公開審判

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 隼人は、搬送ロボットに乗せられ、救急搬送された。
 病院には、久し振りに来た。
 色々な検査ロボットの間を、搬送ロボットで移動してまわった。散々、検査ロボットに検査された後、搬送ロボットは、隼人を医師の前に連れて来た。
 隼人は、病院に入って初めて、人間の前に来たと思った。
「征矢野隼人君だね」
 医師に声を掛けられ、隼人は、肯いた。隣に居た宙美とその母も、一緒に肯いた。
「検査結果が出たよ。大丈夫。問題はない。胃壁は、少し痛んでいたけど、薬で直ぐに治るよ。但し、今日は、水も食事もなしだ。明日から流動食を摂りながら、様子を見よう。普通の食事を食べられるようになるまで、そうだな、一週間くらい入院しなさい。胃の方は、それくらいだ」
 医師は、端末を叩いて表示を変えた。
「ちょっと殴られたようだね。念のため、脳波と断層撮影もしたけど、こっちは全く心配無い。念には念を入れて、退院の前にも、再検査をする事にしよう。
 今、少し吐き気がある筈だが、それは脳の障害の症状じゃないよ。君は、脳波測定中にも、吐きそうになったよね。その時の脳波が取れたんだ。脳波の乱れはなく、胃からの反射だと突き止める事ができた。だから、何も心配する事は無い。私が保証する」
 医師は、にこやかに話した後、看護婦に何かの指示を出した。一度、病室を出た看護婦は、何かの機械を持って戻ってきた。
「今から、点滴をしますからね」と言うと、隼人の右手を円筒形の機械の中に入れた。
 右手に、ちくりと痛みが走った。点滴の針を入れたらしい。
「でも、良かったわ。宙美は、大地君が守ってくれたから、ちょっと口を切ったくらいで済んだし。大地君は、あちこちに打ち身があったみたいだけど、小さい頃の悪戯小僧だった時を思い出させるくらいで、大丈夫みたい。隼人君が一番心配だったけど、直ぐに直ると聞いて、安心したわ」
 芙美子は、薄っすらと涙を浮かべていた。
 隼人は、病室に搬送され、なんとか自力で病室のベッドに移った。それを見ていた芙美子は、少し安心したらしく、「看護婦さんの言う事を良く聞くのよ」と、母親が小さな子供に言うような事を言った。
 点滴で体が少し楽になった。隼人は、眠気を感じ始めていた。気分は悪くなかった。芙美子は、まだ隼人の様子を見ていたが、隼人がうとうとし始めた時、そっと立ち上がった。でも、彼女が病室を出る直前に、入口の所で立ち止まった。
「やあ、隼人君」
 元気の良い声と一緒に、大地が病室に入ってきた。芙美子も、彼を伴って、隼人の横に戻った。
「四、五日、入院する事になったよ」
 大地に恥ずかしい姿は見せられないと、隼人は、目一杯の力を込めて声を出したが、か細く掠れてしまった。
「入院? 大丈夫なのかい?」
 大地は、隼人の顔を覗き込んだ。そして、全身の包帯を確認した。
「うん。食事が普通にできるようになるまでだけだよ。胃を、思い切り蹴られたからね」
「まあ、食事制限だけで直るなら、心配は要らないな。宙美も、思ったほど酷くないみたいだ。精密検査の結果もおばさんと一緒に聞いたけど、全く異常ないって。怪我は、口の中を切っただけだったらしい」
「さっき、僕もおばさんから聞いたよ」
 大地は、微笑んで頷いた。そして、引き締まった表情に変えた。
「僕は、しばらく帰って来ないから、その間は、宙美は君が守るんだ。頼んだよ」
「しばらく帰ってこない?」
 隼人と芙美子は、揃って聞き直した。
「警察に自首する」
 二人は、大地の言っている事を理解できずにいた。
「僕が殴り倒した人の一人が、今、集中治療室で治療中なんだ。脳内に出血があるらしく、安心できない状況らしいんだ」
「えっ! だって、あれは、どう見たって正当防衛じゃないか」
 大地は、首を振った。
「過剰防衛だ。傷害致傷かもしれない。万が一の事があれば、傷害致死だ。僕は、その責任を取らなければならない」
「責任て、奴らが取るべきだろう。大地君じゃないよ」
「それは、判事が判断する事だ。僕は、その場所に立たないといけない」
 大地は、くるっと身を翻すと、病室を出て行った。
「大地君、待って」
 芙美子は、慌てて大地の後を追った。
 隼人は、呆然と見送った。
 大地は、彼の父に心配をかけない事だけが、今できる事だと言っていたのに、こんな事態になってしまった。しかも、その原因を作ったのは、自分であり、父であった。
 彼は、何一つとして、間違った事はしていなかった。
 隼人は、居たたまれなかった。一日でも早く怪我を治し、彼の弁護をしなくてはいけないとも思った。

 四日後、隼人は、予定より三日も早く退院した。隼人は、退院が遅くならないように、生涯で一番の努力を続けた。それに気付かない医師は、「若いと回復も早いな」と笑った。
