した事は、幸運だった可能性もあります。彼が反撃に転じた事で、彼等は殺人者になる事を免れた可能性さえあるのです」
 隼人は、死んでいたかもしれないと、弁護士は間接的に述べた。
 次に、宙美が証人台に立った。
 彼女は、ほとんど大地の背中に隠れていたから、大地が手出ししていなかった事を明確にした。彼女が見ていないのは、大地が隼人に駆け寄った時だけで、その時は、隼人が既に証言できるので、全体として、大地は最後の瞬間まで、手出しをせずに耐えていた事が証明される筈である。
 彼女は、弁護士の指示に忠実に証言した。
 最後に、隼人が、証言する番になった。
 証言は、人定尋問から始まった。続いて、弁護士が打ち合わせ通りの質問をし、隼人も打ち合わせ通りの回答をした。
 弁護士が求めた証言は、大地が常に躱すだけで、決して反撃に出なかった事だ。どんなに殴られても、大地から手を出す事はなかった。その事を、公にしたかったのだ。
 続いて、検察からの質問が始まった。
「証人は、被告人が手を出さなかったと言ったが、最初からずっと見ていたのですか」
 弁護士は、この質問を予想していたので、隼人には、答え方を教えてくれていた。
「いいえ、最初と最後の方だけです」
「それでも、ずっと被告人が手を出さなかったというのですか」
「いいえ、僕が見ている範囲では、僕がお腹を蹴られて動けなくなる前には、一度も大地君が手を出したところは見ていません。逆に、その間に何度も繰り返し殴られているところは見ました」
「証人は、質問にだけ答えて下さい」
 ぴしゃりと判事に釘を刺された。
 検察の質問は続いた。
「被害者は、被告人が先に手を出したと言っているが、証人はそれを見ていなかったのですか?」
 隼人は、検察官の顔を呆然と見た。そして、怒りの篭った声で切り出した。
「被害者とは、僕達三人の事を指しているのですか?」
「君は、本法廷においては証人だ」
「では、被害者は誰を指すのですか? まさか、僕を入院させた奴の事ですか? 暴力を振るった奴が被害者ですか?」
「証人は、質問に答えなさい!」
 判事に諭されたが、隼人は判事を睨み返した。
「隼人君!」
 大地の大きな声が聞こえた。隼人が振り向くと、彼は小さく首を振り、隼人を制した。隼人は、大地の法廷をぶち壊し掛けていた事を悟った。そして、怒りを生唾と一緒に飲み込んだ。
「検察官が言う被害者は、最初に僕を背後から殴ったのです。それは、最初から僕が標的だったからです。被告人席に居る僕の大事な友人は、単に巻き込まれただけなのです」
「被告人は、質問にだけ答えて下さい」
 判事は、隼人を遮ろうとしたが、隼人は続けた。
「僕は、小惑星を地球に落とした征矢野勝史の息子です」
 隼人は、傍聴席を振り返り、「誰もが、一度は石を投げつけたいと思った征矢野勝史の息子です」と繰り返した。
「最初から、僕が標的だったのです」
 隼人の目から、涙が溢れ出した。
「僕は、大地君に、謝らなくてはいけないのです。僕が居なければ、彼は、そんな場所に座っている筈の無い人なんです。僕が居なければ、僕が地球に残っていれば、彼は、こんな目に遭わなかったんです。僕さえ……」
「証人は、席に戻りなさい」
 判事は、優しく声を掛けた。隼人は、うな垂れたまま、宙美の隣に戻った。彼女も、優しい言葉を掛けてくれたが、隼人には聞こえなかった。
 突然、傍聴席が騒がしくなった。その中で、一人の男性が立ち上がった。
「静粛に!」
 立ち上がった男性の顔を見て、宙美は、顔色が変わった。それを見て、隼人も驚いて振り向いた。

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