伊牟ちゃんの筆箱

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タグ:重力平衡

自己書評

本文中にもありますが、アイソスタシーは地殻平衡を意味します。

惑星上では、下から押し上げる力と、山や海のように上から重さで押さえる力が、バランスしています。山があると海の部分より重くなるので、陸はマントルに沈みます。比重が大きなマントルが押し退けられ、比重の小さな陸塊が入り込むことで、海の部分と同じバランスに調整されるのです。
現在の地球は、ほぼバランスが取れている状態です。
ここに小惑星が落ちれば、地表は剥ぎ取られ、バランスは大きく崩れます。
この作品は、資源採取用の小惑星が地上に落下するところから始まります。
小惑星の落下は、ストーリー展開の柱となっています。それだけに小惑星の軌道が重要になります。
「軌道上のタイトロープ」の時と同様に、今回も軌道計算は時間を掛けて行いました。正しい計算方法ではありませんが、概ね実現可能な軌道であることを確認しています。

この作品も、書いた時期が古いため、出てくるアイテムが古臭くなってしまっています。見直しながら掲載すべきでしたが、本業が忙しく、時間を割くことができませんでした。定期的な掲載を優先したためですが、反省点であることに違いありません。


さて、2018年10月20日に水棲探査機「みお」が打ち上げられました。三日後の29日には、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき2号」が打ち上げられます。
そして、遥か彼方の「りゅうぐう」では、昨日に「はやぶさ2」がタッチダウンのリハーサルを行っていました。
ですが、こんなのが、地球に落ちてくると思うと、ぞっとします。
「りゅうぐう」で活動する「はやぶさ2」のニュースを聞きながら、本書も楽しんで頂ければと思います。


                < 目次へ >

  エピローグ

 由布森林公園の現場は、随分と整理され、突貫工事で壁面の補修工事が進められていた。周辺の植栽も、奇麗に植え替えられ、事件の痕跡は、『工事中』の立て札だけになっていた。
 辺りが元の静けさを取り戻すのも、時間の問題だろう。
 その由布森林公園に、三人は足を運んでいた。
「僕が、電話した時、二人はどの辺に居たの?」
 大地と宙美は、周りの風景と足元を見比べながら、位置を確認しあっていた。
 二人は、警察の現場検証に立ち会い、ここで状況を説明したのだから、大体の状況は思い出しているようだ。
「ここら辺だよ」と、大地が場所を示した。
「宙美は、その辺で電話を受けたんだったよね」
 宙美は、電話に出る真似をした。
「ここで、隼人君が『壁から逃げろ! 仁科さんに電話するな』って言ったのよ」
「僕は、意味が分からずに、ここに戻って、電話を取ったんだ」
 大地は、宙美の所まで、歩いた。
「これが、利いたんだよ。隼人君が切羽詰まった声で『壁から逃げろ』言ったから、ここから走ったんだ。あそこからここまでの分だけ、僕は助かったんだ」
「大地君が、私の背中を守って走ってくれたから、私も速く走れたの。でも、びっくりしたわ。物凄い音だったもの」
 電話から聞こえた音は、今も隼人の耳に残っている。
「まだ、耳がおかしい気がするわ」
「でも、恐かったのは、爆発より、その後の吸い込みだったな。爆発の衝撃は大した事はなかったのに、吸い込みが強くて後ろに引っくり返ったもんな」
 思った通り、吸い込みは激しかったのだ。それは、勅使河原が狙った事でもあった。
「私は、大地君が捕まえてくれなかったら、あの穴に吸い込まれてたかもしれないわ」
「僕も、実は危なかったんだ。モニュメントの台座に手が掛かったから、吸い込まれないで済んだけど、ぎりぎりだった」
「そうよ。もっと早く隼人君が教えてくれたら、楽勝で逃げれたのに。私を恐い目に合わせたかったんでしょう」
「そんな筈無いだろう」
「だったら、もっと早く教えてよ」
「宙美。そんなに苛めてやるなよ。隼人君だって、必死に伝えようとしたんだし、僕らも、隼人君の言ってる事が直ぐには分からないで、逃げるのが遅れたんだもの。でも、どうして気付いたんだい?」
 隼人は、仁科からの電話で気付いた経緯を説明した。
「隼人君、やっぱり君は刑事向きだね」
「僕も、そう思うよ」
「隼人君たら、直ぐに調子に乗るのね」
「二人の御陰で、最近は調子が良くって」
「大地君は、今も検事になりたいのかい?」
「いや、少し考えが変った。農学や、農業土木を学んで、地上に降りようと思ってる。小惑星の冬で壊滅した地上の農業を、僕の力で取り戻したいんだ」
「全然、方向が違うじゃないか」
「そうでもないよ。僕は、基本的に弱者の味方になりたいんだ。今回の件は、父も関係している事だし、少しでも父の罪滅ぼしになればと思ってるんだ」
「ところで、大地君。勅使河原は、どうなるの?」
 元大統領候補も、呼び捨てにされる立場になっていた。
「そうだね。当然の事だけど、きちんと裁判を受けて、有罪になれば、投獄される事になるね」
「そうじゃなくて、どれくらいの罪になるのか、聞いてるの!」
「それが、微妙なんだ。今、アトランティス議会で、刑法の見直しを検討しているんだけど、これが、勅使河原の事件に適用されるか、微妙なんだ。しかも、証拠の隠滅が酷くて、彼の犯罪を証明する事自体が難しいらしいんだ」
「でも、大地君達に対する殺人未遂は、証明できるんじゃないかな。犯人の特定が早かったから、証拠隠滅の時間は、ほとんど無かった筈だよ」
「ああ、だから、刑事さんの話だと、明日にも送検されそうだよ」
「大地君、さっき言い掛けてた刑法の見直しが間に合わなかったら、勅使河原はどうなるの?」
「見直しをしているのは、死刑の廃止と、刑の加算なんだ。死刑は、事実上廃止されているようなものだから、実質的な部分は刑の加算だけなんだ。勅使河原の罪状は殺人罪と殺人未遂罪だけど、死刑判決が無い今、最大の量刑でも無期懲役なんだ」
 彼の言う通り、死刑制度は、事実上、消滅していた。検察側が死刑の求刑をする事はあるが、裁判所が判決で死刑を言い渡す事は、三十年以上もなかった。法務大臣が、最後に死刑執行に調印したのは、五十年近く前に溯ってしまう。
「無期なら、一生出てこれないんでしょう」
「それが違うんだ。服役中の態度次第では、七、八年で出てこれる事もあるんだ」
「そんなぁ!」
「でも、これが事実なんだ。だから、アトランティス議会も、刑の加算の議案を通そうと急いでるんだ」
 宙美は、死刑が当然と思っていたのに、無期懲役が最大の量刑で、しかも、服役態度次第で十年も経たずに出てくる事を知り、持って行き場のない怒りで憮然としていた。
「僕達には、関係無いよ。勅使河原がどうなろうと、死んだ人達が戻ってくる訳じゃないのだから。僕達は、僕達で、生きていくしかないんだ」
 隼人は、自分に言い聞かせるように言った。
「そうよね。いつも大地君が言ってるように、私達は、一人一人、独立した存在だもの」
(独立した命なんだ。そうさ、一人一人が生きてるんだ)
 彼女は、いきなり駆け出すと、少し先の地面に落ちていた小枝を、思いっきり蹴飛ばした。反動で、彼女の長い髪が、ぱっと広がった。
 くるくる回転しながら飛んでいった小枝が林の中に消えたのを見届けると、くるりと隼人達の方に振り返り、首を竦めて舌を出した。
「やっぱり、大地君は検事になるべきだよ」
「珍しく、大地君に逆らうのね」と、悪戯っぽい笑みを隼人に向けた。
「僕は、僕の意見を言ってるだけだよ。決めるのは、大地君だ。でもね、地上の農業の建て直しに貢献するのも大切な仕事だと思うけど、大地君は、自分が一番やりたい仕事を選ぶべきだと思うんだ。だって、大地君は、誰からも独立した一人の人間なんだから」
 大地は、黙って歩いていた。彼なりに、思うところがあるのだろう。
 その彼が、不意に顔を上げた。
「そうだね。隼人君の言う通りだ。でも、今、決めてしまう事はないね。僕達には、いっぱい時間が残されてるんだから」
 三人は、真っ直ぐ前を向いて歩き始めた。
 遠くに、ここに来た日の湖が、あの日と同じ輝きを放っていた。

