伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

「海と空が描く三角」の連載を始めました。
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  - 4 -

 放課後、三人は、担任に呼ばれて、職員室脇の小会議室に呼び出された。
「一時間目の授業の前、何があったんだね?」
 素知らぬ振りで、こんな質問をするのが、隼人には気に入らなかった。
 何が起こっていたか、正確に把握していた筈だ。だから、この三人を選んで、ここへ呼び出したのだ。
 大地は、その事に気付いているのだろう。
「何も、ありませんでした。……と言っても、先生には通じませんよね」
 やんわりと、こちらが気付いている事を伝えた。
「ああ。状況から、大体の事は推測できているつもりだ」
 年齢とは不釣り合いな洞察力と落ち着きを備える大地だから、担任も、下手な小細工は、避けようとしているようだ。
「征矢野のお父さんが、夕べ、書類送検された事が、切っ掛けだろう。さっき、ちょっとしたニュースが入ってな。征矢野のお父さんは、実は、上手く脱出して、L5に逃げ込んでいるという、実しやかな話が、TVの番組の中であったんだ。警察でも、業務上重過失致死から、殺人罪に切り替える準備を始めたようだとも、その番組では伝えているんだ」
「そんな馬鹿な事はありませんよ!」
 隼人は、思わず大きな声を出した。
「だって、衛星軌道に上がるスペースプレーンは全部監視されているし、パスポートが無いと絶対に乗れない事は、先生だって知ってるでしょう」
「パスポートが無くても、スペースプレーンに乗れるよ。君もそうじゃないかい?」
 担任は、隼人に顔を向けた。
「それに、この事故が、計画的なものだったら、パスポートを偽造しておく事だって、何とかできるんじゃないか」
「先生まで、そんな視聴率目的の番組の話を、真に受けるんですか?」
「だがね。神戸君と征矢野君が乗ってきたスペースプレーンだってそうだろう。鹿児島の管制センターは、通常は、旅客型のスペースプレーンは待機していないんだよね。ところが、当日は四機もあったそうじゃないかね。まるで、小惑星が落ちてくる事を予測していたみたいな、そんな準備の良さだ」
 そんな事は、気にもしていなかったが、言われてみれば、確かにその通りだ。四機なければ、間違いなく、隼人も、宙美も、この世には居なかっただろう。二人は、四機目のスペースプレーンに乗ったのだから。
「先生も、僕の言わんとしている事を、摩り替えています」
「どういう意味だ!」
 隼人と宙美は、先生の怒気に溢れた一言で、身を竦めた。
「僕は、僕達の父の事も、宇宙移民事業団の事も、正当化しようとしていません。僕達は、父から独立した存在だと言っているだけです。父や、父が務めている組織の問題は、僕達が背負う問題ではないと言ってるんです」
「独立した存在だと言うのは、どうだろう。君らは、確かにしっかりしている。でも、親の保護下にある事は、間違い無いのだよ」
「その通りです」
「その通り?」
 自分の指摘をそのまま返してきた大地を、担任は、説明を求めるように見詰めた。
「ええ、その通りです。親が、僕達を保護下に置いているのです。僕達が親を保護下に置いている訳ではないのです。だから、親の責任まで問われないのです。それに、僕達が犯罪を犯しても、その刑事責任を親が負う事はありません。その意味では、僕達は、親の保護下にあっても、独立した存在だと言えるのです」
 どちらが大人なのか、分からなくなってしまう。大地は、落ち着いた言葉遣いで、担任を説得しようとしていた。
「大地の言わんとする事は、理解できるが……」
 担任は、しばらく考え込んだが、彼の思考に割り込む事をせず、大地は静かに待った。
