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 事情聴取は、三十分程で終わった。隼人と宙美が刑事達を見送る間に、大地はPDAを回収した。
 三人は、もう一度、大地の部屋に集まり、PDAの録音を再生した。
 PDAには、三人が居間に転げ込んだ時の音も、奇麗に録音されていた。
「すみません。はしたない事をしまして」と、芙美子が三人の行為を謝っていた。
「構いません。余程、気になっていたのでしょう。それより、早速、本題に入らせて頂きます」
 録音のサンプリング周波数が高くないのだろう。音質は良くなかった。ただ、声の調子から、刑事が話しているのだろうと、想像する事はできた。
「最初は、小惑星墜落そのものです。小惑星が当初の軌道を逸脱した事に気付いたのは、いつ頃だったのか、教えて下さい」
 芙美子は、一呼吸置いてから、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「私は、小惑星の軌道変更には、タッチしていませんでした。ですから、詳しい時刻はわかりません」
「では、小惑星の墜落が避けられないと分かった時刻は、いつ頃でしたか?」
「征矢野センター長が私に避難誘導を命じたのは、墜落の一時間半くらい前でしたから、少なくとも、その時点では分かっていたと思います」
(僕が侵入したから、小惑星が落ちたのだろうか?)
 隼人が管制センターに侵入したのは、父に呼び出される一、二時間くらい前だった。小惑星墜落は、それから一時間足らずの内に起こっている。小惑星が軌道を逸脱した時刻がいつだったのか、正確なところが知りたくなった。
「本当に、小惑星の軌道について、知らなかったのですか?」
 それまでと、声が変わった。検事が話しているらしかった。厭な雰囲気を持っていたが、隼人は彼を応援したくなった。
「先程も言いましたが、軌道変更には関与していませんから、具体的な状況は知り得ない立場に居ました」
「嘘を言ってもらっては困りますな。貴方は、小惑星の資源化の重要なスタッフだった事を、私達が知らないと思っているのですか」
 高圧的な物言いは、やはり検事の声らしい。芙美子には悪いとは思いつつ、もっと厳しく追及してくれと、隼人は願った。
 その芙美子は、たじろぐ様子も無く、切り返した。
「当然、御存知なのでしょう。でしたら、私の大学での専攻についても、御存知の筈」
「大学の専攻を聞いていません。小惑星の軌道について、質問しているのです」
「大学の専攻を知れば、私が軌道変更のスタッフになれる実力があったかも分かると思いまして」
(おばさんも、負けていないな)
 隼人は、感心してしまった。
「随分、しつこく聞いてるね。おばさんが知る訳が無いから、僕だったら、質問を変えて、別の角度から聞いてみるのにな」
 大地の意見に、隼人も肯いた。隼人も、芙美子が軌道逸脱の正確な時刻を知らない事を認めた。
「もう一度言います。軌道から逸脱した事に気付いたのは、いつ頃でしたか?」
「私は知りませんし、知る事ができる立場にも居ませんでした」
「お兄様からも、お聞きになっていませんか?」
 芙美子が息を飲むのが、雰囲気で伝わってきた。そして、大地と宙美も……
「お兄様は、小惑星を地球周回軌道までの軌道変更計画の立案者だそうですね。当然、軌道変更については最も詳しい訳ですから、その内容を貴方に話していたと考えられるのですが、どうでしょうか?」
 検事は、最初からこちらを確認したかったのだ。
 芙美子は、どう答えるべきか迷っているらしく、しばらく黙っていた。
「私が知る範囲では」と前置きし、慎重に話し始めた。
「兄は、小惑星の軌道変更に反対でした。五ヶ月前、こちらに移ってきたのも、軌道変更のスタッフから外れたためでした。そんな兄から、小惑星の事を聞かされる筈が無いし、地上とこことに別れていましたから、リアルタイムで知る事は難しかったと思います。もちろん、ネットワーク上に一般公開されている情報には、触れる事ができたとは思いますが」
 コホンと咳払いがあった。
「私達には、意外に聞こえるのですが。つまり、軌道変更計画の立案者が、軌道変更には反対していた事が」
 沈黙があった。
「兄は、小惑星の軌道変更で、月や地球を掠めるように飛ばす事に、危険を感じていたようです。ですが、兄が反対意見を唱え始めた時には、小惑星は、地球周回軌道へ向かう軌道に入っていましたから、容易には変更できない状況にありました」
「お兄様は、いつ頃から反対なさるようになったのですか?」
「私の耳に入るようになったのは、一年半くらい前でしょうか。征矢野さんと兄が、激しい口論をしていたと聞いたのが、昨年の正月明け早々だったように記憶しています」
「昨年の正月明けですと、月をフライバイする半年くらい前になりますね」
 芙美子は、記憶を確認するように、僅かに間を取った。
