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 地下道に居た人達は、さっきの空震で驚き、不安な表情を見せていた。そんな人々の間を、隼人は、掻き分けるように走り抜けた。動く歩道を走り抜け、軌道バスに強引に飛び乗った。
 バス停では必ず止まる無人運転の軌道バスは、隼人の気持ちを逆撫でするかのように、粛々と走り続けた。
(有人運転なら、バスジャックして、駅まで直行させたのに!)
 気が急く隼人は、そんな物騒な事さえ考えた。
 周回鉄道の駅でも、隼人は走った。閉まりかけたドアに体を張って突進し、僅かな隙間をこじ開けて乗り込んだ。そして、目的地でドアが開きかけた時にも、僅かな隙間から擦り抜けた。
 由布森林公園は、本来なら、軌道バスで行く場所だが、ちょうどバスが出た後だったので、隼人は、動く歩道を走った。
 由布森林公園までは、延々と上り坂が続く。隼人は、直ぐに息が切れた。それでも、足を止める事無く、走り続けた。動く歩道は、所々で登りのエスカレータに取って代わる。通常の階段より段差が大きいエスカレータの階段を、隼人は黙々と上り続けた。
 運動不足の華奢な体は、息が上がってしまい、口元では涎が落ちそうなのに、喉の奥は乾いてくっ付きそうだった。時々、唾を飲み込むが、その間、息が止まるのが、苦しかった。最後のエスカレータを降りて地上に出た時、強烈な金木犀の匂いがした。コロニー中の金木犀をここに集めたような匂いに取り囲まれて、隼人は現場に向かって重い足で走り出した。
 現場に着いた時、爆発より、吸い込みの凄さに、隼人は驚いた。
 壁には、大砲で穿ったような大きな穴が開いていたが、穴の縁は壁の中に向かって、強い力で曲げられていた。ぎざぎざの縁には、小枝や土などがこびり付き、洪水の後のようにも見えた。
 近くの木は、多くは枝を圧し折られ、中には、幹から折れて、穴に向かってしな垂れかかっていた。
 森林公園を代表するモニュメントも、横向きに引っ掻いたような痕が、無数に残っていた。それが、吸い込み時の暴風で、周辺の枝で傷付けられたらしく、角には葉っぱや小枝がこびり付いていた。
 やや離れた場所にあった金木犀の花は、吸い込み時の衝撃波で叩き落とされ、山吹色の絨毯となって地面を覆っていた。そして、体にまとわりつくようなしつこい甘い匂いを撒き散らしていた。
 破壊の凄まじさに見入っていると、後ろから肩を叩かれた。
「隼人君、御陰で助かったよ」
 隼人は、大地の顔を見上げた。
「宙美は、足に軽い怪我をして病院に運ばれたけど、大丈夫。今日中に帰ってくるよ」
 大事を取って、彼女は病院へ運ばれたようだ。
「でも、よく、こうなるって予測できたね」
「まあね。それより、刑事さんを捕まえなきゃ」
「どうして?」
「仁科さんの携帯電話の行動記録を押さなきゃいけないんだ」
 黄色いテープで立ち入り禁止になっている現場周辺は、鑑識ロボットが数台あるだけで、人影はなかった。周囲を見回すと、右手の大木の木陰に数人の鑑識と刑事が居るのが見えた。二人は、そこに駆け寄った。
 上手く、芙美子を尋問した小笠原警部を見付けた。
「直ぐに、仁科さんの携帯電話の位置情報を押さえて下さい。そうしないと、冤罪事件になってしまいます。犯人は、特定しませんが、仁科さんの携帯電話を盗んだ人が、犯人なのです。
 これは、小惑星を墜落させた真犯人を探していた大地君達を、事故に見せ掛けて殺そうとした殺人未遂事件で、事故なんかじゃありません。犯人は、コンピュータに詳しく、スペースコロニーの構造にも詳しいから、今回のコンピュータの細工は、消されている可能性が高いと思います。でも、携帯電話の位置情報は、まだ消されていない筈です。だから、消す事に成功する前に、位置情報を保存しておきたいんだす」
「なぜ、携帯電話の位置情報が必要なんだい?」
「今回の事件は、大地君を確実に殺したかったんです。そのためには、大地君をこの場所に呼び出し、しかもここに来た事を確認する必要があったんです。そのためには、どうしても仁科さんの携帯電話が必要でした。犯人は、どんな方法を用いたか分かりませんが、仁科さんの携帯を手に入れ、大地君にメールを送り、ここに呼び出し、大地君がここに来た事を仁科さんの携帯に電話させ、位置情報を取り込んで確認したのです」
「わかった。取り敢えず、位置情報を凍結するように、依頼だけは出しておこう」
 小笠原警部は、電話で依頼した。
「犯人に今会いに行くと、選挙妨害を言われるので、明日の投票が終わったところで、会いに行きましょう」
「君は、もう、犯人が分かっているのかい?」
「ええ。ですが、大物ですし、状況証拠しかないので、最低でも位置情報が必要なんです。明日、証拠が揃ったところで、会いに行きましょう」
 翌日、勅使河原は逮捕された。決め手は、二つあった。一つは、仁科の証言。もう一つは、隼人が押さえさせた仁科の携帯電話の位置情報だ。ほとんど、電源は入っていなかったし、既に廃棄されていたが、何度か電源が入っている時間の位置が、勅使河原の所在地と一致していた。
 警察は、勅使河原宅と仁科宅等の家宅捜査を行い、確実に勅使河原の犯行を固めていった。
 仁科は、IDを貸しただけだった。勅使河原のIDは、彼が科学省を退省した際に失効していた。仁科の息子が来ていたのは、全くの偶然だった。総ては、勅使河原が行った事だった。
 ついに犯行を自供した勅使河原は、自分の才能を踏みにじった地球政府への反発を口にした。
 才気溢れる男は、役所勤めが似合わなかった。彼は、宇宙移民事業団の事務次官にさせられた事を、左遷と考えた。その反発で、彼は省を辞め、政界に打って出たのだ。しかし、その政治活動を支えたのは、皮肉な事に、宇宙移民事業団から受け取った退職金だった。
 勅使河原は、宇宙移民事業団の内部事情を知るために、大学の後輩である仁科を使って情報を集めていた。仁科は、直属の上司である大地の父が不穏な動きを始めているのを知り、それを勅使河原に相談した。
 この時、勅使河原の小惑星墜落の計画が始まったのだ。その内容は、隼人が推理した通りだった。そして、監視を続けていた梅原大地が仁科に連絡を取った事を知った勅使河原は、大地と一緒に仁科を始末しようと考えた。
 ただ、急拵えの殺人計画は、二重の失敗を犯していた。一つは、隼人に殺人計画の概要を見抜かれ、大地を餌にして仁科をおびき寄せる事にも失敗していた。

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