タッカは、減圧室から出る直前に、鉄腕から打ち明けられていた。
鉄腕は、タッカを食堂から呼び出した。
「実は、今回の潜水に出る前に、ユカリに告白したんだ」
「告白? プロポーズしたのか?」
「いや、結婚を前提として、付き合って欲しいと言ったんだ。駄目元で言ったんだが……」
思わず、生唾を飲み込んだ。
「見事に振られたよ」
彼女は、例の素敵な背中の話をしたのだろうか。
自分が女なら、鉄腕のプロポーズなら受けるだろうなと、タッカは思った。奴の背中は、男の目から見ても、頼もしく映る。シャングリラで見た奴の背中は、頼れる背中だった。
「彼女は、背中の話をしなかった。俺の背中は、合格点を取っていたらしい。でも、振られた。どうやら、正真正銘、振られたらしい」
親友の失恋を打ち明けられたのだから、何とか慰めなきゃいけないところだが、ほっとした気持ちと、意外な気持ちが交錯し、言葉に詰まった。
「結婚を前提のお付き合いはできません。彼女は、はっきり、そう言ったんだ。だからこそ、俺は、今回の潜水で死ぬ訳にはいかなかったんだ。これが、死んだら、彼女は、一生責任を感じ続けたと思うんだ。だから、絶対に生きて帰るんだと、心に誓ったんだ。そしたら、お前が飛び込んできただろう。こりゃ、二人して生きて帰らなきゃって、責任重大になったよ」
「そうか。お前に負担を掛けたな。でも、全員が無事に帰還できてよかった。上も、酷い事になっていたらしいが、シージャック以降は、誰一人、怪我もしなかったんだから……」
そこまで言って、はたと気付いた。
救出作戦の建て直しにアクアシティへ戻る機上で、彼女があれほどまで取り乱した原因は、鉄腕の言う通り、責任を感じていたからなのだ。
タッカは、自分の優しくない自己中心的な性格が、恥ずかしくなった。同時に、責任感の強いユカリと、その責任まで受け止めてしまう心優しい鉄腕が、自分の親友である事が誇らしかった。
タッカは、ユカリほどの天賦には恵まれなかったけれど、こんなに素晴らしい二人を身近に感じ、お互いに切磋琢磨していける事を、神に感謝した。
鉄腕は、タッカを食堂から呼び出した。
「実は、今回の潜水に出る前に、ユカリに告白したんだ」
「告白? プロポーズしたのか?」
「いや、結婚を前提として、付き合って欲しいと言ったんだ。駄目元で言ったんだが……」
思わず、生唾を飲み込んだ。
「見事に振られたよ」
彼女は、例の素敵な背中の話をしたのだろうか。
自分が女なら、鉄腕のプロポーズなら受けるだろうなと、タッカは思った。奴の背中は、男の目から見ても、頼もしく映る。シャングリラで見た奴の背中は、頼れる背中だった。
「彼女は、背中の話をしなかった。俺の背中は、合格点を取っていたらしい。でも、振られた。どうやら、正真正銘、振られたらしい」
親友の失恋を打ち明けられたのだから、何とか慰めなきゃいけないところだが、ほっとした気持ちと、意外な気持ちが交錯し、言葉に詰まった。
「結婚を前提のお付き合いはできません。彼女は、はっきり、そう言ったんだ。だからこそ、俺は、今回の潜水で死ぬ訳にはいかなかったんだ。これが、死んだら、彼女は、一生責任を感じ続けたと思うんだ。だから、絶対に生きて帰るんだと、心に誓ったんだ。そしたら、お前が飛び込んできただろう。こりゃ、二人して生きて帰らなきゃって、責任重大になったよ」
「そうか。お前に負担を掛けたな。でも、全員が無事に帰還できてよかった。上も、酷い事になっていたらしいが、シージャック以降は、誰一人、怪我もしなかったんだから……」
そこまで言って、はたと気付いた。
救出作戦の建て直しにアクアシティへ戻る機上で、彼女があれほどまで取り乱した原因は、鉄腕の言う通り、責任を感じていたからなのだ。
タッカは、自分の優しくない自己中心的な性格が、恥ずかしくなった。同時に、責任感の強いユカリと、その責任まで受け止めてしまう心優しい鉄腕が、自分の親友である事が誇らしかった。
