酸素残量をチェックした。残りは、二十分しかない。ここまでの二十五分間に四十分に相当する消費をしているので、実質は、十二分しかない。水中エレベータに戻るのは、危険すぎた。
 タッカは、A棟に向かって泳いだ。
 連絡通路の反対側のこちら側では、A棟の方が四メートルほど長かった。その出っ張った部分の下には、潜水艇があった。しかし、潜水艇は、ケーブルの直撃を受けて、沈没していた。潜水艇は、沈没する際に、ケーブルの一部を巻き込んでいた。そのケーブルは、緊急脱出球に延びていた。
 沈没している潜水艇を横目に見ながら、下側に潜り込み、開放ハッチを探した。開放ハッチは、潜水艇の接続ハッチの直ぐ近くにあった。
 下からハッチを見上げたが、ヘッドライトに反射する水面が見えるだけで、中は真っ暗闇だった。でも、空気がある事は、はっきりした。
 開放ハッチから伸びる梯子に、手を伸ばした。
 ハッチから中に入っても、マスクは外さなかった。もし、酸欠状態になっていたなら、一呼吸しただけで、意識を失ってしまう。ここは、既に閉鎖されているA棟だ。空気の状態が真っ当だと思わない方がいい。
 フィンを外しながら、内部の状態を見た。
 空気は澄んでいるが、漏水で踝まで浸水している。今は、漏水が止まっているらしい。音も聞こえず、シーンと静まり返っていた。スリラー映画に出てくる廃虚と、SF映画の宇宙船の中を混ぜ合わせたとようなものだ。
 でも、取り敢えず、中に入る事ができた。これなら、当初の予定通り、緊急脱出球で帰還できそうだ。
 奥に向かって、歩き始めた。じゃばじゃば音を立てて歩きながら、後で使う事になるだろう物品を確認した。
 二週間前、空港で鉄腕が自慢気に言っていた品物は、奇麗に整理されて置けれていた。
 あの時の様子が、ありありと思い浮かぶ。バラスト代わりと言った品々も、いくつか目に入った。空港での三人だけの壮行会の後、鉄腕はここに来た。
 壁だけでドアの無いA棟を、反対端まで来た。右手に、連絡通路のハッチがあった。これを通り抜けたら、B棟に入れる。空気の残量も、心細くなってきた。
 タッカは、ハッチに手を掛け、ロックを解除した。
 異常に気付いたのは、その時だった。ハッチの隙間から、海水が霧のように吹き出したのだ。
「連絡通路が浸水している!」
 必死になって、ハッチのロックを元に戻そうとしたが、バンと言う音と共に、ハッチが勢い良く開いた。タッカは、弾き飛ばされ、後ろの壁に叩き付けられた。
 やっとの思いで、態勢を立て直し、ハッチに目をやった。ハッチからは、ちょろちょろと海水が溢れているだけだが、自分の居る辺りは、脛まで海水が溜まっていた。連絡通路に溜まっていた漏水が、ハッチを通って、A棟に吹き出したのだった。
 タッカは、立ち上がり、連絡通路内の様子を覗った。
 連絡通路のA棟との接合部から、夕立のような漏水があるが、B棟のハッチは、水面ギリギリの所にあった。
 ハッチを潜って連絡通路に入ると、念のため、A棟のハッチを閉めた。A棟のハッチは、締まりが悪くなっていた。このせいで、ロックを外しても、直ぐには開かなかったのだ。お陰で、ハッチが開く際の衝撃が、いくらか軽くなっていたようだ。
 膝上まで海水に漬かりながら、B棟のハッチまで辿り着いた。ハッチのロックに手を掛け、ゆっくりと開いた。

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