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  - 5 -

 地下道に居た人達は、さっきの空震で驚き、不安な表情を見せていた。そんな人々の間を、隼人は、掻き分けるように走り抜けた。動く歩道を走り抜け、軌道バスに強引に飛び乗った。
 バス停では必ず止まる無人運転の軌道バスは、隼人の気持ちを逆撫でするかのように、粛々と走り続けた。
(有人運転なら、バスジャックして、駅まで直行させたのに!)
 気が急く隼人は、そんな物騒な事さえ考えた。
 周回鉄道の駅でも、隼人は走った。閉まりかけたドアに体を張って突進し、僅かな隙間をこじ開けて乗り込んだ。そして、目的地でドアが開きかけた時にも、僅かな隙間から擦り抜けた。
 由布森林公園は、本来なら、軌道バスで行く場所だが、ちょうどバスが出た後だったので、隼人は、動く歩道を走った。
 由布森林公園までは、延々と上り坂が続く。隼人は、直ぐに息が切れた。それでも、足を止める事無く、走り続けた。動く歩道は、所々で登りのエスカレータに取って代わる。通常の階段より段差が大きいエスカレータの階段を、隼人は黙々と上り続けた。
 運動不足の華奢な体は、息が上がってしまい、口元では涎が落ちそうなのに、喉の奥は乾いてくっ付きそうだった。時々、唾を飲み込むが、その間、息が止まるのが、苦しかった。最後のエスカレータを降りて地上に出た時、強烈な金木犀の匂いがした。コロニー中の金木犀をここに集めたような匂いに取り囲まれて、隼人は現場に向かって重い足で走り出した。
 現場に着いた時、爆発より、吸い込みの凄さに、隼人は驚いた。
 壁には、大砲で穿ったような大きな穴が開いていたが、穴の縁は壁の中に向かって、強い力で曲げられていた。ぎざぎざの縁には、小枝や土などがこびり付き、洪水の後のようにも見えた。
 近くの木は、多くは枝を圧し折られ、中には、幹から折れて、穴に向かってしな垂れかかっていた。
 森林公園を代表するモニュメントも、横向きに引っ掻いたような痕が、無数に残っていた。それが、吸い込み時の暴風で、周辺の枝で傷付けられたらしく、角には葉っぱや小枝がこびり付いていた。
 やや離れた場所にあった金木犀の花は、吸い込み時の衝撃波で叩き落とされ、山吹色の絨毯となって地面を覆っていた。そして、体にまとわりつくようなしつこい甘い匂いを撒き散らしていた。
 破壊の凄まじさに見入っていると、後ろから肩を叩かれた。
「隼人君、御陰で助かったよ」
 隼人は、大地の顔を見上げた。
「宙美は、足に軽い怪我をして病院に運ばれたけど、大丈夫。今日中に帰ってくるよ」
 大事を取って、彼女は病院へ運ばれたようだ。
「でも、よく、こうなるって予測できたね」
「まあね。それより、刑事さんを捕まえなきゃ」
「どうして?」
「仁科さんの携帯電話の行動記録を押さなきゃいけないんだ」
 黄色いテープで立ち入り禁止になっている現場周辺は、鑑識ロボットが数台あるだけで、人影はなかった。周囲を見回すと、右手の大木の木陰に数人の鑑識と刑事が居るのが見えた。二人は、そこに駆け寄った。
 上手く、芙美子を尋問した小笠原警部を見付けた。
「直ぐに、仁科さんの携帯電話の位置情報を押さえて下さい。そうしないと、冤罪事件になってしまいます。犯人は、特定しませんが、仁科さんの携帯電話を盗んだ人が、犯人なのです。
 これは、小惑星を墜落させた真犯人を探していた大地君達を、事故に見せ掛けて殺そうとした殺人未遂事件で、事故なんかじゃありません。犯人は、コンピュータに詳しく、スペースコロニーの構造にも詳しいから、今回のコンピュータの細工は、消されている可能性が高いと思います。でも、携帯電話の位置情報は、まだ消されていない筈です。だから、消す事に成功する前に、位置情報を保存しておきたいんだす」
「なぜ、携帯電話の位置情報が必要なんだい?」
「今回の事件は、大地君を確実に殺したかったんです。そのためには、大地君をこの場所に呼び出し、しかもここに来た事を確認する必要があったんです。そのためには、どうしても仁科さんの携帯電話が必要でした。犯人は、どんな方法を用いたか分かりませんが、仁科さんの携帯を手に入れ、大地君にメールを送り、ここに呼び出し、大地君がここに来た事を仁科さんの携帯に電話させ、位置情報を取り込んで確認したのです」
「わかった。取り敢えず、位置情報を凍結するように、依頼だけは出しておこう」
 小笠原警部は、電話で依頼した。
「犯人に今会いに行くと、選挙妨害を言われるので、明日の投票が終わったところで、会いに行きましょう」
「君は、もう、犯人が分かっているのかい?」
「ええ。ですが、大物ですし、状況証拠しかないので、最低でも位置情報が必要なんです。明日、証拠が揃ったところで、会いに行きましょう」
 翌日、勅使河原は逮捕された。決め手は、二つあった。一つは、仁科の証言。もう一つは、隼人が押さえさせた仁科の携帯電話の位置情報だ。ほとんど、電源は入っていなかったし、既に廃棄されていたが、何度か電源が入っている時間の位置が、勅使河原の所在地と一致していた。
 警察は、勅使河原宅と仁科宅等の家宅捜査を行い、確実に勅使河原の犯行を固めていった。
 仁科は、IDを貸しただけだった。勅使河原のIDは、彼が科学省を退省した際に失効していた。仁科の息子が来ていたのは、全くの偶然だった。総ては、勅使河原が行った事だった。
 ついに犯行を自供した勅使河原は、自分の才能を踏みにじった地球政府への反発を口にした。
 才気溢れる男は、役所勤めが似合わなかった。彼は、宇宙移民事業団の事務次官にさせられた事を、左遷と考えた。その反発で、彼は省を辞め、政界に打って出たのだ。しかし、その政治活動を支えたのは、皮肉な事に、宇宙移民事業団から受け取った退職金だった。
 勅使河原は、宇宙移民事業団の内部事情を知るために、大学の後輩である仁科を使って情報を集めていた。仁科は、直属の上司である大地の父が不穏な動きを始めているのを知り、それを勅使河原に相談した。
 この時、勅使河原の小惑星墜落の計画が始まったのだ。その内容は、隼人が推理した通りだった。そして、監視を続けていた梅原大地が仁科に連絡を取った事を知った勅使河原は、大地と一緒に仁科を始末しようと考えた。
 ただ、急拵えの殺人計画は、二重の失敗を犯していた。一つは、隼人に殺人計画の概要を見抜かれ、大地を餌にして仁科をおびき寄せる事にも失敗していた。

