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 隼人がシャワーを浴びて、居間に戻った時、大地は暗い顔に戻っていた。やはり、父親の事が心配なのだろう。責任感の強い彼の事だから、父親の責任まで背負い込もうとしている事は明らかだった。
(おじさんの無実を晴らすしかない)
 そうしたいのだが、どうすればいいのか、隼人にはさっぱりわからなかった。
 無実だとすると、誰かを庇っているとしか考えられない。大地の父が庇う人物。それは、大地しか考えられない。だけど、庇わなければならないような事を、あの大地がするだろうか。
 でも、聞くだけ聞いてみよう。
 隼人は、大地の隣に腰掛けた。
「大地君。おじさん、きっと無実だよ」
 大地は、力の無い笑顔を見せた。こんなところは、流石の大地も、大人ほど平気な顔を演じて見せられないんだと、大地の弱さを垣間見た。
「色々考えたんだけど、もしかしたら、大地君の事を庇ってるんじゃないかと思うんだけど、何か心当たりは無い?」
 大地は、しっかりとした目で、隼人を見返した。
「心当たりはないよ。庇ってるとしたら、隼人君かもしれないよ」
 それは、全く考えていなかった。確かに、隼人には負い目があった。管制センターのコンピュータの無断使用が、結果を悪くする方向に働いたのは、事実だった。大地の父が、故意に優先度を上げて管制センターを麻痺させたと言ったのも、隼人の責任を回避するための方便だったのかもしれない。
「でも、隼人君を庇うなら、あの場で暴露しなくてもいい筈だ。証拠を隠滅し、特に、誰も知らなかった君のパソコンの中身を書き換えて、準備を整えてから自首すれば良かったんだしね」
「うん」
 隼人は、頷くしかなかった。
「大地君の思考を追っかけてたら駄目よ」
 何時の間にか、宙美は、二人の前に立っていた。彼女は、隼人の横に座った。湯上がりのいい匂いがした。
「隼人君は、天才なんだから、凡人の大地君の考えてる事を追っかけてたら、才能を腐らせてるようなものよ」
 誉めてもらっているのか、皮肉を言われてるのか、隼人には判断が付かず、中途半端な「うん」を言うのが精一杯だった。
 大地も、宙美も、頭の回転が早い。天才と言うなら、二人の方が相応しい。
(そう。僕は天才どころか、落ちこぼれだ)
 成績も、自慢できるのは数学くらいのものだ。それも、クラスで一番というほどでもない。授業を一緒に受けてるから分かる。大地も、宙美も、凄くできる。たぶん、二人がクラスで一番と二番だろう。二人とも、勉強だけでなく、スポーツもできる。誰もが認める優等生だ。
 隼人は、二人が羨ましかった。
「でも、大地君。さっき、犯人を追っかけてった時、逃げ切られて良かったね」
「え、どうして?」とは、宙美。
「だって、もし、犯人に追いついてやっつけちゃったら、前みたいに上手く弁解できなくなっちゃうだろ」
「そうね。大地君、この前は、鬼みたいになってものね」
 大地君が鬼になるのは、宙美が危機に瀕した時だけさと、隼人は、苦笑いした。
(鬼?! どこかで聞いたようなフレーズ!)
 隼人は、一気に自分の世界に入り込んだ。二人の姿が、二人の会話が、ふうっと遠ざかっていく。
「僕が、本気で追っかけたと思ってたのかい?」
「やっぱり」と宙美。
「当たり前だよ。だって、捕まえちゃったら、どうしたらいいと思う。ぶん殴らなきゃいけない雰囲気になっちゃうだろ。だから、追っ払うだけで良かったんだ」
「だと思ったわ。だって、大地君が本気で追っかけたら、絶対追いついちゃうと思ったもの」
 二人は、隼人を真ん中に挟んで、にこやかに話している。隼人は、二人に挟まれた中で、二人の会話を素通りさせながら、記憶の糸を辿っていた。
 鬼、おに、オニ、ONI。
(鬼の何とか? 何とかの鬼? 何の鬼だったけ)
 隼人は、もどかしく記憶を辿っていた。そして、思い出した。
(そうか。そうだったんだ! でも、誰だ?)
