伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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  書類送検

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 居候の隼人を含めた梅原家の五人が一堂に会し、その日の夕食は、明るい雰囲気で始まった。
「一時は、どうなるかと思ったよ」と、大地が口火を切った。
 隼人は、少し恥ずかしかった。あの騒動の発端は、隼人の不用意な一言から始まったのだから。
「でも、大地君の御陰で助かったよ」
「大地君。何をしたの?」
 早速、宙美が食い付いてきた。あの時、宙美は大勢の女生徒に囲まれていて、隼人の周囲で起きていた騒動には気付いていなかったようだ。
「事業団の家族は全員脱出したって、僕が口を滑らせたものだから、凄く険悪なムードになったんだ」
 宙美の母の表情が、硬くなった。
「隼人君。ちょっと不用意よ。あの事件では、誰でもぴりぴりしてるのよ」
 彼女は、今日、数日ぶりに警察に呼び出されていた。朝は、明るい表情で幽霊の話をしていたが、その裏側では、亡き夫に助けを求めていたのかもしれない。
 大地は全員が死亡したと言ったが、実際には彼女だけが宇宙移民事業団の地上に居た職員で地球を脱出していた。だから、警察も、地上での様子を知る唯一の人物として、執拗に追い続けているようだ。
「その事は、一切、口に出さないようにしなさい」
 芙美子の注意に、隼人も素直に頷いた。
「でも、大地君が、みんな被害者なんだって、説得してくれて。兎に角、上手く納めてくれたんだ」
 宙美は、テーブルの正面に座っていた大地を、小さく睨んだ。
「また、大人みたいな口を利いたんでしょう」
 宙美の愛くるしい瞳が、くりくり動いた。
「そんな事に頭を使ってばかりいたら、あっという間におじいちゃんになっちゃうぞ」
 宙美が言うと、こんな言い方でも可愛く聞こえるから、不思議だ。でも、大地には、宙美が口煩く聞こえるらしく、早々と「ごちそうさま」を言うと、隣の居間に席を移した。
「ねぇ、おじさま。私、早速、ラブレターをメールで貰ったのよ」
 うきうきした声で話す。父親を失った事を、微塵も感じさせない。
「スペースコロニーの男の子って、手が早いんじゃないのかしら」
「そんな筈がない!!!」
 大地が、大声で居間から叫んだ。
「手が早いわよぉ!」と、宙美は、居間の大地に向かってアカンベェをした。
「違うんだ!」
「違わないわよ!」と、宙美は言い返した。
 大地は、それを無視した。彼の視線は、TVに釘付けとなったままだった。
「早く、こっちに来い!」
 彼は、視線を動かさず、宙美を呼び付けた。
「どうしたって言うの?」
「隼人君も、早く!」
 渋々、席を立つ宙美の後を追って、隼人も居間に入った。
 見ると、大地は、怒りの目を立体TVに向けていた。
「……現在、検察庁前と中継が繋がっています。検察庁前の滝口リポーター、何か新しい情報はありますか?」
 TVの中で、キャスターが、リポーターを呼び出そうとしているが、何かの手違いがあったらしく、中継が繋がらなかった。
「中継が繋がらないようです。中継が繋がりましたら、また、滝口リポーターを呼び出したいと思います」
 キャスターは、正面に向き直った。
「繰り返し、お伝えします。本日十八時二十五分、警察庁は、小惑星墜落事故に関連して、業務上重過失致死傷の疑いで、征矢野勝史容疑者他五人を検察庁へ被疑者死亡のまま書類送検しました。征矢野勝史容疑者は、宇宙移民事業団の管制センター長を努めていた八月十九日、資源用小惑星が軌道を逸脱した際に適切な措置を講じなかったため、数億人を死に至らしめ、十数億人を負傷させた業務上重過失致死傷の疑いが持たれています」
「何かの間違いだろう」
 大地の父の震える声が、隼人の頭の上から降ってきた。
(そうさ。間違いに決まっている)
 だが、TVからは、非情な言葉が続く。
「スタジオには、弁護士の笹本さんにおこし頂いています。早速ですが、笹本さん。どうして、業務上重過失致死傷なのでしょうか。殺人罪の間違いではないかと、TVを御覧の皆さんも思っておいでだと思うのですが」
 弁護士だという笹本は、もったいぶった言い方で、キャスターの質問に答えた。
