奴等は、ライトで合図を送り二隻目のゾディアックを呼び寄せると、タッカ達四人を分乗させて支援船に連れ込んだ。その間も、一言も口を利かず、無線も使わなかった。まるで、機械のように正確で、つけいる隙はなかった。
自動小銃で背中を小突かれながら、支援船内の階段を降りた。用心深い奴等は、四人にそれぞれ一人ずつが付き、十分に離れて移動した。タッカはしんがりで、仮に何かを仕出かせば、前からも後ろからも蜂の巣にされそうだった。
他の三人が通り過ぎた階段を、どうされるのか考えながらゆっくりと降りていった。床に「H」と掛かれた所で、横の廊下に出た。そこで、やはり自動小銃を背中に突き付けられてエレベータを降りててきたユカリと会った。
彼女は何か考えているなと、直感した。自動小銃を突き付けられているとは言え、武道の達人の彼女なら、自動小銃くらい簡単に奪い取れるだろう。それでも逆らわずにいるのは、何かを狙って自らの爪を隠しているのだ。だが、タッカには彼女の考えが読めなかった。
俺がS-2Rに残っている事を前提にして彼女が何かを考えているなら、現状を伝えておく必要があると、タッカは感じた。
「おい、あっちはエレベータで俺は階段かよ」
タッカは、後ろで銃を突き付けてる男に言った。男は、返事の代りに銃口で背中を小突いた。
銃口を突き付けられている割には、恐怖感は薄かった。
奴等は、訓練を積んでいる。自制心も強い。こちらが逃亡か反撃を試みない限り、絶対に撃たない。そう確信ができるような鍛えられ方なのだ。
だから、こんな軽口が叩ける。
男が動揺しない事が確認できたので、今度はずっと大きな声で言った。
「わかったよ。俺にエレベータは勿体無いよな」
タッカの声で、彼女が後ろを振り返った。そして、驚いた表情で言った。
「タッカ!」
振り返った彼女は、小銃を持った男に静止されるのを無視し、タッカの方に歩いてきた。男は、やむを得ず彼女の背後に回り込んで、銃口だけは向け続けた。
「あなた、何でここに居るのよ。信じらんない!」
彼女の声が非難めいている。
「こいつらに招待されたんだよ。御丁寧に、銃まで突き付けられてな」と答えた。
「そう言うユカリこそ、何でそこに居るんだよ」
「か弱い女性に何をしろって言うの」と膨れっ面を作った。
先程の行動といい、今の表情といい、とても銃口を突き付けられた女性とは思えない。
「何が、か弱いだぁ」
彼女は、返事の代りにアカンベェをした。
日本語で話していたので、二人で無駄口をたたいていると思ったのだろう。背中を銃口で強く小突かれた。これが、男の我慢の限度らしい。タッカも、素直に従う事にした。男は、タッカを彼女とは違う部屋へ押し込んだ。
部屋は、本来は会議室らしい。広さは十メートル×八メートルくらいだが、天井は高くなく、圧迫感を感じた。どこにも窓はなく、机や椅子は片隅に寄せてあった。そこに、支援船の全男性スタッフが押し込まれていた。七十人近い男達の人息れで、空調が効いていないのかと思うほど蒸し暑くなっていた。
その中で、男達は憔悴した顔で膝を抱えて床に座っていた。
女性スタッフは、向かい側の小会議室に集められているらしい。ユカリが入っていく時に、中の様子がちらっと見えた。
その様子も、直ぐに断ち切られた。
タッカを部屋の中に突き飛ばすと、男は大きな声を出した。
「一人で英雄ぶろうなんか、思うんじゃねぇぞ。一人の英雄のせいで、死体がごろごろ転がる事になんぞ。さっきも言ったが、下手な真似をしたら、誰彼構わずぶっ放すからな。妙な真似をしたやつだけを撃つような器用な事は、俺様は得意じゃないんでね」
そう言うと、気味の悪い笑いを口元に浮かべた。
だが、彼の言動とは違い、出鱈目に撃つ事はないだろう。正確に、狙った奴だけを確実に死に追いやるだろう。その証拠に、その男の言い方は、三文役者の台詞のようにわざとらしかった。
「大人しくしてな」
奴は、鼻先で扉を勢い良く閉めた。これが締めの演技らしい。
タッカがみんなの方を振り返ると、一人の士官が立ち上がった。
「船長は、一緒ではなかったのですか?」
制服の袖口の線の数で、一等航海士だと分かった。
「いや、ユカリとはそこで会ったが、他に見かけなかった」
他の三人も、同様に肯いた。
「船長は、ユカリと一緒に船橋に残ったのです。ユカリが降りてきたなら、船長も降りてきても良い筈です」
航海士は、落着かない様子だった。何をどうすれば良いのか自分では決断できず、船長の助言を求めているのだ。
突然、最後の判断を委ねていた船長が居なくなり、過去に経験の無い事態に晒されて、そのプレッシャーに潰されそうになっていた。どうリーダーシップを取ればよいのか、彼は分からずにいるようだった。
気持ちは理解できる。責任が重くなればなるほど、決断する勇気が必要になる。人命に直結する状況では、最大限の勇気が無ければ決断する事はできない。
勇気を奮い立たせる最も簡単な方法は、今の状況が船長にも経験の無い事態である事を、自分に言い聞かせる事だ。船長だって決断する事が苦しい事なのだと、理解すればいいのだ。
彼がリーダーに成長するための貴重なチャンスなのだが、それを活かす前にチャンスは逃げていった。
会議室のドアが開き、袖に四本線を付けた紳士が入ってきた。
