クストー内の与えられた士官用の個室に入り、シャワーを浴びて着替えた。ユカリに「臭い」と言われた後だけに、念入りにシャワーを浴びた。
 シャワー室を出ると、誰かが、扉をノックしていた。
 返事をすると、
「十分後に、記者会見がありますので、食堂まで御出でください」と扉の外から言われた。
 やはり、記者会見があるらしい。憂鬱だった。
 素人の記者が、訳知り顔で質問し、こちらの回答にズレた解釈を付けて報道する。上院や下院の議員が、シャングリラのメンバーを英雄に奉り上げ、同時に自分達の顔を有権者に売り込む。
 タッカにとって、下の脱出を助けたという自負はなく、邪魔してしまった事の方が、心の中の大きなウェートを占めていた。だから、英雄扱いされるのは、大いに迷惑だったし、耐えられない程、恥ずかしい事でもあった。
「分かった。準備しとくよ」
 タッカは、用意された航空部の制服に手を通した。
 また、誰かが、扉をノックした。
「今から、行くよ」と答える。
「早くしてね」とユカリの声が返ってきた。
 なんで、彼女が来たのか、顔を出すと、制服姿の彼女は、廊下の向こうで手招きした。彼女は、廊下の壁を背に、先の様子を伺っていた。何事かと、タッカが歩いていくと、彼女は、盛んに隅に寄れと、手で合図してきた。
「どうしたんだよ?」
 彼女は、振り返らなかった。
「ここを抜け出すのよ」
 タッカが返事をしないでいると、彼女は振り返った。
「それとも、記者会見に出て、有名人になりたい?」
 なんと、記者会見に出たくなかった事まで、見抜かれていた。
 返事をする代りに、彼女を自分の後ろに下げ、廊下の先の様子を伺った。
「船を抜け出すのは、得意なんだぜ」
 タッカが親指を立てると、彼女も、同じサインを返してきた。
 クストーは、姉妹船のダーウィンと全く同じ構造になっている。ダーウィンで脱走劇を演じたタッカ達は、手慣れたもので、あっさりと舷門に辿り着いた。
 そこからは、航空部の制服を活かして、堂々と胸を張ってタラップを降りた。うろうろしていたマスコミ関係者は、中の様子を聞いてきたが、航空部の制服だから、「知らされていない」と一言だけ言えば、すんなり引いた。
 彼女が用意した車に乗ると、空港に向かわせた。
 一時間後、タッカ達は、アクアシティへ向かうS-2Cに便乗していた。
「タッカ。あの事故、どうして起こったと思う?」
 コクピットの後ろにある予備乗員のシートで、話し掛けてきた。
「ケーブル切断か?」
「そうよ。あっ、その前に、環境保護団体の船だけど、十日前に救命筏で漂流中の保護団体を発見して、私が救助したの」
 やはり、どこかの海軍が、彼等の船を乗っ取り、それを使ってダーウィンを急襲したのだ。そう考えれば、訓練が行き届き、命令系統もしっかりしていた理由が説明できる。
「彼等は、海賊に襲われたと言ってるけど、それは勘違い。この辺りでは、海賊の報告を聞いた事はないわ。それに、あんな船を乗っ取っても、金目の物は何も無いでしょ。海賊に狙われる訳ないわ」
「ケーブルを切断したのも、監視船を乗っ取った連中のせいなのか?」
「違うわ。彼等は、船の引き上げを中止しろって、船長に言ったのよ。ケーブルを切断した連中が、切断した後で、態々に船を乗っ取るかしら。それも、近付くために、別の船まで用意して」
 有り得ない。一隻目を乗っ取った後で、ケーブルを切断した。その後で、ダーウィンを乗っ取っている。一隻目の乗っ取りとダーウィン急襲は、一つの作戦だ。その途中に、もう一つの作戦が挟まるのは、矛盾を感じる。
「じゃあ、ケーブルを切断したのは、誰なんだ?」
 彼女は、意味ありげに、微笑んだ。
「環境保護団体は、アメリカ軍の核廃棄物運搬船を追ってたそうよ。それも、核兵器の弾頭を解体した際に出たプルトニウムよ。でも、ハリケーン・インディアナで、見失ったらしいの。その場所が、あの海域だったの」
「じゃあ、運搬船は、あの海域で沈没したって事か?」
「たぶんね。で、ペンタゴンに問い合わせたけど、そんな事実は無いって、そっけなかったわ」
 予想した回答だ。こんな事実は、公文書の公開でも、永久に公開対象にはならないだろう。真相は、千メートルの海底よりも暗い闇の中だ。
 予想された回答とは言え、腹の虫が治まらない。
「それで、調査船を差し向けて、海底の状況を音波探査してみたら、該当の船を見つけたの。詳しく調べるために、無人の自立型探査艇を降ろしたら、大当たりだったわ」
「それが、事件の切っ掛けだな。マスコミに公開するのか?」
 ふふと、含み笑いをした。
「その前に、やって置く事があるわ」
「なんだよ。その笑いは?」
「そんな事より、ケーブルを切断した犯人を知りたくないの?」
 核廃棄物運搬船が沈んだのなら、それを隠したいアメリカ海軍が、目と鼻の先で海底をうろうろしている鉄腕達の作業を妨害したと考えるべきだろう。
「アメリカ海軍だろ? でも、どうやって切ったんだい?」
「知りたい?」
 悪戯っぽく微笑む。この顔をされると、「鉄の女」と呼ばれる彼女でも、憎めなくなる。
彼女は、ちょっと肩を竦めてから、話を続けた。
「原潜で、フックのついたワイヤを一海里くらい伸ばしておいて、支援船の周りを一周するのよ。支援船は、直ぐ近くは、常時監視しているけど、周辺は監視していないし、ワイヤみたいな細い物は、コンピュータが魚と間違って表示から消してしまうの」
「それで、見付からないようにフックをケーブルに引っかけられたんだな」
「そうよ。貴方がケーブル撤去中に見たケーブル表面の引っ掻いたみたいな傷は、フックか、ワイヤーが付けたんでしょう」
 暗闇の中を昇っていくケーブルの情景が、瞼に浮かんだ。あの直後に、緊急脱出球にケーブルが絡まって、あんな引っ掻き傷なんか、すっかり忘れていた。
「フックを引っかければ、後は、潜水艦で目一杯引っ張るだけ。排水量では、ダーウィンも負けてないけど、推力じゃ敵わないわ。おまけに、潜水艦は耐圧船殻をもってるから、ダーウィンにしてみれば、堪ったものじゃないわ。船長は、船を守るために、ワイヤを切断するしかなかったのよ」
 深呼吸したつもりが、大きな溜息になった。
 ワイヤを切断したために、鉄腕達は生命の危機に晒され、多くの人と資材が投入された。運搬船の沈没を隠すために、いかなる犠牲も厭わない軍の行動が、タッカには納得ができなかった。
「おい、ユカリの力で、これを公にする事は、できないのか?」
 ユカリは、クスッと笑っただけで、答えなかった。
「その事は、後で説明するわ。それより、報告書と始末書を書いてよ。何せ、五千万ドルもするS-2Rの水中エレベータを捨てたんですからね」
「おい……」
「おまけに、緊急脱出球も駄目にして、最後には、海底基地の半分を捨ててきたでしょう。これは、とんでもない損害額になるわよ。しっかり、言い訳を書かないと、全額弁償になっちゃうかも」
 タッカは、必死に弁明したが、彼女は、「言い訳は、報告書に書きなさい」と言うだけで、笑って取り合ってくれなかった。

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