「殺人罪というのは、殺意を持って死に至らしめる行為を行った場合に適用されます。今回の場合、征矢野容疑者の他に、五人が業務上過失致死傷で書類送検されていますが、いずれも被疑者は死亡しています。征矢野容疑者が殺意を持っていたと仮定した場合、この事件に関係していた他の五人も、同様の殺意を持っていた事になります。しかし、全員が殺意を持ち、かつ死を覚悟していたとは、考え難い事です。この事から、殺意は無かったと判断されたものと思われます」
「しかし、征矢野容疑者に殺意があり、彼が他の五人をマインドコントロールしていたとは、考えられないでしょうか。あるいは、全員が、何かの狂信的な宗教に入信していて、その教義の一環として、今回の事故を意図的に引き起こしたとは、考えられないでしょうか。また、六人が、自殺テロを働いたとは、考えられないのでしょうか」
 キャスターは、過激なほどに突っ込んでいく。
「マインドコントロールにしても、狂信的な宗教にしても、それらを考える場合、征矢野容疑者ら六人以外の犯人も考えられます」
「その可能性は、低いでしょう。仮に、他に犯人が居るとすると、その犯人は、恐らく、地上以外で事の成り行きを見ていた事になります。そうでなければ、結果を見る事ができません。しかし、地上以外となると、何十万キロも離れた所から、征矢野容疑者に指示を与えていた事になる訳ですから、現実的ではありませんよ」
「ええ、ですから、今回の事故は、征矢野容疑者らの過失によるものと考えるべきなのです。ただし、現行法では、業務上重過失致死の最大の量刑でも、五年です。何億もの人間を殺して、この先の食糧事情の悪化から、更に億単位の人々が亡くなる可能性が高い事からも、五年の刑期で出所できるのは、現行法の問題点でしょう。今回は、被疑者死亡により、書類送検のみとなりました。しかし、同じ様な事故が再発した際に備え、量刑の加算を行えるようにする等の法整備が必要になると思います」
「量刑の加算とは、どのようなものなのでしょうか」
「量刑の加算は、複数の犯罪に対し、それぞれの量刑を決め、それを加算して適用する方法です。例えば、今回のような場合、およそ数億の人を死に至らしめているので、一人当たり五年の刑期でも、仮に死者を五億人とすると五億人分の量刑が加算されるので、懲役二十五億年となるわけです」
「懲役二十五億年ですか。ですが、死刑はどうなりますか」
「量刑が五十年以上となるような大きな犯罪には、死刑に切り替える仕組みを加える方法もあります。実際に、死刑制度の無い国でも、五十年以上も獄中で生きていられた例は、ほとんどありませんから、量刑が五十年以上になる場合を死刑とする事は、妥当なところでしょう。また、量刑の加算をした場合の長所として、減刑で重罪を犯したものが簡単に出所できなくなる点が挙げられます。減刑は、加算された懲役の中で行われるので、懲役百年の服役囚は五年の減刑を受けても、服役期間は九十五年までしか減らない訳ですから、簡単には出所できません。
 但し、このような刑法の改正は、基本的人権の問題が絡みますので、十分な審議を尽くした上で行うべきでしょう」
 流石に弁護士らしく、最後に慎重な意見を言い添えた。
「私は、加害者の基本的人権を云々する事は、個人的には嫌いです。何故かと言いますと、被害者の基本的人権が蔑ろにされているためなのです。
 犯罪を犯した時点で、加害者は、被害者の基本的人権を著しく侵害している訳ですから、まず、被害者の基本的人権を中心に考え、それが完璧に守られるようにした上で、加害者の基本的人権を考えていくべきだと思っています。今回の事故でも、何の罪も無い子供たちが、何億人も犠牲になっています。それも、多くは、飢えと寒さに苦しめられた後で、天に召されたのです。余りにも惨い最期ではないでしょうか」
「おっしゃる通りです。ですから、私も、弁護士会を通じて、現行法の改正を、真剣に討議していきたいと考えています」
 キャスターの言っている事は、概ね間違っていないと、隼人も思った。だが、父が、あの未曾有の大惨事の全責任を問われる事が、どうしても納得できなかった。
 食堂で、ガタンと音がして翔貴が立ち上がった。翔貴は、食事を残し、二階へと上がって行った。