「だが、生徒達の気持ちも理解できるんだ。やり場のない怒り。誰もが、必ず、親族の誰かを失った。その怒りを、誰にぶつけていいのか、分からなかった。そこへ、地球を上手く脱出した神戸君と征矢野君がやってきた。私もそうだが、面白くなかった。特権階級だけが、地球を脱出できたなんて、許せる事ではない。そこへ、今回の事故自体が、その特権階級の犯罪だった可能性が出てきた。今まで、悶々としていた感情が、出口を見付けたんだ。でも、出口に殺到した感情は、肩透かしを食らう訳だ」
「被疑者死亡?」
「そうだ。だが、勢いがついてしまった感情は、出口を広げながら流れ続けた。それほど、みんなの感情は大きかったんだ。そして、出口の傍にいた君達は、その流れに飲み込まれてしまった」
「先生」
「うん、何だね」
「被害者の人権を考えた事がありますか」
 担任は、驚いたように大地の目を見た。そして、感心した。
「難しい事を知っているようだね。で、具体的には、どういう事だね」
「先生は、加害者に理解を示しました。僕も、彼等の気持ちが分からない訳ではありません。僕自身も、祖母を亡くしました。でも、今回の虐めは、僕達が被害者なんです。僕達は、加害者の行為を正当化する過ちは、何一つ犯していない筈です」
 担任は、肯いた。
「こんな風に、虐め側の正当性を認めると、僕達、被害者の人権は、一切無くなってしまいます。害を与える事が正当化されるという事は、僕達が被害を受ける事が妥当だと言っているのと同じなのです」
 大地は、切実な目で、担任の一挙手一投足を見詰めた。
「先生。先生が、被害者になってみて下さい。この理不尽さが身に染みます」
「私も被害者の一人だ。だから、どちらの気持ちも分かる。
 実はな、夏休みの内に結婚する予定だったんだ。彼女は、ずっとこっちに居たんだが、夏休みを利用して最後の親孝行をしたいというので、地上に帰していたんだ。あの事故の一週間後に、僕達は、結婚する事になっていたんだ。僕の家には、彼女の嫁入り道具が、今も置いてある。たぶん、彼女を実家に帰した事を、一生後悔するだろう」
 一度、言葉を切った。
 担任は、唇をかみ締めた。
「彼女も、死ななければならない理由はなかった。彼女の死の責任は、誰にあるのか。彼女の人権は、彼女が死んだ事で無視されていないか。その事を考えると、自分の感情を押さえ切れなくなりそうになってしまうんだ」
 誰もが被害者。
 隼人の中で、何度も繰り返される言葉が、ここでも浮かんだ。
「それでも、先生自身は、被害者ではないです。被害者の関係者でしかありません。隼人君の立場になって下さい。両親を失って、やっとの思いで心を支えているのに、父親が書類送検され、僕には想像もつかないショックを受けたと思います。その上、この虐めです。彼が、どんな思いでここに居るか、真剣に考えてやって下さい!」
「僕は、幸せだよ」
 全員が、隼人に振り返った。
「大地君が、そこまで真剣に考えてくれている事を知って、変な意味じゃなくて、僕は幸せだよ。君は、充分に僕の支えになってくれているよ」
 宙美は、涙を浮かべた。
「隼人君だけじゃないわ。私も、大地君が居てくれて良かったと思う」
 しんみりした空気が流れた。
「分かった。これから、職員会議で討議するように、校長に掛け合う事を約束する。ここには、宇宙移民事業団の職員の子弟も、大勢居る。問題が大きくなる前に、対策を打つ事を約束する」
「虐めがエスカレートする前に、実効力のある対策をお願いします。万が一の時は、守るべきものを守るために、僕はどんな事でもします」
 隼人は、大地が言った「もの」とは、「者」の事で、宙美の事を指している気がした。教室で見せた大地とは思えない険しい目が、隼人の心に焼き付いて離れなかった。
「大地君、くれぐれも短気は起こさないでくれよ」
 大地は、微笑んだ。
「そうだった。君が短気を起こす筈が無い。君より、僕の方が短気を起こしそうだ。僕の方こそ、気を付けよう」
 大地は、二人を促すと、小会議室を出た。

