伊牟ちゃんの筆箱

 詩 小説 推理 SF

カテゴリ:索引 > アイソスタシー

  - 4 -

 放課後、三人は、担任に呼ばれて、職員室脇の小会議室に呼び出された。
「一時間目の授業の前、何があったんだね?」
 素知らぬ振りで、こんな質問をするのが、隼人には気に入らなかった。
 何が起こっていたか、正確に把握していた筈だ。だから、この三人を選んで、ここへ呼び出したのだ。
 大地は、その事に気付いているのだろう。
「何も、ありませんでした。……と言っても、先生には通じませんよね」
 やんわりと、こちらが気付いている事を伝えた。
「ああ。状況から、大体の事は推測できているつもりだ」
 年齢とは不釣り合いな洞察力と落ち着きを備える大地だから、担任も、下手な小細工は、避けようとしているようだ。
「征矢野のお父さんが、夕べ、書類送検された事が、切っ掛けだろう。さっき、ちょっとしたニュースが入ってな。征矢野のお父さんは、実は、上手く脱出して、L5に逃げ込んでいるという、実しやかな話が、TVの番組の中であったんだ。警察でも、業務上重過失致死から、殺人罪に切り替える準備を始めたようだとも、その番組では伝えているんだ」
「そんな馬鹿な事はありませんよ!」
 隼人は、思わず大きな声を出した。
「だって、衛星軌道に上がるスペースプレーンは全部監視されているし、パスポートが無いと絶対に乗れない事は、先生だって知ってるでしょう」
「パスポートが無くても、スペースプレーンに乗れるよ。君もそうじゃないかい?」
 担任は、隼人に顔を向けた。
「それに、この事故が、計画的なものだったら、パスポートを偽造しておく事だって、何とかできるんじゃないか」
「先生まで、そんな視聴率目的の番組の話を、真に受けるんですか?」
「だがね。神戸君と征矢野君が乗ってきたスペースプレーンだってそうだろう。鹿児島の管制センターは、通常は、旅客型のスペースプレーンは待機していないんだよね。ところが、当日は四機もあったそうじゃないかね。まるで、小惑星が落ちてくる事を予測していたみたいな、そんな準備の良さだ」
 そんな事は、気にもしていなかったが、言われてみれば、確かにその通りだ。四機なければ、間違いなく、隼人も、宙美も、この世には居なかっただろう。二人は、四機目のスペースプレーンに乗ったのだから。
「先生も、僕の言わんとしている事を、摩り替えています」
「どういう意味だ!」
 隼人と宙美は、先生の怒気に溢れた一言で、身を竦めた。
「僕は、僕達の父の事も、宇宙移民事業団の事も、正当化しようとしていません。僕達は、父から独立した存在だと言っているだけです。父や、父が務めている組織の問題は、僕達が背負う問題ではないと言ってるんです」
「独立した存在だと言うのは、どうだろう。君らは、確かにしっかりしている。でも、親の保護下にある事は、間違い無いのだよ」
「その通りです」
「その通り?」
 自分の指摘をそのまま返してきた大地を、担任は、説明を求めるように見詰めた。
「ええ、その通りです。親が、僕達を保護下に置いているのです。僕達が親を保護下に置いている訳ではないのです。だから、親の責任まで問われないのです。それに、僕達が犯罪を犯しても、その刑事責任を親が負う事はありません。その意味では、僕達は、親の保護下にあっても、独立した存在だと言えるのです」
 どちらが大人なのか、分からなくなってしまう。大地は、落ち着いた言葉遣いで、担任を説得しようとしていた。
「大地の言わんとする事は、理解できるが……」
 担任は、しばらく考え込んだが、彼の思考に割り込む事をせず、大地は静かに待った。
「だが、生徒達の気持ちも理解できるんだ。やり場のない怒り。誰もが、必ず、親族の誰かを失った。その怒りを、誰にぶつけていいのか、分からなかった。そこへ、地球を上手く脱出した神戸君と征矢野君がやってきた。私もそうだが、面白くなかった。特権階級だけが、地球を脱出できたなんて、許せる事ではない。そこへ、今回の事故自体が、その特権階級の犯罪だった可能性が出てきた。今まで、悶々としていた感情が、出口を見付けたんだ。でも、出口に殺到した感情は、肩透かしを食らう訳だ」
「被疑者死亡?」
「そうだ。だが、勢いがついてしまった感情は、出口を広げながら流れ続けた。それほど、みんなの感情は大きかったんだ。そして、出口の傍にいた君達は、その流れに飲み込まれてしまった」
「先生」
「うん、何だね」
「被害者の人権を考えた事がありますか」
 担任は、驚いたように大地の目を見た。そして、感心した。
「難しい事を知っているようだね。で、具体的には、どういう事だね」
「先生は、加害者に理解を示しました。僕も、彼等の気持ちが分からない訳ではありません。僕自身も、祖母を亡くしました。でも、今回の虐めは、僕達が被害者なんです。僕達は、加害者の行為を正当化する過ちは、何一つ犯していない筈です」
 担任は、肯いた。
「こんな風に、虐め側の正当性を認めると、僕達、被害者の人権は、一切無くなってしまいます。害を与える事が正当化されるという事は、僕達が被害を受ける事が妥当だと言っているのと同じなのです」
 大地は、切実な目で、担任の一挙手一投足を見詰めた。
「先生。先生が、被害者になってみて下さい。この理不尽さが身に染みます」
「私も被害者の一人だ。だから、どちらの気持ちも分かる。
 実はな、夏休みの内に結婚する予定だったんだ。彼女は、ずっとこっちに居たんだが、夏休みを利用して最後の親孝行をしたいというので、地上に帰していたんだ。あの事故の一週間後に、僕達は、結婚する事になっていたんだ。僕の家には、彼女の嫁入り道具が、今も置いてある。たぶん、彼女を実家に帰した事を、一生後悔するだろう」
 一度、言葉を切った。
 担任は、唇をかみ締めた。
「彼女も、死ななければならない理由はなかった。彼女の死の責任は、誰にあるのか。彼女の人権は、彼女が死んだ事で無視されていないか。その事を考えると、自分の感情を押さえ切れなくなりそうになってしまうんだ」
 誰もが被害者。
 隼人の中で、何度も繰り返される言葉が、ここでも浮かんだ。
「それでも、先生自身は、被害者ではないです。被害者の関係者でしかありません。隼人君の立場になって下さい。両親を失って、やっとの思いで心を支えているのに、父親が書類送検され、僕には想像もつかないショックを受けたと思います。その上、この虐めです。彼が、どんな思いでここに居るか、真剣に考えてやって下さい!」
「僕は、幸せだよ」
 全員が、隼人に振り返った。
「大地君が、そこまで真剣に考えてくれている事を知って、変な意味じゃなくて、僕は幸せだよ。君は、充分に僕の支えになってくれているよ」
 宙美は、涙を浮かべた。
「隼人君だけじゃないわ。私も、大地君が居てくれて良かったと思う」
 しんみりした空気が流れた。
「分かった。これから、職員会議で討議するように、校長に掛け合う事を約束する。ここには、宇宙移民事業団の職員の子弟も、大勢居る。問題が大きくなる前に、対策を打つ事を約束する」
「虐めがエスカレートする前に、実効力のある対策をお願いします。万が一の時は、守るべきものを守るために、僕はどんな事でもします」
 隼人は、大地が言った「もの」とは、「者」の事で、宙美の事を指している気がした。教室で見せた大地とは思えない険しい目が、隼人の心に焼き付いて離れなかった。
「大地君、くれぐれも短気は起こさないでくれよ」
 大地は、微笑んだ。
「そうだった。君が短気を起こす筈が無い。君より、僕の方が短気を起こしそうだ。僕の方こそ、気を付けよう」
 大地は、二人を促すと、小会議室を出た。