 ここに来た時にも、やつれているような気がしていたが、今は、その時以上に疲れを感じさせる顔になっていた。宇宙移民事業団の責任は重く、翔貴にも、捜査の手が伸び、心労を助長させている事は、想像に難くない。実際、地上の事業団職員で唯一助かった芙美子は、今日、警察庁に呼び出されている。彼女は、小惑星の件には一切の関係が無いため、警察庁での事情聴取でも、地上での様子を確認する以上の目的が無かった筈だ。
 しかし、翔貴は、小惑星の軌道修正の初期段階で関係していたそうで、事情聴取と言うより、取り調べに近いのかもしれない。彼の表情に現れる疲労の度合いが、それを示しているように思えてならない。
 父に掛かった嫌疑を父自身が晴らせない事は、非常に悔しいところだが、翔貴を見ていると、死んだ父は幸せだったのかもと、思わずにはいられなかった。
 隼人は、父が憔悴していく様を思い描く事はできなかった。
「大地君。おじさんは、大丈夫かな」
 振り返った大地は、彼らしくない表情を見せていた。
「心配してくれてありがとう。僕も、気にはしているんだけど。でも、これは、父の問題なんだ。父自身が解決するしかないんだ。僕には、してあげる事は何もない。精々、父の心配事の種を増やさないようにする事くらいしかない」
 彼の言う通りなのだが、何かしてあげられる事も、どこかにありそうな気がした。
 二階で、翔貴がバタンと音を立て閉めた頃、地下で玄関のチャイムが鳴った。

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  新学期

 九月一日、隼人は、大地と宙美の三人で、学校に向かった。
 この朝、宙美の母は、傍目にも嬉しそうな顔で、食堂に現れた。
「おばさん、何かいい事があったんですか?」
 明るい彼女を顔を見て、隼人は反射的に訊ねた。
「うふふ」
 宙美の母は、含み笑いを漏らし、うっとりと潤んだ目を漂わせていた。
「また、出たんでしょう?」
 宙美は、母の顔を見ながら、何とも薄気味悪いものを想像させる言葉を口にした。
「そうなの。枕元に、あの人が立ってたのよ」
(あの人?! えっ、ウッソォー!)
「まさか……」
 隼人は、背筋に悪感を覚えた。
「そのまさかなのよ。お母さんの枕元に、お父さんが立ってたの」
 隼人は、宙美の顔を見た。
「見たの?」
 宙美は、首を振った。幽霊を見たのは、宙美の母だけらしい。
 宙美の母を振り返ると、彼女は笑みを湛えていた。
「幽霊が出たんですか?!」
「あの人、また来てくれたのよ」
 宙美の母は、嬉しそうに言う。
「心配事があったり、寂しくなったりすると、必ず会いに来てくれるのよ」
「気持ち悪くないんですか?」
 彼女は、驚いた顔を見せた。
「どうして、気持ち悪いの? あの人は、私を心配してきてくれているのよ。こんな心強い事はないわ」
 隼人は、はっとさせられた。
 幽霊は、彼女の夢か錯覚に間違いあるまい。でも、彼女は、本当に現れたと信じきっている。それも、出てくる事を喜び、感謝さえしている。彼女は、心の底から夫を愛していたのだろう。彼女の愛情は、一点の曇りも無く、夫に向けられていたのだ。だから、そんな気持ちになれるのだろう。
「おじさんは、おばさんと結婚して、幸せだったんだと思います。だって、幽霊になったって会いたい気持ちが変わらないんだもの」
 宙美は、神妙な顔で付け加えた。
「愛してるって、何度も言われるより、幽霊になっても会いに来てって言われる方が、私はずっと嬉しいわ」
 隼人も同感だった。
 だが、宙美が化けて出てきたら、隼人は会ってみたいと思えるかどうか、確信はなかった。
「おはよう。みんなで何の話をしてるの?」
 大地が、明るく力強い声で、三人の前に現れた。
「幽霊の話よ」
「えっ、幽霊?」
「そうよ。化けて出てくる幽霊のお話よ」
 宙美は、最後の「お話よ」を低く震わせた声で言ったので、隼人はぞくっとした。
「朝から、そんな薄気味悪い話は、やめようよ。僕は、幽霊は苦手なんだ」
 この件だけは、大地に一歩リードしたかなと、隼人はほんのちょっとだけ優越感を感じた。
「そうね」と、宙美の母は、笑みを浮かべたまま答え、話題を終えた。

 そんな宙美の母とは対照的に、地上の惨状を知らせるニュースが毎日のように続き、正直、気が滅入った。
 大地達と一緒に見た時よりも、地上の事態は深刻さを増していた。食糧不足から発生した暴動のため、数え切れないほどの死傷者が出ていた。
 特に悲惨だったのは、軍に物乞いをした母子の集団に対し、軍が発砲した事だった。母親の多くは射殺されたが、凶弾は、子供に向けても容赦無く発射された。
