由布森林公園

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 この日は、金曜日だった。
 学校から帰ると、隼人は、念のため、宇宙移民事業団の公式サイトにアクセスしてみた。やはり、今日は、開かれていた。
 級友から、「大地のお父さん、殺人罪で再逮捕されたらしいぜ」と聞かされていた。それまでは、業務妨害罪での逮捕だったが、殺人罪の容疑も固まったのだろう。捜査も、山を越えた筈だ。だから、宇宙移民事業団も公式サイトを再開するかもしれないと考えたのだが、当たったようだ。
 取り敢えずは、今までの調査を確認しようと、小惑星の軌道や、仁科稔と田端雄一の親子関係の確認をした。また、スペースプレーンの配置も、予想していた通りだと確認できた。だが、やはり、手配の状況は掴めなかった。
 一方で、軌道は、さすがに詳細まで公開されていて、隼人は見直す必要を感じた。
「食事だよ」
 扉の向こうから、大地が声を掛けてくれた。
 隼人は、小惑星の軌道計算プログラムを走らせ、結果が出るまでの間に、夕食を食べる事にした。

 また、三人が隼人の部屋に集まった。
「明日、仁科のおじさんに会う事にしたよ。さっき、連絡した。一応、お父さんの事で相談したいと言っておいた。相談相手がいないんで、お願いしますと言ったら、明日、時間を割いてくれる事になったんだ」
「私も一緒に行っていい?」
「いや、僕が一人で行かないと」
「だって、心配なんだもん」
「僕も行くよ。三人で行けば、簡単には邪心を起こさないだろう」
「待ってくれ。僕一人で行く。もし、万が一の時、不意打ちされたら、三人居ても大差無いよ。それより、バラバラの方が、全員がやられる危険が低くなるよ」
 隼人は、少し考えていた。
「宙美ちゃんは、仁科さんを知ってるのかい?」
「うん、何回も会った事があるわ」
「じゃあ、宙美ちゃんは、大地君と一緒に行った方がいいよ。僕が、犯人なら、堂々と正面から来る人より、その連中はほっといて、証拠を何とかしようとするよ。ここは、安全じゃないと思うんだ。宙美ちゃんは仁科さんを知っているし、行ったとしても、そんなにおかしい話じゃないよ。それに、僕はドジで力も無いから、襲われた時に、宙美ちゃんを守ってあげられない。大地君の傍に居た方が、絶対、安全だよ」
 宙美が、一瞬、寂しそうな顔をしたが、隼人は気付かなかった。
「どうする? 宙美」
「一緒に、連れてって」
 隼人は、ほっとしたような、無力感に襲われた。
「問題は、どんな風に話を持っていくかだけど、僕としては、お父さんが計画していた大気圏を掠める軌道が、実は合理的な軌道だった事を示して、反応を見るつもりなんだ。もし、強く否定したり、無視を決め込むような反応をしたら、軌道修正のプログラムを見せてくれるように、押し込もうと思うんだ」
「見せてくれないだろうな。理由は、いくらでもあるからね」
「もちろん、見せてくれないだろう。理由も、守秘義務を持ち出すだろう。妥当な理由だからね。ここで、カマを掛けてみようと思うんだ。つまり、軌道修正プログラムを細工し、お父さんの軌道よりも地球に近付ける細工をしたでしょうって」
「反応するかな?」
「しなくても、スペースプレーンの件を持ち出して、もう一押ししてみるさ。スペースプレーンの手配に絡んでるのは、知っていますよって」
「何もかも、手の内をさらけ出してしまうのかい?」
「僕は、仁科のおじさんを信じてるんだ。おじさんが犯人だと思えないんだ。もし、犯人だとしても、誰かに脅迫されてるんだと思うんだ。だから、こちらも手の内をさらけ出して、自首を勧めようと思うんだ」
「わかったよ。でも、犯人かもしれないんだから、不用意に刺激しないように注意してよ。それから、定期的に連絡を取り合うようにしよう。お互いの安全のために」
「それには、賛成だ。僕達がここを出る時から、電話は繋ぎっぱなしにしよう。お互いに相手をモニターしていれば、異状があった時に、警察に通報できるからね」
「今夜は、早く寝ましょう。明日は、犯人と格闘になるかもしれないから」
 宙美は、二人の危惧を余所に、楽しそうに言った。

 二人が、それぞれの部屋に戻った後も、隼人は、パソコンに向かった。
 大地は、共犯者の影を感じていた。共犯者が居るとすると、手繰る糸は、スペースプレーンの燃料補給だけだ。それを、何とかして解き明かしたい。
 隼人の焦りとは関係無く、夜は白々と明けていった。
 父がスペースプレーンの燃料補給を認めた以上、予め、スペースプレーンが回航されてくる事は承知していた筈だ。それなら、年間スケジュールに記述がある筈だ。そう思って、スケジュール表を開いた。
(あった!)
 スペースプレーンは、鹿児島県の中学生を飛鳥へ招待する目的で、四機が回航されていた。招待旅行は、墜落事故が無ければ、その三日後から二泊三日の予定で実施される筈だった。
 この話は、父からは聞いていなかったが、クラスや近所の噂話で聞いた事があった。ただ、宇宙移民事業団の職員の子弟は、この招待旅行から除外されていた。それに、隼人達が通う中学は、事業団の敷地内にあり、全員が事業団の関係者の子弟だったので、ほとんど話題に上る事はなかった。
 もしかすると、父が共犯者なのではないだろうか。それなら、仁科が平然として大地達との面会を認めるのも、説明ができる。何せ、主犯は、既に死亡しているのだから。

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