書類送検

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 居候の隼人を含めた梅原家の五人が一堂に会し、その日の夕食は、明るい雰囲気で始まった。
「一時は、どうなるかと思ったよ」と、大地が口火を切った。
 隼人は、少し恥ずかしかった。あの騒動の発端は、隼人の不用意な一言から始まったのだから。
「でも、大地君の御陰で助かったよ」
「大地君。何をしたの?」
 早速、宙美が食い付いてきた。あの時、宙美は大勢の女生徒に囲まれていて、隼人の周囲で起きていた騒動には気付いていなかったようだ。
「事業団の家族は全員脱出したって、僕が口を滑らせたものだから、凄く険悪なムードになったんだ」
 宙美の母の表情が、硬くなった。
「隼人君。ちょっと不用意よ。あの事件では、誰でもぴりぴりしてるのよ」
 彼女は、今日、数日ぶりに警察に呼び出されていた。朝は、明るい表情で幽霊の話をしていたが、その裏側では、亡き夫に助けを求めていたのかもしれない。
 大地は全員が死亡したと言ったが、実際には彼女だけが宇宙移民事業団の地上に居た職員で地球を脱出していた。だから、警察も、地上での様子を知る唯一の人物として、執拗に追い続けているようだ。
「その事は、一切、口に出さないようにしなさい」
 芙美子の注意に、隼人も素直に頷いた。
「でも、大地君が、みんな被害者なんだって、説得してくれて。兎に角、上手く納めてくれたんだ」
 宙美は、テーブルの正面に座っていた大地を、小さく睨んだ。
「また、大人みたいな口を利いたんでしょう」
 宙美の愛くるしい瞳が、くりくり動いた。
「そんな事に頭を使ってばかりいたら、あっという間におじいちゃんになっちゃうぞ」
 宙美が言うと、こんな言い方でも可愛く聞こえるから、不思議だ。でも、大地には、宙美が口煩く聞こえるらしく、早々と「ごちそうさま」を言うと、隣の居間に席を移した。
「ねぇ、おじさま。私、早速、ラブレターをメールで貰ったのよ」
 うきうきした声で話す。父親を失った事を、微塵も感じさせない。
「スペースコロニーの男の子って、手が早いんじゃないのかしら」
「そんな筈がない!!!」
 大地が、大声で居間から叫んだ。
「手が早いわよぉ!」と、宙美は、居間の大地に向かってアカンベェをした。
「違うんだ!」
「違わないわよ!」と、宙美は言い返した。
 大地は、それを無視した。彼の視線は、TVに釘付けとなったままだった。
「早く、こっちに来い!」
 彼は、視線を動かさず、宙美を呼び付けた。
「どうしたって言うの?」
「隼人君も、早く!」
 渋々、席を立つ宙美の後を追って、隼人も居間に入った。
 見ると、大地は、怒りの目を立体TVに向けていた。
「……現在、検察庁前と中継が繋がっています。検察庁前の滝口リポーター、何か新しい情報はありますか?」
 TVの中で、キャスターが、リポーターを呼び出そうとしているが、何かの手違いがあったらしく、中継が繋がらなかった。
「中継が繋がらないようです。中継が繋がりましたら、また、滝口リポーターを呼び出したいと思います」
 キャスターは、正面に向き直った。
「繰り返し、お伝えします。本日十八時二十五分、警察庁は、小惑星墜落事故に関連して、業務上重過失致死傷の疑いで、征矢野勝史容疑者他五人を検察庁へ被疑者死亡のまま書類送検しました。征矢野勝史容疑者は、宇宙移民事業団の管制センター長を努めていた八月十九日、資源用小惑星が軌道を逸脱した際に適切な措置を講じなかったため、数億人を死に至らしめ、十数億人を負傷させた業務上重過失致死傷の疑いが持たれています」
「何かの間違いだろう」
 大地の父の震える声が、隼人の頭の上から降ってきた。
(そうさ。間違いに決まっている)
 だが、TVからは、非情な言葉が続く。
「スタジオには、弁護士の笹本さんにおこし頂いています。早速ですが、笹本さん。どうして、業務上重過失致死傷なのでしょうか。殺人罪の間違いではないかと、TVを御覧の皆さんも思っておいでだと思うのですが」
 弁護士だという笹本は、もったいぶった言い方で、キャスターの質問に答えた。
「殺人罪というのは、殺意を持って死に至らしめる行為を行った場合に適用されます。今回の場合、征矢野容疑者の他に、五人が業務上過失致死傷で書類送検されていますが、いずれも被疑者は死亡しています。征矢野容疑者が殺意を持っていたと仮定した場合、この事件に関係していた他の五人も、同様の殺意を持っていた事になります。しかし、全員が殺意を持ち、かつ死を覚悟していたとは、考え難い事です。この事から、殺意は無かったと判断されたものと思われます」
「しかし、征矢野容疑者に殺意があり、彼が他の五人をマインドコントロールしていたとは、考えられないでしょうか。あるいは、全員が、何かの狂信的な宗教に入信していて、その教義の一環として、今回の事故を意図的に引き起こしたとは、考えられないでしょうか。また、六人が、自殺テロを働いたとは、考えられないのでしょうか」