 これを切っ掛けに、武器を持った男達が軍施設を襲い、激しい戦闘と累々たる死体の山を築いた後、軍によって鎮圧された。大地が言っていた「軍は国家のためにあり、国民のためには存在しない」という言葉を、軍がその行動で裏打ちしたようなものだった。
 今回の軍と民衆の衝突は、地上の報道機関がアトランティスに直接情報を送ってきたため、詳細を知る事ができたが、これと同じ様な事が世界中で起きている事は、想像に難くなかった。
 だから、新しい学校に馴染めるかどうか不安はあるものの、地上で進行しつつある惨状から目をそむける事ができるチャンスでもあった。
 大地は、動く歩道には乗らず、その横をすたすたと歩いていく。隼人も、宙美も、大地に遅れまいと、足早に後を追った。
「おはよう♪」
 後ろから、女生徒が声を掛けてきた。
「おっはよ」
 大地は、明るく挨拶を交わした。
「オッス!」
 今度は、男子生徒だった。
「ヨォ!」
 大地は、力強い返事を返しながら、男子生徒のお尻を、鞄で叩いた。
 大地を見かけた学生は、誰もが、大地に挨拶をした。ある者は野太い声で、また、ある者は可愛い声で、気楽に挨拶していく。大地も、見かけた者には、必ず挨拶をした。明るく、元気になる声で。
 隼人は、こんな明るい雰囲気の学校は、初めてだった。それも、これも、大地の明るさと、細やかな心配りのお陰だろう。
 大地の案内で、校長室に入った時も、雰囲気は変わらなかった。校長は、にこやかに挨拶すると、大地を先に教室に行かせた。
 始業式が行われている間、二人は事務長から手続きや、授業内容の説明を聞いた。始業式が終わると、校長が戻ってきて、教頭と担任を紹介した。そして、担任に引率される形で、教室に向かった。
 教室に入ると、大地が号令を掛け、全員が挨拶をした。大地は、委員長なのだろう。
 教壇に立った担任は、早速、二人の紹介を始めた。
「今日、征矢野隼人君と、神戸宙美さんが、転校してきました。皆さんは、もう噂を聞いて知っているでしょう。御二人は、小惑星墜落事故の避難民ですが、二週間前から大地君の家に住むようになりました」
 大地の家に住む事が知らされると、女性との間から、嫉妬と羨望の声が上がった。大地は、女生徒の間でも人気が高いらしい。下手をすると、宙美は女生徒から怨まれそうな気配である。
「あの事故で、神戸さんは、お父様を亡くされました。征矢野君は、御両親と、御姉様を亡くされました。御二人の境遇も考え、仲良くしてあげて下さい」
 担任は、二人のために、教卓を開けた。
「はじめまして。征矢野隼人です。以前にも、何回か、ここに来た事があります。いずれ、ここに移り住む事になるのだろうなと、ぼんやりと考えていましたが、本当になってしまいました。まだ、こちらに慣れていないので、戸惑う事が多いのですが、頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いします」
 にこやかに話したつもりだったが、内容が悪かったらしく、みんなの反応は悪かった。でも、大地が拍手をすると、みんなも吊られて拍手をした。
「神戸宙美です。地上でも、隼人君と同じクラスでした。こちらに来ても、同じクラスなので、腐れ縁みたいです」
 クラスから、忍び笑いが漏れた。
「ソラミは、「宇宙」の「宙」に「美しい」と書きます。名前で分かるように、隼人君とは違って、ここに来るのが生まれた時から決まっていました」
 宙美の説明に、肯く生徒も少なくなかった。周りが妙に説得されているのが、隼人には可笑しかった。
「ところで、私と大地君とは、従兄弟同士です。ちょっといい奴なので、できれば赤の他人として憧れていたかったのですが、身近過ぎるのが残念です。その代わり、大地君へのラブレターは、私がキューピット役をできます。遠慮無くどうぞ」
 彼女の自己紹介には、男子生徒も、女生徒も、大いに受けていた。彼女は、女生徒の恋の怨みを、上手に味方に付けてしまったようだ。
 彼女は、ここでも、クラスのアイドルになれそうである。
 二人が、それぞれに空いている席に座ると、そのまま授業が始まった。
 休み時間になると、隼人の回りにも、宙美の回りにも、みんなが集まってきた。
「地上じゃ、どこに住んでいたんだ?」とか、
「バスケットは、大地のチームより、俺のチームの方が強いぞ」とか、
「クラスのどの子が可愛いと思う?」とか、他愛の無い話がほとんどだった。