 宙美はと言うと、一晩だけ検査入院したが、翌日には退院した。ただ、大地の事が気になるらしく、本人は酷く落ち込み、元気無く病院を後にした。
 ある意味、隼人が最も心配していた大地が殴り倒した高校生は、生命の危機を脱して、二日前には一般病棟へ移っていた。もちろん、元気とはいかないが、心配された後遺症も免れそうだった。
 加害者の大地は、事件の翌日には、送検されていた。少年鑑別所に居たが、本人が素直に事情聴取に応じ、早い審判を望んだために、早くも第一回の審判が行われようとしていた。
 十数年前、少年法が改正され、傷害、殺人等の凶悪犯罪で、本人と弁護士が望む場合に限り、審判を公開できるようになった。大地は、弁護士の勧めで、この公開審判を選択した。弁護士は、大地の弁護をする上で、事件の全体像を世間に見せる事が大事だと判断したのだ。大地の正当性を傍聴人にも見てもらい、彼の社会復帰を容易にしようという配慮だった。
 第一回の審判は、三日後と決まっていた。隼人は、これに間に合うように退院したいと頑張ったのである。
 大地に会えるのは、この公開審判までない。
 隼人は、会って大地に謝りたかった。
 今回の事件の総ての責任は、隼人自身にあると思っていた。高校生の標的は、最初から最後まで、隼人だった。大地が怒りを爆発させる原因となった宙美の怪我も、隼人を大地が守ろうとしてくれたためだった。そして、事件自体の発端となったのも、父の業務上重過失致死だった。
 思い起こせば、転校初日に、「宇宙移民事業団の家族は、みんな助かった」と口走ってしまった事も、今回の事件の伏線だった。あの時、大地の表情は険しかった。彼は、あの時点で、事件の発生を危惧していたのではないだろうか。
 隼人は、大地と宙美を巻き込んでしまった事を、本当にすまなく思っていた。だから、弁護士から、証人を頼まれた際、二つ返事で引き受けた。

 審判の当日、隼人は傍聴席の最前列端に用意された証人用の席に、宙美と並んで座った。そして、直前に打ち合わせた弁護士の指示を、何度も反芻しながら、審判の開始を待った。
 やがて、傍聴席に、一般傍聴人が入廷してきた。その中には、知った顔もいくつかあった。そのほとんどは、中学校の先生か、同級生だった。最後の方に入廷してきた人物を見て、隼人も、宙美も、「あっ」と声を出した。
 大地の父、翔貴だった。
 来る事は、予想できないものではなかったが、朝食を一緒に摂った際も、傍聴する事は、おくびにも出さなかったので、不意を衝かれたようなものだった。
 息子、大地の審判が気になるらしく、彼は、ほとんど食事には手を付けなかった。芙美子が、彼のやつれようの酷さを心配して声を掛けたが、妹の言葉にも生返事を返すだけで、直ぐに席を立ってしまった。
 以前、大地が、「父の心労を増やさないように」と言っていた事を思い出し、隼人が原因でこのようになった事を、心の中で何度も詫びた。そして、この審判が良い結果に繋がる事を願った。
「大地君」
 隣で、宙美が小さく呟いた。
 入廷してきた大地が、被告席に座らされるところだった。
 彼は、堂々とした態度で現れたが、刑務官の指示には素直に従っていた。いつもと変わらない中学生離れした落ち着きのある彼の態度は、隼人達を安心させた。
 間も無く、判事が入廷し、公開審判が始まった。
 最初に、大地が発言席に立たされ、人定尋問と罪状、罰状の読み上げが行われた。罪状認否では、しっかりした声で、それを認めた。
「被告人は、何か言う事がありますか?」
 判事は、大地に語り掛けた。
「ありません」
 明快な回答だった。
 判事は、頷くと、大地を被告人席に戻した。
 公開であろうと、なかろうと、審判は、淡々と進んでいく。特に、少年審判は、結審までの期間に制約が設けられているので、進捗は驚くほど早い。
 検察側の罪状、罰状に対する弁護側の反論が始まった。
 大地の弁護士は、隼人が背後から襲われた事から始まった事を説明した。そして、大地は、隼人と宙美を守りつつ、ただひたすら耐え続けた事を、悲劇のように語った。
「このような状況の中、被告人は、二人の友人の危機を回避できなくなるまで、必死に耐え続けたのです。事実、彼の体には無数の傷が残っていました。彼が、もし、反撃に転じなければ、二人の友人の生命は、極めて危険な状況に陥っていたでしょう。彼には、反撃以外に手段が残されていなかったのです。
 もし、彼の反撃に罰を与えるのなら、私達は、彼に対して、同じ状況において、法に照らして正しい対処方法と、それが可能である事を示してあげなくてはなりません。しかし、それができる方は、この法廷内に居られるでしょうか。この冷静にじっくりと考えられる環境下にあってさえ、これが非常に難しい問題である事は、傍聴人の方々も感じられていると思います。
 今回の事件は、被告人が緊急避難として行った行為であり、被害者に怪我を負わせた事を真摯に反省して自首しています。この事実から、彼は十分に反省しており、同種の状況を他者が引き起こさない限り、再発の可能性は全く無いと断言できます。
