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「何?」
「行き先が変更になったの。さっき、大地君の携帯に、仁科のおじさんからメールが届いて、由布森林公園に場所が変更になったの。私達は、そっちに向かってるから」
 厭な予感がした。
「気を付けてよ。それから、大地君に伝えてくれないかな。共犯者は、もしかすると、勅使河原大善かもしれないって」
「え?」
「勅使河原大善。大統領候補の勅使河原大善」
「まさか」
「そのまさかかもしれないんだ。スペースプレーンを手配させたのは、彼らしいんだ」
「うん。信じられないけど、大地君に伝えるわ」
 電話の向こうで、宙美が大地に説明する声が聞こえた。
「電話は、このままにしておくよ。僕は、勅使河原大善を調べてみるよ。何か分かったら、その都度、知らせるよ」
 隼人は、勅使河原大善を調べるため、パソコンに向かった。
 勅使河原大善は、科学省に入省後、通信事業部、化学部、宇宙移民事業団を経て、二年前に退官した。その年のアトランティス議会議員選挙に立候補し、圧倒的な票差で当選したが、今年五月に任期途中で自ら辞職し、大統領選挙に立候補した。宇宙移民事業団に所属していただけに、アトランティスでも、L51でも、支持基盤は厚く、選挙前の予想でも、優位と目されている。
 アトランティスとパシフィックの両議会の上には、統一議会があり、大統領制を敷いている。政治評論家の間では、統一議会内にも派閥を持っているとも言われ、当選と同時に、大きな影響力を及ぼすものと考えられている。マスコミ各社も、彼に番記者を密着させ、彼の一挙手一投足を伝える体勢を整えている。
 政治家にしては珍しく、勅使河原大善は科学技術全般に明るく、宇宙移民事業団や企業の技術者とも、直接渡り合う事で知られる。工学博士の称号も持ち、特に、アトランティスや飛鳥の構造に詳しく、設計者もメンテナンス技術者も、彼の知識には舌を巻くという。このため、技術者の信望が厚く、この点でも票を集めるものと思われる。
 議員の間では、野心家、あるいは辣腕として知られる。今回の大統領選挙も、小惑星墜落事故により、事実上の世界統一の大統領となった事は、野心家の勅使河原大善にとって、願ってもない状況と言えよう。
 これらの記事を見て、勅使河原が主犯であると、隼人は確信した。
 勅使河原は、現在は、選挙活動中だ。仮に、仁科から連絡を受けていたとしても、彼自身が手を下す事はないだろう。
 問題は、二つある。
 一つ目は、仁科をどう脅迫したかだ。
 二つ目は、動機は何かだ。
 動機については、まさかと思うが、世界制覇が目標なのではないだろうか。荒唐無稽と言えば、返す言葉もないが、今の状況を見れば、強ち大袈裟でもない。統一議会を押さえ、大統領になれば、事実上、世界を手中に納めたともいえる。
 本人に聞けば、それもはっきりするのだが……
 しかし、大地達の呼び出しを由布森林公園に変えた理由は、一体なんだろう。
 仁科の家なら、大地達を殺すにしても殺害現場が特定し易く、しかも、犯人が特定され易い。森林公園なら、通り魔犯罪の可能性も生れるので、犯人が特定しにくくなる。
 でも、それだけで、会う場所を急に変えるだろうか。
 犯人を特定し難いといっても、最有力容疑者は、仁科だけなのだ。取り調べられる事は必至だ。仁科が自白すれば、勅使河原も立場が一気に苦しくなる。
「宙美ちゃん、やっぱり、君達は、命を狙われているよ」
「隼人君、僕だ。命を狙われる危険性は、覚悟してる。大丈夫だ。油断無く、二人で行動してるから、心配しないでいいよ」
「大地君が言うから、大丈夫だと思うけど、僕は、引き返した方がいいと思うんだ。場所を変えたのは、君達を殺すのに都合の良い場所にしたかっただけなんじゃないかな」
「それも、考えてる。でも、仁科のおじさんに会わなきゃ、一歩も進めないんだ。覚悟して行くしかないよ」
「………」
「隼人君が、そこまで心配してくれるんで、場所を正確に行っておくよ。いいかい。由布森林公園の奥にあるモニュメントの裏側だ」
 スペースコロニー建造時の殉職者を奉った慰霊モニュメントは、公園の最も奥にあり、最も壁際でもある。その裏側だから、人目にも付き難いが、それだけが理由なのだろうか。それとも、モニュメントと殺人方法と、何か関係があるのだろうか。
 どちらも、どこか引っ掛かる。
 場所が肝心なのは、間違いないだろう。だからこそ、場所を変えたんだ。
「まさか」
 隼人は、首を振って否定した。
 外壁に、大きな穴を開け、コロニー内の空気が流れ出る勢いで二人を宇宙空間に吸い出す殺害方法がある。
 だが、リスクが大きく、最悪は、アトランティスのオリエントリングが全滅するかもしれない。これでは、大統領への夢も瓦解しかねない。それなら、どんな手段があるというだろう。 

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