伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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 もう爆弾を見つけているだろうと、右舷ウィングに身を乗り出した。しかし、まだ、見付かっていなかった。
 ユカリは、ゾディアックと環境保護団体の船を見た。不思議な事に、ゾディアックは、船には戻らず、その向こう側へと走っていった。
 なぜ?
 そして気付いた。
「船長! みんなを船に戻して下さい。そして、全速で、この海域を逃げて下さい。早く!」
 怪訝な表情を浮かべた船長だが、疑問を挟まなかった。
「総員、帰船せよ! 定点維持システム停止! 全員が戻り次第、両舷全速!」
 船長は、ユカリの顔を見た。
「どういうことですか? 爆弾は探さなくていいのですか?」
「あの船を見ていて下さい。もうすぐ、雷撃を受けて、沈没しますから」
 船長は、驚いて環境保護団体の船を見た。船は、何の変化も無かった。
「私達が爆弾を探し始めた時、彼等は戻ってきませんでした。爆弾があるなら、爆発までの間、射程距離ギリギリの場所で、牽制する筈です。でも、しなかった。おまけに、彼等は船に戻らなかった。おそらく、潜水艦が来ていて、それに乗り移るんでしょう。それなら、証拠になりそうな二隻を雷撃で沈め、誰にも見られずに撤退できます」
「つまり、相手はロシア?」
「断定できませんし、断定する必要もありません。今は逃げるだけです」
 船長は、少し考えていた。
「総員、戻りました」
「両舷全速。アクティブ・ソナー、最大出力。打て! 潜水艦を発見したら、位置を報告せよ」
 船長は、原則禁止されているアクティブ・ソナーを打った。
「潜水艦、発見。位置、五時の方向。距離、一海里」
 右舷後方だった。ほぼ、環境保護団体の船の向こう側だ。
「船長、あの船を楯にしましょう。位置から見て、まずあの船を沈める筈です。あの船が雷撃を受けたら、その騒音に紛れて、潜水艦の真上に出るのです。潜水艦の真上なら、魚雷の安全距離を確保できません」
「緊急浮上して、体当たりをする可能性があるぞ」
「躱すしかありません。アクティブ・ソナーを連射して、僅かな動きも見逃さないようにしましょう」
「面舵一杯、あの船の左舷に付けるぞ」
 船長は、返事もせずに操船の指示を出した。
「全員をボートで脱出させる方法は、考えられませんか?」
「そんな事をしたら、下の七人が助からないわ」
「七人?」
 船長に、タッカが救出に向かった事を、順を追って説明した。
「救出可能ですか?」
「彼は、天才です。彼なら、絶対にやり遂げます。だから、行かせたのです」
「天才をもってして、天才と呼ばせる男ですか。頼もしいですな」
「彼は、自分の才能に気付いていません。遅咲きなのです。これから先、次々に仕事を為し得ていくでしょう。今回の救出だって、私より確率が遥かに高いと思ったから、彼に行かせたのです。パイロットにしておくのは、惜しいくらいです。でも、パイロットの腕も、中々のものです。機長になれる技量は備えています。波に慣れれば、No1の機長になると思います」
「そうですか。確かに、肝の据わっている雰囲気を持っていましたな」
 船長は、感心した。
 その船長の腕も確かで、きっちり環境保護団体の監視船に付けた。支援船の方が大きいので、斜めにして監視船の陰に隠し、雷撃と同時に飛び出す構えを取った。目の前には、監視船があった。しかし、船舶レーダーには、ほとんど船影がなかった。
「潜水艦は、浮上して収容したのでしょうか?」
「おそらく、あの船の直ぐ脇に浮上したと思います。そうすれば、監視船のエコーに隠れる形になって、余程近くないと、レーダーには映らないでしょうから」
 船長も、納得した。
「水質調査用のブイが有りますよね。あれって、ソノブイに似てると思いませんか」
 何の脈絡もなく、ユカリが言い出した事に、船長は怪訝な表情を見せた。
「似てるには似てるが、聴音ソナーなんか備えていませんよ」
 ユカリには、考えがあった。形状さえ、ソノブイに似ていればよかった。
「いいんです。聴音ソナーは、音を出しませんから、着水音さえ似てればいいんです」