「隼人君? どうかしたの?」
 隼人は、ふっと我に返った。そして、目の前で顔を覗き込む宙美の顔のアップを発見して、仰け反った。
「なに、びっくりしてんの。失礼しちゃうわ」
 また、彼女が膨れっ面をした。
 隼人は、彼女の機嫌を損ねたと、あわてて「ごめんよ」と言った。
「それより、何か思い出したみたいだね」
 大地の鋭さには、毎回、感心する。
 隼人は、肯いた。
「大地君のお父さんは、軌道計算の鬼って呼ばれてたよね。僕、ずっと前に、お父さんがそう言ってたのを思い出したんだ」
「伯父様は、そう呼ばれてたみたいね。私も、聞いた事があるわ」
 隼人は、宙美の顔を見て相槌を打った
「そんなおじさんがさ、軌道計算を間違うと思うかい」
「でも、小惑星は、落っこちたんだよ」
「だから、誰かが、おじさんの計画を知って、それを悪用したんだよ。おじさんの軌道計算は、間違ってなかったんだよ」
 自分でも、こじ付けのように思えた。
「有り得ないよ」
「どうして?」
 自分でも、説得力が無いと思っていたが、否定されると反発したくなる。
「だって、小惑星を落っことす目的というか、動機が無いじゃない。何のために小惑星を落とし、どんな得をする人が居るって言うんだい?」
 隼人は、即答できなかった。
「動機が無い犯罪なんか、考えられないよ。準備が大変な犯罪だから、はっきりした目的がないと説明できないんだ」
「動機は、たぶん、おじさんの失脚だよ。おじさんが邪魔だったから、地球を掠める筈の軌道を変えたんだよ」
「それはないよ。警察庁は、隼人君のお父さんを業務上過失致死傷で書類送検していたんだ。お父さんが公開審判で証言するまで、警察庁でさえ真相に気付きもしなかったんだ。僕が公開審判を選択してなかったら、お父さんは発言する場さえなかったんだよ。第一、僕が障害事件の加害者になるなんて、どうして予測できる?」
 隼人は、唸った。
 殺した人間の数が、半端じゃない。しかも、地球からの援助が無くなるので、下手をすると、コロニーに居ても命が危ない。面白半分で犯す犯罪とは違う。準備も、技術も、必要だ。相当に強い動機が無ければ、こんな事をする筈がない。でなければ、狂気を秘めた天才の仕業かだ。
「それに、他にも問題が色々ある。一つ目は、自分の家族や親族を巻き込む危険があった事。二つ目は、父が細工した軌道計算を、更に細工するには、相当な技術を持っていなければならない事。三つ目には、父の計画を詳細に知っていなければならない事。もっと考えれば、他にも問題が一杯出てきそうな気がする。その辺りから考えても、親父の計算間違いが、小惑星墜落の事実を一番上手く説明できるんだ」
 大地の言う事は、一々もっともだった。
「でも、どこか変だと思わないかい」
 隼人は、喉に刺さった魚の小骨のように、すっきりとしなかった。何かを見落としているような、もどかしさを感じていた。それは、宙美も同じらしい。
「そうね。私も、しっくり来ないわ。何か、上手く言えないけど、しっくり来ないのよ」
「幸せだよ」
 大地は、ぽつりと言った。
「隼人君が、この言葉を口にしたのは、転校二日目の小会議室だったね。僕は、今、隼人君がこの言葉を言った気持ちが、凄く良く分かるんだ」
 大地の感謝の気持ちが、隼人にも分かった。
「ありがとう。二人に、希望を貰ったよ。明日から、思い切って登校してみるよ」
 道の一つが、三人の前に開かれた気がした。でも……
「そんなんじゃないんだ。僕は、ほとんど確信してるんだ。おじさんは、無実だ。絶対に黒幕が居る。それを見つけ出さなきゃ、おじさんは冤罪になってしまう」
「いいんだよ。仮に、親父が小惑星墜落に関して無実だとしても、業務妨害の罪は残るよ。それに、真相究明は、警察の仕事だ。僕達が動くと、警察に迷惑を掛ける場合もあるし、第一、危険だ。おまけに、真犯人がいるなら、そいつは数億人を殺した奴だぞ。あと一人や二人を鬼籍に追加するくらい、何とも思わないよ」
 背筋が寒くなった。
 言われてみれば、確かにそうだ。
「大丈夫よ。隼人君は、楯にもならないくらいに的が小さいから、犯人にもどこに居るのか、見えないわ」
 宙美は、しれっとして、そんな事を言った。余程、さっきの卵の件が頭に来てるんだろう。言葉に、刺を感じる。
「じゃあ、こうしよう。僕は、軌道計算をし直してみる。もちろん、僕の実力じゃ、おじさんと同じ事ができないけど、どれくらいの推力を与えたら同じ結果になるか、確かめてみるよ。これなら、危険はないし、ここに居てもできる」
「君のパソコンは、押収されたんじゃなかったっけ」
「大丈夫だよ。軌道計算だけだったら、どのパソコンでも、大して変わらないよ」
 大地は、天を仰いだ。
「しかたがない。パソコンは、僕のを使っていいよ」
「パソコンは、押収された日から、おばさんが貸してくれてるから、全然平気だよ」
「それなら、いいんだ。でも、外に出て捜査しようなんて考えない事。いいね」
「大地君て、まるで隼人君の保護者みたいね」
「友達を心配しちゃ、いけないかい?」
「僕は、気にしてないよ。大地君の言う事は、いつでも正しいもん」
「聞き分けのいい息子ね。じゃあ、お母さんからも言わせてもらおっかな」
 宙美まで、隼人の母親気分だ。
「お外で遊ぶ時は、お父さんか、お母さんに言ってから出掛けるのよ。いいこと」
「はい、おかあさん」
 隼人は、明るく返した。

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