参考人

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 余程疲れていたのか、それとも居心地が良いのか、隼人が起きて食堂に入った時には、彼の朝食だけが残っていた。居候の身ながら、一番遅くまで寝ていたらしい。急いで、口に捻じ込むと、自分で奇麗に後片付けをした。家で、家事一切を仕切ってきた御陰か、手際良く終わらせる事ができた。
 遅く起きた事で迷惑を掛ける事を最小限にしたのだが、みんなの声が聞こえる居間に入るのは、少々気後れがした。
 居間の前でうろうろしていると、不意に玄関のチャイムが鳴った。
「お客様のようね」と宙美の声が聞こえた。
 隼人は、隠れる場所を探したが、直ぐに芙美子が出てきて、見付かってしまった。
「あら、起きたのね。ぐっすり眠れた?」
「ええ」
「良かったわ。朝食は、食堂のテーブルに置いておいたから、食べてらっしゃい。お客様のようだから、その後で私が片付けるから、食器はそのままでいいわよ」
 芙美子は、階段を下りていき、玄関ホールでインターフォンを取った。来客と何やら話していたが、見る間に表情が変わった。その様子を階上から見ていた隼人は、気になって階下に下りた。
 芙美子は、困惑と不安が入り交じった表情のまま、インターフォンの釦を押して、玄関の鍵を解錠した。
(宙美ちゃんのお父さんが亡くなった知らせだろうか?)
 芙美子の表情から、そんな想像が浮かんだ。宙美の父が亡くなったのなら、同じ場所に居た隼人の父も、同じ事だ。
 隼人は、気になり、その場に留まって玄関の様子を覗った。
 玄関が開くと同時に、二人の男が勢い良く飛び込んできた。
「アトランティス警察の小笠原です。こちらは、アトランティス検察庁の有馬検事です」
 思いも掛けない肩書きに、隼人は面食らった。
「私達は、三日前の小惑星墜落事件について、業務上重過失致死傷の疑いで捜査をしています。本日、お邪魔しましたのは、関係者の御話を聞きたくて参りました」
 ショックだった。
 小惑星墜落が、業務上重過失致死傷になるとは、隼人は考えもしなかった。でも、冷静に考えてみると、宇宙移民事業団の業務として小惑星を地球周回軌道に投入しようとしていた。それに失敗して地上に墜落させてしまい、億単位の人々を死なせてしまったのだから、過失致死の責任を負わされるのは、当然の事だ。しかも、総ての責任の頂点に、父がいた。
「本来なら、署に同行して頂いて事情をお聞きするところですが、地球からの脱出行でお疲れでしょうから、私達の方から出向いた次第です。御話を聞かせて頂けないでしょうか?」
 下手に出た言い方は、決して高圧的ではなかったが、男達が発散させる独特の雰囲気と肩書きが、拒絶を許さない圧力を掛けてくる。
「どうぞ、御上がり下さい」
 芙美子は、事情聴取を受ける決心をしたらしく、二人を招じ入れた。
 隼人は、二人の男の後を追い、居間に入った。芙美子の話を聞くつもりだったし、場合によっては、父の名誉のため、反駁する気でいた。
 居間では、大地と宙美が、楽しそうに談笑していたが、見掛けない男達が入ってきたので、驚いて立ち上がった。
 芙美子が「警察の方よ」と言うと、大地は怪訝な表情を見せた。
「申し訳ありません。御人払いをお願いします。一応、事情聴取ですので、我々と奥様だけでお話しなければなりません」
「僕達も関係者です」と、隼人は食い下がった。
 自分の知らないところで、父に責任が押し付けられていくのは、許せなかった。
「何だね? 君は」
 隼人が名前を言うより早く、芙美子の言葉が遮った。
「隼人君! 大地君や宙美と一緒に二階に上がってなさい。この方達は、宇宙開発事業団職員としての私に質問があるのよ。その家族には、関係がないのよ」
「おっしゃる通りです。何せ、管制センターの職員の中では、貴方だけが生き残りですから」
「でも、僕は……」
 隼人が、センター長の息子だと言おうとした時、今度は大地が遮った。
「さぁさぁ、僕達子供は、邪魔らしい。さっさと二階に上がって、夏休みの宿題を済ませようじゃないか」
 大地に背中を強い力で押され、居間から出た。同時に、背後で扉が閉まる音がした。
「ついてきなよ」
 大地は、意味ありげにウィンクした。隼人は、閉ざされた扉を未練がましく見詰めながら、大地と宙美に挟まれて二階へと上がった。
 大地の部屋に集まった三人は、車座に座った。
「どうして、あの部屋に居たら駄目なんだ?」
 隼人は、納得していなかった。
「僕は、関係者の一人だよ」
「違うよ。隼人君は、避難民の一人でしかない。警察が聞きたい事は、避難の様子じゃない筈だ」
 意味が分からなかった。
「たぶん、小惑星が墜落した原因を知りたい筈だ。どうやら、おばさんは、管制センターの職員で唯一の生き残りらしいからね」
(え!)