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  - 4 -

 アトランティスの外壁は、三重構造だ。
 最外郭は、主としてスペースデブリの衝突に耐える事である。穴が開く事は、最初から想定されている。そのため、交換や継ぎ接ぎが容易なように、主として金属で作られている。また、その内側の中央壁と隙間は、真空になっているので、穴が開いても、無駄に空気を失う事はないが、気密構造にもなっていて、内壁に穴が開いても、ここで空気が漏れる事を防ぐ。
 中央壁は、主として気密を保つ役目を持っている。そのため、最内郭との隙間は、居住区と同じ気圧の空気で満たされている。外の真空と一気圧の圧力差に耐え、最内郭と協調して構造重量にも耐える。炭素系の複合材を多用し、非常に高い引っ張り強度を持つ。
 最内郭は、主として内部の構造物の重量を支える。複合材も使用しているが、曲げ剛性に優れた材料や構造を持つ。もちろん、単体でも気密を持っていて、三層の中でも、最も構造が複雑で高い強度を持つ。ただし、最内郭も、地中部分は非常に頑丈な構造になっているが、地上から出ている部分は、気圧以外の力は僅かしか掛からないので、地中部分に比較すると、単純で強度も低い構造になっている。
 三層の壁構造に挟まれた二層の隙間は、細かな部屋に仕切られている。部屋の数は、オリエントリングだけでも五万を越えるが、一つの部屋は、五十メートル四方にもなり、その容積は、八千立方メートルを軽く越える。
 もし、中央壁と内壁に同時に穴を開ければ、外壁と中央壁の間の空隙に、一気に吸い出されるだろう。だが、世界制覇が目的なら、勅使河原は最後の砦であるアトランティスを破壊したくない筈だ。修理が非常に面倒な中央壁を破壊しようとは考えないだろう。
「そうか。内壁と中央壁の間を、気密試験と称して真空にしておけばいいんだ」
 内壁は、気密状態を確認するため、定期的に気密試験を行う。気密試験は、内壁と中央壁の間を真空にし、空気漏れの有無と量を測定する。居住区で、内壁に直接接するのは、この辺りでは由布森林公園と反対側の標茶自然公園だが、この部分の気密試験を行う際には、内壁周辺は安全確保のために立ち入り禁止となる。
 隼人は、由布森林公園側の立ち入り禁止の指定があるか調べたが、何もなかった。
 勅使河原は、コンピュータにも強い。技術者の信望も厚いので、IDも、最高レベルのものを付与されているだろう。隼人のIDではできなくても、彼のIDなら、色々な事が可能な筈だ。
 森林公園のモニュメント周辺の壁内部の空気を抜き取り、張り巡らされた配管が爆発したように見せ掛けて、爆弾を爆発させる。そうすれば、大気圧から真空へと、猛烈な勢いで空気が流れ、周辺の総てを一瞬にして壁の中に吸い込むだろう。生身の人間は、急減圧と衝撃で、即死する危険もある。
 隼人は、スペースコロニー管理センターの公式サイトから、該当箇所の壁内気圧を読み取ろうとした。しかし、壁内気圧を公開していなかった。
 時間がなかった。
 大地達は、森林公園のモニュメントに着く頃だ。電話からの声でも、それが分かる。
「よし、侵入してみよう」
 隼人は、管理センターの制御コンピュータに侵入しようと思った。そこなら、総ての情報が得られるだろう。
 隼人は、まず、中学校の教育用サイトのコンピュータに接続した。ここのコンピュータは、セキュリティが弱い事は、学校の教育の中で気付いていた。ここから侵入し、管理センターの制御コンピュータに繋ごう。
 隼人は、パスワード破りとキー破りのツールの準備を始めた。
「隼人く~ん」
 芙美子が、下で呼んでいた。
「は~い。何ですか?」
「すぐ、降りてきて」
 隼人は、侵入の準備を一時中止し、下に降りた。
「何か用ですか?」
「隼人君、大地君と宙美は、仁科さんの所へ行ったんでしょう」
「そうですよ」
「でも、さっき、仁科さんから電話があったのよ。まだ、来ていないけどって。随分前に出掛けましたよって言ったら、もう少し待ちますって」
 はっとした。入れ違いになる筈が無いのに、今、そうなっている。
「おばさん。仁科さんの電話番号を教えて下さい」
「ええ、いいわよ」
 彼女は、携帯端末で、仁科の電話番号を検索し、隼人に示した。
 隼人は、その番号を、自分の携帯端末に転送し、そのまま仁科に電話した。
 電話は、直ぐに出た。
「はい、仁科です」
 隼人は、その受け答えに疑問を感じた。
 普通、携帯電話は、当人しか出ないから、苗字より名前を名乗る事が多い。なのに、仁科は、苗字だけを名乗った。
「もしもし、征矢野隼人です。さっき、大地君に、メールを送りましたか?」
「え? メール?」
「仁科さん、この電話は、携帯ですか?」
「いや、携帯は無くしたので、これは、家の携帯端末を使ってるんだ。君こそ、この番号に電話していながら、そんな事も知らないのかい?」
 無くした携帯電話は、誰かが悪用している。
「宙美ちゃん、大地君、逃げろ!! 壁から離れるんだ。仁科さんに電話するんじゃない。電話したら危ない!! 壁が爆発する!」
「えっ? 何?」
「走って、壁から逃げるんだ。壁が爆発するぞ! 大地君に、仁科さんに電話するなと言って! 走って、壁から逃げるんだ」
「大地君、隼人君が電話するなって。そして、壁から離れてって」
「宙美ちゃん、急いで!」
「どうしたんだい? 隼人君」
「大地君、何も聞かずに逃げて! 壁から離れるんだ」
「大丈夫、壁からは離れるよ。仁科さんに電話するなって、どういう事? もうすぐ繋がりそうなんだけど」
「だめだ。直ぐに切って! 詳しくは後で話すから、走って壁から逃げて!」
「宙美! 走れ!」
 大地が、宙美に命じる声が聞こえた。
「早く!」
 隼人は、尚も叫んだ。
 次の瞬間、地響きのような音が電話の向こうでした。直後に、宙美の悲鳴が聞こえた。
「おばさん。警察に電話して。由布森林公園で爆発事故があったから、直ぐに救急車と事故調査をして欲しいって。僕も、今から行ってみます」
 芙美子の返事は、聞かなかった。彼女が、警察に電話してくれる事も、期待はしなかった。電話しなくても、壁面で発生した爆発事故で、自動的に警察が出動している筈だからだ。
 玄関で靴を履いている時、ズンと地響きのような空震を感じた。由布森林公園での爆発事故の衝撃波が、今届いたのだろう。
 隼人は、地下道に飛び出した。

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  - 3 -

「何?」
「行き先が変更になったの。さっき、大地君の携帯に、仁科のおじさんからメールが届いて、由布森林公園に場所が変更になったの。私達は、そっちに向かってるから」
 厭な予感がした。
「気を付けてよ。それから、大地君に伝えてくれないかな。共犯者は、もしかすると、勅使河原大善かもしれないって」
「え?」
「勅使河原大善。大統領候補の勅使河原大善」
「まさか」
「そのまさかかもしれないんだ。スペースプレーンを手配させたのは、彼らしいんだ」
「うん。信じられないけど、大地君に伝えるわ」
 電話の向こうで、宙美が大地に説明する声が聞こえた。
「電話は、このままにしておくよ。僕は、勅使河原大善を調べてみるよ。何か分かったら、その都度、知らせるよ」
 隼人は、勅使河原大善を調べるため、パソコンに向かった。
 勅使河原大善は、科学省に入省後、通信事業部、化学部、宇宙移民事業団を経て、二年前に退官した。その年のアトランティス議会議員選挙に立候補し、圧倒的な票差で当選したが、今年五月に任期途中で自ら辞職し、大統領選挙に立候補した。宇宙移民事業団に所属していただけに、アトランティスでも、L51でも、支持基盤は厚く、選挙前の予想でも、優位と目されている。
 アトランティスとパシフィックの両議会の上には、統一議会があり、大統領制を敷いている。政治評論家の間では、統一議会内にも派閥を持っているとも言われ、当選と同時に、大きな影響力を及ぼすものと考えられている。マスコミ各社も、彼に番記者を密着させ、彼の一挙手一投足を伝える体勢を整えている。
 政治家にしては珍しく、勅使河原大善は科学技術全般に明るく、宇宙移民事業団や企業の技術者とも、直接渡り合う事で知られる。工学博士の称号も持ち、特に、アトランティスや飛鳥の構造に詳しく、設計者もメンテナンス技術者も、彼の知識には舌を巻くという。このため、技術者の信望が厚く、この点でも票を集めるものと思われる。
 議員の間では、野心家、あるいは辣腕として知られる。今回の大統領選挙も、小惑星墜落事故により、事実上の世界統一の大統領となった事は、野心家の勅使河原大善にとって、願ってもない状況と言えよう。
 これらの記事を見て、勅使河原が主犯であると、隼人は確信した。
 勅使河原は、現在は、選挙活動中だ。仮に、仁科から連絡を受けていたとしても、彼自身が手を下す事はないだろう。
 問題は、二つある。
 一つ目は、仁科をどう脅迫したかだ。
 二つ目は、動機は何かだ。
 動機については、まさかと思うが、世界制覇が目標なのではないだろうか。荒唐無稽と言えば、返す言葉もないが、今の状況を見れば、強ち大袈裟でもない。統一議会を押さえ、大統領になれば、事実上、世界を手中に納めたともいえる。
 本人に聞けば、それもはっきりするのだが……
 しかし、大地達の呼び出しを由布森林公園に変えた理由は、一体なんだろう。
 仁科の家なら、大地達を殺すにしても殺害現場が特定し易く、しかも、犯人が特定され易い。森林公園なら、通り魔犯罪の可能性も生れるので、犯人が特定しにくくなる。
 でも、それだけで、会う場所を急に変えるだろうか。
 犯人を特定し難いといっても、最有力容疑者は、仁科だけなのだ。取り調べられる事は必至だ。仁科が自白すれば、勅使河原も立場が一気に苦しくなる。
「宙美ちゃん、やっぱり、君達は、命を狙われているよ」
「隼人君、僕だ。命を狙われる危険性は、覚悟してる。大丈夫だ。油断無く、二人で行動してるから、心配しないでいいよ」
「大地君が言うから、大丈夫だと思うけど、僕は、引き返した方がいいと思うんだ。場所を変えたのは、君達を殺すのに都合の良い場所にしたかっただけなんじゃないかな」
「それも、考えてる。でも、仁科のおじさんに会わなきゃ、一歩も進めないんだ。覚悟して行くしかないよ」
「………」
「隼人君が、そこまで心配してくれるんで、場所を正確に行っておくよ。いいかい。由布森林公園の奥にあるモニュメントの裏側だ」
 スペースコロニー建造時の殉職者を奉った慰霊モニュメントは、公園の最も奥にあり、最も壁際でもある。その裏側だから、人目にも付き難いが、それだけが理由なのだろうか。それとも、モニュメントと殺人方法と、何か関係があるのだろうか。
 どちらも、どこか引っ掛かる。
 場所が肝心なのは、間違いないだろう。だからこそ、場所を変えたんだ。
「まさか」
 隼人は、首を振って否定した。
 外壁に、大きな穴を開け、コロニー内の空気が流れ出る勢いで二人を宇宙空間に吸い出す殺害方法がある。
 だが、リスクが大きく、最悪は、アトランティスのオリエントリングが全滅するかもしれない。これでは、大統領への夢も瓦解しかねない。それなら、どんな手段があるというだろう。 