タッカは、ユカリほどの天賦には恵まれなかったけれど、こんなに素晴らしい二人を身近に感じ、お互いに切磋琢磨していける事を、神に感謝した。
アクアシティに着くと、彼女は、急ぎ足で船舶管制部に向かった。
「間に合ったかしら?」
部屋に入ると同時に、彼女は、そう言った。何やら、予め準備していたらしい。
「ヘイ、ユカリ。放射線漏れは、無いようだ。回収の指示は、出した。これで、いいんだろう?」
「OKよ。で、準備の方は、どうかしら?」
男は、OKサインを出した。
ユカリは、手近の電話を取ると、電話を掛けた。耳を欹てて聞いていると、どうやら、ペンタゴンに掛けているらしい事が分かった。
「そうなの。核廃棄物運搬船は、存在しないのね。沈没したから、存在しなくなったのじゃないのね。分かったわ。…………そう。私達の海底基地の近くを、原潜が居たかどうかも、教えてもらえないのね。…………今回で、二度目の事故よ。私達も、原潜の位置を正確に把握する必要があるわ。あなた方が秘密主義を通すなら、自力で知るしかないわ。いいわね?」
彼女は、タッカにウィンクした。
「私からの最後通牒よ。良くって。…………そう。さよなら」
電話を切った彼女は、大きな声で号令を掛けた。
「実施してちょうだい」
彼女は、タッカを大きなスクリーンの前に招き寄せた。
スクリーンには、メルカトル図法の世界地図が表示されていた。海を表す濃い青が、あちこちで小さな水色の円に置き換わっていく。水色の円は、ゆっくりと広がり、隣り合う円同士が重なっていく。その水色の中に、次々と赤い光点が増えていった。彼女は、カーソルを操作して、サンディエゴの沖を拡大した。およそ二百km四方の海域が、拡大表示された。その中には、二つの光点があり、艦名と艦籍、深度、速度、方向が、表示された。
誰が見たって、原潜の位置だと分かる。
「まさか、世界中で、アクティブ・ソナーを同時に使ったんじゃ……」
「その、まさかよ。それを、ここで編集して、インターネットに公開したのよ」
「インターネット!!」
思わず、声が裏返った。
「こんな事して、いいのかよ!」
「さっきの電話を聞いたでしょう。今回みたいな事故を防ぐには、これが一番効果的なのよ。私達だけが知っていても、それを軍部が認識していなきゃ、作戦を強行されてしまうでしょ」
政府が「鉄の女」と言って彼女を恐れる理由が、はっきり分かった。
サイレント・サービスと呼ばれる潜水艦隊が、彼女の一声で丸裸にされてしまった。潜水艦の最大の武器である隠密性が、これによって完全に失われた。何せ、世界中のどこでも、潜水艦の位置を確認できるのだ。
「これを利用して、先制攻撃を掛けたら、大変な事になるんじゃないのか?」
「大丈夫よ。どこが、原潜に攻撃しようと、攻撃する方も原潜を持っているから、逆襲を受ける可能性があるわ。だから、攻撃を掛けるには、それなりに覚悟がいるわ」
呆れた。
でも、胸の支えが取れた気分だ。
「じゃあ、今から記者会見に行ってくるわね」
彼女は、スクリーンに食い入っているタッカの傍から、音も無く離れて行った。
「頑張れよ!」
スタッフの誰かが、一声かけた。彼女は、親指を突き立てて、微笑んだ。
二時間後に行われた記者会見で、彼女は二つの事を公にした。
まず、核廃棄物運搬船と思われる沈没船を発見した事。
この件に関して、無人探査船の映像を公開すると共に、これをマスコミ公開の下、引き上げる事も追加した。マスコミ公開としたのは、海軍の妨害を避けるための措置だろう。
もう一つは、世界中の原潜の位置を、インターネット上で公開した事だ。
こちらは、核抑止力が無くなる事を懸念する声が上がったが、総ての原潜の位置が分かると、ミサイル原潜に攻撃型原潜が近付いていく過程が見えるから、危機が近付いているかどうかが分かり、抑止力が働く時間が長くなると言って、それ以上は取り合わなかった。
