伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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  - 3 -

 翌日、三人は、昨日と同じ様に登校した。
 昨日は、あれほど多くの学生が、大地に向かって挨拶していたのに、今日は、誰も挨拶してくれなかった。大地が声を掛けても、誰もが無視を決め込んだ。声を掛けた相手は、大地の顔を確認し、刺すような視線を返してくる。その視線は、大地よりも隼人に向けられているような気がした。
 教室に入ると、疎外感は、一層強まった。
 誰一人として、三人に声を掛けるものは居なかった。あれほど、信望の厚かった筈の大地にさえ、声を掛けようとしなかった。大地は、我慢ならないのか、一人の男子生徒に近寄った。
「理由は、見当が付いている。だけど、俺達に敵意を向けるのは、お門違いだ」
 攻撃的な大地の態度に、一瞬、その生徒は怯んだ。しかし、彼の回りに人が集まり始めると、強気になった。
「あいつの父親のせいで、みんなが犠牲になったんだ。姉さんは、最初の子供を宿してたんだ。初めての子供だったから、姉さんも、親父やお袋も、すっごく期待してたんだ。今月には、ここへ戻ってきて、出産する予定だったんだ。お袋なんか、うきうきしてベビー用品を買い揃えてたんだ。だけど、あいつの父親のせいで、姉さんは、地上で凍え死んだ。それ以来、お袋は半狂乱さ」
 隼人は、何も言い返せなかった。
 父が、資源用小惑星の軌道変更の全責任を負う立場にいた事は、間違いのない事実だった。資源用小惑星が墜落した原因は兎も角、現実に、小惑星の軌道変更を行い、それに失敗して墜落させてしまったのだ。
 弁解の余地は、どこにもなかった。
 隼人は、大地の服の裾を引っ張った。
「いいんだ。事実なんだから」
「違う。違うんだ。隼人君、事実じゃない! 俺達は、何もしていないし、何の責任も無い。僕達は、それぞれ、独立した人間なんだ。親が犯罪を犯しても、俺達がそれを背負う責任はないし、逆に、俺達が犯罪を犯しても、親はその責任を負わない。良い例が、少年法だ。
 少年の更正と社会復帰、将来を考慮して、少年保護の立場が少年法の基本スタンスだ。だから、少年は、成人のような責任は問われない。でも、保護監督責任がある保護者にも、刑事責任を問われない。保護監督責任があっても、別個の人間として、法律は運用されるんだ。
 少年法でさえ、そうなんだ。だから、親の責任を僕達が負う必要は、一切ないんだ」
 大地の説得で、教室のざわめきと殺気が、少し納まりかけた。今回も、大地の力で、この場を納める事ができそうに思えた。だが、それは、隼人の希望的な観測に過ぎなかったのかもしれない。
「そんな七面倒くさい理屈なんか、俺には関係無い! 俺は、お前らが大嫌いなんだ。それだけだ」
 論理的に大地が説明しても、誰も耳を貸さなかった。それほど、みんなが、そして民衆が、小惑星墜落事故に対して、感情的になっていたのだ。
 感情的になり、集団ヒステリー状態にあった。
 普通なら、彼のような感情的な言い方をすれば、周囲の嫌悪を誘い、集団から徐々に締め出されていくものだ。だが、全員が似たような状況にあり、やり場のない怒りに満ちていた。だから、彼の感情の発露は、それこそが、全員の感情であり、代弁であった。だから、全員の心の裏での示し合わせを産み出し、賛同を得てしまった。
「大地は、隼人のどこが、そんなに気に入ったんだ。こんな奴のどこがいいんだ?」
 彼は、隼人の脇に立ち、突き付けるように指差した。
「僕は、今まで、誰も特別扱いした事はない。隼人君も、例外じゃない」
「それなら、大地の親父が、宇宙移民事業団の職員だからだな」
「親が関係無い事は、さっきも言っただろう」
 大地は、勢い良く立ち上がった。反動で、彼の椅子は引っくり返った。