「月のフライバイは、ちょうど一年前ですから、そうなります」
「で、征矢野氏との間に埋められない確執が生れ、お兄様はこちらに転籍された」
「兄の心情は、私には分かりません」
 芙美子は、そう言っただけだった。
「さて、これからが本題です」
(えっ、これから本題? 一体、何が聞きたいのだろう)
 隼人と同じ事を、芙美子も思ったらしい。
「まだ、お聞きになりたい事があるのですか?」
「申し訳ありませんが、もうしばらく、お付き合い下さい」と刑事の声がした。
 芙美子の不満そうな雰囲気が、椅子に掛け直す音からも伝わってくる。しかし、あの検事には伝わっていないらしい。気分を害さないように心配りをする刑事とは違い、言葉だけが丁寧な高圧的態度が続いた。
「お兄様は、軌道計算上の誤りに気付いていたのではないでしょうか。それを、征矢野氏に伝えたが、一蹴されてしまった。違いますか?」
「何をおっしゃりたいのですか?」
 芙美子は、冷静さを失っていなかったが、動揺を隠せないでもいた。
「征矢野氏は、既にスタートを切った計画を、途中で頓挫させる訳にはいかなかった。そもそも、この計画は、征矢野氏とあなたのお兄様が立案し、政府に強く働き掛けたものでした。ところが、あなたのお兄様は、突然、計画の反対を唱え始めました。その理由を、妹さんのあなたに話したのではないかと、私は睨んでいるのですが、どうですか?」
 検事の言い方は、誘導尋問のようになってきた。
「お兄様が反対される理由は、二つしかありません。一つは、征矢野氏を失脚させる事が目的だったとする説です。征矢野氏は、計画の最高責任者で、しかも、推進派の最右翼でした。計画の断念は、征矢野氏の管制センター長辞任に直結します。もし、あなたが聞いたお兄様と征矢野氏の口論が小惑星軌道変更計画以外の問題についてだったとするなら、お兄様は征矢野氏の怨みを持ったと考えられなくもありません。それなら、征矢野氏を失脚させるために、計画反対を主張したと推理できるのです。実は、庁内では、この説が有力視されています」
(誘導しようとしている。おばさん、騙されるな)
 隼人は、三十分以上も前に録音された事を忘れ、拳に力を込めた。
「兄は、他人の失脚を画策するような人間ではありません。そんな器用な事ができる人間ではありません。それに、センター長も真面目で優秀な方で、兄は尊敬もしていました」
(おばさん、騙されちゃ駄目だよ。検事の奴、二番目の説を認めさせるのが目的なんだ)
「そうなりますと、もう一つの説が、俄然有力になりますな」
(やっぱり)
「私は、お兄様の軌道変更計画の計算結果に、重大な誤りがあったのではないかと考えています。お兄様は、このままでは地球が危ないと感じ、計画に反対をなさるようになった。私は、そう考えています」
 恐らく、検事はあの鋭い目付きで芙美子を見詰めているのだろう。長い間が開いた。
「お兄様から、何か伺ってはいませんか。小惑星の軌道計算に誤りがあった事を仄めかすような言動とか」
「身内の私がいうのも変ですが、兄は、優秀な技術者であり、学者でもあります。軌道計算に誤りがあったとは考えられません。ただ、技術に完璧はないが口癖でしたから、その辺りでセンター長と衝突したのではと、私は思っています」
「それを聞いて安心しました」
 検事の声は、打って変わって和らいだ。
「えっ?」
 芙美子だけでなく、隼人達三人も、声に出そうなくらいに驚いた。
「これで、業務上重過失致死について、ある程度の確信を持てました」
「確信?」
「ええ。他人を疑る事が仕事のようなものです。ですから、お兄様についても、殺人罪を視野に入れて捜査しています。つまり、お兄様の技術と知識を持ってすれば、小惑星の軌道を意図的に狂わす事も可能だっただろうと」
 大地も、宙美も、凍りついた。
「御心配なく。私は、その可能性はほとんどないと考えています。それを確認したくて、ここに来たのです。あなたがおっしゃった通り、お兄様とセンター長が衝突したのは、技術の過信が原因でした。これは、お兄様から事情を聞いた際に、御本人がおっしゃってました。だから、こちらへ転籍された後は、反対意見をほとんど言われなくなったのです。逆に言えば、それほど危険性が高い訳ではなかったという事です」
(おじさんが殺人犯にされずに済んだ)
 安堵の溜息が漏れた。
「ただ、残念な事は、お兄様が考えていた技術に対する過信が、現実のものとなってしまった事です。私達は、この事故の捜査をしなければなりません。被疑者は、既に死亡したと思われますが、それでもやめる訳にはいかないのです。なぜなら、九十億人を越える被害者が出たのですから」
 検事の最後の言葉は、隼人に重く圧し掛かった。
 それは、父への宣告のようなものだった。

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