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  - 2 -

「三人共、今朝は休みなのに、随分と早起きね」
 芙美子が、呆れ顔で三人の顔を順番に見ている。
「ちょっと、出掛けなきゃいけないんだ。仁科のおじさんと会うんだ」
 大地は、仁科と会う事を、できるだけ多くの人間に知らせておこうとしていた。食事の前にも、友人に電話し、急に仁科と会う事になったから、バスケットの試合には出れないと伝えた。金曜日にバスケットの試合をライバルチームに申し込んでいたから、おかしいなとは思っていたが、友人に印象付けるために、わざと嘘をついたようだ。
 だが、芙美子の表情が、険しくなった。
「大地君、まさか、仁科さんにお父さんの事で、迷惑を掛けるような事はしないでしょうね」
 さすがに、宙美の母、大地の叔母である。鋭い勘を働かせている。
 隼人は、ぎくっとなった。
「関係が無いと言ったら嘘になるけど、迷惑を掛けるわけでもないんだ。詳しくは、会った後で話すよ」
「何をお願いするつもりなの?」
 芙美子は、詰問した。
「何も頼まないつもりだよ。いや、話の内容によっては、一つだけ頼む事になるかもしれないけど、ただ、話を聞きたいだけなんだ」
「お父さんの事が心配なのは分かるけど、他の人に迷惑を掛けないようにしなさいよ」
 芙美子は、渋々ながら、会う事を認めた。
 食事が終わると、大地と宙美は出掛けた。
「あら、隼人君は、一緒に行かないの?」
「うん。僕は、まだ調べたい事があるから。おじさんの事を調べていたら、色々分かってきたんだ。大地君は、それを確認するために、仁科さんの所へ出掛けたんだけど、僕は、まだ調べる事が残ってるんだ」
「隼人君。一体、何を調べてるの?」
 隼人は、答えるべきか、逡巡した。
 その時、ちょうど電話が鳴った。宙美からだった。大地の電話は、開けておくつもりらしい。いざという時には、宙美の電話で連絡を取りつつ、大地の電話で通報するつもりらしい。
「じゃあ、このままにしてるよ」
 隼人は、そう言って、電話をしていないような素振りで、芙美子に対した。
「おばさん。知っていたら、教えてくれないかな」
「何を聞きたいの?」
「僕達が乗ってきたスペースプレーンなんだけど。あれは、どうして管制センターにあったの?」
 最初の質問は、確認済みの情報から始めた。
「あれは、宇宙移民事業団の主催で、鹿児島の中学生を、飛鳥やスペースコロニーに招待するために、準備していたんだと思うわ」
 ここまで調査が正しい事が、これで確認できた。同時に、なぜ捜査を始めた時に芙美子に聞かなかったのかと、後悔の気持ちが隼人の心の中に重く残った。
 気を取り直し、質問を続けた。
「じゃあ、招待していた中学生を乗せてあげれば良かったのに」
「それは、無理だったわ。私は、隼人君のお父様に頼まれて、職員の家族をスペースプレーンに誘導する係をしたの。だから、最終便になったんだけどね。
 時間が、足りなくて、できれば周辺の人達も乗せてあげたかったけど、あの辺りは過疎が進んでるでしょう。おまけに、お年寄りが多いでしょう。だから、集まってくるまで時間が掛かるのよ。隼人君のお父さんも、そんな事情を知った上で、事業団職員の家族に限定したのでしょう。それでも、職員は全員亡くなったし、事情を知った御老人の中には、若い人を優先するようにおっしゃられ、最後には私をスペースプレーンに乗せて下さった方もいたのよ。その方は地上に残り、代わりに私がここに来たの」
 芙美子は、その時の情景を思い出し、涙ぐんだ。
「中学生招待の主催者は、誰だったんですか?」
 芙美子は、隼人にちょっとだけ背を向け、見られないように涙を拭いた。
「管制センター長、つまり隼人君のお父様よ。でも、発案者は、今度の大統領選挙に立候補している勅使河原さんよ。勅使河原さんは、征矢野さんに進言して実現したのよ。ただね、自分で挨拶したいからって、日程は一方的に決めてしまったけどね」
 勅使河原の名前が、また出てきた。
 前回出てきたのは、大地の口からだった。
「勅使河原大善ですね。でも、その人は、お父さんに命令できるくらいの権限を持っているんですか?」
「そうよ。いわゆる族議員。宇宙移民事業団の長官だった人。宇宙移民事業団は、科学省の外郭団体だから、科学省のキャリア組が事務次官を務めてるんだけど、勅使河原さんは科学省から派遣されて五年前から三年間、事務次官を務めたのよ。だから、事業団には、強い影響力があるわ」
「飛鳥の許容人員がスペースプレーン二機分しかないのに、スペースプレーンが四機あったのは?」
「4班に分けて、行く予定だったの。最初の班が、八月十七日から十九日、次が二十日から二十二日、3班は入れ替わりで二十二日から二十四日、最後の班が、八月二十五日から二十七日の予定だったの。そこしか、勅使河原さんの予定が空いていなかったのよ。続けて行くものだから、スペースプレーンは四機用意したんだと思うわ」
 朧げだけど、事件の全体像が見えてきたような気がした。
 地上で挨拶するとしたら、十六日には地上に降りている必要がある。
「勅使河原さんは、こっちが本拠地ですよね。だったら、いつ、地上におりる予定になってたんですか?」
「そこまでは、分からないわ。でも、何かの打ち合わせで、地上に降りる予定があったんだと思うわ。その合間に、挨拶するつもりだったんじゃないかしら。でも、挨拶の場所は、地上とは限らないわよ。飛鳥でもできるから、地上に降りない予定だったのかも、知れないわね」
 挨拶の目的は、有権者へのアピールだから、子供しか来ない飛鳥で演説しても意味がない。子供達の父兄を集め、子供達の招待の目的を説く筈だ。
「隼人君?」
 宙美の声が、携帯電話のイヤープラグから聞こえてきた。

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  由布森林公園

  - 1 -

 この日は、金曜日だった。
 学校から帰ると、隼人は、念のため、宇宙移民事業団の公式サイトにアクセスしてみた。やはり、今日は、開かれていた。
 級友から、「大地のお父さん、殺人罪で再逮捕されたらしいぜ」と聞かされていた。それまでは、業務妨害罪での逮捕だったが、殺人罪の容疑も固まったのだろう。捜査も、山を越えた筈だ。だから、宇宙移民事業団も公式サイトを再開するかもしれないと考えたのだが、当たったようだ。
 取り敢えずは、今までの調査を確認しようと、小惑星の軌道や、仁科稔と田端雄一の親子関係の確認をした。また、スペースプレーンの配置も、予想していた通りだと確認できた。だが、やはり、手配の状況は掴めなかった。
 一方で、軌道は、さすがに詳細まで公開されていて、隼人は見直す必要を感じた。
「食事だよ」
 扉の向こうから、大地が声を掛けてくれた。
 隼人は、小惑星の軌道計算プログラムを走らせ、結果が出るまでの間に、夕食を食べる事にした。