「大地は、親父を庇ってるんだろう。そのためには、宇宙移民事業団に問題があるのは、矛盾が出てしまうから、事業団の問題を隠そうとしてるんじゃないか。そのためには、隼人の親父も庇わざるをえない。そうに決まっている」
「僕は、一度も、父や隼人君のお父さんの事を言った事は……」
「ふざけるな! 問題を摩り替えるな!」
 クラス中の生徒が、三人を取り囲んだ。
「大地君、私、あなたを見損なったわ。お父さんの事を正当化するために、隼人君を庇うなんて、最低よ」
「問題を摩り替えているのは……」
 隼人が、割って入ろうとしたが、誰かが、大地を殴り倒した。大きな大地が、一瞬、よろめいた。
「大地君」
 宙美が、慌てて駆け寄った。
「大丈夫?」
 だが、肩を掴まれて押し退けられ、宙美は後退った。その様子を見た時の大地の目が、恐ろしいほどの形相に変わった。
「オイ、コラ! お前達、そこで何をしている!」
 担任の怒声が、教室中に響いた。
 生徒達は、どこから声がしたのかと、動きを止めて、辺りを見回した。その隙に、大地は、宙美を抱きかかえるようにして、みんなの輪から、一歩、抜け出した。隼人も、それに習った。
「早く、席に着きなさい。授業をはじめるぞぉ」
 担任の号令で、何事も無かったかのように、素直に従うクラスメートの姿に、隼人は不気味ささえ感じた。
(彼等の標的は、僕一人なんだ。大地を、それに巻き込んでしまった)
 クラスメートは、誰一人として、担任には全く逆らわず、ただ一つの標的に向かって、足並みを揃えた行動を取っている。何かが起こるだろうと、隼人は、確信めいた恐怖に慄いた。

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  - 2 -

 芙美子の代わりにインターフォンを取った宙美が、「家宅捜索?!」と聞き直しているのが聞こえた。
 動転した宙美が、芙美子に事情を説明している間、大地がインターフォンを取った。それを尻目に、隼人は、階段を駆け上がり、自室に飛び込んだ。
(家宅捜索の目的は、僕が持ってきたパソコンだ)
 隼人が地上から持ってきた品物は、手当たり次第、箱に詰めて持ち帰ってしまうだろう。それが、隼人の品か、父の品かは、持ち帰った後で分析する筈だ。彼等が、パソコンを見付けたら、喜んで持ち帰るだろう。
 隼人は、焦った。
 どこに隠せばいいのか、考えがまとまらなかった。
 警察は、隼人が荷物を二個も持ち込んだ事を押さえている筈だ。もちろん、パソコンを組み込んだアタッシュケースもだ。しかも、パソコンが入っている事も知っている。検疫官が見ているので、彼の記憶にも残っていただろう。パソコン本体を隠したら、益々疑われてしまう。
「よし!」
 隼人は、ドライバーを手に、パソコンを組み込んであるアタッシュケースと格闘を始めた。
 数分後、階段をドタドタと上がってくる足音が聞こえた。
「隼人君の部屋は、ここです」
 ドアの前で、大地が説明する声が聞こえた。ドアがノックされ、間髪を入れずに見覚えのある検事が、部屋に入ってきた。
「小惑星墜落事故の捜査で家宅捜索をします。征矢野勝史の私物を全て押収するので、隠さないようにしなさい」
「家宅捜索……ですか?」
「そうだ。君は、征矢野勝史の着替えと称して、荷物を二個も持ち込んでいるね。それを押収する」
「でも、父の分は、着替えだけですよ。それも、下着が主です」
「隠し立てすると、後で大変な事になるよ」
「ですが、本当に着替えだけなんです。父は、着替えを持ってこいとだけ、僕に言ったんですから」
 そう、あれが父の声を聞いた最後になったのだと思うと、死者を呼び捨てにする理不尽さに腹が立ってきた。
「君が、パソコンを持ち込んでいる事は、調べが付いているんだよ」
「パソコンは、僕のものです。父は、見た事も無い筈です」
「そんな言い訳が通用すると思うのかい。あの非常時に、パソコンを持ち出している異常さに、私が気が付かないと思っているのかね」