 従いまして、私は無罪を主張します」
 傍聴席の人々が、大地に同情している事を、隼人は肌で感じ取れた。同時に、隼人は、事件の発端が自分と自分の父にある事を、判事や傍聴人に説明したかった。
 続いて、証人喚問が始まった。
 最初の証人は、隼人達を診察した医師で、三人共、怪我を負わされていた事、内、二人は入院が必要であった事が、明らかにされた。負傷箇所を図で示し、いかに残虐な攻撃を受けていたかを示した。特に、隼人の拳には怪我が認められず、最後まで反撃をしていなった事を証言した。
「被告人は、空手の経験があり、彼の師範の話では、相当な腕前であったと言います。その被告人が、これほど怪我をした理由は、ただ一つ。被告人が、反撃をせずに、体のあちこちが傷付くまで、耐えていた事を示しています」
 弁護士は、続けた。
「被告人は、二人の友人を守りつつ耐えていたが、躱すだけでは友人を守り切れなくなり、やむを得ず、排除する強硬手段を選択せざるを得なかった事は、明らかです。更に、被告人とその友人に怪我を与えた者にとっても、被告人が強硬手段を選択した事は、幸運だった可能性もあります。彼が反撃に転じた事で、彼等は殺人者になる事を免れた可能性さえあるのです」
 隼人は、死んでいたかもしれないと、弁護士は間接的に述べた。
 次に、宙美が証人台に立った。
 彼女は、ほとんど大地の背中に隠れていたから、大地が手出ししていなかった事を明確にした。彼女が見ていないのは、大地が隼人に駆け寄った時だけで、その時は、隼人が既に証言できるので、全体として、大地は最後の瞬間まで、手出しをせずに耐えていた事が証明される筈である。
 彼女は、弁護士の指示に忠実に証言した。
 最後に、隼人が、証言する番になった。
 証言は、人定尋問から始まった。続いて、弁護士が打ち合わせ通りの質問をし、隼人も打ち合わせ通りの回答をした。
 弁護士が求めた証言は、大地が常に躱すだけで、決して反撃に出なかった事だ。どんなに殴られても、大地から手を出す事はなかった。その事を、公にしたかったのだ。
 続いて、検察からの質問が始まった。
「証人は、被告人が手を出さなかったと言ったが、最初からずっと見ていたのですか」
 弁護士は、この質問を予想していたので、隼人には、答え方を教えてくれていた。
「いいえ、最初と最後の方だけです」
「それでも、ずっと被告人が手を出さなかったというのですか」
「いいえ、僕が見ている範囲では、僕がお腹を蹴られて動けなくなる前には、一度も大地君が手を出したところは見ていません。逆に、その間に何度も繰り返し殴られているところは見ました」
「証人は、質問にだけ答えて下さい」
 ぴしゃりと判事に釘を刺された。
 検察の質問は続いた。
「被害者は、被告人が先に手を出したと言っているが、証人はそれを見ていなかったのですか?」
 隼人は、検察官の顔を呆然と見た。そして、怒りの篭った声で切り出した。
「被害者とは、僕達三人の事を指しているのですか?」
「君は、本法廷においては証人だ」
「では、被害者は誰を指すのですか? まさか、僕を入院させた奴の事ですか? 暴力を振るった奴が被害者ですか?」
「証人は、質問に答えなさい!」
 判事に諭されたが、隼人は判事を睨み返した。
「隼人君!」
 大地の大きな声が聞こえた。隼人が振り向くと、彼は小さく首を振り、隼人を制した。隼人は、大地の法廷をぶち壊し掛けていた事を悟った。そして、怒りを生唾と一緒に飲み込んだ。
「検察官が言う被害者は、最初に僕を背後から殴ったのです。それは、最初から僕が標的だったからです。被告人席に居る僕の大事な友人は、単に巻き込まれただけなのです」
「被告人は、質問にだけ答えて下さい」
 判事は、隼人を遮ろうとしたが、隼人は続けた。
「僕は、小惑星を地球に落とした征矢野勝史の息子です」
 隼人は、傍聴席を振り返り、「誰もが、一度は石を投げつけたいと思った征矢野勝史の息子です」と繰り返した。
「最初から、僕が標的だったのです」
 隼人の目から、涙が溢れ出した。
「僕は、大地君に、謝らなくてはいけないのです。僕が居なければ、彼は、そんな場所に座っている筈の無い人なんです。僕が居なければ、僕が地球に残っていれば、彼は、こんな目に遭わなかったんです。僕さえ……」
「証人は、席に戻りなさい」
 判事は、優しく声を掛けた。隼人は、うな垂れたまま、宙美の隣に戻った。彼女も、優しい言葉を掛けてくれたが、隼人には聞こえなかった。
 突然、傍聴席が騒がしくなった。その中で、一人の男性が立ち上がった。
「静粛に!」
 立ち上がった男性の顔を見て、宙美は、顔色が変わった。それを見て、隼人も驚いて振り向いた。

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