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 墜落した軌道は、計算結果が出ていた。実際の軌道との誤差は、ほとんどなかった。
 最後は、大地の父がやろうとした地球を掠める軌道だ。だが、これは、軌道のデータがなかった。当然だ。未遂に終わったのだから。
 隼人は、大地の父が、どんな事をやろうとしたのか、想像力を逞しくした。だが、直ぐに諦めた。そして、考え方を百八十度変えた。
「鬼が考える事は、僕には無理だ」と隼人は考えた。だから、鬼と言われた梅原翔貴氏の計画を考えるより、犯人がそれをどう利用しようとしたかを考える方が、隼人には楽だった。
 単純な話である。
 犯人は、梅原翔貴氏の策略をほんの少しだけ変更して、小惑星を墜落させたのだ。だから、軌道修正のタイミングをずらすとか、マスドライバーの使用時間を伸ばすとか、微調整をしただけだろう。元々、地球の大気圏を掠める軌道なのだから、僅かな変更でも墜落させる事は可能だった筈だ。
 隼人は、墜落した際の軌道と、予定の軌道との差を調べた。違いは、一箇所だけだった。
 小惑星の軌道修正は、火星へ向かう際と、最終の軌道に入る時の二回行われる。墜落は、地球に近付いた時に、軌道修正のための逆噴射をしておらず、逆に地球に向かって加速させていた。
「意外だなぁ。普通なら減速して引力に捕まるようにする筈なんだけどな」
 プロジェクトにおける計画では、地球への接近時に強力に減速し、地球の周回軌道に入れるようになっていた。当然、真犯人は、余計に減速する事で、地球に落下させたのだろうと思っていたが、逆に、加速しているのだ。
 考えられる事は、梅原翔貴氏の策略が、小惑星を加速するようになっていた事だけだ。
「でも、どうして?」
 軌道計算の鬼が考える事だから、深い理由がある筈だが、さっぱり見当が付かなかった。
 この際、細かい事は後回しにして、問題の軌道の割り出しに注力する事にした。例によって、いくつかの軌道修正パターンを試してみる。最後の軌道修正について、軌道修正のタイミングと時間の長さと推力を変化させて試し、結果を絵で表現してみた。
「へぇ、意外に簡単に落ちるものなんだ」
 不謹慎だが、隼人の偽らざる感想だった。
 地球の引力は大きく、ある程度近付けてしまえば、あっさりと墜落してしまうのだ。元々、梅原翔貴氏が危険性を訴えるくらいに地球に近付く軌道だから、早い時点で軌道変更を始めれば、地球に近付ける事は至極簡単で、大気圏に突入させる事は全く難しい事はなかった。
 こんな大胆な軌道だから、地球を掠める軌道修正の幅は、自ずから狭まってくる。
 隼人は、地上百五十キロメートル付近を通過する軌道を割り出した。
 大気圏とは、便宜的に決められているもので、ここまでは大気があり、それ以上は大気が無いと単純に区分できる訳ではない。国際的な基準とNASAの基準は、異なっている点からも、便宜的である事が分かる。国際的には、大気圏は、地上百二十キロメートルまでとしている。これに対し、NASAは、地上六十マイル(約九十六キロメートル)を大気圏としている。ただ、NASAの基準には、若干、政治的な色合いもある。
 ソビエトのガガーリンが、初めての有人宇宙飛行をやり遂げた時、アメリカのロケットの性能は、地球周回軌道に到達できるまで至っていなかった。だが、政治的な対抗上、どうしても同じ年の内に有人宇宙飛行をやり遂げたい。
 そこで、ハードルを低く設定し、大気圏最上層部を弾道飛行するロケットを打ち上げたのである。そのハードルの高さが、六十マイル。ロケットは、このハードルを越える弾道飛行に成功し、打上げ地点から目と鼻の先の大西洋に着水した。これを以ってして、ソビエトと同じ年に有人宇宙飛行を達成したと、アメリカ政府は喧伝したのである。
 さて、地上百五十キロメートルを通過する軌道は、直径が三~五キロメートルもある小惑星が通過するのだから、大気圏すれすれと言ってもいいだろう。
 隼人は、計算した結果から、ほぼ間違い無いと確信した。
「でも、地球を掠めても、その先は、どうなるんだろう。コロニーにぶつかったら、元も子もないしなぁ」
 気になって仕方がない。
 気になる事は、調べるしかない。
 早速、予想した軌道を延長して、その後の小惑星の軌道を計算した。
「これじゃあ、L51のスペースコロニーに近付き過ぎしないか」
 L51は、別名パシフィック。ラグランジュのL5ポイントに浮かぶ最初のスペースコロニーだ。
 ぶつぶつ、独り言を言いながら、画面に表示されている軌道を見詰めた。
 地球最接近後の小惑星は、地球の引力で大きく方向を変え、月の後方六十度付近に向かって上昇して行く。ここには、隼人達が居るスペースコロニーと同様のコロニーが浮かんでいる。
 どうにも、納得がいかなかった。
 大地の父は、地球とのニアミスをさせておいて、その後は、使い捨てのように放置するような、いい加減な人物ではない。
「何か、目的があるんじゃないかな」
 隼人は、更に先の軌道を調べてみた。そこで、気になる点を見付けた。
 月の引力によって、若干だが、加速されているのだ。そのため、軌道は、やや膨らんで、最接近距離も僅かだが遠くなっていた。ただ、この軌道を伸ばしていくと、アメリカの軌道ステーションに近付き過ぎる。衝突の危険もある。
 この軌道を選択した可能性は低いと、隼人は思った。
「もしかすると、もっと地上に接近させていたのかな」
 隼人は、月の裏での軌道修正時間を微調整し、地上百二十キロメートル付近を通るようにしてみた。小惑星の軌道は、予想通り大きく曲がり、少し月に近付いた。今度は、思い切って、地上百キロメートルの軌道を通過するようにしてみた。すると、見事に、月の直ぐ後ろに近付き、スイングバイ方式で十分な加速を得て、ぐっと高い軌道に上がる。公転周期も長くなり、新しい軌道修正も、準備する時間が得られるだろう。
 隼人は、漸く納得できた。
「おじさんは、やっぱり正確に軌道を計算してたんだ!」
 火星軌道の外側から小惑星を持ってきて、省エネ軌道で地球周回軌道に入れる計画を発案し、次にはそれを否定するために、大気圏を掠める危険性を訴え、実際に地球を掠めた上に、どこにも迷惑を掛けずに排除してしまう軌道を算出するなんて、隼人には雲の上の人の事に思えた。
 時計を見ると、午前二時を過ぎたところだった。
 翌日は、学校がある。大地も、久しぶりに登校する大事な日だ。隼人は、興奮した頭脳を宥めるように、床に就いた。

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