       < 次章へ >              < 目次へ >

  - 5 -

 三人は、固まって下校した。
 学校の校門も、地下にある。そこから、一般の地下道へと出て行く。地下道は、地下とは思えない程、照明で明るく照らされていた。所々で、壁が横穴のように外に向かって開いている。そこから、傾いた陽の光が降り注いでくる。横穴から覗くと、谷に向かう傾斜の中に、家々の屋根が見えた。
 総てが人工的に作られているのに、なぜか、清々しい気持ちになれた。担任が、真剣に取り組もうとしてくれている姿が、頼もしく思い出された。
 明日は無理でも、来週には改善されるだろう。
 隣を歩く大地の横顔が、頼もしく見えた。
「大地君は、弁護士になるべきだよ。大地君が弁護士なら、被告人も安心できるよ」
 大地は、首を振りながら笑った。
 帰るのが遅くなっていた。だから、周囲には、学生の姿はなく、希に人が通り過ぎるだけだった。
「大地君は、検事になりたいんだよね。以前、そう言ってたもの」
 彼は、いつもと変わらない足取りで、歩き続けた。
「へぇ、そうなんだ。大地君は、検事になりたいんだ。でも、どうして検事なんだい?」
 横穴の日溜まりを、また通り抜けていく。暑さは残るものの、初秋の日差しは、肌を優しく照らした。
「僕が検事になりたい理由は、弁護士よりも検事の方が、裁判をリードしやすいからなんだ。一言で言えば、弁護士は求刑できないからなんだ」
「どういう事?」
「裁判は、被害者側に検事が、加害者側に弁護士が立つ。実際の裁判だと、弁護士が加害者の人権を守るんだが、被害者の人権はおざなりになりがちなんだ。僕は、被害者の立場に立って、加害者を断罪し、情状を酌量した上で求刑したいんだ。最終判断は、判事が行うけど、裁判をリードしていくには、加害者からも被害者からも話が聞け、被害者の人権を守る事ができ、求刑もできる検事の立場が、僕には向いていると思うんだ」
 感心するしかなかった。彼は、もう将来の事を決めているんだ。そして、彼なら実現できるだろう。色々な困難や疑問も出てくるだろうが、彼なら、真正面から立ち向かいつつ、乗り越えていくだろう。
 隼人は、大地を羨ましく思った。
「隼人君は、警察官になれよ」
「えっ?」と、言ったのは宙美が先だった。
「君には、警察官が向いている。僕が言うんだから、間違い無いよ」
 大地が言うんだから、確かに間違いはないかもしれない。彼は、どんな場面でも、嘘は言わないし、深く考えて言葉にする。いい加減な成り行きで、警察官という言葉は出していないだろう。
「でも、僕なんか、警察官から一番遠い所に居るよ。体は小さいし、弱いし、大地君のような正義感も無いし」
「大丈夫。君には、君の得意分野で頑張ればいいんだ。君は、コンピュータが得意だよね。それも、ネットワークの中を渡っていく事が」
「知ってたの?」
 隼人は、大地と宙美の顔を交互に見た。
「ああ、宙美から聞いていたんだ」
 宙美は、地上に居る時から、ネットサーフィン……と言うより、ハッキング紛いをしている事を、薄々感づいていた筈だ。そこへ、地球脱出時にも後生大事にパソコンを抱えていたのを見たのだから、勘の良い彼女は、確信したに違いあるまい。
 だが、事業団のコンピュータの不正使用までは、正直に答える気持ちにはなれなかった。
「お父さんが、隼人君の成績を見て、驚いていたよ」
「?」
 あまり自慢できる成績ではない筈だが。
「何に驚いたか、不思議なんだろう?」
「うん」
「隼人君の成績が、極端に片寄っているんで、驚いたらしいんだよ。お父さんは、隼人君を天才かもしれないって、驚いていたよ」
「僕が天才? 僕が天才なら、大地君は神様だよ。お父さんは、きっと、僕の成績が目茶苦茶に悪かったから、驚いたんだよ」
「ははは。語学と社会は全然駄目だとも、言ってたな」
 その通りだった。
「それから、音楽と体育もだ」
 それも、間違い無かった。運動音痴に、本物の音痴。音楽と体育が、学校の授業から無くなれば、どんなにいいだろうか。隼人は、いつもそう思っていた。
 しかし、大地に成績を知られていたとは、穴があったら逃げ込みたいくらい恥ずかしい。
「そうなのよ。隼人君は、地上に居た時から、理数系だけが得意だったのよ。他は、見てる方が恥ずかしくなるくらい、全然、全く、どうしようもないくらい、できなかったわ」
 彼女は、これでもかと、成績が悪い事を強調して言った。
「でも、死んだお父さんも言ってたけど、語学や社会は、記憶の科目だから、努力次第で成績が決まるって。努力の度合いを測るのにいいけど、才能を測るなら、下手な知能テストより、理数系の成績を見た方がいいって言ってたわ。理数系は、努力より、才能が出易いって」
「うちのお父さんも、同じ事を言ってた。努力の科目と、理数系の科目の成績の差があればあるほど、才能を持っているんだって。だから、隼人君には頑張って欲しいって言ってたよ」
 隼人は、少し面映ゆい気持ちになった。
「二十世紀前半に活躍した天才物理学者のアインシュタインも、実はね、チューリッヒ連邦工科大学の入試で失敗するような、落ちこぼれだったんだ。後年、この大学に入学できたんだけど、物理研究室の成績は、なんと最低レベルの一だったそうだ。でも、この年の電気技術の成績は、最高レベルの六だったというから、興味が有るか無いかで、成績が大きく変ったようだね。そして、彼は、電磁気学の研究から、あの有名な相対性理論を導き出したんだ」
 確かに、隼人も、興味のある科目は成績が良く、興味の無い科目は成績が悪い。でも、二十世紀最高の天才と言われるアインシュタインと同じだとは、どんなに己惚れても言えそうに無い。
「さっきは、僕の希望を言ったけど、隼人君は、将来は何になりたいんだい?」
 隼人は、言ったものかどうか、逡巡した。
 彼には、一つの夢があった。それは、恒星間旅行だ。できれば、自分で設計した宇宙船に乗って、恒星間旅行をしたかった。目標の恒星系は、エリダヌス座のε星か、クジラ座のτ星だ。
 でも、余りにも壮大なので、笑われそうに思った。
「あのぉー」
 隼人は、思い切って言ってしまおうと、二人に恐る恐る声を掛けた。
 その瞬間、隼人の身体は、勢い良くつんのめった。
 最初のは、何が起こったのか、さっぱりわからなかった。隼人は、大地と宙美の間を擦り抜け、その先の地面に頭から突っ込んで行った。辛うじて手を着いたが、膝は、したたか地面に打ち付けた。
 打ち付けたのは膝なのに、なぜか、背中に鈍痛がある。
「何をするんだぁ!」
 大地の大きな声が聞こえた。続けて、鈍い音がして、大地のうめきが聞こえた。
 隼人は、立ち上がろうとしたが、横から脇腹を蹴り上げられ、仰向けに転がった。息が詰まった。苦しくて、身を捩っている所に、今度は、お腹を踏みつけられた。二、三度、踏まれた後に、胸座を掴まれて引き立てられた。よろめきながら立ち上がったところを、左の頬を思い切り殴られた。
 目の前を、星が飛んだ。
 また、胸座をぐっと持ち上げられたので、また殴られると思って、思わず両手で顔を庇った。すると、今度は、執拗に胸や腹を下から打ち上げるように殴られた。胸を殴られると息が詰まり、腹を殴られた時には、吐きそうになった。
 相手は、殴り疲れたのか、横に居た別の男に、胸座を掴んだまま引き渡した。隼人は、引き摺られるようにして、その男の前に立たされた。そして、両手で胸座を掴んで引き上げると、小柄な隼人が爪先立ちになるほど引き寄せた。
 目の前に、高校生くらいの男の顔があった。
 隼人は、ぷいと横を向いた。その視線の先では、大地が、数人の男に囲まれながらも、宙美の前に立ち塞がり、彼女を守ろうとしていた。
「宙美! 僕の後ろに隠れて!」
 大地の鋭い声が飛ぶ。宙美は、悲鳴を上げてながら、大地に振り切られまいと、必死に背中に隠れようとしていた。
 大地は、男達の拳や蹴りを躱し、時には体で受け止め、彼女を守ろうとしていた。大地の身のこなしは滑らかで、殴り掛かった男達の方がバランスを崩す場面が多かった。ただ、大地は、躱す事はするが、決して反撃には出なかった。
「おい、連れの様子を見物するとは、余裕があるじゃねぇか」
 男は、もう一度、隼人を引き寄せると、右手をぐっと引いた。
 隼人は、また殴られると思い、両手で顔を庇った。
「そっちじゃねぇよ」
 そう言うと、男は、鳩尾の当たりを膝で蹴り上げた。息が全くできなくなり、目の前が暗くなった。顔を庇っていた手は、無意識の内に腹を押さえていた。
「今度は、こっちだぁ!」
 男は、体重を乗せたパンチで、隼人の顔を殴り降ろした。
 隼人は、一瞬、意識が飛んだような気がした。気が付くと、右膝を地面についていた。
「まだ、ねんねは、早ぇんだよぉ」
 胸座を掴み直し、隼人は立たされた。膝は、がくがくし、思うように踏ん張れない。頭はふらふらし、焦点も定まらなかった。
(脳震盪だ。これ以上殴られたらヤバイ!)
 隼人は、必死で頭を庇った。
 男は、それを見ると、膝で何度も腹を蹴り上げた。隼人は、目一杯の力をお腹に入れて、それに耐えた。そして、頭を庇っている両手を、耳の位置から下げないように頑張った。
「くそぉ!」
 男が苛つき始めているのが、隼人にも分かった。
 今度は、何されるんだろう? 背中を殴られるんだろうか? それとも、棍棒か何かで殴られるんだろうか?
 不安と恐怖が、隼人の心をかき乱していた。
「おめぇがその気なら」
 男は、隼人を軽く突き放した。
 もしかしたら、諦めたのだろうか?
 隼人は、ほんの一瞬、気を緩め、両手で顔を庇ったまま、顔を上げた。
 男は、諦めていなかった。左足を大きく踏み込むと、サッカーボールを蹴るような勢いで、右足を振り切り、爪先で隼人の腹を蹴り上げた。
 隼人の体は、小さく宙を舞って、そのまま頭から地面に落ちた。
「オゲェー!!!」
 声じゃなかった。胃から突き上げられた物が、そのまま喉を震わせながら、口から吹き出した。酸っぱい匂いの中に、血の匂いが微かに混じっていた。
「隼人君!」
 大地は、回りの男を跳ね除け、隼人に駆け寄った。
「大丈夫かい?」
 覗き込む大地に、隼人は、苦しさで肯く事さえできなかった。それどころか、また、臭いゲップと一緒に、胃液が込み上げてきた。隼人は、ゲェゲェ言いながら、血の混じった胃液を吐いた。
 大地は、隼人の背中を摩りながら、顔を覗き込んだ。
「きゃっ!」
 宙美の悲鳴が、背後で聞こえた。同時に、ボコンと言う音がした。ついさっきまで、大地が守っていた彼女が、誰かに殴られたらしい。
 大地は、慌てて振り向いて、宙美の様子を確認した。
「きっさっまっらー!」
 大地の顔色が、瞬時に変わった。まるで、大魔人のように、見た事も無い恐ろしい形相で、すっくと立ち上がった。
 余りの凄まじい形相に、男達の動きが止まった。
 大地は、一番近くに居た男を捕まえると、有無を言わさず、拳を振り下ろした。男は、すっ飛んだ。殴られた本人が、事態が掴めず、驚いた顔をして立ち上がろうとしたが、脳震盪を起こしているらしく、酔っ払いのような千鳥足になり、そのまま座り込んだ。
 大地は、それには見向きもせず、二人目を男を捕まえた。その男は、反撃に出たが、大地は、それを軽く躱すと、右の拳を男の腹部に叩き込んだ。隼人には、男の体が浮かび上がったように見えた。男は、隼人と同様に、ゲェゲェ言って、胃液を吐いた。
 大地は、早くも三人目を捕まえていた。男達は、四、五人で囲んで、袋叩きにしようとしたが、大地は、いくら殴られようと意に介さず、一人ずつ確実に殴り倒した。あっと言う間に、五、六人の男が、大地の足元に転がった。
 残った男達は、棍棒やナイフを手に、再び大地を囲んだ。大地は、軽くステップを踏むと、さっと身を沈めて、ナイフを持っている男の足を払った。男は、スローモーションのように、ゆっくり空中で半回転し、上半身から落ちた。大地は、さっと近付くと、ナイフを蹴り飛ばして馬乗りになり、左の拳を男の右頬に叩き込んだ。男は、一発で意識を失った。
 大地は、残った男達に振り向いた。
「いいか、覚えとけ。今度、彼女に手を出したら、今日みたいな手加減はしない。命は無いと思え!」
(これでも、まだ手加減しているなんて)
 隼人は、頼もしさよりも、怖さを感じた。
 大地の迫力に、男達も気圧されていた。素手の大地が一歩近付くと、ナイフや棍棒の武器を持った男達は、二、三歩下がった。やがて、「覚えとけ」の決まり文句と共に、走って逃げた。数人の仲間を残したまま。
 大地は、宙美に駆け寄り、怪我の状態を確認しながら、抱き起こした。

       < 次章へ >              < 目次へ >

  公開審判

  - 1 -

 隼人は、搬送ロボットに乗せられ、救急搬送された。
 病院には、久し振りに来た。
 色々な検査ロボットの間を、搬送ロボットで移動してまわった。散々、検査ロボットに検査された後、搬送ロボットは、隼人を医師の前に連れて来た。
 隼人は、病院に入って初めて、人間の前に来たと思った。
「征矢野隼人君だね」
 医師に声を掛けられ、隼人は、肯いた。隣に居た宙美とその母も、一緒に肯いた。
「検査結果が出たよ。大丈夫。問題はない。胃壁は、少し痛んでいたけど、薬で直ぐに治るよ。但し、今日は、水も食事もなしだ。明日から流動食を摂りながら、様子を見よう。普通の食事を食べられるようになるまで、そうだな、一週間くらい入院しなさい。胃の方は、それくらいだ」
 医師は、端末を叩いて表示を変えた。
「ちょっと殴られたようだね。念のため、脳波と断層撮影もしたけど、こっちは全く心配無い。念には念を入れて、退院の前にも、再検査をする事にしよう。
 今、少し吐き気がある筈だが、それは脳の障害の症状じゃないよ。君は、脳波測定中にも、吐きそうになったよね。その時の脳波が取れたんだ。脳波の乱れはなく、胃からの反射だと突き止める事ができた。だから、何も心配する事は無い。私が保証する」
 医師は、にこやかに話した後、看護婦に何かの指示を出した。一度、病室を出た看護婦は、何かの機械を持って戻ってきた。
「今から、点滴をしますからね」と言うと、隼人の右手を円筒形の機械の中に入れた。
 右手に、ちくりと痛みが走った。点滴の針を入れたらしい。
「でも、良かったわ。宙美は、大地君が守ってくれたから、ちょっと口を切ったくらいで済んだし。大地君は、あちこちに打ち身があったみたいだけど、小さい頃の悪戯小僧だった時を思い出させるくらいで、大丈夫みたい。隼人君が一番心配だったけど、直ぐに直ると聞いて、安心したわ」
 芙美子は、薄っすらと涙を浮かべていた。
 隼人は、病室に搬送され、なんとか自力で病室のベッドに移った。それを見ていた芙美子は、少し安心したらしく、「看護婦さんの言う事を良く聞くのよ」と、母親が小さな子供に言うような事を言った。
 点滴で体が少し楽になった。隼人は、眠気を感じ始めていた。気分は悪くなかった。芙美子は、まだ隼人の様子を見ていたが、隼人がうとうとし始めた時、そっと立ち上がった。でも、彼女が病室を出る直前に、入口の所で立ち止まった。
「やあ、隼人君」
 元気の良い声と一緒に、大地が病室に入ってきた。芙美子も、彼を伴って、隼人の横に戻った。
「四、五日、入院する事になったよ」
 大地に恥ずかしい姿は見せられないと、隼人は、目一杯の力を込めて声を出したが、か細く掠れてしまった。
「入院? 大丈夫なのかい?」
 大地は、隼人の顔を覗き込んだ。そして、全身の包帯を確認した。
「うん。食事が普通にできるようになるまでだけだよ。胃を、思い切り蹴られたからね」
「まあ、食事制限だけで直るなら、心配は要らないな。宙美も、思ったほど酷くないみたいだ。精密検査の結果もおばさんと一緒に聞いたけど、全く異常ないって。怪我は、口の中を切っただけだったらしい」
「さっき、僕もおばさんから聞いたよ」
 大地は、微笑んで頷いた。そして、引き締まった表情に変えた。
「僕は、しばらく帰って来ないから、その間は、宙美は君が守るんだ。頼んだよ」
「しばらく帰ってこない?」
 隼人と芙美子は、揃って聞き直した。
「警察に自首する」
 二人は、大地の言っている事を理解できずにいた。
「僕が殴り倒した人の一人が、今、集中治療室で治療中なんだ。脳内に出血があるらしく、安心できない状況らしいんだ」
「えっ! だって、あれは、どう見たって正当防衛じゃないか」
 大地は、首を振った。
「過剰防衛だ。傷害致傷かもしれない。万が一の事があれば、傷害致死だ。僕は、その責任を取らなければならない」
「責任て、奴らが取るべきだろう。大地君じゃないよ」
「それは、判事が判断する事だ。僕は、その場所に立たないといけない」
 大地は、くるっと身を翻すと、病室を出て行った。
「大地君、待って」
 芙美子は、慌てて大地の後を追った。
 隼人は、呆然と見送った。
 大地は、彼の父に心配をかけない事だけが、今できる事だと言っていたのに、こんな事態になってしまった。しかも、その原因を作ったのは、自分であり、父であった。
 彼は、何一つとして、間違った事はしていなかった。
 隼人は、居たたまれなかった。一日でも早く怪我を治し、彼の弁護をしなくてはいけないとも思った。