「僕が、小惑星の墜落を聞かされたのは、飛鳥に着いてからだし、周りの人も、似たようなものでしたよ。僕は、以前から申請していた飛鳥への見学が急に決まったくらいに考えて、家を出たんです。留守番ロボットには、三日間の留守番をセットしていたくらいですよ」
 ほぼ、事実だった。
「君のパソコンでも、征矢野勝史のパソコンでも構わない。君がここに持ち込んだ総てが、押収の対象だ」
 流石に、苛着いている様子が、隼人にも手に取るように分かった。
「そうだよ」
 検事の後ろから、小笠原警部も口を出した。穏やかで、慈悲に満ちた優しさで、隼人に視線を送っていた。
「素直に出した方がいいよ。家宅捜索令状には、君が持ち込んだ品総てが指定されているから、パソコンが君のものかどうかは関係無いんだよ。それに、あまり君が抵抗すると、公務執行妨害にもなり兼ねない。そうなると、私は君を逮捕しなければならなくなってしまう。そうならないように、協力してくれないか」
 隼人は、諦めた。
「分かりました。でも、これは僕の声紋でパスワードを掛けてあるから、今から、パスワードを解除します。それで、中を簡単に調査できるようになる筈です。でも、自作のパソコンだから、扱い難いと思います。もし、分からない事があったら、僕に伝えてください。説明をします。だから、壊さないでくださいよ。それから、父が触っていない事が分かったら、直ぐに返してください」
「いいだろう。約束しよう。いいですね、有馬検事」
 検事は、苦虫を噛み潰したような顔で、渋々肯いた。
 隼人は、パソコンを立ち上げ、音声入力でパスワードによるロックを解除した。
 運搬ロボットの多くが手ぶらで帰るほど、押収物の少ない呆気ない家宅捜索だった。有馬検事だけは、目的のパソコンが手に入った事で、渋い顔を続けながらも、どこか満足そうだった。
「隼人君……」
 大地が、不思議そうな顔をしていた。
「パソコンを隠しに二階に上がったと思ってたんだけど、違ったのかい?」
「え?」
「君が先に二階に上がっただろう。てっきり、パソコンを隠しに言ったんだと思ってたよ。だから、下で家宅捜索令状の内容を細かくチェックして、時間稼ぎをしてたんだけど」
 大地の推理力と咄嗟の対応には、驚くばかりだ。
「なぁんだ。そうだったのね。どうりで、大地君にしては珍しく、捜査令状の内容に拘っていたのね」
「まあね。でも、僕の推理が外れていたみたいだね」
 推理が外れたと大地が言ったが、宙美は尊敬の目で彼を見詰めていた。それが、寂しくも、悲しくもあった。だから、大地の推理が当たっていた事を隠したい心理が働いたが、事情があって大地には話すしかなかった。
「実はね、大地君の時間稼ぎは、凄く助かったんだよ。大地君の部屋に行ってもいいかな」
 隼人は、大地の了承も得ない内に、彼の自室に入り込んだ。そして、彼の通学鞄の中から、新書版程の大きさの黒い電子デバイスの箱を三個取り出した。
「それは?」
 流石の大地も、呆気に取られていた。
「記憶素子だよ。実質、これが本体みたいなものさ。本体には、OSが入った物が一つ残っているだけだよ。自作のパソコンだから、これを取り外した事には、気付かないと思うよ」
 記憶素子を取り外す事は、ただの思い付きだった。自作のパソコンだからこそ、手早くできたのだが、外した記憶素子の隠し場所には、少々往生した。
 もう一つ、メモリ構成の修正も必要だった。これをしなければ、OSが抜き取られた記憶素子の部分のエラーを検出してしまうし、ディレクトリ構成を見たら簡単に気付かれてしまう。これを修正するための時間を、結果的に大地が作り出してくれたのだ。
「呆れちゃうわ」
 宙美には、大地の時とは正反対の反応を示され、ショックを感じた。

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