 ユカリの意図を理解したらしく、船長は水質調査用のブイを全て掻き集めさせ、船員も二名を貸してくれた。ユカリは、掻き集められた水質調査用ブイと、一緒にゾディアックに乗り込んだ。
 波に煽られて大きなピッチングを繰り返すゾディアックの舳先に立ち、ロープ一本で体のバランスを取りながら、ユカリは、ダーウィンを振り返った。
 潜水艦は、とうの昔に収容を終えて潜航し、雷撃ポジションに移動し終わっている頃だろう。いつ、監視船を攻撃しても、不思議はない。ユカリは、それが気になり、ダーウィンと、その向こうにある監視船を見続けた。
 腹に響く轟音が響いた。
 環境保護団体の監視船の反対側で、マストより高い水柱が立ち上がった。爆発による振動が、ダーウィンを震わせ、船橋の窓ガラスが何枚か割れて飛び散った。
 船長の号令で、ダーウィンは急加速を始めた。速度が上がる前に、もう一度、大きな爆発音が轟き、監視船は、二つに折れた。ダーウィンが、監視船の横から飛び出す時には、監視船は船首の一部を海面に残すだけだった。
 ダーウィンの速力は、最大で二十ノットだ。海が荒れ始めているから、そこまでの速力が出ない可能性もある。潜水艦は、三十ノット以上出る。簡単に振り切られる速度差だ。でも、潜水艦が、ダーウィンを引き離した上で旋回して、安全距離外から魚雷を発射するには、五海里は引き離さないと無理だ。だが、三十分有れば、それが可能になる。
 ユカリは、S-2Rに急いだ。わずか、四海里が遠く感じた。
 ユカリは、潜水艦の艦長の気持ちになって考えた。
 艦長が最も嫌がるのは、ソノブイによる対潜哨戒と雷撃だ。潜水艦の長所は、敵から見えない隠密性にある。だから、ソノブイ等で、敵に見付かる事を極度に恐れる。だが、相手がダーウィンだけなら、反撃の恐れがない分、大胆な行動に出る事ができる。本来なら、敵に発見され易い全速力も、相手がダーウィンなら、平気で使うだろう。それだけに、早く行動を起こさなければ、非常に危険だ。
 S-2Rに乗り移ると、ユカリは直ぐにAPUを始動し、離水のチェックリストを始めた。チェックリストが完了すると、水質調査用ブイと一緒に船員が転がり込むのを待った。後部からOKの声が掛かると同時に、離水のための滑水を始めた。離水後は、超低空、超低速で、潜水艦に向かった。
「場所は、どこですか?」
 無線で、位置を確認する。ダーウィンは、アクティブ・ソナーを打ち鳴らし、潜水艦を追走していた。
「本船の前方、三海里です。全速で、距離を取ろうとしているようです」
 潜水艦は、全速で航行中は、パッシブ・ソナーが使えない。今、ブイを投下しても、彼等は、気が付かない。最も効果的なタイミングでブイを投下し、対潜哨戒機が居ると、敵に勘違いさせなければならない。
「了解。逆方向に逃げて下さい。それが、一番効果的です。パッシブ・ソナーで、潜水艦の位置と方向だけ、確認して下さい」
「了解。こちらから、コーストガードにも、潜水艦らしきものを発見と報告しておいた」
 潜水艦は、ダーウィンが転進したとは知らずに、全速航行をしている。頃合いを見計らって、振り返ったら、ダーウィンは遠くに下がっていて、しかも、目の前にブイが投下される。当然、アメリカ海軍の対潜哨戒機が来たと思う筈だ。
 それが、狙い目だ。
「潜水艦が、速度を落とし始めました」
 離水から二十分後の事だった。
「了解。直ちにブイを投下します」
 ユカリは、大きな円を描くコースに機首を向けた。対潜哨戒機が、ブイを投下する際、目標物を取り囲むように、円形にブイを投下していく。それを真似たコースを飛ぶ。
 できるだけ効果的に投下するため、彼等の前に投下円が来るように、慎重にコースを選択する。
「投下準備。…………投下」
 後ろで、開け放った扉から、手でブイを投下している。正確に時間を計り、投下の指示を出す。速力は、最低限度一杯の五十ノットだ。本物の聴音ブイは、パラシュートが付いていて、着水時の速度は大きくない。それを真似るのだから、できる限りの低空を、できる限りの低速で飛ばなければならない。
 予定の本数を投下し終わると、燃料消費の多い超低速飛行をやめて、加速する。本当なら、着水して、アクティブ・ソナーを打ちたい所だが、そんな事をすれば、こちらのトリックがばれてしまう。
 下りたい衝動を押さえ、上空待機飛行を続ける。潜水艦発射の対空ミサイルを警戒し、充分な距離を取りつつ、いつでも着水できるように低空飛行を続けた。