 四日後、隼人は、予定より三日も早く退院した。隼人は、退院が遅くならないように、生涯で一番の努力を続けた。それに気付かない医師は、「若いと回復も早いな」と笑った。
 宙美はと言うと、一晩だけ検査入院したが、翌日には退院した。ただ、大地の事が気になるらしく、本人は酷く落ち込み、元気無く病院を後にした。
 ある意味、隼人が最も心配していた大地が殴り倒した高校生は、生命の危機を脱して、二日前には一般病棟へ移っていた。もちろん、元気とはいかないが、心配された後遺症も免れそうだった。
 加害者の大地は、事件の翌日には、送検されていた。少年鑑別所に居たが、本人が素直に事情聴取に応じ、早い審判を望んだために、早くも第一回の審判が行われようとしていた。
 十数年前、少年法が改正され、傷害、殺人等の凶悪犯罪で、本人と弁護士が望む場合に限り、審判を公開できるようになった。大地は、弁護士の勧めで、この公開審判を選択した。弁護士は、大地の弁護をする上で、事件の全体像を世間に見せる事が大事だと判断したのだ。大地の正当性を傍聴人にも見てもらい、彼の社会復帰を容易にしようという配慮だった。
 第一回の審判は、三日後と決まっていた。隼人は、これに間に合うように退院したいと頑張ったのである。
 大地に会えるのは、この公開審判までない。
 隼人は、会って大地に謝りたかった。
 今回の事件の総ての責任は、隼人自身にあると思っていた。高校生の標的は、最初から最後まで、隼人だった。大地が怒りを爆発させる原因となった宙美の怪我も、隼人を大地が守ろうとしてくれたためだった。そして、事件自体の発端となったのも、父の業務上重過失致死だった。
 思い起こせば、転校初日に、「宇宙移民事業団の家族は、みんな助かった」と口走ってしまった事も、今回の事件の伏線だった。あの時、大地の表情は険しかった。彼は、あの時点で、事件の発生を危惧していたのではないだろうか。
 隼人は、大地と宙美を巻き込んでしまった事を、本当にすまなく思っていた。だから、弁護士から、証人を頼まれた際、二つ返事で引き受けた。

 審判の当日、隼人は傍聴席の最前列端に用意された証人用の席に、宙美と並んで座った。そして、直前に打ち合わせた弁護士の指示を、何度も反芻しながら、審判の開始を待った。
 やがて、傍聴席に、一般傍聴人が入廷してきた。その中には、知った顔もいくつかあった。そのほとんどは、中学校の先生か、同級生だった。最後の方に入廷してきた人物を見て、隼人も、宙美も、「あっ」と声を出した。
 大地の父、翔貴だった。
 来る事は、予想できないものではなかったが、朝食を一緒に摂った際も、傍聴する事は、おくびにも出さなかったので、不意を衝かれたようなものだった。
 息子、大地の審判が気になるらしく、彼は、ほとんど食事には手を付けなかった。芙美子が、彼のやつれようの酷さを心配して声を掛けたが、妹の言葉にも生返事を返すだけで、直ぐに席を立ってしまった。
 以前、大地が、「父の心労を増やさないように」と言っていた事を思い出し、隼人が原因でこのようになった事を、心の中で何度も詫びた。そして、この審判が良い結果に繋がる事を願った。
「大地君」
 隣で、宙美が小さく呟いた。
 入廷してきた大地が、被告席に座らされるところだった。
 彼は、堂々とした態度で現れたが、刑務官の指示には素直に従っていた。いつもと変わらない中学生離れした落ち着きのある彼の態度は、隼人達を安心させた。
 間も無く、判事が入廷し、公開審判が始まった。
 最初に、大地が発言席に立たされ、人定尋問と罪状、罰状の読み上げが行われた。罪状認否では、しっかりした声で、それを認めた。
「被告人は、何か言う事がありますか?」
 判事は、大地に語り掛けた。
「ありません」
 明快な回答だった。
 判事は、頷くと、大地を被告人席に戻した。
 公開であろうと、なかろうと、審判は、淡々と進んでいく。特に、少年審判は、結審までの期間に制約が設けられているので、進捗は驚くほど早い。
 検察側の罪状、罰状に対する弁護側の反論が始まった。
 大地の弁護士は、隼人が背後から襲われた事から始まった事を説明した。そして、大地は、隼人と宙美を守りつつ、ただひたすら耐え続けた事を、悲劇のように語った。
「このような状況の中、被告人は、二人の友人の危機を回避できなくなるまで、必死に耐え続けたのです。事実、彼の体には無数の傷が残っていました。彼が、もし、反撃に転じなければ、二人の友人の生命は、極めて危険な状況に陥っていたでしょう。彼には、反撃以外に手段が残されていなかったのです。
 もし、彼の反撃に罰を与えるのなら、私達は、彼に対して、同じ状況において、法に照らして正しい対処方法と、それが可能である事を示してあげなくてはなりません。しかし、それができる方は、この法廷内に居られるでしょうか。この冷静にじっくりと考えられる環境下にあってさえ、これが非常に難しい問題である事は、傍聴人の方々も感じられていると思います。
 今回の事件は、被告人が緊急避難として行った行為であり、被害者に怪我を負わせた事を真摯に反省して自首しています。この事実から、彼は十分に反省しており、同種の状況を他者が引き起こさない限り、再発の可能性は全く無いと断言できます。
 従いまして、私は無罪を主張します」
 傍聴席の人々が、大地に同情している事を、隼人は肌で感じ取れた。同時に、隼人は、事件の発端が自分と自分の父にある事を、判事や傍聴人に説明したかった。
 続いて、証人喚問が始まった。
 最初の証人は、隼人達を診察した医師で、三人共、怪我を負わされていた事、内、二人は入院が必要であった事が、明らかにされた。負傷箇所を図で示し、いかに残虐な攻撃を受けていたかを示した。特に、隼人の拳には怪我が認められず、最後まで反撃をしていなった事を証言した。
「被告人は、空手の経験があり、彼の師範の話では、相当な腕前であったと言います。その被告人が、これほど怪我をした理由は、ただ一つ。被告人が、反撃をせずに、体のあちこちが傷付くまで、耐えていた事を示しています」
 弁護士は、続けた。
「被告人は、二人の友人を守りつつ耐えていたが、躱すだけでは友人を守り切れなくなり、やむを得ず、排除する強硬手段を選択せざるを得なかった事は、明らかです。更に、被告人とその友人に怪我を与えた者にとっても、被告人が強硬手段を選択した事は、幸運だった可能性もあります。彼が反撃に転じた事で、彼等は殺人者になる事を免れた可能性さえあるのです」
 隼人は、死んでいたかもしれないと、弁護士は間接的に述べた。
 次に、宙美が証人台に立った。
 彼女は、ほとんど大地の背中に隠れていたから、大地が手出ししていなかった事を明確にした。彼女が見ていないのは、大地が隼人に駆け寄った時だけで、その時は、隼人が既に証言できるので、全体として、大地は最後の瞬間まで、手出しをせずに耐えていた事が証明される筈である。
 彼女は、弁護士の指示に忠実に証言した。
 最後に、隼人が、証言する番になった。
 証言は、人定尋問から始まった。続いて、弁護士が打ち合わせ通りの質問をし、隼人も打ち合わせ通りの回答をした。
 弁護士が求めた証言は、大地が常に躱すだけで、決して反撃に出なかった事だ。どんなに殴られても、大地から手を出す事はなかった。その事を、公にしたかったのだ。
 続いて、検察からの質問が始まった。
「証人は、被告人が手を出さなかったと言ったが、最初からずっと見ていたのですか」
 弁護士は、この質問を予想していたので、隼人には、答え方を教えてくれていた。
「いいえ、最初と最後の方だけです」
「それでも、ずっと被告人が手を出さなかったというのですか」
「いいえ、僕が見ている範囲では、僕がお腹を蹴られて動けなくなる前には、一度も大地君が手を出したところは見ていません。逆に、その間に何度も繰り返し殴られているところは見ました」
「証人は、質問にだけ答えて下さい」
 ぴしゃりと判事に釘を刺された。
 検察の質問は続いた。
「被害者は、被告人が先に手を出したと言っているが、証人はそれを見ていなかったのですか?」
 隼人は、検察官の顔を呆然と見た。そして、怒りの篭った声で切り出した。
「被害者とは、僕達三人の事を指しているのですか?」
「君は、本法廷においては証人だ」
「では、被害者は誰を指すのですか? まさか、僕を入院させた奴の事ですか? 暴力を振るった奴が被害者ですか?」
「証人は、質問に答えなさい!」
 判事に諭されたが、隼人は判事を睨み返した。
「隼人君!」
 大地の大きな声が聞こえた。隼人が振り向くと、彼は小さく首を振り、隼人を制した。隼人は、大地の法廷をぶち壊し掛けていた事を悟った。そして、怒りを生唾と一緒に飲み込んだ。
「検察官が言う被害者は、最初に僕を背後から殴ったのです。それは、最初から僕が標的だったからです。被告人席に居る僕の大事な友人は、単に巻き込まれただけなのです」
「被告人は、質問にだけ答えて下さい」
 判事は、隼人を遮ろうとしたが、隼人は続けた。
「僕は、小惑星を地球に落とした征矢野勝史の息子です」
 隼人は、傍聴席を振り返り、「誰もが、一度は石を投げつけたいと思った征矢野勝史の息子です」と繰り返した。
「最初から、僕が標的だったのです」
 隼人の目から、涙が溢れ出した。
「僕は、大地君に、謝らなくてはいけないのです。僕が居なければ、彼は、そんな場所に座っている筈の無い人なんです。僕が居なければ、僕が地球に残っていれば、彼は、こんな目に遭わなかったんです。僕さえ……」
「証人は、席に戻りなさい」
 判事は、優しく声を掛けた。隼人は、うな垂れたまま、宙美の隣に戻った。彼女も、優しい言葉を掛けてくれたが、隼人には聞こえなかった。
 突然、傍聴席が騒がしくなった。その中で、一人の男性が立ち上がった。
「静粛に!」
 立ち上がった男性の顔を見て、宙美は、顔色が変わった。それを見て、隼人も驚いて振り向いた。