 また、三人が隼人の部屋に集まった。
「明日、仁科のおじさんに会う事にしたよ。さっき、連絡した。一応、お父さんの事で相談したいと言っておいた。相談相手がいないんで、お願いしますと言ったら、明日、時間を割いてくれる事になったんだ」
「私も一緒に行っていい?」
「いや、僕が一人で行かないと」
「だって、心配なんだもん」
「僕も行くよ。三人で行けば、簡単には邪心を起こさないだろう」
「待ってくれ。僕一人で行く。もし、万が一の時、不意打ちされたら、三人居ても大差無いよ。それより、バラバラの方が、全員がやられる危険が低くなるよ」
 隼人は、少し考えていた。
「宙美ちゃんは、仁科さんを知ってるのかい?」
「うん、何回も会った事があるわ」
「じゃあ、宙美ちゃんは、大地君と一緒に行った方がいいよ。僕が、犯人なら、堂々と正面から来る人より、その連中はほっといて、証拠を何とかしようとするよ。ここは、安全じゃないと思うんだ。宙美ちゃんは仁科さんを知っているし、行ったとしても、そんなにおかしい話じゃないよ。それに、僕はドジで力も無いから、襲われた時に、宙美ちゃんを守ってあげられない。大地君の傍に居た方が、絶対、安全だよ」
 宙美が、一瞬、寂しそうな顔をしたが、隼人は気付かなかった。
「どうする? 宙美」
「一緒に、連れてって」
 隼人は、ほっとしたような、無力感に襲われた。
「問題は、どんな風に話を持っていくかだけど、僕としては、お父さんが計画していた大気圏を掠める軌道が、実は合理的な軌道だった事を示して、反応を見るつもりなんだ。もし、強く否定したり、無視を決め込むような反応をしたら、軌道修正のプログラムを見せてくれるように、押し込もうと思うんだ」
「見せてくれないだろうな。理由は、いくらでもあるからね」
「もちろん、見せてくれないだろう。理由も、守秘義務を持ち出すだろう。妥当な理由だからね。ここで、カマを掛けてみようと思うんだ。つまり、軌道修正プログラムを細工し、お父さんの軌道よりも地球に近付ける細工をしたでしょうって」
「反応するかな?」
「しなくても、スペースプレーンの件を持ち出して、もう一押ししてみるさ。スペースプレーンの手配に絡んでるのは、知っていますよって」
「何もかも、手の内をさらけ出してしまうのかい?」
「僕は、仁科のおじさんを信じてるんだ。おじさんが犯人だと思えないんだ。もし、犯人だとしても、誰かに脅迫されてるんだと思うんだ。だから、こちらも手の内をさらけ出して、自首を勧めようと思うんだ」
「わかったよ。でも、犯人かもしれないんだから、不用意に刺激しないように注意してよ。それから、定期的に連絡を取り合うようにしよう。お互いの安全のために」
「それには、賛成だ。僕達がここを出る時から、電話は繋ぎっぱなしにしよう。お互いに相手をモニターしていれば、異状があった時に、警察に通報できるからね」
「今夜は、早く寝ましょう。明日は、犯人と格闘になるかもしれないから」
 宙美は、二人の危惧を余所に、楽しそうに言った。

 二人が、それぞれの部屋に戻った後も、隼人は、パソコンに向かった。
 大地は、共犯者の影を感じていた。共犯者が居るとすると、手繰る糸は、スペースプレーンの燃料補給だけだ。それを、何とかして解き明かしたい。
 隼人の焦りとは関係無く、夜は白々と明けていった。
 父がスペースプレーンの燃料補給を認めた以上、予め、スペースプレーンが回航されてくる事は承知していた筈だ。それなら、年間スケジュールに記述がある筈だ。そう思って、スケジュール表を開いた。
(あった!)
 スペースプレーンは、鹿児島県の中学生を飛鳥へ招待する目的で、四機が回航されていた。招待旅行は、墜落事故が無ければ、その三日後から二泊三日の予定で実施される筈だった。
 この話は、父からは聞いていなかったが、クラスや近所の噂話で聞いた事があった。ただ、宇宙移民事業団の職員の子弟は、この招待旅行から除外されていた。それに、隼人達が通う中学は、事業団の敷地内にあり、全員が事業団の関係者の子弟だったので、ほとんど話題に上る事はなかった。
 もしかすると、父が共犯者なのではないだろうか。それなら、仁科が平然として大地達との面会を認めるのも、説明ができる。何せ、主犯は、既に死亡しているのだから。

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  - 3 -

 夕食を済ませ、それぞれの部屋でシャワーを済ませた後、また、隼人の部屋に集まった。大地は、もちろん手ぶらだったが、宙美は、教科書やらノートやらパソコンやら、色々持って来た。
「宿題は、私がやってあげるから、あなたたちは、犯人の捜査をやってて。でも、何か進展があったら、ちゃんと教えてよ」
 彼女は、テーブルに持ってきたものを広げ、こつこつと宿題を片付け始めた。
 彼女の成績が良いのは、この真面目さなんだろう。隼人は、宿題は滅多にしていかない。宿題をしない割には成績は悪くないが、良いとは到底言えない。それが、ここに来てからは、大地や宙美に影響されて、宿題をしていくようになった。まだ、その成果は出ていないが、せめて、大地や宙美に恥ずかしくない成績にしたいと思っている。
「さてと。スペースプレーンなんだけど、一機は動きを掴めた」
「本当か?」
「……と思うんだ。飛鳥に七月末に飛来し、二日後に地上に戻ってるんだけど、真っ直ぐ管制センターに向かってるんだ。メンテンス期間も考えて、墜落事故まで管制センターにあった事は、間違い無いと思うんだ」
「確実だね。飛鳥の出入りは、それだけだよね。じゃあ、残るは、地上での移動だね。マザーベッドは超大型機だから、入れる空港は限られるから、空港は絞り易いよ。対象は、嘉手納宇宙空港か、長崎空港か、新東京空港か、新千歳空港だ。でも、長崎と新千歳は緊急着陸指定空港で、通常は、ここに降りる事はないし、ちゃんとしたメンテンスもできない筈だ。新東京も定期便は少ないから、余分な機体があったとは思えないし、やっぱり、嘉手納から来たと考えるのが妥当だね」
 スペースプレーンは、地球の自転を利用して宇宙に出る方が楽なので、自転の周速度が最大になる赤道に近い所で、切り離される。だから、日本から宇宙に行く場合、大部分が嘉手納宇宙空港からの便となる。新東京もあるにはあるが、運賃が、嘉手納経由の三倍近い。嘉手納から飛鳥までの運賃でも、日本人の平均年収の二割前後と高額なので、新東京からは平均年収の半分以上にもなってしまう。自ずから利用者は、高収入の人物に限られ、当然、便数も少ないのである。