 タイミング良く、ダーウィンから無線が入った。
「こちら、ダーウィン。潜水艦は、動いていないか、微速で移動しているようです。パッシブ・ソナーでは、探知できません」
 取り敢えず、安全になったのだろうか。
 自信が無い。
 アクティブ・ソナーを打ちたい。
 潜水艦は、ロシア海軍のものだろう。ならば、出来るだけ早く外洋に出たいだろう。それを基に、潜水艦の位置を予想してみた。やはり、南西方向の可能性が高い。
 機首を南西に向けた。
「ブイは、いくつ残ってますか?」
「五個です」
 五個なら、彼等の通った後を塞ぐように一直線に落とし、追い立てるのがいい。
 海面すれすれまで下りると、BLCを動作させて五十ノットまで減速した。そして、一定の間隔を置いて、直線的にブイを投下させた。
「ダーウィン。ブイは、全部投下しました。念のため、一度、アクティブ・ソナーを打ってみて下さい」
 ホワイトノイズだけが、返ってきた。まさか、雷撃を受けたのでは。
 一気に上昇して、ダーウィンを探した。
「こちら、ダーウィン」
 曇天を映し込んだ灰色の海面にダーウィンを見つけるのと、無線が入るのとが、ほとんど同時だった。
「潜水艦は、八時の方向、距離は、十六海里です。ドップラー効果からみて、遠ざかりつつありのは、間違い有りません。もう攻撃してくる事はなさそうです」
 向こうの艦長の発想のセンスは、大した事がなかったらしい。上手く騙す事ができ、正直、ほっとした。
「了解。これから帰還します」
 ユカリは、降下させると、ダーウィンの風下側に着水した。

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  支援船ダーウィン

 ユカリは、S-2Rを彼等の視界から消えるまで、大陸に向かって飛んだ。
 十五分ほど飛んだ所で、航行灯を消して超低空飛行に移った。海面すれすれの高度百フィートまで降下し、奴等の監視船を大きく迂回するように飛び続けた。一時間近く飛んで、奴等の船からは大陸とは反対側に着水した。
 S-2シリーズは、水上航行用のウォーターポンプ式の推進器を持っている。騒音が小さく、燃費もよい。
 ユカリは、これを使って、風下から支援船ダーウィンに近付いていった。環境保護団体の監視船からはダーウィンの裏側になり、ダーウィンからはコリジョンコースなので、少々近付いても見付かり難い。幸い、曇天で太陽光を反射する心配も無い。それでも、翼長が四十メートルもある機体だから、限度がある。三海里まで近付いた所で、シーアンカーを打ち、S-2Rを停泊させた。APUも停止し、総ての機能を止めた。
 ユカリは、ウェットスーツに身を包むと、先に錘の付いた接舷用のロープとモノフィンを用意した。それを、膨らませたゾディアックに積み込むと、S-2Rを離れた。
 強行着水時の経験から、奴等は、ダーウィンを押さえているだけで、何もしていない。船橋には人を配置しているが、ほとんどが、下に閉じ込めている船員達の監視に回っている。だから、船尾寄りに近付けば、気付き難い筈だ。
 ゾディアックを環境保護団体の船からは見えず、ダーウィンのブリッジからも見え難い位置から、支援船の船尾を目指した。海は荒れ始めていて、隠れるには都合が良かった。だが、一海里くらいまで近付くと、流石に目立つようになった。ユカリは、モノフィンを付けてそっと海に入った。
 ユカリは、モノフィンの扱いに絶対の自信があった。
 子供の頃は、自分の事を間違って陸に産まれてしまった人魚だと思っていた。だから、モノフィンを付ければ本物の人魚にだって負けないくらいに泳げる自信がある。ここから先は逆潮だが、それも苦にならない。モノフィンを付ければ、百メートルは三十秒を切る。一キロを六分で泳いだ事もある。ここからなら、十五分もあれば泳げる。
 二、三度、深呼吸すると、彼女は海面下に消えた。
 彼女は、水面に三度顔を出しただけで、ダーウィンの船尾まで辿り着いた。ここで、ロープを取り出すと、小さな円を描いて回し投げ上げた。先に重りの付いたロープは、上手い具合に船尾のデッキの手摺に絡み付いた。
 モノフィンを脱ぎ捨て、ロープをよじ登り始めた。足をロープに絡め、腕の力を助けた。