       < 次章へ >              < 目次へ >

  - 2 -

 翔貴だったのだ。
「証言しなければならない事があります」
 彼は、傍聴席の間を抜け、前に出ようとした。
「席に座りなさい。従わない場合は、退廷を命ずる事になりますよ」
「私は、被告人の父親です。今回の事件の背景にある小惑星墜落について、どうしても発言しなければならない事があるのです。どうか、私に発言させて下さい」
「被告人。あなたの父に間違いありませんか」
 判事の問いに、「間違いありません」と、しっかりした声で、大地は答えた。
 判事は、その回答に頷き、今度は弁護士に視線を送った。
「今回の事件の背景には、小惑星墜落が色濃く影響しています。彼が、その事について証言したいと言っているので、私としては、聞いてみたいのですが、被告側はどうでしょうか?」
 弁護士は、暫く考えていた。証言を拒否するのかと隼人が考え始めた時、おもむろに、「被告側の証言として、要求したいと思います」と答えた。
「検察側はどうですか」
「問題ありません」
 大地の父は、傍聴席から証言席へと歩を進めた。
 お決まりの人定尋問から始まった。
「梅原翔貴。被告人の父です」
「では」と言って、弁護士は、証言席に近付いた。
「まずは、今回の事件の背景にある小惑星墜落について、証人はどのような事を知っているのですか?」
 傍聴席は、ざわついていた。それも束の間。間も無く、全員の耳が、大地の父の発言に集中する事になった。
「小惑星の墜落には、私が直接関与しました」
 大きなどよめきが、廷内を包んだ。判事でさえ、この予想もしなかった発言に、我を失ったようだ。長い間が開いた後、やおら「静粛に!」と大きな声を張り上げた。
 その言葉で、弁護士は続く質問を思い出した。
「それは、仕事の上での関与ですか?」
「いいえ。私の個人的な関与です。小惑星の軌道を乱したのは、私が軌道計算プログラムに細工をしたためです」
 傍聴席が、再びざわめき始めた。それは、次第に大きなうねりとなって、廷内を飲み込んだ。「静粛に!」と喚く判事を尻目に、傍聴席は私語で盛り上がり、確認と、口論と、怒りとで、満たされていった。
 隼人は、なぜか冷静な目を失わずに済んだ。その目で、大地の顔を見た。大地は、父親を注視していた。その表情には、深刻さは感じられなかったが、強い大地の事だから、総てを心の中に押し込めて耐えているのだろう。
「今回の事件の被害者の一人である征矢野隼人君の御尊父、征矢野勝史氏とは、資源用小惑星を地球を周回する低高度の軌道に投入する事の是非について、私は、何度も衝突しました。詳しくは、私自身の裁判で明らかにしたいと思いますが、この件が切っ掛けになり、私は、低軌道への小惑星の誘導の危険性を、彼に知らしめるために……」
「小惑星を墜落させたのですか!」
 冷静を保っていた弁護士が、急に大声で追求した。しかし、判事は、弁護士に注意を与え、大地の父に続けさせた。
「墜落させたかとの問いですが、結果的には、おっしゃる通りです」
「結果的に?」と、判事は彼に説明を求めた。
「本当の狙いは、危険性を示す事にあり、墜落させる必要は、全くありませんでした」
「そうだ。落とす必要はなかった筈だ!」
 今度は、傍聴席からの怒りに満ちた声だった。これも、判事が制した。
「私の計算では、小惑星が大気圏の最上部を掠めるだけの筈でした。……いいえ、言い訳はしますまい。結果的には、私が軌道計算を誤り、計画より深く大気圏に入りました。そのため、大気の抵抗を受けて速度が鈍り、そのまま地上に落下してしまいました」
 真摯な態度で話し続けた。
「私は、数億の人々を殺しました。小惑星墜落の危険性を唱えていた私が、その軌道計算に細工しようと思った時点で、犯罪でした。しかも、逸脱させる軌道も、危険性を強調しようと、低軌道、それも大気圏を掠めるような危険極まりない軌道を選択した事自体、私自身の軌道計算能力に奢りがあったのは、間違いありません。ほんの僅かな計算間違いも許されない危険な軌道でした。これを、もし、地球引力圏を遠く脱出する軌道を選択していれば、このような最悪の結果を免れる事になったでしょう」
 後悔とそれに続く苦悩が、彼の顔を実年齢よりも多く老けさせていた。
「ちょっと、疑問点があるので、確認させて下さい。あなたは、軌道計算にタッチしていましたね」
 弁護士の顔が、この時、検事の顔になったような気がした。
「いいえ。私は、低軌道への小惑星の導入には、反対の立場を貫いていました。そのため、軌道計算のプロジェクトからは、私の意志で外れました」
「そうなると、軌道計算に不審な点があれば、真っ先にあなたが疑われますね」
 彼は、少し考えてから答えた。否定しようか、肯定しようか、迷っているような様子だった。
「そうなります」
「おかしいですね。あなたが軌道計算に手を入れている事が公になれば、小惑星の軌道逸脱は、単に犯罪となるだけで、警鐘とはならないではありませんか」
 飛び込みの証人に対しても、弁護士は鋭く切り込んだ。
「いいえ、犯罪であっても、地球への墜落の可能性が公になれば良いと考えていました」
「証人。あなたの息子さんは、被告人席に居ますが、恐らく、この法廷内にいる誰よりも正義感の強い大人です。こんな弁護のし甲斐のある被告人は、私の弁護士生活の中で初めてです。私は、この裁判で完全無罪を勝ち取り、彼の経歴に傷を付けないようにしたいと考えています。そして、将来は、私と同じ職業を選択してもらいたいと、真剣に考えています。彼の正義感は、法廷で発揮されるべきだと、私は真剣にそう思っているのです。あなたは、その息子さんに恥ずかしくない証言をして下さい」
 大地の父は、逡巡した。間も無く、意を決した表情で、話し始めた。
「隼人君。君の事を話さなければならないが、それが、君にとっても良い事だと思うので、決断した。しっかり聞いて欲しい」
 彼は、隼人を振り返って、そう言った。そして、判事に向き直り、隼人が驚く内容を話し始めた。
「征矢野さんが決して私を追求しないだろうと、私は確信を持っていました。それは、息子さんの隼人君が、宇宙移民事業団の管制センターのコンピュータを、無断使用している事実を知っていたからです」
 隼人は、蒼ざめた。
 知られていたのだ。
「ここで、お断りしておきますが、不法侵入ではありません。官舎のネットワークを通じて、彼自身に与えられた正規のIDで管制センターのコンピュータに繋いでいたので、不法侵入には当たりません。
 しかし、無断使用である事は確かでした。彼の無断使用に気付いたのは、全くの偶然でした。彼は、自分のパソコンでは処理しきれない大量の情報を、管制センターのコンピュータで処理し、それを再び自分のパソコンに戻す事を繰り返していました。その際の優先度は、最下位に設定してあったので、管制センターに悪影響を及ぼすほどではありませんでしたし、彼は、夜間しか使用していなかったので、無断使用には気付き難い条件が揃っていました。逆に言えば、管制センターの業務に支障が出る可能性はありませんでした」
 隼人は、俯いた。
 完全に、知られていたのだ。
「私は、ある日の夜、終夜処理である種のシミュレーションを試みたのですが、その際に、メモリの使用量が極端に大きい事に気付きました。私のシミュレーションは、彼のメモリの待避時間分だけ、予定より処理が遅れていきました。だから、気付いたのです。興味を惹かれ、詳細に調べていきました。その結果、隼人君が、宇宙大規模構造のシミュレーションを行っている事に気付きました。正直言って、驚きました。とても、中学生のプログラミングだとは思えない、優れたものだったのです」
 誉めてもらっているのだろうか。
 恥ずかしくて、顔が上げられなかった。
「私は、内密に征矢野さんに事の次第を伝え、もうしばらく様子を見るように進言しました。征矢野さんも、頃合いを見計らってきつく叱る事で、納得してくれました。後日、小惑星の軌道逸脱を考えた際に、これを利用しようと考えたのです。小惑星の軌道修正を行う際に、隼人君のプログラムの優先度を最高レベルに上げ、管制センターの機能を一時的に麻痺させようと考えたのです。そして、同時に、軌道修正プログラムに細工し、小惑星の軌道を逸脱させたのです」
「征矢野さんは、管制センターの麻痺が、息子さんの仕業だと考えたと思いますか?」
「思います。征矢野さんへの進言は、お話しした細工への伏線ではなく、あくまでも隼人君の処理の結果を見てみたいと考えたからですし、だからこそ、征矢野さんは隼人君の仕業だと考えるだろうと、確信していました。結果として、小惑星の墜落を防ぐ手立てが遅れる事にもなり、大惨事に繋がりました。
 もし、私の軌道計算に誤りがなく、思い描いた通りに小惑星が地球の大気圏を掠めていた場合、征矢野さんは、隼人君の将来を考え、一言も言えなかったのではないかと思います。それを思うと、心が痛みます」
 弁護士は、自身の質問に予想以上の結果が得られ、満足そうに頷いた。
「私の犯した罪は、断罪されるべき重罪です。私は、実の母を殺し、隼人君の両親を殺し、隼人君や宙美に暴行を振るった少年達の親族を殺し、数億の人々を殺しました。今回の事件の総ては、私個人にあり、隼人君達に暴行を働いた少年も、大地にも、誰にも、罪はないのです。総てを狂わせたのは、私の独り善がりの主張と奢りなのです。私が言いたい事は、これで総てです」
 判事の溜息が聞こえた。
「分かりました。証人は、席に戻って下さい。後で、出頭を求められる事になるでしょう。それまで、その席で待ちなさい。警察には、あなたが自首である事を説明します。
 あなたの裁判でも、今のように正直に答弁するのですよ。残される者が恥ずかしくないよう、今のような答弁をする事を私は進言します」
 法廷は、重く沈んだ空気で満たされていた。肉親や親族を殺された怒りさえ、重い空気の中で沈んでいった。
 法廷の時計は、開廷以後、最も静かな時を刻んでいた。
 宙美が、隼人に何と声を掛けようか迷っているのが、隼人にも分かった。そして、大地が、目で隼人に謝罪しているのが見えた。
(君と、君のお父さんは、独立した人間なんだよ)
 近くに居たなら、そう言ってあげられたのに、大地は、被告人席という遠い所に居た。
 隼人は、もどかしかった。
「神戸さん、攻守が入れ替わったね。これからは、僕が神戸さんや大地君を励ます番だ」
 隼人は、そう言って、宙美の心の乱れを落ち着かせてやろうとした。
「ありがとう、隼人君」
 宙美が、隼人の手を握った。隼人は、その手をしっかりと握り返した。