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自動小銃で背中を小突かれながら、支援船内の階段を降りた。用心深い奴等は、四人にそれぞれ一人ずつが付き、十分に離れて移動した。タッカはしんがりで、仮に何かを仕出かせば、前からも後ろからも蜂の巣にされそうだった。
他の三人が通り過ぎた階段を、どうされるのか考えながらゆっくりと降りていった。床に「H」と掛かれた所で、横の廊下に出た。そこで、やはり自動小銃を背中に突き付けられてエレベータを降りててきたユカリと会った。
彼女は何か考えているなと、直感した。自動小銃を突き付けられているとは言え、武道の達人の彼女なら、自動小銃くらい簡単に奪い取れるだろう。それでも逆らわずにいるのは、何かを狙って自らの爪を隠しているのだ。だが、タッカには彼女の考えが読めなかった。
俺がS-2Rに残っている事を前提にして彼女が何かを考えているなら、現状を伝えておく必要があると、タッカは感じた。
「おい、あっちはエレベータで俺は階段かよ」
タッカは、後ろで銃を突き付けてる男に言った。男は、返事の代りに銃口で背中を小突いた。
銃口を突き付けられている割には、恐怖感は薄かった。
奴等は、訓練を積んでいる。自制心も強い。こちらが逃亡か反撃を試みない限り、絶対に撃たない。そう確信ができるような鍛えられ方なのだ。
だから、こんな軽口が叩ける。
男が動揺しない事が確認できたので、今度はずっと大きな声で言った。
「わかったよ。俺にエレベータは勿体無いよな」
タッカの声で、彼女が後ろを振り返った。そして、驚いた表情で言った。
「タッカ!」
振り返った彼女は、小銃を持った男に静止されるのを無視し、タッカの方に歩いてきた。男は、やむを得ず彼女の背後に回り込んで、銃口だけは向け続けた。
「あなた、何でここに居るのよ。信じらんない!」
彼女の声が非難めいている。
「こいつらに招待されたんだよ。御丁寧に、銃まで突き付けられてな」と答えた。
「そう言うユカリこそ、何でそこに居るんだよ」
「か弱い女性に何をしろって言うの」と膨れっ面を作った。
先程の行動といい、今の表情といい、とても銃口を突き付けられた女性とは思えない。
「何が、か弱いだぁ」
彼女は、返事の代りにアカンベェをした。
日本語で話していたので、二人で無駄口をたたいていると思ったのだろう。背中を銃口で強く小突かれた。これが、男の我慢の限度らしい。タッカも、素直に従う事にした。男は、タッカを彼女とは違う部屋へ押し込んだ。
部屋は、本来は会議室らしい。広さは十メートル×八メートルくらいだが、天井は高くなく、圧迫感を感じた。どこにも窓はなく、机や椅子は片隅に寄せてあった。そこに、支援船の全男性スタッフが押し込まれていた。七十人近い男達の人息れで、空調が効いていないのかと思うほど蒸し暑くなっていた。
その中で、男達は憔悴した顔で膝を抱えて床に座っていた。
女性スタッフは、向かい側の小会議室に集められているらしい。ユカリが入っていく時に、中の様子がちらっと見えた。
その様子も、直ぐに断ち切られた。
タッカを部屋の中に突き飛ばすと、男は大きな声を出した。
「一人で英雄ぶろうなんか、思うんじゃねぇぞ。一人の英雄のせいで、死体がごろごろ転がる事になんぞ。さっきも言ったが、下手な真似をしたら、誰彼構わずぶっ放すからな。妙な真似をしたやつだけを撃つような器用な事は、俺様は得意じゃないんでね」
そう言うと、気味の悪い笑いを口元に浮かべた。
だが、彼の言動とは違い、出鱈目に撃つ事はないだろう。正確に、狙った奴だけを確実に死に追いやるだろう。その証拠に、その男の言い方は、三文役者の台詞のようにわざとらしかった。
「大人しくしてな」
奴は、鼻先で扉を勢い良く閉めた。これが締めの演技らしい。
タッカがみんなの方を振り返ると、一人の士官が立ち上がった。
「船長は、一緒ではなかったのですか?」
制服の袖口の線の数で、一等航海士だと分かった。
「いや、ユカリとはそこで会ったが、他に見かけなかった」
他の三人も、同様に肯いた。
「船長は、ユカリと一緒に船橋に残ったのです。ユカリが降りてきたなら、船長も降りてきても良い筈です」
航海士は、落着かない様子だった。何をどうすれば良いのか自分では決断できず、船長の助言を求めているのだ。
突然、最後の判断を委ねていた船長が居なくなり、過去に経験の無い事態に晒されて、そのプレッシャーに潰されそうになっていた。どうリーダーシップを取ればよいのか、彼は分からずにいるようだった。
気持ちは理解できる。責任が重くなればなるほど、決断する勇気が必要になる。人命に直結する状況では、最大限の勇気が無ければ決断する事はできない。
勇気を奮い立たせる最も簡単な方法は、今の状況が船長にも経験の無い事態である事を、自分に言い聞かせる事だ。船長だって決断する事が苦しい事なのだと、理解すればいいのだ。
彼がリーダーに成長するための貴重なチャンスなのだが、それを活かす前にチャンスは逃げていった。
会議室のドアが開き、袖に四本線を付けた紳士が入ってきた。
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