 こんな時に、彼女は自分が女である事を思い知らされる。どんなに鍛え上げても、腕力は強くならない。鉄腕なら、腕の力だけですいすい昇っていくだろうが、自分にはできない。海面から体が出て行くのにつれて、浮力が無くなった体が、ずしりと腕に響いた。ここに来るまでは姿を隠すのに都合が良かったうねりが、体を弄ぶ。
 ほんの三メートル程昇るのに、一分近く掛かった。
 後部デッキの端に手を掛け、ゆっくりを顔を出す。予想通り、誰も居ない。萎えた腕の力を振り絞り、デッキによじ登った。
 ロープは、外して海に捨てた。そして、物陰に身を隠し、様子を探った。
 誰も居なかった。
 ユカリは、足音を殺して、駆け出した。素早く、左舷の外階段を駆け上がり、Dデッキに上がった。ここは、予想通り、ボートデッキになっていた。左舷の遠くに、S-2Rが見えた。ゾディアックは、波に持ち上げられた時にだけ見える。
 直ぐ近くに船が見えてるのに、中々気付いてもらえないと、遭難を経験した者は言う。船舶でのウォッチは、意外に甘い。しかも、航空機は、投影面積が最小になる正面からは、見つけ難い。
 誰も、S-2Rに気付きはしないだろう。ただ、彼等は、軍事教練を受けているように見える。そうなら、周辺を哨戒するのは基本中の基本だ。
 レーダーにも映り難いように、ダーウィンを陰にしながら、超低空で近付いた。それにしても、彼等の動きが無さ過ぎるのは、ウォッチしていない証拠。不意打ちは、絶対の条件。だから、慎重かつ大胆に行動しなくちゃ。
 ボートデッキを、ボートの陰に隠れて船橋の下まで駆け抜けた。船橋は、二層上にある。
見上げると、Cデッキは、幅三十センチのデッキ状に張り出している。ただ、Dデッキは、メンテナンス用に天井が高い。Dデッキに壁の手摺の上に立っても、手は届かないだろう。
 ユカリは、ボートのダペットに取り付き、Cデッキの張り出し部に飛び移った。上手く手摺を掴むと、壁に沿って移動した。少し進んだ所で、Aデッキまで昇る梯子があった。これをBデッキの高さまで上がり、船橋の左舷ウィングに飛び移った。
 全員を船室に押し込めているので、重い機関銃は手に持っていない可能性が高い。安全装置も掛けているだろう。その条件で不意打ち出来たとして、何人まで倒せるだろうか。三人。いや四人。五人以上は無理だろう。五人以上居たら、下で乱暴を受けた女性乗組員を装うか。
 ユカリは、ウェットスーツを脱ぎ下着姿になった。
 窓から、中の様子を伺った。
「えっ!!」
 我が目を疑った。
 誰も居なかった。
 そんな筈はない。ここは、船の心臓部だ。ここを明け渡す事は、降伏か、撤退しかない。
「まさか?!」
 船橋に走り抜けると、右舷ウィングに飛び出した。
「おい、急げ!」
 右舷の舷門の辺りで、男達の怒声が聞こえた。見えないように下を覗くと、数隻のゾディアックが横付けされ、網梯子や舷門から二十人くらいの男達が乗り移りつつあった。
 撤退している!
 理由は、分からない。だが、撤退を始めている。
 ユカリは、船橋を飛び出し、階段を駆け降りた。途中で撤退途中の連中とぶつかっても構わない。彼等は、深追いしない筈だ。いや、深追いできない理由がある。
 ユカリは、BデッキからHデッキまでの六層を、飛ぶように駆け下りた。右舷側に出ると、男達が閉じ込められていた会議室の扉を開いた。
「全員、無事ね」
 息を切らして、そう叫んだ。
「その格好は、どうしたんです?」
 船長に言われ、下着姿だった事を思い出した。
「そんな事は後です。この船が危ないんです。船長。この船を沈めるために爆薬を仕掛けるとしたら、どこが効果的ですか?」
「舷側の水面付近に、五箇所は仕掛けないと無理ですね」
「五箇所も?」
「そうです。水密隔壁で浸水範囲が抑えられますから、片舷に集中的に浸水させて横転させるのが、沈没させる一番良い方法です。そんな事より、彼等はどうしてんですか?」
「撤退しました。だから、証人が乗っているこの船を沈めたい筈です」
「分かりました」
 状況を理解した船長は、十人ほどを指名し、調査に当たらせた。ユカリは、左舷は無い筈だから、調査は右舷に集中するように追加した。
 二人は、船橋に上がった。
 ユカリは、左舷のウィングに脱ぎ捨てていたウェットスーツを着た。それまで、船長が目のやり場に困っている様子が、少し可笑しかった。

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