「鉄の女」の面目躍如。
彼女の華奢な背中が、大きく感じられた。
「間に合ったかしら?」
部屋に入ると同時に、彼女は、そう言った。何やら、予め準備していたらしい。
「ヘイ、ユカリ。放射線漏れは、無いようだ。回収の指示は、出した。これで、いいんだろう?」
「OKよ。で、準備の方は、どうかしら?」
男は、OKサインを出した。
ユカリは、手近の電話を取ると、電話を掛けた。耳を欹てて聞いていると、どうやら、ペンタゴンに掛けているらしい事が分かった。
「そうなの。核廃棄物運搬船は、存在しないのね。沈没したから、存在しなくなったのじゃないのね。分かったわ。…………そう。私達の海底基地の近くを、原潜が居たかどうかも、教えてもらえないのね。…………今回で、二度目の事故よ。私達も、原潜の位置を正確に把握する必要があるわ。あなた方が秘密主義を通すなら、自力で知るしかないわ。いいわね?」
彼女は、タッカにウィンクした。
「私からの最後通牒よ。良くって。…………そう。さよなら」
電話を切った彼女は、大きな声で号令を掛けた。
「実施してちょうだい」
彼女は、タッカを大きなスクリーンの前に招き寄せた。
スクリーンには、メルカトル図法の世界地図が表示されていた。海を表す濃い青が、あちこちで小さな水色の円に置き換わっていく。水色の円は、ゆっくりと広がり、隣り合う円同士が重なっていく。その水色の中に、次々と赤い光点が増えていった。彼女は、カーソルを操作して、サンディエゴの沖を拡大した。およそ二百km四方の海域が、拡大表示された。その中には、二つの光点があり、艦名と艦籍、深度、速度、方向が、表示された。
誰が見たって、原潜の位置だと分かる。
「まさか、世界中で、アクティブ・ソナーを同時に使ったんじゃ……」
「その、まさかよ。それを、ここで編集して、インターネットに公開したのよ」
「インターネット!!」
思わず、声が裏返った。
「こんな事して、いいのかよ!」
「さっきの電話を聞いたでしょう。今回みたいな事故を防ぐには、これが一番効果的なのよ。私達だけが知っていても、それを軍部が認識していなきゃ、作戦を強行されてしまうでしょ」
政府が「鉄の女」と言って彼女を恐れる理由が、はっきり分かった。
サイレント・サービスと呼ばれる潜水艦隊が、彼女の一声で丸裸にされてしまった。潜水艦の最大の武器である隠密性が、これによって完全に失われた。何せ、世界中のどこでも、潜水艦の位置を確認できるのだ。
「これを利用して、先制攻撃を掛けたら、大変な事になるんじゃないのか?」
「大丈夫よ。どこが、原潜に攻撃しようと、攻撃する方も原潜を持っているから、逆襲を受ける可能性があるわ。だから、攻撃を掛けるには、それなりに覚悟がいるわ」
呆れた。
でも、胸の支えが取れた気分だ。
「じゃあ、今から記者会見に行ってくるわね」
彼女は、スクリーンに食い入っているタッカの傍から、音も無く離れて行った。
「頑張れよ!」
スタッフの誰かが、一声かけた。彼女は、親指を突き立てて、微笑んだ。
二時間後に行われた記者会見で、彼女は二つの事を公にした。
まず、核廃棄物運搬船と思われる沈没船を発見した事。
この件に関して、無人探査船の映像を公開すると共に、これをマスコミ公開の下、引き上げる事も追加した。マスコミ公開としたのは、海軍の妨害を避けるための措置だろう。
もう一つは、世界中の原潜の位置を、インターネット上で公開した事だ。
こちらは、核抑止力が無くなる事を懸念する声が上がったが、総ての原潜の位置が分かると、ミサイル原潜に攻撃型原潜が近付いていく過程が見えるから、危機が近付いているかどうかが分かり、抑止力が働く時間が長くなると言って、それ以上は取り合わなかった。
「鉄の女」の面目躍如。
彼女の華奢な背中が、大きく感じられた。