       < 次章へ >              < 目次へ >

  軌道計算の鬼

  - 1 -

 隼人のコンピュータの無断使用に対して、御咎めはなかった。事業団内部の問題であり、使用の事実を知った上で黙認していたので、今更、問題にはし難い事情もあったのだろうが、大地の父が弁明してくれた事が大きかったと、隼人は思っている。
 隼人は、公開審判の翌日から、宙美を伴って登校するようになった。
 通学路は、不穏な空気が流れていたが、隼人が胸を張って歩くと、人々は道を開けた。級友も、気まずそうに挨拶をし、腫れ物にでも触るように、二人を扱った。また、大地の事を話題にする事を避け、それが、何時の間にか、クラスの暗黙の了解となった。
 大地の裁判も、間も無く結審した。
 もちろん、無罪だった。少年審判なので、判決が出る訳ではないが、大地には、いかなる処分も課せられなかった。
 直ちに釈放され、少年鑑別所から出てきた大地は、しかし、表情が暗かった。
 理由は、言わずと知れた父の事である。
 隼人は、大地を元気付けようと、明るく振る舞った。だが、大地は学校にも行こうとしなかった。隼人は、彼が弁護士となるためには勉強が欠かせないと、毎日、ノートやパソコンを彼に見せたが、力の無い笑いを返してくるだけだった。
 隼人は、一生懸命、柄にも無く明るく振る舞い、大地の心を開かせようと頑張った。時には失敗をして見せ、時にはおちょけて見せた。でも、大地の暗い表情は、変わる事はなかった。
 むきになって、馬鹿な事をやって見せようとする隼人に、宙美は「やめなさい。本当に馬鹿になるわよ」と言った。
 大地の父、梅原翔貴は、拘置所に居た。罪状は、殺人。業務上重過失致死ではなかった。検察は、未必の殺意があったと認定したのだ。刑法には、殺人は三年以上、最高で無期又は死刑になると記されている。報道を真に受けるとしたら、自首と反省を考慮したとしても、数億人を死に至らしめた結果を考えると、極刑に値するとの事だ。
 隼人は、優しくしてくれた大地の父がそんな罪を犯したとは、俄かに信じ難かったが、もし事実なら、死刑になるのもやむを得ないと思うのだった。
「隼人君」
 ぼうっと考え事をしていた隼人は、飛び上がるように振り返った。
 宙美だった。
「伯父様が犯人だと思っていないでしょうね」
「あ、いや、そんな事はないよ」
「ウソ! 顔に書いてあるわよ。人間、裏では何をやってるか、分からないって」
 彼女に指摘され、思わず顔に手が行った。
「大地君は、あなたのお父様が送検された時、なんて言ったか覚えてる?」
(確か、あの時、大地君は……)
「そんな筈はないって、大地君は言ったのよ。あの状況で、そう言ったのよ。誰が見たって、お父様は、業務上の最高責任者で、その責任を免れない状況にあったのよ。それでも、大地君は、そんな筈はないって……」
 そうだった。
 誰が見たって、父の責任は明らかだった。なのに、大地は、「そんな筈はない」と言った。もしかしたら……
「大地君は、この事を知ってたんじゃ……」
 そう考えると、大地が必死に庇ってくれた事も、説明が付くような気がした。
 ピシッ!
 左の頬に、鋭い痛みを感じた。
「隼人君、サイテイ!」
 顔を上げると、顔を真っ赤にした宙美が、涙さえ浮かべて、隼人を睨んでいた。
「そんな人だったとは、私、知らなかった!」
 彼女は、くるっと身を翻すと、居間から走って出ていった。
「勝手にしろ!」
 隼人は、手近にあったクッションを床に叩き付けた。
 ソファにふんぞり返ると、二、三回深呼吸して、気持ちを落ち着かせようと努力した。
 遠くで、扉が、勢い良く閉まる音がした。宙美が、飛び出していったのだろう。
 そんなに怒らなくてもと、隼人は、ヒステリックになっている宙美の顔を思い浮かべた。
「隼人君、宙美は?」
 大地だった。
 隼人は、気まずい心持ちを押さえて振り返った。
「今、出ていったよ」
「一人でか?」
 隼人は、頷くより早く立ち上がった。
「まずい!」
 大地は、隼人の前を、玄関に走った。二人は、靴を爪先で引っかけただけで、家を飛び出し、地下通路に出た。
 途端に、大地に向けて、生卵が飛んできた。一個は、外れて扉に当たって中身が張り付いた。二個目は器用に手でキャッチしたが、三個目が大地の体に当たった。ただ、服でショックを吸収したのか、地面に落ちて割れた。
 隼人は、呆然としていたが、大地は動じない。地下通路の向こうの影から、こちらの様子を見ている連中には目もくれず、宙美の行く先を探した。
「大地君?!」
 宙美の声が、後ろから聞こえた。
 隼人も、大地も、振り返った。彼女は、玄関脇の壁を背にして佇んでいた。
「なぁに? 拍子抜けした顔して」
 二人は、宙美に言われて、お互いの顔を見合わせた。確かに、拍子抜けした顔をしていると、隼人は大地の顔を見て吹き出した。
「なんだよ?」
 大地は、隼人に笑われた事が、ちょっと不満らしい。だが、最近、見せたことがない穏やかな表情を見せていた。この事件で、大地の心が開かれる切っ掛けになればと、隼人は思った。
 ひゅっと風を切る音がして、卵が隼人の側頭部に当たって割れた。隼人は、べっとりと張り付いた黄身を気にせず、宙美に駆け寄った。そして、彼女に覆い被さるようにして、彼女の楯になった。
 振り返ると、大地は、二、三個の卵を手で叩き落とした後、犯人に向かって突進した。犯人は、残った卵を適当に投げて、地下通路の向こうへと逃げ出した。逃げ際に、犯人が盲滅法に投げた卵の一つが、隼人達の方に飛んできた。隼人は、宙美の前に立ったまま、反射的に首を竦めた。
 バシャッ!
 卵が当たった。
 確かに当たった音がした。でも、感触は無かった。
「ありがとう」
 宙美の声には、刺があった。
 恐る恐る顔を上げると、額から黄身を滴らせている宙美が居た。ただでさえ小柄な隼人が首を竦めたものだから、隼人の頭上を通過した生卵は、見事、彼女の額に命中したのだ。こんなところを大地に見られたら、何と言われるか。急いで、彼女を家に入れて、シャワーを浴びさせようと思った。
「逃げられたよ」
 深追いをしなかったらしく、大地は、もう戻ってきた。大地に声を掛けられ、隼人は慌てて振り返った。宙美を後ろに隠そうとしたが、背の高い大地には、呆気なく見付かってしまった。
「あれ、隼人君が楯になってたんじゃなかったのかい? 僕は、そう思ったから、犯人を追っかけたのに」
「ええ、楯になってくれたわ。とっても役に立ったわ」
 彼女は、膨れっ面をしている。本当に怒っているらしい。隼人は、立場が無かった。
「ははは、楯のサイズが合わなかったんだね。兎に角、二人ともシャワーを浴びておいでよ」
 大地は、白い歯を見せて笑った。声を上げて笑った。
(大地君が、笑った?!)
 隼人は、嬉しくなった。宙美も、同じ気持ちらしく、ほっとしたような笑顔を見せていた。

       < 次章へ >              < 目次へ >

  - 2 -

 隼人がシャワーを浴びて、居間に戻った時、大地は暗い顔に戻っていた。やはり、父親の事が心配なのだろう。責任感の強い彼の事だから、父親の責任まで背負い込もうとしている事は明らかだった。
(おじさんの無実を晴らすしかない)
 そうしたいのだが、どうすればいいのか、隼人にはさっぱりわからなかった。
 無実だとすると、誰かを庇っているとしか考えられない。大地の父が庇う人物。それは、大地しか考えられない。だけど、庇わなければならないような事を、あの大地がするだろうか。
 でも、聞くだけ聞いてみよう。
 隼人は、大地の隣に腰掛けた。
「大地君。おじさん、きっと無実だよ」
 大地は、力の無い笑顔を見せた。こんなところは、流石の大地も、大人ほど平気な顔を演じて見せられないんだと、大地の弱さを垣間見た。
「色々考えたんだけど、もしかしたら、大地君の事を庇ってるんじゃないかと思うんだけど、何か心当たりは無い?」
 大地は、しっかりとした目で、隼人を見返した。
「心当たりはないよ。庇ってるとしたら、隼人君かもしれないよ」
 それは、全く考えていなかった。確かに、隼人には負い目があった。管制センターのコンピュータの無断使用が、結果を悪くする方向に働いたのは、事実だった。大地の父が、故意に優先度を上げて管制センターを麻痺させたと言ったのも、隼人の責任を回避するための方便だったのかもしれない。
「でも、隼人君を庇うなら、あの場で暴露しなくてもいい筈だ。証拠を隠滅し、特に、誰も知らなかった君のパソコンの中身を書き換えて、準備を整えてから自首すれば良かったんだしね」
「うん」
 隼人は、頷くしかなかった。
「大地君の思考を追っかけてたら駄目よ」
 何時の間にか、宙美は、二人の前に立っていた。彼女は、隼人の横に座った。湯上がりのいい匂いがした。
「隼人君は、天才なんだから、凡人の大地君の考えてる事を追っかけてたら、才能を腐らせてるようなものよ」
 誉めてもらっているのか、皮肉を言われてるのか、隼人には判断が付かず、中途半端な「うん」を言うのが精一杯だった。
 大地も、宙美も、頭の回転が早い。天才と言うなら、二人の方が相応しい。
(そう。僕は天才どころか、落ちこぼれだ)
 成績も、自慢できるのは数学くらいのものだ。それも、クラスで一番というほどでもない。授業を一緒に受けてるから分かる。大地も、宙美も、凄くできる。たぶん、二人がクラスで一番と二番だろう。二人とも、勉強だけでなく、スポーツもできる。誰もが認める優等生だ。
 隼人は、二人が羨ましかった。
「でも、大地君。さっき、犯人を追っかけてった時、逃げ切られて良かったね」
「え、どうして?」とは、宙美。
「だって、もし、犯人に追いついてやっつけちゃったら、前みたいに上手く弁解できなくなっちゃうだろ」
「そうね。大地君、この前は、鬼みたいになってものね」
 大地君が鬼になるのは、宙美が危機に瀕した時だけさと、隼人は、苦笑いした。
(鬼?! どこかで聞いたようなフレーズ!)
 隼人は、一気に自分の世界に入り込んだ。二人の姿が、二人の会話が、ふうっと遠ざかっていく。
「僕が、本気で追っかけたと思ってたのかい?」
「やっぱり」と宙美。
「当たり前だよ。だって、捕まえちゃったら、どうしたらいいと思う。ぶん殴らなきゃいけない雰囲気になっちゃうだろ。だから、追っ払うだけで良かったんだ」
「だと思ったわ。だって、大地君が本気で追っかけたら、絶対追いついちゃうと思ったもの」
 二人は、隼人を真ん中に挟んで、にこやかに話している。隼人は、二人に挟まれた中で、二人の会話を素通りさせながら、記憶の糸を辿っていた。
 鬼、おに、オニ、ONI。
(鬼の何とか? 何とかの鬼? 何の鬼だったけ)
 隼人は、もどかしく記憶を辿っていた。そして、思い出した。
(そうか。そうだったんだ! でも、誰だ?)
「隼人君? どうかしたの?」
 隼人は、ふっと我に返った。そして、目の前で顔を覗き込む宙美の顔のアップを発見して、仰け反った。
「なに、びっくりしてんの。失礼しちゃうわ」
 また、彼女が膨れっ面をした。
 隼人は、彼女の機嫌を損ねたと、あわてて「ごめんよ」と言った。
「それより、何か思い出したみたいだね」
 大地の鋭さには、毎回、感心する。
 隼人は、肯いた。
「大地君のお父さんは、軌道計算の鬼って呼ばれてたよね。僕、ずっと前に、お父さんがそう言ってたのを思い出したんだ」
「伯父様は、そう呼ばれてたみたいね。私も、聞いた事があるわ」
 隼人は、宙美の顔を見て相槌を打った
「そんなおじさんがさ、軌道計算を間違うと思うかい」
「でも、小惑星は、落っこちたんだよ」
「だから、誰かが、おじさんの計画を知って、それを悪用したんだよ。おじさんの軌道計算は、間違ってなかったんだよ」
 自分でも、こじ付けのように思えた。
「有り得ないよ」
「どうして?」
 自分でも、説得力が無いと思っていたが、否定されると反発したくなる。
「だって、小惑星を落っことす目的というか、動機が無いじゃない。何のために小惑星を落とし、どんな得をする人が居るって言うんだい?」
 隼人は、即答できなかった。
「動機が無い犯罪なんか、考えられないよ。準備が大変な犯罪だから、はっきりした目的がないと説明できないんだ」
「動機は、たぶん、おじさんの失脚だよ。おじさんが邪魔だったから、地球を掠める筈の軌道を変えたんだよ」
「それはないよ。警察庁は、隼人君のお父さんを業務上過失致死傷で書類送検していたんだ。お父さんが公開審判で証言するまで、警察庁でさえ真相に気付きもしなかったんだ。僕が公開審判を選択してなかったら、お父さんは発言する場さえなかったんだよ。第一、僕が障害事件の加害者になるなんて、どうして予測できる?」
 隼人は、唸った。
 殺した人間の数が、半端じゃない。しかも、地球からの援助が無くなるので、下手をすると、コロニーに居ても命が危ない。面白半分で犯す犯罪とは違う。準備も、技術も、必要だ。相当に強い動機が無ければ、こんな事をする筈がない。でなければ、狂気を秘めた天才の仕業かだ。
「それに、他にも問題が色々ある。一つ目は、自分の家族や親族を巻き込む危険があった事。二つ目は、父が細工した軌道計算を、更に細工するには、相当な技術を持っていなければならない事。三つ目には、父の計画を詳細に知っていなければならない事。もっと考えれば、他にも問題が一杯出てきそうな気がする。その辺りから考えても、親父の計算間違いが、小惑星墜落の事実を一番上手く説明できるんだ」
 大地の言う事は、一々もっともだった。
「でも、どこか変だと思わないかい」
 隼人は、喉に刺さった魚の小骨のように、すっきりとしなかった。何かを見落としているような、もどかしさを感じていた。それは、宙美も同じらしい。
「そうね。私も、しっくり来ないわ。何か、上手く言えないけど、しっくり来ないのよ」
「幸せだよ」
 大地は、ぽつりと言った。
「隼人君が、この言葉を口にしたのは、転校二日目の小会議室だったね。僕は、今、隼人君がこの言葉を言った気持ちが、凄く良く分かるんだ」
 大地の感謝の気持ちが、隼人にも分かった。
「ありがとう。二人に、希望を貰ったよ。明日から、思い切って登校してみるよ」
 道の一つが、三人の前に開かれた気がした。でも……
「そんなんじゃないんだ。僕は、ほとんど確信してるんだ。おじさんは、無実だ。絶対に黒幕が居る。それを見つけ出さなきゃ、おじさんは冤罪になってしまう」
「いいんだよ。仮に、親父が小惑星墜落に関して無実だとしても、業務妨害の罪は残るよ。それに、真相究明は、警察の仕事だ。僕達が動くと、警察に迷惑を掛ける場合もあるし、第一、危険だ。おまけに、真犯人がいるなら、そいつは数億人を殺した奴だぞ。あと一人や二人を鬼籍に追加するくらい、何とも思わないよ」
 背筋が寒くなった。
 言われてみれば、確かにそうだ。
「大丈夫よ。隼人君は、楯にもならないくらいに的が小さいから、犯人にもどこに居るのか、見えないわ」
 宙美は、しれっとして、そんな事を言った。余程、さっきの卵の件が頭に来てるんだろう。言葉に、刺を感じる。
「じゃあ、こうしよう。僕は、軌道計算をし直してみる。もちろん、僕の実力じゃ、おじさんと同じ事ができないけど、どれくらいの推力を与えたら同じ結果になるか、確かめてみるよ。これなら、危険はないし、ここに居てもできる」
「君のパソコンは、押収されたんじゃなかったっけ」
「大丈夫だよ。軌道計算だけだったら、どのパソコンでも、大して変わらないよ」
 大地は、天を仰いだ。
「しかたがない。パソコンは、僕のを使っていいよ」
「パソコンは、押収された日から、おばさんが貸してくれてるから、全然平気だよ」
「それなら、いいんだ。でも、外に出て捜査しようなんて考えない事。いいね」
「大地君て、まるで隼人君の保護者みたいね」
「友達を心配しちゃ、いけないかい?」
「僕は、気にしてないよ。大地君の言う事は、いつでも正しいもん」
「聞き分けのいい息子ね。じゃあ、お母さんからも言わせてもらおっかな」
 宙美まで、隼人の母親気分だ。
「お外で遊ぶ時は、お父さんか、お母さんに言ってから出掛けるのよ。いいこと」
「はい、おかあさん」
 隼人は、明るく返した。