 キャスターは、過激なほどに突っ込んでいく。
「マインドコントロールにしても、狂信的な宗教にしても、それらを考える場合、征矢野容疑者ら六人以外の犯人も考えられます」
「その可能性は、低いでしょう。仮に、他に犯人が居るとすると、その犯人は、恐らく、地上以外で事の成り行きを見ていた事になります。そうでなければ、結果を見る事ができません。しかし、地上以外となると、何十万キロも離れた所から、征矢野容疑者に指示を与えていた事になる訳ですから、現実的ではありませんよ」
「ええ、ですから、今回の事故は、征矢野容疑者らの過失によるものと考えるべきなのです。ただし、現行法では、業務上重過失致死の最大の量刑でも、五年です。何億もの人間を殺して、この先の食糧事情の悪化から、更に億単位の人々が亡くなる可能性が高い事からも、五年の刑期で出所できるのは、現行法の問題点でしょう。今回は、被疑者死亡により、書類送検のみとなりました。しかし、同じ様な事故が再発した際に備え、量刑の加算を行えるようにする等の法整備が必要になると思います」
「量刑の加算とは、どのようなものなのでしょうか」
「量刑の加算は、複数の犯罪に対し、それぞれの量刑を決め、それを加算して適用する方法です。例えば、今回のような場合、およそ数億の人を死に至らしめているので、一人当たり五年の刑期でも、仮に死者を五億人とすると五億人分の量刑が加算されるので、懲役二十五億年となるわけです」
「懲役二十五億年ですか。ですが、死刑はどうなりますか」
「量刑が五十年以上となるような大きな犯罪には、死刑に切り替える仕組みを加える方法もあります。実際に、死刑制度の無い国でも、五十年以上も獄中で生きていられた例は、ほとんどありませんから、量刑が五十年以上になる場合を死刑とする事は、妥当なところでしょう。また、量刑の加算をした場合の長所として、減刑で重罪を犯したものが簡単に出所できなくなる点が挙げられます。減刑は、加算された懲役の中で行われるので、懲役百年の服役囚は五年の減刑を受けても、服役期間は九十五年までしか減らない訳ですから、簡単には出所できません。
 但し、このような刑法の改正は、基本的人権の問題が絡みますので、十分な審議を尽くした上で行うべきでしょう」
 流石に弁護士らしく、最後に慎重な意見を言い添えた。
「私は、加害者の基本的人権を云々する事は、個人的には嫌いです。何故かと言いますと、被害者の基本的人権が蔑ろにされているためなのです。
 犯罪を犯した時点で、加害者は、被害者の基本的人権を著しく侵害している訳ですから、まず、被害者の基本的人権を中心に考え、それが完璧に守られるようにした上で、加害者の基本的人権を考えていくべきだと思っています。今回の事故でも、何の罪も無い子供たちが、何億人も犠牲になっています。それも、多くは、飢えと寒さに苦しめられた後で、天に召されたのです。余りにも惨い最期ではないでしょうか」
「おっしゃる通りです。ですから、私も、弁護士会を通じて、現行法の改正を、真剣に討議していきたいと考えています」
 キャスターの言っている事は、概ね間違っていないと、隼人も思った。だが、父が、あの未曾有の大惨事の全責任を問われる事が、どうしても納得できなかった。
 食堂で、ガタンと音がして翔貴が立ち上がった。翔貴は、食事を残し、二階へと上がって行った。
 ここに来た時にも、やつれているような気がしていたが、今は、その時以上に疲れを感じさせる顔になっていた。宇宙移民事業団の責任は重く、翔貴にも、捜査の手が伸び、心労を助長させている事は、想像に難くない。実際、地上の事業団職員で唯一助かった芙美子は、今日、警察庁に呼び出されている。彼女は、小惑星の件には一切の関係が無いため、警察庁での事情聴取でも、地上での様子を確認する以上の目的が無かった筈だ。
 しかし、翔貴は、小惑星の軌道修正の初期段階で関係していたそうで、事情聴取と言うより、取り調べに近いのかもしれない。彼の表情に現れる疲労の度合いが、それを示しているように思えてならない。
 父に掛かった嫌疑を父自身が晴らせない事は、非常に悔しいところだが、翔貴を見ていると、死んだ父は幸せだったのかもと、思わずにはいられなかった。
 隼人は、父が憔悴していく様を思い描く事はできなかった。
「大地君。おじさんは、大丈夫かな」
 振り返った大地は、彼らしくない表情を見せていた。
「心配してくれてありがとう。僕も、気にはしているんだけど。でも、これは、父の問題なんだ。父自身が解決するしかないんだ。僕には、してあげる事は何もない。精々、父の心配事の種を増やさないようにする事くらいしかない」
 彼の言う通りなのだが、何かしてあげられる事も、どこかにありそうな気がした。
 二階で、翔貴がバタンと音を立て閉めた頃、地下で玄関のチャイムが鳴った。

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