「じゃあ、どうして警察が事故原因を調べるんだい? 事故を起こしたのは、宇宙移民事業団だろう。事業団が事故調査をするのが本筋じゃないのかい?」
「死傷者が出ていなければね」
 大地の言葉が、冷たく聞こえた。
「刑事が言ってただろ。業務上過失致死傷の嫌疑が掛かっているって」
「おかあさんが、隼人君に喋らせなかったのは、貴方が管制センター長の息子だと警察が知ったら、興味を持つ事を心配したのよ」
「おばさんは、思慮深い人だ。事故には関係していなくても、警察が隼人君をマークするかもしれないと考えたのかもしれない。警察にマークされるとキツイよ。宙美から聞いたけど、隼人君が持って来たパソコンなんか、特別に興味を持つだろうな」
(それは、マズイ!)
「顔色が変わったね。さては、エッチな動画が入ってるんじゃないかい?」
「そんなもの、入れてないよ!」
 慌てて否定したが、それが肯定に見えたようだ。大地は笑っているし、宙美は不潔な物を見るような目をしている。
「ははは、冗談だよ。でも、自分のパソコンの中を見られるのは、心の中に土足で入られるようで不愉快なものだ。僕だって、自分のパソコンの中は見られたくないな」
 大地がフォローしてくれたので、宙美の視線も和らいだ。
「でも、僕は、余計に話を聞きたくなったよ」
 大地と宙美は、顔を見合わせ、揃って肩を竦めた。
「大丈夫よ。大地君が、盗聴できるようにしたから」
「マズイよ! 警察は、盗聴防止センサーを持ってるんだよ。見付かってしまうよ」
「大丈夫だよ。PDA(携帯情報端末)を録音モードで転がしてあるだけだから、絶対に見付からないよ」
 盗聴防止センサーは、装置で拾った生の音声と同じ情報が、周辺の電波の中に含まれているかを調べる。盗聴器で盗聴し、それを電波で飛ばしていたなら、即座にセンサーが警報を発する仕掛けだ。だから、大地の言うように、録音しているだけなら、センサーには引っ掛からない。
「でも、警察も馬鹿じゃないから、録音型の盗聴器は目で探すんじゃないかな」
 大地は、はっとした表情を見せた。
「大地君、僕達も部屋の前で聞き耳を立てようよ」
「どうしてだい?」
「そうよ。見付かってしまうかもしれないわ」
「逆だよ。見付かった方がいいんだ。あれほど話に加わろうとしていた僕が大人しくしていたら、盗聴している可能性を疑うよ。でも、三人が部屋の前で盗み聞きしている事が分かったら、盗聴している可能性がない事を証明しているようなものじゃない」
「そうね。盗聴のチェックだって、甘くなるかもしれないわ」
「なるほど。僕が、君を強引に二階に連れて上がったのも、盗み聞きしない振りを見せる演技だと、勘違いしてくれそうだね。よし、直ぐに下に行こう」
 大地は、先頭に立って階下に降りた。
 彼は、オーバーアクション気味に、抜き足、差し足、忍び足、と居間の扉に近付いていく。宙美も、それに習って、足音を消して歩いていく。隼人も、大地並のオーバーアクションで、居間の扉に張り付いた。
(わざと、見付かるような事をしない方がいい。あちらはプロだから、必ず見付かる)
 隼人は、できるだけ静かに耳を戸に当てた。
 予想した通り、刑事は、盗聴の確認をしているようだった。ごそごそと、盗聴器を探す物音が聞こえた。
「盗防センサーは、OKのようだ」
 扉の向こうから、くぐもった声が聞こえてきた。
 PDAは、まだ見付かっていないようだ。カードほどの大きさだし、音は全く出さないから、大地の隠し方にもよるが、簡単には見付からない筈だ。
「よし、それじゃ始めますかな」
 もう一人の男の声だった。だが、それきり、声が聞こえなくなった。三人は、なんとか中の声を聞こうと扉に耳を押し当てた。
 バァン!
 突然、扉が音を立てて勢い良く開いた。支えを失った三人は、三流映画の一シーンのように、無様に折り重なりながら居間に転げ込んだ。
 隼人が顔を上げると、「やっぱり」とばかりに、刑事が扉のノブに手を掛けて立っていた。
「君らに話を聞かせる訳にはいかないんだ。自分の部屋に戻りたまえ!」
 芙美子の前に座っている検事は、顔をこちらにも向けないで、そう言った。
「僕だって、話を聞きたいんだ。どうして、僕らがここへ来る事になってしまったのか、聞く権利はある筈だ」
 頭ごなしの検事に、少々腹が立っていた。
 立ち上がった隼人は、検事に歩み寄った。検事は、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて、隼人を見上げた。
「君が、征矢野隼人ではなく征矢野勝史なら、こちらから話を聞きたいくらいだが、君に聞く事も、話す事も、一切無いんだよ」
 隼人は、どきっとした。検事は、最初から知っていたのだ。隼人は、パソコンの事が気になった。
「驚く事はないだろう。神戸芙美子氏がここに居る事を知っている私が、一緒に避難した君の事を知らない筈が無いだろう」
 誰かが肩に手を掛けた。振り向くと、恐持ての刑事が優しく微笑んでいた。
「君が拘り過ぎると、神戸氏の事情聴取は署でしなきゃならなくなる。君は、それを望まないだろう」
 隼人は、芙美子の顔を見た。芙美子は、小さく頷いた。
「わかりました」
 隼人は、大地と宙美を伴い、二階に上がった。

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