「そうなんだけど、嘉手納は、小惑星の墜落地点に近かったから、地震と津波と衝撃波で、完全にやられてるんだ。どこかに、データがバックアップされていると思うけど、探すだけで大変だし、閲覧できるかどうかも怪しいんだ」
「うだうだ言ってないで、調べてみようよ。やってみない事には、始まらないよ」
 二人は、ネットワーク検索ツールを駆使し、条件を組み替えながら、探し回った。
「思ったより、手強いぞ」と大地。
「思った通り、手強いぞ」と隼人。
 大地は、隼人の顔をちょっと睨んだ。そして、隼人の頭を手でくしゃくしゃにした後、声を上げて笑った。隼人も吊られて笑い出した。
「うん、もう! 煩くて宿題ができないわ!」
 ペンをテーブルに叩き付けて、宙美が二人を睨んだ。
「静かにしないと、あなたたちに見せてあげないから」
 隼人と大地は、顔を見合わせ、声を潜めて笑った。
「うん? 大地君、これを見て」
 大地は、パソコンの画面を覗き込み、力強く頷いた。
「間違い無さそうだ。残る三機は、ここでメンテナンスを済ませて、管制センターに回航したんだ」
「うん」
 嘉手納宇宙空港のバックアップは、意外にも飛鳥にあった。他の情報と同様、飛鳥のガードは厳しくなかった。御陰で、スペースプレーンの動きは、手に取るように分かった。
 そこには、メンテナンスを完了した三機のスペースプレーンが、小惑星墜落の一週間前に、マザーベッドに搭載されて飛び立っていた。
「でも、問題は、何も解決しなかったね」
「どうしようか。手詰まりの感じだね」
 隼人も、知らず知らずの内に、大地を頼っていた。その大地も、今回はお手上げのようだ。
「誰の指示でスペースプレーンを動かしたか、調べようが無さそうだね」
 二人は、溜息を吐いた。
「宙美。ちょっと来てくれ」
 宙美は、パソコンを閉じ、二人の脇に立った。
「証拠を掴む事は、僕達ではできそうにないところまで来た。それで、これからどうするか、話し合いたい」
「選択肢は?」
「一つは、これまでの調査結果を警察に伝えて、捜査の参考にしてもらう。二つ目は、仁科のおじさんに直接会って、自首を勧める。三つ目は、実りは少ないけど、このまま調査を続ける。
 だけど、それぞれに問題がある。警察の件は、僕達の調査結果は、参考にしてもらえるかもしれないけど、状況証拠しかないから、無視される可能性の方が高い。自首の件も、これほどの大罪だから、簡単に認めるとは思えない。第一、仁科のおじさんが犯人かどうかも分からない。かと言って、これ以上、調査を続けても、成果が出る可能性は低い」
「どれも、一長一短だね」
 隼人も、嘆息をついた。
「そうね。宿題を見せてあげられる程の案は無いわね」
 宙美の毒舌は、段々厳しくなってきているような気がする。彼女に掛かっては、大地も形無しである。
「みんなの意見を、それぞれ出し合おう。まず、隼人君」
 いきなりの先頭バッターだったが、隼人は考えが固まっていた。
「僕は、警察に預けるべきだと思う。僕達が行き詰まったのは、どれも捜査権が無いからだったよね。でも、警察なら、その辺りの捜査ができるから、証拠が出てくると思うんだ。それに、これ以上は、調べても仕方が無いと思うんだ。それと、仁科という人がどんな人かしらないけれど、本当に犯人なら、刺激する事は危険すぎるよ。だから」
 大地は、頷いた。視線を隣の宙美に移した。
「次は、宙美だ」
「私は……。もう少し調べてみて、それでも駄目だったら、仁科のおじさんに聞いてみたいの。もし、私達の推理が間違っていれば、その方がいいわけだし……」
 彼女は、考えがまとまらないようだった。ただ、三人の捜査線上に浮かび上がってきた仁科については、拘りたいようだった。
「最後は、僕だ。僕は、仁科のおじさんに会って、話をしたい。状況証拠は、ある程度揃っているけど、どうにもしっくり来ないのも確かだからね。もし、本当におじさんが犯人なら、自首を勧めたい。隼人君は、情報を警察に渡したいらしいけど、たぶん、無視されると思うんだ。なぜかというと、状況証拠しかない事もそうだけど、父は自供してるから、裏付け捜査に全力をあげていて、他の犯人を捜査する余裕はない筈さ」
 犯人逮捕の後に裏付け捜査があるとは、隼人は考えていなかった。
「意外だと思うかもしれないけど、裏付け捜査は、警察の捜査の半分以上を占めると言われてるんだ。裁判で、公判を維持するためには、隙の無い証拠固めが必要なんだ。犯人を逮捕するのより、逮捕してからの方が大変だと言ってる警察官も居るくらいだ。殺人罪の裁判で提出される証拠資料は、紙にしたら厚さはメートルオーダーになるくらいだ。もちろん、一人の人間の基本的人権を完全に奪うんだから、それくらいはしないとね」
 大地は、警察に渡す事には反対のようだ。信頼していない訳ではなさそうだが、仁科という人の事が気になっているのか、今は、自分達だけで解決したいらしい。
「わかったよ。二人が、仁科さんに直接会いたいのなら、僕も従うよ」
「よし! これで決まりだ。残る問題は、二つだ。一つは、仁科のおじさんを、どんな風に聞き出し、どんな風に自首に持ち込むかだ。もう一つは、共犯者だ。おじさんに動機が見付からない今、共犯者がいる可能性が高い。共犯者は、危険な存在だ。僕達が、事件の真相に近付いていると知れば、おじさんや僕達に危害を及ぼそうとするかもしれない。だから、この点は、検討しておく必要がある」
「共犯者が居るとしてもよ、仁科のおじさんが共犯者に従うとしたら、凄い弱みを持っている訳でしょう。それって、動機にもなるんじゃない。動機を調べてみない?」
「それと、共犯が気になるんだ。共犯が居るとして、それは一人とは限らないだろう。その辺りも、ちゃんと調べておくべきだよ」
「でもさ、共犯が居るとして、仁科のおじさんに弱みがあるかな。一般に、脅迫されて共犯関係になる場合、罪の意識が弱いとは言うけど、犯罪の規模が規模だけに、ありきたりの弱みじゃなくて、命より大事と言ってもいいくらいのものだよ。そんな弱みを、おじさんが持っていたとは思えないだ」
「ただね、弱みは、誰も知らない、共犯者と仁科さんだけが知っている事なんだよ。だから、安易に判断しない方がいいんじゃないかな」
「隼人君の言う事も分かる。でも、僕としては、仁科のおじさんにチャンスを与えたいんだ。それに、信じたいんだ。明日一日、考えて、それで行動に移そうと思うんだ」
「それで、いいよ。僕は、もう少し、調べられないか、やってみるよ」
「じゃあ、明日ね。大地君、早まった事はしないでよ」
「分かってるって」
 三人は、宙美の宿題を写し合った後、それぞれの部屋で床に就いた。