       < 次章へ >              < 目次へ >

  - 3 -

 隼人は、自室でパソコンに向かった。
 インターネットから、墜落した小惑星の軌道を取り込んだ。それには、予定の軌道と、実際の軌道の両方が入っていた。
「うわぁ、大胆!」
 隼人が一目見て思った感想は、この一言に凝縮されていた。
 小惑星は、軌道ステーション飛鳥のリプレースの材料を得る目的で、地球軌道に投入する計画だった。
 飛鳥は、欧米の軌道ステーションに比べると、手狭で、現行のスペースプレーンの乗客数の二倍の収容力しかなかった。しかも、欧米の軌道ステーションがリプレースされて、機能的にも、容量的にも、刷新されたのと比較すると、老朽化が目立ち、機能的にも見劣りした。
 そこで、小惑星を飛鳥と同じ高度に投入し、内部を刳り貫いて、軌道ステーションの機能と、無重力工場、太陽光発電所、天文台などの多機能を盛り込んだ世界最大の多目的軌道ステーションにする計画が持ち上がった。
 その資源となるべく白羽の矢が当たった小惑星は、火星軌道と木星軌道との間にあった。これを一回目の噴射で軌道を変え、火星の引力を利用して地球軌道に向かわせる。地球に近付いた小惑星は、月の引力を利用して減速し、地球軌道の内側に入る。一年後、再び地球に近付いた小惑星は、一気に地球の周回軌道に向かう。この時、二度目の噴射を行って減速し、目的の軌道に投入する。
 そう、一気に地球周回軌道に、それも低軌道に、投入しようとしていた。一旦、高軌道に投入し、その後で低軌道に移すのではなく、一気に低軌道に持ってくる予定だった。
「これじゃ、失敗すれば、一巻の終わりだ」
 事実、そうなってしまった。大地の父が反対する理由も、良く分かる。軌道修正に失敗した際の事を考慮すると、選択すべきではない事が分かる。
 なぜ、こんな無茶な軌道を利用しようとしたのだろう。
 その理由は、直ぐに分かった。軌道修正時に使う噴射剤の量だ。
 噴射剤には、有用な資源を採取した後の残りを使用していた。これをマスドライバーで加速し、その反動で軌道修正をするのだが、マスドライバーでの加速には、限界がある。だから、大きな推力を得るには、大量の噴射剤が必要になる。だから、使用する噴射剤の量を抑える事は、プロジェクトの正否にも関わってくる重大事だった。
 そういった諸条件をクリアするために考案された今回の軌道は、実に巧妙なものだった。そして、その軌道の発案者が、意外にも梅原翔貴氏、つまり大地の父だった。彼は、自分で発案し、自分で反対していたことになる。でも、その理由も、分からないでもなかった。
 発案されたのは、実に二十二年も前の事だった。隼人も、大地も、宙美も、産まれていなかった。翔貴氏自身、まだ二十代だった。恐らく、この二十年余りの間に、考えが変わったのだろう。
 問題の軌道は、地球と月の引力を利用し、巧妙に減速と軌道修正を行っていた。噴射に必要な資源量は、小惑星の全質量の十五パーセントにも満たなかった。文句無しの省エネルギー軌道変更だった。
 隼人は、この軌道の検証作業に入った。
 まずは、正常な軌道の検証に入った。
 この計算では、太陽、地球、月に加え、木星の引力も計算に入れた。ただ、他の惑星の引力は、影響が少ないので、計算を容易にするために割愛した。
 必要な推力をみる概略の軌道計算だけでも、想像以上に大変だった。それに、宙美の母が貸してくれたパソコンは、軌道計算のツールが全く入っていなかった。宇宙移民事業団の公式サイトから、必要な軌道計算ツールを入手しようとしたが、一連の事件に伴い、閉鎖したままだった。
 大地の前では、大見得を切ったが、正直、自分のパソコンが無い事が、少々荷を重くする事になった。
 しばらく、ネット上をさまよって、他のサイトからいくつかのツールを入手することに成功した。これで、計算ができると思ったが、使い慣れないツールは、コツを飲み込むまで、時間を要した。
 コンコン
 部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」
 ちょうど、集中力が切れ掛かっていた時だったので、一息いれるには好都合だった。
 入ってきたのは、宙美だった。そして、後ろから、大地も続いた。コーヒーの芳香が、緊張をほぐしていった。
「はい、コーヒーをどうぞ」
 宙美は、一つだけのカップを、机の角に置いた。そして、大地の方に振り返ると、一言言った。
「ほらね。隼人君は、私の声しか聞こえないのよ」
 取りようによっては、意味深長な言葉だった。カップに伸ばし掛けていた手が、思わず止まった。
「おい、隼人君。僕の声が聞こえないのかい?」
「え、どうして?」
 意味が分からず、思わず聞き返した。
「一時間くらい前に、僕もノックしたんだけど、返事が無かったんだ。それで、部屋の外から声を掛けたんだけど、やっぱり返事が無かったんだ」
「うそ」
 ノックにも、大地の声にも、覚えが無かった。
「ほら、私じゃなきゃ駄目なのよ」
 宙美は、追い討ちを掛けた。
 それで、はたと思い当たり、時計を見た。
 部屋に篭って、三時間が過ぎていた。もうすぐ、夕飯の時間だった。
「こんな時間になってたんだ」
 集中すると、こんな事はよくある。一時間くらいのつもりが、二時間、三時間と過ぎていた事は、隼人にとって珍しい事ではない。ただ、学校の勉強で、ここまで集中した事は、今もって一度もなかった。
「呆れた。時間も分からないくらい、必死に計算してたの。それくらい、学校の勉強もすればいいのに」
 宙美は、まるで母親のような口振りだ。
「でも、流石に、天才征矢野勝史の息子だ。呆れるほどの集中力だ。で、どうだい。計算はできたかい?」
 隼人は、俯き加減に首を振った。
「ふう。呆れるほどの凡才ぶりだわ」
 宙美の毒舌は、毒を増したようだ。やっぱり、どこかでちゃんと謝ろう。隼人は、そう思ったが、謝るチャンスは中々見付かりそうになかった。
「それで、やめちゃうの?」
「いや、最後までやるよ」
「そう、その粋よ。凡才は、そうでなくっちゃ」
 励まされてるのか、馬鹿にされているのか、彼女の心は、さっぱり読めない。
「食事の時は、ノックしても、声を掛けても駄目だったら、テーブルまで担いで行ってあげるから、目一杯集中していいよ」
「そうよ。それでも集中してたら、私が代わりに御飯を食べてあげるね」
 彼女の毒舌は、全開ばりばりのようだ。
 二人は、「バイバイ」と言って、仲良く部屋を出ていった。
 部屋には、彼女のいい匂いが残った。隼人の頭の中には、彼女の笑顔が浮かんでは消えた。何とか振り払って集中しようとしたが、頭の片隅にこびり付いて離れなかった。
 隼人は、一気にコーヒーを飲み干した。空き腹には、ちょっと重かったが、嬉しい苦さだった。
 結局、一時間後、大地に肩を叩かれた。
 夕食だった。

