海底基地シャングリラ

 鉄腕は、漏水の様子を見た。
 遠くで、壁面をハンマーで叩くモールス信号が聞こえてくる。
 懐中電灯の光に照らされた海底基地シャングリラの内壁からは、零度に近い冷たい海水が吹き出していた。床は、踝の上まで海水が溜まっていて、防水ブーツを通してジンジン痛むような冷たさが伝わってくる。
 漏水の勢いが、最初に見た時よりも激しくなっているようだ。だが、深刻なのは、電源と二酸化炭素の方かもしれない。
 理想郷シャングリラは、冷水地獄に変わりつつあった。
 間も無く、漏水の勢いが弱まってきた。
 暫くすると、下部ハッチからダイバーが上がってきた。
「溶接の継ぎ目に亀裂があったが、漏水シートを塗付してきた。これで、漏水も落ち着くだろう。そっちはどうだ?」
 ダイバーは、鉄腕の首尾を聞いた。
「水酸化リチウムはなんとか準備できたが、量は不足している」
 水酸化リチウムは、二酸化炭素の吸収剤として使う。通常は、ポンプで海水中を通して解かし、処理しきれない分をアンビリカルケーブルで支援船に送っていた。アンビリカルケーブルも電源も切れた今、緊急時用の水酸化リチウムで二酸化炭素濃度の上昇を抑える必要があった。
「どちらかを閉鎖するしかないな」
「ああ。それ以上に気になるのが、上の様子だ。あれから何も言ってこない」
 モールスを打ち始めた時に、一度だけ返信があったのに、それ以降の音信が途絶えている。
「モールスが分かる奴が居ないんだろう」
 誰かがそう言ったが、そんな筈はない。上からの返信は、モールスだった。公式には廃止されたモールスだが、まだまだモールスを打てる人間はかなり残っている筈だ。
「取り敢えず、B棟に戻ろうや」
 フィンとマスクだけ取った二人のダイバーと共に、奥にある連絡通路に向かった。

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