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  - 2 -

 大地がスクリーンの覗き込んだ。
「僕の名前が先頭か。悪くないな」
 大地は、嘯いた。
「読み上げてみよう。
 梅原大地、十五歳。梅原翔貴。計算機管理センター長。続柄、長男」
「意外に、細かく分かったんだね」
「まあね。僕のIDは、宇宙移民事業団に登録されているから、ある程度は見る事ができるんだ。余り使いたくなかったけど、不正使用じゃないから、いいかなって思って」
「私が許す。本日に限り、征矢野隼人に、閲覧を許可する」
 宙美が、気張った声で宣言した。
「はっはぁ。有り難き幸せ」
 隼人も、声だけは、時代がかった言い方をしたが、顔も手も、パソコンから離れなかった。それが気に入らないのか、「全然、有り難そうじゃないわ」と、宙美は、また膨れっ面をして見せた。
「次からが問題だな。
 佐古俊行、二十三歳。佐古淳也。探査部小惑星担当。続柄、長男。
 佐古雪絵、二十二歳。続柄、長女。
 佐古芙美子、五十一歳。続柄、妻。
 安川有紀、七十三歳。吉田加奈。気密設計部シール設計担当。続柄、母。
 星三広、三十六歳。星啓二。都市計画部区画設計担当。続柄、妻。
 星啓一郎、九歳。続柄、長男。
 星綾乃、五歳。続柄、長女。
 加藤千鶴、三十七才。加藤俊介。都市計画部区画設計担当。続柄、妻。
 加藤大航、一歳。長男」
「ちょっと待って。これ、まだまだ続くじゃない。何人居るの?」
「延べで三百人くらいかな。実質は、その半分くらいだと思うけど」
「こんなのを読み上げても、仕方ないと思わない?」
「まあ、そうだね」
「隼人君。もうちょっと絞ろうよ。伯父様から情報を得て、しかも、軌道修正プログラムに手を入れられるんだから、凄く限られると思うの」
「反対に、もっと広げようと思うんだけど。今の検索結果は、現在の親族だけを対象にしてるけど、離婚している場合もあるし、せめて、親子関係だけでも調べきりたいと思うんだ。それに、情報はおじさんと同じ部署か、関係がある部署の人しか得られないとしても、軌道修正プログラム自体は、他からでも書き換えられるからね」
「隼人君の意見に半分賛成だけど、宙美の意見にも半分賛成だ。僕も、離婚してる場合も考えて検索する事にしたいね。でも、対象部署は、軌道計算部か、計算機センターに限定できると思うな。だって、隼人君でも、軌道計算にはてこずっただろう。外部の人間には、到底無理な事だよ」
 大地らしい、もっともな意見だ。
「大地君の言う通りだと思うよ。早速、親子関係の検索方法を考えてみるよ」
「流石、大地君ね」
 宙美は、大地に寄り添い、隼人にはアカンベェをした。
 最近の宙美は、やたらと隼人にちょっかいを出す。一々、癇に障るが、その分、宙美の事が気に掛かる。でも、今は、そんな事を気にしている暇はない。
 親子関係を検索するとは言っても、調べるのが難しい。家族ではないから、政府の職員データベースにも、そんなデータはない。それなら、どこからデータを得れば良いか。
「大地君には悪いけど、私ね、離婚した人まで、調べる必要は無いと思ってるの。だって、離婚してるのに、その人に移住しろとは言えないでしょう」
 隼人は、ポンと手を打った。
「そうだよ。精々、見学においでとしか、言えない筈だよ。だから、離婚した人の分は、事故当時に、ここか軌道ステーションかで足止めを食らった人の中から探せばいいんだ。ただ、親子関係の確認方法が面倒だけど」
「もう一つ、問題があんるだよ。家族が、最初からこっちに居た場合、この検索に引っ掛からないよ」
 この言葉は、厭な予感を感じさせた。
 見付からないかもしれない。
 でも、案ずるより生むが安し。親子関係も、学校の編入学の情報を取り込む事に成功し、何とかなった。その結果、大地が指示した検索条件で、該当する人物が浮き彫りになってきた。
「これだね。おじさんと同じ職場だし、事故の三日前に飛鳥経由でここに来ている。間違い無さそうだ」
「田端雄一、十三歳。仁科稔。計算機管理センター次長。続柄、子」
 大地は、声を出して読み上げた。大地は、悲痛な顔をしていた。
「大地君。知ってる人なんだろう?」
 大地は、隼人の質問を無視した。無視したが、それが答にもなっていた。
 意外な人物だった。少なくとも、大地にとっては。
「状況証拠の一つが、出てきただけだ」
 大地は、容疑者として浮かび上がってきた仁科を庇うような口振りだった。
「この田端雄一君も、大地君は会った事があるんじゃないかい?」
 言ってしまってから、自分の言葉を口に戻したいと思った。大地は、悲しそうな目で、隼人を見た。会った事があると言うより、親しい間柄なのかもしれない。大地の目には、そんな悲痛な心根が滲んでいた。
「大地君。しっかりしなさい」
 宙美の声が、大地を叱り付けた。
「仁科さんには、自首のチャンスを与えればいいのよ。この田端雄一君のために、伯父様を犠牲にする事はできないのよ」
 どうやら、宙美も面識があるらしい。
「そうだね。それに、僕達なら、その子を守ってあげられるんじゃないかな」
 そうは言ったが、大地の気持ちを慮った。辛い事が、常に彼の周りで起き続けていた。
(大地は、小惑星墜落事件の最大の被害者ではないだろうか)
 隼人は、そう思えてならないのだった。
 最初は、宙美に加えて、隼人を迎え入れ、隼人の父の送検に伴う嫌がらせに巻き込まれ、暴行事件にまで発展してしまった。更に、父が小惑星を墜落させたとして自首し、加害者の家族としての重荷を背負った。その上、父の無実が晴れそうになった時、その代わりに、弟分のような後輩の父親を追求しなければならない状況に追い込まれた。
 この世に神が居るなら、何と意地の悪い奴なんだろう。
「もう一つ、調べる事がある」
 大地は、むきになり掛けていた。
「隼人君のお父さんが疑われ、隼人君自身が危険を招く切っ掛けになったスペースプレーンの件だ。通常は、管制センターには、スペースプレーンは一機もない。それが、当日はなぜか四機もあった。小惑星墜落が事故ではなく、犯罪とすると、スペースプレーンを用意した人物が、犯人だと言える。だから、仁科のおじさんを疑う前に、それを調べたいんだ」
 大地の言い方は、仁科が彼にとって近い存在だった事を連想させた。
「スペースプレーンは、どこの所属の機体だったか、覚えていないかい?」
 隼人は、即答できた。機体は、宇宙移民事業団所有のスペースプレーンだった。少なくとも、隼人が乗っていた機体は、間違いなく、宇宙移民事業団の所有だった。だが、それを言ったものかどうか、隼人は迷った。言ってしまえば、仁科の犯罪を強化する事にもなり兼ねない。
「スペースプレーンは、私達が乗った便とその前の便は、事業団の所有機よ」
 宙美は、さらりと言ってしまった。隼人は、大地の反応が気掛かりで、彼の顔を覗き込んだ。
「隼人君、やめなさい。今は、大地君を気にしてる場合じゃないわ。事件の真相を探る事が大事なの。全貌が見えたところで、どんな対策が取れるか、考え直せばいいのよ」
 言われる事は、確かにそうなのだが、どうしても感情が理解を拒んだ。
「それに、動機だ。仁科のおじさんが犯人だとして、動機は何か。それを、はっきりさせなきゃ駄目だ」
 大地は、仁科の無実を信じたいらしく、必要な状況証拠に動機を加えた。
「そうね。動機は必要ね。でも、動機なんて、いくらでも考えられるわ。例えば、伯父様の失脚を狙っていたとか」
「それはない。おとうさんは、小惑星の軌道に細工してるので、業務妨害で告訴できたんだ。小惑星を落とす必要なんか、どこにもなかった」
「そうとも言い切れないわ。大気圏を掠めただけなら、隼人君のお父さんが、伯父様を庇う可能性は高かったんだから、もっと重大な事が起きる必要があったとは言えないかしら」
「ちょっと、説明が苦しいように思うな」
「隼人君、どうしてそう思うの?」
「だってさ、小惑星墜落の細工がばれなきゃいいけど、もしばれたら、死刑か終身刑になっちゃうよ。おじさんの失脚で、仁科とか言う人がどれほど得するのか知らないけど、人生を棒に振るようなリスクを掛ける程の価値があるかな」
「確かにそうね。伯父様の失脚は動機にならないわね。それなら、本当の動機は何?」
 隼人は、黙ってスペースプレーンの手配を調べ始めた。直ぐには、宙美の質問に答えられそうになかったからだ。ただ、スペースプレーンの手配の状況を調べるのも、容易ではなかった。宇宙移民事業団のIDをかざしても、中々入れてもらえる所はなかった。
「合法的には、スペースプレーンの手配状況を調べる事は、無理かもしれない」
 隼人は、力無く答えた。
「何か、上手い方法は無いのかい?」
「色々試しているんだけど、全部、弾かれてしまうんだ」
 大地は、腕を組んだ。隣では、宙美がロダンの『考える人』を模している。考える事を放棄し、大地に任せているようだ。
 暫くして、大地は一つのアイデアを出した。
「軌道ステーション側から、探してみたら。あそこは、セキュリティの対象が凄く狭いから、スペースプレーンの発着から追えないかな?」
「やってみるよ。でも、期待はできないよ。普通、スペースプレーンは、地上で一週間のメンテンスと二日間の燃料補給をするから、軌道ステーションを出た日付で予想するのは、凄く難しいよ」
「だけど、スペースプレーンから追うしかないんだ。マザーベッドの機数は、スペースプレーンの四分の一しかない。スペースプレーンの燃料補給は、マザーベッドの背中に載せてからするけど、マザーベッドは、スペースプレーンを切り離したら、直ぐに次のスペースプレーンを載せて飛ぶから、マザーベッドとスペースプレーンは、対応が取れないだろ。だから、スペースプレーンから追うしかないんだ」
「二人とも、誰が手配したかより、まず、どこからスペースプレーンを集めたかを調べましょうよ。何事も、基本からよ」
「分かったよ。各空港の発着記録だけなら、オープンになっている所もある筈だ。探してみるよ」
「もう一つ、問題がある事を思い出したよ」
「何だよ。次から次に」
「スペースプレーンの燃料だよ。スペースプレーンは、燃料をどこで補給したのかな」
「どうして、それが問題なの?」
「管制センターで補給したとすると、四機もあるから、墜落事故の一週間くらい前から、補給を始めてた事になるんだ」
「そうね。隼人君のお父さんを陥れるためにスペースプレーンを派遣したんだったら、スペースプレーンは、小惑星の墜落が避けられないと思った頃に到着しないと、追い返されちゃうかもしれないもの」
「そうなんだ。逆に、管制センターで燃料を補給したとすると、誰かの強力な指示があった筈なんだ。どちらにしても、黒幕の尻尾を捕まえられるかもしれない」
 大地は、初めて「黒幕」という言葉を使った。有力な動機が見付からない事から、彼は仁科を操った人物の存在を、敏感に感じ取ったのかもしれない。
「二人とも、間違ってるよ。スペースプレーンは、管制センターで燃料を補給したんだ。マザーベッドは、燃料を満載したスペースプレーンを載せたままだと、着陸できないんだ。着陸装置が燃料の重みに耐えられないんだ。だから、万が一、スペースプレーンを切り離せなかった場合は、スペースプレーンも、マザーベッドも、燃料を海上投棄して帰還するんだ。管制センターにスペースプレーンが着いた時点では、燃料は積んでいなかったんだ」
「じゃあ、管制センターで、誰かが指示して燃料を積んだのね」
「そうさ。そして、あそこの責任者は、僕のお父さんだ。つまり、お父さんが指示を出した可能性が高いんだ。指示していないにしても、把握してた筈さ」
 隼人は、気持ちが沈んだ。
「また、問題が見付かった。共犯者の存在だ」
「まさか、隼人君のお父さんが共犯だなんて言わないわよね」
「言う訳ないだろう。動機が全く無いんだぜ。共犯は、もっと別の人間さ」
「誰なの?」
「燃料を積むように指示した人物」
「だから、それは誰なの?」
「……」
 大地は、首を振った。
 考えるのを諦め、隼人は、スペースプレーンの動きを追った。
 部屋をノックする音で、三人は、揃って振り返った。
「なんだ。あなたたち、ここに集まってたの。御飯よ。一緒に食べましょう」
 芙美子だった。主が居なくなったこの家を、彼女は健気に守っていた。
 三人は、顔を見合わせ、頷いた。