       < 次章へ >              < 目次へ >

  - 4 -

 夕食後も、計算を続けた。
 ツールを組み立て終わり、荒い計算をさせてみたところ、当初の計画案の軌道に近い値が出た。これは、大いに自信になった。隼人は、計算に必要な時間を概算で求め、精密な計算を始めた。
 また、部屋をノックする音が聞こえた。
 たぶん、大地か、宙美が、御風呂に入るように言ってきたのだろう。
「どうぞ」とノックに答えた。
 入ってきたのは、宙美だった。彼女は、湯上がりのいい匂いをさせていた。風呂上がりの上気した顔は、仄かな色気を感じさせた。
「御風呂に入ったら。いい御湯加減よ」
 自分の気持ちを悟られまいと、わざとつっけんどんに言った。
「今日は、シャワーだけでいいよ」
 この家は、各部屋にシャワールームがあったが、湯船は一階の浴室にしかなかった。閉鎖空間であるスペースコロニーでは、水は貴重品だ。通常の生活では、全く不足はないが、湯船を二つ作るような贅沢はできない。
「湯船で手足を伸ばすと、リラックスできて、いい案が浮かぶわよ」
 昼間の刺のある言い方は消え失せ、声に優しい響きがあった。
「そうだね。でも、もう少しの間は、やっつけ仕事なんだ。もう少ししたら、下に降りるよ。だから、おばさんや大地君に入ってもらってて」 
「その方がいいんだったら。じゃあ、お母さんに先に入ってもらうわ」
 彼女は、部屋を出た。そして、扉を閉める直前に。
「今日は、ありがとう。とっても嬉しかった」
 隼人は、慌てて謝ろうと「僕の方こそ……」と言い掛けたが、扉は既に閉まっていた。
 残った言葉を飲み込んだ隼人は、面映ゆい気持ちになった。
(怒っていなかったんだ)
 ほっとする気持ちと、彼女を守り切れなかった歯痒さが、相半ばした。
 当初計画の軌道の計算は、ほんの数秒で終わった。
 次は、ちょっと面倒だった。実際の小惑星が描いた軌道を計算するのだが、どのタイミングで、どの程度の推力を与えたのか、色々な仮定をした上で、計算する必要があった。
 隼人は、連続的に条件を変えて計算するプログラムを組み、実際の軌道に最も近付く軌道修正方法を探した。予想では、計算結果を得るまでに数千通りの計算をしなければならない。少なくとも、一時間は掛かるだろう。
 この空き時間を利用して、御風呂を頂く事にした。
 風呂上がりに、何か飲もうと食堂へ行くと、宙美だけが居た。
「牛乳でも、飲む?」
「う、うん」
 彼女は、隣の台所に消えたが、直ぐに、コップに入れた牛乳を持ってきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 彼女は、自分のコップを持つと、「乾杯しよっか」と言った。
「何に乾杯するんだい?」
 彼女は、頬杖をついて、考えた。
「そうね。大地君が学校に行くと言った事に」
「うん。乾杯」
「カンパーイ」
 彼女は、コップを傾け、隼人のコップにカチンと当てた。
 静かな食堂に、乾杯の音が、さわやかに響いた。
「おばさんは、寝たの?」
「うん。明日の朝、伯父様に着替えとかを持って行くんだって」
「ふうん。それで、会えるのかな?」
「この前は会えなかったらしいけど、明日は、会えるみたいよ。検察に送検されたから」
 送検されたという事は、一通りの取り調べが終わったのだろう。
「おじさんに会ってみたい気もするな」
「会ってどうするの?」
 返事に窮した。
「会って、何か聞きたいの?」
「まだ、そこまではいってないよ。もう少し調べてみたら、何か、聞かなきゃならない事も出てきそうな気がするけど」
「そうね。でも、聞きに行くんだったら、一回で終わらせた方がいいわ。何回も聞きに行ったら、拘置所だっていい顔しないと思うの」
 そんな事は、考えていなかったが、宙美の言う通りかもしれない。
「でもね、私、何かすっきりしないの。何か分からないけど、忘れてるような気がして」
「実は、僕もそうなんだ。何か、忘れてるんだよ。僕も、宙美ちゃんも知ってる事を」
 宙美は、はっとして、今度は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「隼人君。今日は、神戸さんて呼ばないのね」
 指摘されて、初めて「宙美ちゃん」と呼んだ事に気付いた。隼人は、頬が赤らむの感じた。
「いいの。宙美ちゃんて呼ばれる方が、私、好きなの。でもね、呼び捨ては、まだ駄目よ」
(まだ……駄目?!)
 意味深長。
 今日の彼女は、どこか変だと、隼人は思った。
 取りようによっては、全然意味が変わってしまう。隼人は、自分の変化を棚に上げて、宙美の変化を見詰めた。
「隼人君。軌道計算は、終わった?」
「いや、まだ、当初計画の軌道しか、検証できていないんだ。今は、実際の事故の軌道を計算してるけど、どこでどれだけの加速度を与えたか、事業団のコンピュータにアクセスできないから、記録を取り寄せられないだよ。だから、色々やってみて、加速の与え方を探し当てようと思うんだ」
「事業団のコンピュータに侵入しようとしたの?」
「まさか。公式サイトだよ。だけど、公式サイトも、今は閉鎖されてんだ。普通だったら、軌道データも公開されてるんだけど。通過点のデータだけは、新聞社のサイトから取り込めたんだけど」
 隼人は、パソコンに計算させている事を、宙美に説明した。
 事業団のコンピュータが使えれば、簡単に答が出るし、それ以前に、軌道データや経過の記録が残っている筈だ。それが、使えない。使わない訳にはいかない。
「隼人君て、凄いのね。軌道計算の鬼が編み出した軌道を割り出せるんだから」
「違うよ。僕がやってるのは、軌道を計算しているだけで、実際の軌道修正は、こんなに簡単じゃないんだ」
 隼人は、牛乳を飲み干した。
「小惑星の軌道修正は、小惑星上のマスドライバーで、小惑星の岩石を加速する時の反力で加速させるんだよ。でもね、マスドライバーは、装置が大きいから、岩石を打ち出せる角度は、ほとんど変えられないし、地面とほとんど平行にしか打ち出せないんだ。だからね、連続して打ち出すと、回転し始めるんだ。回転が早くなると、マスドライバーが使えなくなるから、回転は無視できない。だから、時々、反対方向にも打ち出したいけど、できない。じゃあ、どうすればいいと思う?」
 今日は、随分、彼女に苛められたので、ここで、ちょっとばかり苛めかえそうと、解けそうも無い問題を出した。
「うーん。わかんない」
 彼女は、あっさりと降参した。
「答えは、打ち出し方向を重心からずらすんだよ」
 隼人は、びっくりして振り返った。直ぐ後ろには、大地が居た。
「合ってたかな?」
 大地は、悪戯っぽい笑みを見せた。
 軌道計算の鬼が産んだ子供は、飛び切り正義感の強い軌道計算の神様かもしれない。
「うん、大正解。重心からずらして打ち出すと、回転の軸がずれるから、回転していく内に向きが変わるんだ。ちょうど反対になったところで、回転を止める方向に打ち出せば、回転が止まるし、回転力の分だけ推力も大きくなるんだ。だけど、いびつな形の小惑星で、正確に重心を決める事は、凄く難しいって事、直感的に分かるよね」
 宙美は、頷いた。
「僕は、マスドライバーが重心を背に、真っ直ぐ打てると仮定してるんだ。軌道だけを計算するなら、これでも正確に計算できるんだけど、小惑星墜落の原因解明には、程遠い事も確かなんだ」
「それじゃ、意味無いって事なの?」
 隼人は、渋々認めた。
「そうでもないんじゃないかな」
「どういう事なの? 大地君」
「つまりね、犯人が、どこでどれだけ軌道修正を掛けたかが分かれば、捜査の手掛かりになるかもしれないよ」
「そうね。そうなるといいわね。でも、大地君も無理しないでね。隼人君もそうよ」
 隼人は、大地を見やった。彼なら、守るべき者のためなら、どんな危険も顧ないだろう。それは、既に証明されてもいる。彼女は、それを心配しているのだろう。
「僕は、部屋に戻るよ。そろそろ、結果が出てる頃だろうから」
「明日、学校がある事を忘れるなよ」
「ああ、分かってるよ。結果が出れば、最後の軌道計算を仕掛けて寝るだけさ」
「おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
 三人は、それぞれに自室に下がった。

       < 次章へ >              < 目次へ >

  - 5 -

 墜落した軌道は、計算結果が出ていた。実際の軌道との誤差は、ほとんどなかった。
 最後は、大地の父がやろうとした地球を掠める軌道だ。だが、これは、軌道のデータがなかった。当然だ。未遂に終わったのだから。
 隼人は、大地の父が、どんな事をやろうとしたのか、想像力を逞しくした。だが、直ぐに諦めた。そして、考え方を百八十度変えた。
「鬼が考える事は、僕には無理だ」と隼人は考えた。だから、鬼と言われた梅原翔貴氏の計画を考えるより、犯人がそれをどう利用しようとしたかを考える方が、隼人には楽だった。
 単純な話である。
 犯人は、梅原翔貴氏の策略をほんの少しだけ変更して、小惑星を墜落させたのだ。だから、軌道修正のタイミングをずらすとか、マスドライバーの使用時間を伸ばすとか、微調整をしただけだろう。元々、地球の大気圏を掠める軌道なのだから、僅かな変更でも墜落させる事は可能だった筈だ。
 隼人は、墜落した際の軌道と、予定の軌道との差を調べた。違いは、一箇所だけだった。
 小惑星の軌道修正は、火星へ向かう際と、最終の軌道に入る時の二回行われる。墜落は、地球に近付いた時に、軌道修正のための逆噴射をしておらず、逆に地球に向かって加速させていた。
「意外だなぁ。普通なら減速して引力に捕まるようにする筈なんだけどな」
 プロジェクトにおける計画では、地球への接近時に強力に減速し、地球の周回軌道に入れるようになっていた。当然、真犯人は、余計に減速する事で、地球に落下させたのだろうと思っていたが、逆に、加速しているのだ。
 考えられる事は、梅原翔貴氏の策略が、小惑星を加速するようになっていた事だけだ。
「でも、どうして?」
 軌道計算の鬼が考える事だから、深い理由がある筈だが、さっぱり見当が付かなかった。
 この際、細かい事は後回しにして、問題の軌道の割り出しに注力する事にした。例によって、いくつかの軌道修正パターンを試してみる。最後の軌道修正について、軌道修正のタイミングと時間の長さと推力を変化させて試し、結果を絵で表現してみた。
「へぇ、意外に簡単に落ちるものなんだ」
 不謹慎だが、隼人の偽らざる感想だった。
 地球の引力は大きく、ある程度近付けてしまえば、あっさりと墜落してしまうのだ。元々、梅原翔貴氏が危険性を訴えるくらいに地球に近付く軌道だから、早い時点で軌道変更を始めれば、地球に近付ける事は至極簡単で、大気圏に突入させる事は全く難しい事はなかった。
 こんな大胆な軌道だから、地球を掠める軌道修正の幅は、自ずから狭まってくる。
 隼人は、地上百五十キロメートル付近を通過する軌道を割り出した。
 大気圏とは、便宜的に決められているもので、ここまでは大気があり、それ以上は大気が無いと単純に区分できる訳ではない。国際的な基準とNASAの基準は、異なっている点からも、便宜的である事が分かる。国際的には、大気圏は、地上百二十キロメートルまでとしている。これに対し、NASAは、地上六十マイル(約九十六キロメートル)を大気圏としている。ただ、NASAの基準には、若干、政治的な色合いもある。
 ソビエトのガガーリンが、初めての有人宇宙飛行をやり遂げた時、アメリカのロケットの性能は、地球周回軌道に到達できるまで至っていなかった。だが、政治的な対抗上、どうしても同じ年の内に有人宇宙飛行をやり遂げたい。
 そこで、ハードルを低く設定し、大気圏最上層部を弾道飛行するロケットを打ち上げたのである。そのハードルの高さが、六十マイル。ロケットは、このハードルを越える弾道飛行に成功し、打上げ地点から目と鼻の先の大西洋に着水した。これを以ってして、ソビエトと同じ年に有人宇宙飛行を達成したと、アメリカ政府は喧伝したのである。
 さて、地上百五十キロメートルを通過する軌道は、直径が三~五キロメートルもある小惑星が通過するのだから、大気圏すれすれと言ってもいいだろう。
 隼人は、計算した結果から、ほぼ間違い無いと確信した。
「でも、地球を掠めても、その先は、どうなるんだろう。コロニーにぶつかったら、元も子もないしなぁ」
 気になって仕方がない。
 気になる事は、調べるしかない。
 早速、予想した軌道を延長して、その後の小惑星の軌道を計算した。
「これじゃあ、L51のスペースコロニーに近付き過ぎしないか」
 L51は、別名パシフィック。ラグランジュのL5ポイントに浮かぶ最初のスペースコロニーだ。
 ぶつぶつ、独り言を言いながら、画面に表示されている軌道を見詰めた。
 地球最接近後の小惑星は、地球の引力で大きく方向を変え、月の後方六十度付近に向かって上昇して行く。ここには、隼人達が居るスペースコロニーと同様のコロニーが浮かんでいる。
 どうにも、納得がいかなかった。
 大地の父は、地球とのニアミスをさせておいて、その後は、使い捨てのように放置するような、いい加減な人物ではない。
「何か、目的があるんじゃないかな」
 隼人は、更に先の軌道を調べてみた。そこで、気になる点を見付けた。
 月の引力によって、若干だが、加速されているのだ。そのため、軌道は、やや膨らんで、最接近距離も僅かだが遠くなっていた。ただ、この軌道を伸ばしていくと、アメリカの軌道ステーションに近付き過ぎる。衝突の危険もある。
 この軌道を選択した可能性は低いと、隼人は思った。
「もしかすると、もっと地上に接近させていたのかな」
 隼人は、月の裏での軌道修正時間を微調整し、地上百二十キロメートル付近を通るようにしてみた。小惑星の軌道は、予想通り大きく曲がり、少し月に近付いた。今度は、思い切って、地上百キロメートルの軌道を通過するようにしてみた。すると、見事に、月の直ぐ後ろに近付き、スイングバイ方式で十分な加速を得て、ぐっと高い軌道に上がる。公転周期も長くなり、新しい軌道修正も、準備する時間が得られるだろう。
 隼人は、漸く納得できた。
「おじさんは、やっぱり正確に軌道を計算してたんだ!」
 火星軌道の外側から小惑星を持ってきて、省エネ軌道で地球周回軌道に入れる計画を発案し、次にはそれを否定するために、大気圏を掠める危険性を訴え、実際に地球を掠めた上に、どこにも迷惑を掛けずに排除してしまう軌道を算出するなんて、隼人には雲の上の人の事に思えた。
 時計を見ると、午前二時を過ぎたところだった。
 翌日は、学校がある。大地も、久しぶりに登校する大事な日だ。隼人は、興奮した頭脳を宥めるように、床に就いた。