 こんな話をしながら、隼人と宙美の品定めをしているのだろう。
 大地は、隼人の傍にいて、黙ってみんなの話と隼人の受け答えを聞いていた。体格も大きいが、みんなよりもずっと大人の雰囲気を持っているなと、隼人は、大地の落ち着いた態度に感心した。
「宙美ちゃんは、好きな子が居るのかなぁ?」
 この質問は、答えに困った。
「そうだ。前の学校に、好きな子が居たんじゃないのか? 征矢野君なら知ってるだろ?」
 聞いてくる連中は、真剣な眼差しを送ってくる。
「居たみたいだよ。噂は聞いた事がある」
 この時、大地が何かを懸念する表情を見せている事に、隼人は気付かなかった。
「だけど、地上は壊滅状態だから、そいつも死んだんだろう。と言う事は、今は恋敵は居ないんだ。ここに居るみんながイーブンだ」
 男子生徒は、宙美の事で盛り上がった。
 恋敵が死んだなんて、随分、残酷な事を平気で言うものだと、隼人は、カチンときた。
「たぶん、そいつも生きてるよ。もしかしたら、二、三日後には、ここに転校してくるかもしれない。だって、そいつも、宇宙移民事業団の職員の子供だったから、僕らと一緒に地球を脱出できた筈だから」
 一瞬にして、場は静まり返った。大地が険しい表情を見せた。
「なんで、宇宙移民事業団の職員だったら、地球を脱出できたんだ? 何でだよ」
「そうだ。小惑星を落とした連中が、何で、その被害から逃げてこれるんだよ!」
「地上で、何人が死んだと思ってるんだ。オイ!」
 周囲の険悪なムードで、隼人は、恐怖すら感じた。そして、「誰もが被害者」と言った飛鳥の職員の言葉が蘇ってきた。
「僕にも、分からない」と口篭もった。
「何が分からないだ。そうか、分かったぞ。事業団の奴らが、脱出用のスペースプレーンを用意しておいて、小惑星を地球に落としたんだ。そうに決まってる」
 周りで、「そうだ! そうだ!」の大合唱が始まった。
「静かにしろ!」
 騒然と教室の中で、その声は、総てを圧倒する迫力があった。
 声の主は、大地だった。
「地上に居た事業団職員で、助かった者は、誰一人居ないんだ。誰一人、スペースプレーンに乗らなかったんだ。タイタニックでも、ボートを操船するために、一部の乗組員が脱出しているけど、隼人君達を飛鳥に運んだスペースプレーンは、また直ぐに地上に戻り、連絡を絶ってしまったんだ。彼等は、もっと多くの人を助けようと、決死の覚悟で地上に戻ったんだ」
(そうだったのか)
 そんな事は、全然知らなかった。本当に、助かったのは、スペースプレーンの客室に入れた者だけだったのだ。いや、客室にいた若いキャビンアテンダント達も、パイロットと一緒にスペースプレーンで地球に戻って行った筈だ。もっと多くの人々を救うため。そうだとすると……
「全員が死ぬために、小惑星を落とす訳がない。そうじゃないかな」
 諭すような話し振りだ。どう見ても、彼だけ年齢が違うような気がしてしまう。でも、その御陰で、ささくれ立っていた教室の雰囲気も、いくらか冷めてきた。
「納得がいかないなら、納得できるまで、僕が話そう。僕の父も、宇宙移民事業団の職員だ。詳しい情報も、父の元には入ってくるだろう。必要なら、父に掛け合い、情報を聞き出すぞ」
 教室が、静かになった。
「大地がそう言うなら……」
 その一言に、この教室における彼の存在の大きさが現れていた。
「みんな辛いのは、僕も分かる。僕の祖母は、地上で一人暮らしをしていた。四月に僕がここに来る時、父は祖母を連れてこようとした。でも、祖母は来なかった。あの時、首に縄を付けてでも連れてくるんだったと、胸が締め付けられるよう苦しくなる時がある。みんなも、大同小異だろう。親戚全員が無事だった奴なんて、どこにも居ないさ。みんなが被害者なんだ。それは、ここに居る隼人君や宙美も、それは同じなんだ」
 大地も、「みんなが被害者」と言う。正に、その通りなのだ。
「そうだった。俺達は、両親が生きてるけど、征矢野君は、両親とも亡くなったんだよな。それを忘れてたよ。ごめんよ」
 隼人は、その男子生徒に右手を出した。
「よろしくな」
 彼は、隼人の手を握り返してきた。
 誰かが、隼人の肩をポンと叩いた。次々に、握手を求めてきたし、左右の肩を、ポンポンと叩いていった。
 隼人は、クラスのみんなに受け入れられた事を感じた。

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