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  - 3 -

 翌日、三人は、昨日と同じ様に登校した。
 昨日は、あれほど多くの学生が、大地に向かって挨拶していたのに、今日は、誰も挨拶してくれなかった。大地が声を掛けても、誰もが無視を決め込んだ。声を掛けた相手は、大地の顔を確認し、刺すような視線を返してくる。その視線は、大地よりも隼人に向けられているような気がした。
 教室に入ると、疎外感は、一層強まった。
 誰一人として、三人に声を掛けるものは居なかった。あれほど、信望の厚かった筈の大地にさえ、声を掛けようとしなかった。大地は、我慢ならないのか、一人の男子生徒に近寄った。
「理由は、見当が付いている。だけど、俺達に敵意を向けるのは、お門違いだ」
 攻撃的な大地の態度に、一瞬、その生徒は怯んだ。しかし、彼の回りに人が集まり始めると、強気になった。
「あいつの父親のせいで、みんなが犠牲になったんだ。姉さんは、最初の子供を宿してたんだ。初めての子供だったから、姉さんも、親父やお袋も、すっごく期待してたんだ。今月には、ここへ戻ってきて、出産する予定だったんだ。お袋なんか、うきうきしてベビー用品を買い揃えてたんだ。だけど、あいつの父親のせいで、姉さんは、地上で凍え死んだ。それ以来、お袋は半狂乱さ」
 隼人は、何も言い返せなかった。
 父が、資源用小惑星の軌道変更の全責任を負う立場にいた事は、間違いのない事実だった。資源用小惑星が墜落した原因は兎も角、現実に、小惑星の軌道変更を行い、それに失敗して墜落させてしまったのだ。
 弁解の余地は、どこにもなかった。
 隼人は、大地の服の裾を引っ張った。
「いいんだ。事実なんだから」
「違う。違うんだ。隼人君、事実じゃない! 俺達は、何もしていないし、何の責任も無い。僕達は、それぞれ、独立した人間なんだ。親が犯罪を犯しても、俺達がそれを背負う責任はないし、逆に、俺達が犯罪を犯しても、親はその責任を負わない。良い例が、少年法だ。
 少年の更正と社会復帰、将来を考慮して、少年保護の立場が少年法の基本スタンスだ。だから、少年は、成人のような責任は問われない。でも、保護監督責任がある保護者にも、刑事責任を問われない。保護監督責任があっても、別個の人間として、法律は運用されるんだ。
 少年法でさえ、そうなんだ。だから、親の責任を僕達が負う必要は、一切ないんだ」
 大地の説得で、教室のざわめきと殺気が、少し納まりかけた。今回も、大地の力で、この場を納める事ができそうに思えた。だが、それは、隼人の希望的な観測に過ぎなかったのかもしれない。
「そんな七面倒くさい理屈なんか、俺には関係無い! 俺は、お前らが大嫌いなんだ。それだけだ」
 論理的に大地が説明しても、誰も耳を貸さなかった。それほど、みんなが、そして民衆が、小惑星墜落事故に対して、感情的になっていたのだ。
 感情的になり、集団ヒステリー状態にあった。
 普通なら、彼のような感情的な言い方をすれば、周囲の嫌悪を誘い、集団から徐々に締め出されていくものだ。だが、全員が似たような状況にあり、やり場のない怒りに満ちていた。だから、彼の感情の発露は、それこそが、全員の感情であり、代弁であった。だから、全員の心の裏での示し合わせを産み出し、賛同を得てしまった。
「大地は、隼人のどこが、そんなに気に入ったんだ。こんな奴のどこがいいんだ?」
 彼は、隼人の脇に立ち、突き付けるように指差した。
「僕は、今まで、誰も特別扱いした事はない。隼人君も、例外じゃない」
「それなら、大地の親父が、宇宙移民事業団の職員だからだな」
「親が関係無い事は、さっきも言っただろう」
 大地は、勢い良く立ち上がった。反動で、彼の椅子は引っくり返った。
「大地は、親父を庇ってるんだろう。そのためには、宇宙移民事業団に問題があるのは、矛盾が出てしまうから、事業団の問題を隠そうとしてるんじゃないか。そのためには、隼人の親父も庇わざるをえない。そうに決まっている」
「僕は、一度も、父や隼人君のお父さんの事を言った事は……」
「ふざけるな! 問題を摩り替えるな!」
 クラス中の生徒が、三人を取り囲んだ。
「大地君、私、あなたを見損なったわ。お父さんの事を正当化するために、隼人君を庇うなんて、最低よ」
「問題を摩り替えているのは……」
 隼人が、割って入ろうとしたが、誰かが、大地を殴り倒した。大きな大地が、一瞬、よろめいた。
「大地君」
 宙美が、慌てて駆け寄った。
「大丈夫?」
 だが、肩を掴まれて押し退けられ、宙美は後退った。その様子を見た時の大地の目が、恐ろしいほどの形相に変わった。
「オイ、コラ! お前達、そこで何をしている!」
 担任の怒声が、教室中に響いた。
 生徒達は、どこから声がしたのかと、動きを止めて、辺りを見回した。その隙に、大地は、宙美を抱きかかえるようにして、みんなの輪から、一歩、抜け出した。隼人も、それに習った。
「早く、席に着きなさい。授業をはじめるぞぉ」
 担任の号令で、何事も無かったかのように、素直に従うクラスメートの姿に、隼人は不気味ささえ感じた。
(彼等の標的は、僕一人なんだ。大地を、それに巻き込んでしまった)
 クラスメートは、誰一人として、担任には全く逆らわず、ただ一つの標的に向かって、足並みを揃えた行動を取っている。何かが起こるだろうと、隼人は、確信めいた恐怖に慄いた。

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