       < 次章へ >              < 目次へ >

  犯人の条件

  - 1 -

 大地は、二週間ぶりに登校し、冷たい視線を浴びながらも、無事に授業を受けた。隼人は、改めて、大地の強い心に感心した。
「隼人君」
 下校途中で、大地が話し掛けてきた。
「今日は、一日、眠そうだったね」
「今日だけじゃないわ」
「え、昨日も、欠伸ばかりしてたのかい?」
「違うわ」
 隼人は、宙美が何を言おうとしているか、見当が付いていた。そして、大地も、分かっているだろうと、思っていた。でも、大地は、「昨日は違ってたの?」と空々しく聞き返した。いつもの大地には戻りきっていないようだ。
「昨日も、一昨日も、その前も、地上に居る時から、ずっと眠そうな顔をしてるのよ」
 隼人は、抗弁するつもりはなかった。
 以前は、宇宙大規模構造をシミュレーションする事に没頭していた。今は、軌道計算に没頭している。いつも、夜更かしである。
「それより、軌道計算の結果を知りたくないかい」
「隼人君の眠そうな顔について、話をしてるのよ。話を逸らすつもり?」
「そうだよ。そのつもりだよ」
 隼人は、軽く言い放った。
「今日だけ特別、話を逸らさせてあげる」
 宙美は、可愛く微笑んだ。
「でも、ここじゃまずいな」
 大地は、相変わらず冷静な風貌を崩さない。だが、悪戯っ子だけが見せる笑い顔になると、脱兎の如く走り出した。隼人は、宙美と顔を見合わせ、大地の後を追った。大地は、スピードを緩めて、二人が追い付くのを待って、三人で走った。
 地下道の横穴から、太陽の光が射し込み、三人の行く末を明るく照らした。
 自宅に戻ると、三人は、そのまま隼人の部屋に入った。
「いいかい」
 隼人は、パソコンで、昨夜、計算した軌道を表示した。
「見ての通り、文字通り、大気圏を掠め飛んで、月の引力を利用して再加速し、高軌道に上がるようになってるんだ。おじさんは、やっぱり、軌道計算の鬼だよ」
「それで、どんな細工したか、分かったのかい?」
「減速のタイミングと方向だよ」
「それだけで、軌道が簡単に変わるなんて、上手く考えてるわ」
 隼人は、軌道修正において、月の引力の影響が無視できない事を説明した。
「これで、一歩、進んだのね。おじさんがやろうとしていた事が可能だったって」
 大地は、沈痛な面持ちで、黙っていた。
「宙美ちゃん、一晩、頑張ってできた事は、それだけなんだ。肝心な事は、何も分からなかっていないんだ。これだけだと、おじさんの無実を晴らす事はできない。それどころか、おじさんの計算間違いを補強しかねないんだ」
 宙美も、大地の様子に気付いたらしい。表情が曇った。
「伯父様の実際の軌道修正方法を、再現できないの?」
「無理だよ。難しすぎる。それに、それを再現できても、分かる事は、今と変わらないよ」
 だんだん、雲行きが怪しくなってきた。
 三人共、言葉が無くなった。
 隼人は、この状況を何とかしたいと、色々と考えた。だけど、捜査を先に進めるアイデアも、冗談さえも、思い浮かばなかった。
「まいったなぁ。みんな、睨めっこが好きだとは、知らなかったよ」
 真剣な顔で言った大地の冗談で、隼人と宙美は、揃って詰まっていたものを吹き出した。 
「あっ、僕の勝ちだ!」
「ずるーい」と宙美が膨れっ面をする。
 三人で、腹を抱えて笑った。この二人の御陰で、どれほど隼人は救われた事だろう。二人とも、辛い現実を引き摺っているのに、隼人の前でそれを見せる事は滅多にない。
 もちろん、それは二人だけに限った事ではない。ほとんどの人が、親族を失う悲劇に見回れている。
「みんな被害者」
 ぼそっと、隼人の口から漏れた。
「そうよ。そうなのよ。これなら、調べられるわ」
「どうしたんだい、急に」
 二人の視線が、宙美に集まった。
「思い付いたのよ。隼人君の一言で」
「えっ、僕、何か言った?」
「うん。みんな被害者って、言ったでしょ。それよ、それなのよ」
 大地が膝を打った。
「あっそうかぁ。これなら、調べられそうだ」
「なんだよ。二人で勝手に納得しちゃって。教えてよ」
「簡単な事だよ。被害者になっていない人を探せばいいんだ。だよね」
 大地は、宙美に同意を求め、宙美も肯いた。
「つまり、小惑星を落とそうと思っていて、家族や親族を地上に残したままで居られる訳がないだろう。だから、犯人は、家族をこっちに呼び寄せてる筈なんだ。最低でも、軌道ステーションには呼び寄せていた筈だ」
「じゃあ、小惑星を落とす直前に、旅行や移住してきた人を調べるんだね。でも、凄い数になるよ」
「絞ればいいわ。だって、小惑星の軌道修正に細工できるんだから、宇宙移民事業団の職員に限定できるわ」
「そうはいかないよ。ハッキングすればいいんだから」
「隼人君は、得意だものね」
「得意じゃないよ!」
 むきになって否定した。
「まあまあ、その話は後にしよう」
「後で、ゆっくり話しましょうね」
「え~」
 大地は仕方ないとしても、宙美にまで子供扱いされるのは癪だったが、二人のペースに合わせた。
「とにかく、先に話を進めようよ。隼人君が言うように、ハッキングはできるけど、お父さんの計画を知り得る人物って条件があるから、やっぱり宇宙移民事業団の職員だけに絞っていいんじゃないかな」
「でしょ~」
 小憎らしい言い方だ。それにも増して、大地の意見で決まったように言う事が、面白くなかった。でも、大地の意見は、いつでも的を射ている。間違った事を言う事は、まずないだろう。今もそうだ。
「ちょっと、待って。調べられるか、やってみるよ」
「問題は、いつ以降に地上を離れた者を対象にするかだ」
 新たな問題が出てきたが、そちらは二人に任せ、隼人は、軌道ステーションの通過を探った。
 入国管理局は、厳しくチェックされているので簡単には見る事ができないが、軌道ステーションは、観光客だけなので、驚くほどオープンなのだ。しかも、軌道ステーションを通らなければ、どこへも行く事ができない。ここさえ押さえれば、総てを押さえているのと同じなのだ。
 軌道ステーション飛鳥のコンピュータと繋がった。どれくらい古いものがあるのかを調べるため、大地を検索した。
 出てきた。
 でも、三年前だった。
「大地君は、四月は、どこの軌道ステーションを経由したんだい?」
 ふいを衝かれて、大地はびっくりした表情で、振り返った。
「隼人君も、僕が来た時期が気になるんだね」
 大地に聞き返された理由が、隼人には、何の事だか分からなかった。
「そうなんだ。お父さんは、僕が地上に居る事に危険を感じたんだろう。進学を理由に、僕をこっちに呼んだんだと思うんだ」
 考えもしなかった。何気ない一言で、大地を傷付けてしまったかもしれない。
「気にしないでいいんだ」
 隼人は、大地に気遣ってもらった事が、本来は逆なので、恥ずかしかった。
「ただ、仮にそうだとしたら、今年の三月か、四月くらいから後を調べればいいという基準になるだろう。かなり絞れるんじゃないかな」
「任せろ!」
 隼人は、結果で大地の心遣いに答えようと、検索ツールを組み合わせて、残る四箇所の軌道ステーションもまとめて、一気に絞り込んでいった。更に、アトランティス政府の公式サイトから、宇宙移民事業団の職員名簿を取り寄せ、パソコンに比較をさせた。
 結果が出るまで、長い時間が掛かった。
 電波でさえ、往復で三秒近くも掛かる距離にある軌道ステーションとリンクしているから、仕方が無い事だが、人類の居住範囲の拡大ぶりには、改めて感心してしまう。同時に、人類の通信手段は、中世以前と同レベルにまで戻りつつあるようにも思えた。
 電気を使った通信ができる前の、馬車や船で郵便を運んでいた時代に、通信の所要時間が戻りつつあるのではないのか。今は、地球の近くだから、中継衛星を経由しても片道三秒以内だが、これが火星、木星、土星と広がっていけば、それだけ時間が掛かるようになる。最遠の海王星なら、片道で六時間近い。さし当たって、最も移住の可能性が高い火星は、最接近時でも四分余り、最遠時なら約二十一分も掛かる。通信で会話を交わす事は、事実上、できなくなるだろう。
 今のところは、秒単位で電波が届く。その証拠に、間も無く結果が表示された。

       < 次章へ >              < 目次へ >

↑このページのトップヘ