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  犯人の条件

  - 1 -

 大地は、二週間ぶりに登校し、冷たい視線を浴びながらも、無事に授業を受けた。隼人は、改めて、大地の強い心に感心した。
「隼人君」
 下校途中で、大地が話し掛けてきた。
「今日は、一日、眠そうだったね」
「今日だけじゃないわ」
「え、昨日も、欠伸ばかりしてたのかい?」
「違うわ」
 隼人は、宙美が何を言おうとしているか、見当が付いていた。そして、大地も、分かっているだろうと、思っていた。でも、大地は、「昨日は違ってたの?」と空々しく聞き返した。いつもの大地には戻りきっていないようだ。
「昨日も、一昨日も、その前も、地上に居る時から、ずっと眠そうな顔をしてるのよ」
 隼人は、抗弁するつもりはなかった。
 以前は、宇宙大規模構造をシミュレーションする事に没頭していた。今は、軌道計算に没頭している。いつも、夜更かしである。
「それより、軌道計算の結果を知りたくないかい」
「隼人君の眠そうな顔について、話をしてるのよ。話を逸らすつもり?」
「そうだよ。そのつもりだよ」
 隼人は、軽く言い放った。
「今日だけ特別、話を逸らさせてあげる」
 宙美は、可愛く微笑んだ。
「でも、ここじゃまずいな」
 大地は、相変わらず冷静な風貌を崩さない。だが、悪戯っ子だけが見せる笑い顔になると、脱兎の如く走り出した。隼人は、宙美と顔を見合わせ、大地の後を追った。大地は、スピードを緩めて、二人が追い付くのを待って、三人で走った。
 地下道の横穴から、太陽の光が射し込み、三人の行く末を明るく照らした。
 自宅に戻ると、三人は、そのまま隼人の部屋に入った。
「いいかい」
 隼人は、パソコンで、昨夜、計算した軌道を表示した。
「見ての通り、文字通り、大気圏を掠め飛んで、月の引力を利用して再加速し、高軌道に上がるようになってるんだ。おじさんは、やっぱり、軌道計算の鬼だよ」
「それで、どんな細工したか、分かったのかい?」
「減速のタイミングと方向だよ」
「それだけで、軌道が簡単に変わるなんて、上手く考えてるわ」
 隼人は、軌道修正において、月の引力の影響が無視できない事を説明した。
「これで、一歩、進んだのね。おじさんがやろうとしていた事が可能だったって」
 大地は、沈痛な面持ちで、黙っていた。
「宙美ちゃん、一晩、頑張ってできた事は、それだけなんだ。肝心な事は、何も分からなかっていないんだ。これだけだと、おじさんの無実を晴らす事はできない。それどころか、おじさんの計算間違いを補強しかねないんだ」
 宙美も、大地の様子に気付いたらしい。表情が曇った。
「伯父様の実際の軌道修正方法を、再現できないの?」
「無理だよ。難しすぎる。それに、それを再現できても、分かる事は、今と変わらないよ」
 だんだん、雲行きが怪しくなってきた。
 三人共、言葉が無くなった。
 隼人は、この状況を何とかしたいと、色々と考えた。だけど、捜査を先に進めるアイデアも、冗談さえも、思い浮かばなかった。
「まいったなぁ。みんな、睨めっこが好きだとは、知らなかったよ」
 真剣な顔で言った大地の冗談で、隼人と宙美は、揃って詰まっていたものを吹き出した。 
「あっ、僕の勝ちだ!」
「ずるーい」と宙美が膨れっ面をする。
 三人で、腹を抱えて笑った。この二人の御陰で、どれほど隼人は救われた事だろう。二人とも、辛い現実を引き摺っているのに、隼人の前でそれを見せる事は滅多にない。
 もちろん、それは二人だけに限った事ではない。ほとんどの人が、親族を失う悲劇に見回れている。
「みんな被害者」
 ぼそっと、隼人の口から漏れた。
「そうよ。そうなのよ。これなら、調べられるわ」
「どうしたんだい、急に」
 二人の視線が、宙美に集まった。
「思い付いたのよ。隼人君の一言で」
「えっ、僕、何か言った?」
「うん。みんな被害者って、言ったでしょ。それよ、それなのよ」
 大地が膝を打った。
「あっそうかぁ。これなら、調べられそうだ」
「なんだよ。二人で勝手に納得しちゃって。教えてよ」
「簡単な事だよ。被害者になっていない人を探せばいいんだ。だよね」
 大地は、宙美に同意を求め、宙美も肯いた。
「つまり、小惑星を落とそうと思っていて、家族や親族を地上に残したままで居られる訳がないだろう。だから、犯人は、家族をこっちに呼び寄せてる筈なんだ。最低でも、軌道ステーションには呼び寄せていた筈だ」
「じゃあ、小惑星を落とす直前に、旅行や移住してきた人を調べるんだね。でも、凄い数になるよ」
「絞ればいいわ。だって、小惑星の軌道修正に細工できるんだから、宇宙移民事業団の職員に限定できるわ」
「そうはいかないよ。ハッキングすればいいんだから」
「隼人君は、得意だものね」
「得意じゃないよ!」
 むきになって否定した。
「まあまあ、その話は後にしよう」
「後で、ゆっくり話しましょうね」
「え~」
 大地は仕方ないとしても、宙美にまで子供扱いされるのは癪だったが、二人のペースに合わせた。
「とにかく、先に話を進めようよ。隼人君が言うように、ハッキングはできるけど、お父さんの計画を知り得る人物って条件があるから、やっぱり宇宙移民事業団の職員だけに絞っていいんじゃないかな」
「でしょ~」
 小憎らしい言い方だ。それにも増して、大地の意見で決まったように言う事が、面白くなかった。でも、大地の意見は、いつでも的を射ている。間違った事を言う事は、まずないだろう。今もそうだ。
「ちょっと、待って。調べられるか、やってみるよ」
「問題は、いつ以降に地上を離れた者を対象にするかだ」
 新たな問題が出てきたが、そちらは二人に任せ、隼人は、軌道ステーションの通過を探った。
 入国管理局は、厳しくチェックされているので簡単には見る事ができないが、軌道ステーションは、観光客だけなので、驚くほどオープンなのだ。しかも、軌道ステーションを通らなければ、どこへも行く事ができない。ここさえ押さえれば、総てを押さえているのと同じなのだ。
 軌道ステーション飛鳥のコンピュータと繋がった。どれくらい古いものがあるのかを調べるため、大地を検索した。
 出てきた。
 でも、三年前だった。
「大地君は、四月は、どこの軌道ステーションを経由したんだい?」
 ふいを衝かれて、大地はびっくりした表情で、振り返った。
「隼人君も、僕が来た時期が気になるんだね」
 大地に聞き返された理由が、隼人には、何の事だか分からなかった。
「そうなんだ。お父さんは、僕が地上に居る事に危険を感じたんだろう。進学を理由に、僕をこっちに呼んだんだと思うんだ」
 考えもしなかった。何気ない一言で、大地を傷付けてしまったかもしれない。
「気にしないでいいんだ」
 隼人は、大地に気遣ってもらった事が、本来は逆なので、恥ずかしかった。
「ただ、仮にそうだとしたら、今年の三月か、四月くらいから後を調べればいいという基準になるだろう。かなり絞れるんじゃないかな」
「任せろ!」
 隼人は、結果で大地の心遣いに答えようと、検索ツールを組み合わせて、残る四箇所の軌道ステーションもまとめて、一気に絞り込んでいった。更に、アトランティス政府の公式サイトから、宇宙移民事業団の職員名簿を取り寄せ、パソコンに比較をさせた。
 結果が出るまで、長い時間が掛かった。
 電波でさえ、往復で三秒近くも掛かる距離にある軌道ステーションとリンクしているから、仕方が無い事だが、人類の居住範囲の拡大ぶりには、改めて感心してしまう。同時に、人類の通信手段は、中世以前と同レベルにまで戻りつつあるようにも思えた。
 電気を使った通信ができる前の、馬車や船で郵便を運んでいた時代に、通信の所要時間が戻りつつあるのではないのか。今は、地球の近くだから、中継衛星を経由しても片道三秒以内だが、これが火星、木星、土星と広がっていけば、それだけ時間が掛かるようになる。最遠の海王星なら、片道で六時間近い。さし当たって、最も移住の可能性が高い火星は、最接近時でも四分余り、最遠時なら約二十一分も掛かる。通信で会話を交わす事は、事実上、できなくなるだろう。
 今のところは、秒単位で電波が届く。その証拠に、間も無く結果が表示された。

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